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来し方より(1)
Lovers' Days




 彼がいつから彼女を女として見るようになったのかはわからない。
 ヴィンセントとルクレツィアは、2年ほど前から面識があった。彼は治安維持部門、彼女は科学部門と、まったく違う部署に所属していて、同じ会社に勤めているとは言え、何万という社員や従業員を抱える神羅カンパニーの中では顔も知らずに済んで当然だったのだが。
 しかしふたりには、会社の裏の部分に属しているという共通点があった。
 タークスは時折、宝条が指揮する研究チームからの依頼で仕事をしていた。研究員が危険な場所に出向く際の護衛、あるいは資料や資材の収集−−−−普通ならば神羅軍兵士や一般事務職にまかせるような仕事も、非合法な研究ゆえに、同じく非合法な任務を請け負うタークスの出番となっていた。
 その関係で、ヴィンセントも時折研究所に出入りし、何度かルクレツィアと顔を合わせていた。
 そして、顔見知り程度で終わるはずだった。



×××



「ヴァレンタインさん!」
所用で宝条の研究室に立ち寄った時、ヴィンセントはその声に呼び止められた。振り向けば、プラチナブロンドの長い髪を後ろで無造作にたばねた白衣の女性研究員が廊下を急ぎ足で歩いてきていた。ルクレツィアだ。
「先日送ってもらった研究資料ですけど、またほとんど役に立ちませんでしたよ。全然学術的価値のない、ごみにするしかない物も混じっていたし」
「はあ、そうですか」
彼は気のない返事をした。
「こんなことじゃ困りますわ。前任の方はもう少しきちんとやってくださっていたけど」
「しかたないでしょう、あの学者くずれは他の任務に失敗して死んだんですから。ろくすっぽ読めもしない古い文献の中から資料を探してこいなんて仕事は、私のような科学的素養のない素人には難しすぎる。彼だからなんとかこなせたんです。今は適当な人材がいないからって主任が断ったのを、それでもと無理に依頼してきたのはそっちですよ。何度かあなたがたの護衛や敵方の学者の拉致の仕事をしてたまたま顔と名前を知っていただけの私を指名されても、こっちとしても困ります。はっきりとどんな物かわかってるのを盗んでこいだの、研究に邪魔な輩を消してくれだのって任務ならば確実にご期待に添いますがね」
「・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。あなたの言うことにも一理あるわね」彼女は戸惑ったように目を伏せた。そして、しばらく考え込むと、言った。「ちょっとここで待っててくださる?」
 ルクレツィアはそう言うと、どこかに姿を消した。ヴィンセントは深々とため息をつくと窓の外に目をやり、眼下にひろがるミッドガルの街を見下ろした。
 彼女と話すと、どうにもいらついてならなかった。
 彼女は主張すべきことは主張するが、決してヒステリックな物言いはしない。むしろおっとりとした、上品と言ってもいい感じの話し方をする。しかしそれが返って彼のカンにさわった。
 タークスである彼に、そんな接し方をする者はいないためかも知れなかった。
 ヴィンセントはタークスの中でも特に冷徹なスナイパーとして知られ、暗殺や拉致といった荒っぽい仕事を得意としていた。そんな彼のことを知る人は、やたら警戒するか、やたら低姿勢になるか。同じタークスでも、新人ならそうだ。タークスの存在すら知らない一般市民でも、彼の醸し出す危険な雰囲気に気圧されて、なれなれしい態度を取る者はいない。科学部門最高責任者のガスト博士ですら彼にはかなり気を使っていた。彼の前でもマイペースでいられるのは、研究所員の中では宝条とルクレツィアくらいのものだ。
 いちおう彼よりも格上である宝条ならともかく、一介の研究員にそんな態度をとられるのは、どうにも気に入らなかった。
 やがてぱたぱたと、さっきと同じ足音をたててルクレツィアが戻ってきた。
「ごめんなさいね、お待たせして」彼女はにこりとして言った。「上司の許可はもらってきました。今度は私が資料収集に行きます。あなたには、護衛と調査助手をお願いします」
「はあ?」
「私たちが出向くのは難しいからってまるごとタークスにお願いしていたけれど、やはり研究員が行った方がいいでしょう。あなたのこれまでの報告書から考えて、かなり有望な文献がありそうだから、私も直に見てみたいし。具体的なスケジュールはこれから詰めますが、その時にはあなたを派遣してくださるよう、上役の方にはこちらから申し入れしておきますね」
「私でないといけないんですか?別に他の連中でも」
「この件ではあなたにはこれまで3度仕事を受けてもらってますからね。先方の事情をよく知ってるし、文献についての勉強もそれなりにしてくださってるようですから。また何も知らない方に来ていただくより、その方がいいと思うんですけど」
「まあ・・・・・・・・・・・・・・・・・それはそうだ」
彼女の言うことは正論だった。そして、本当にこの仕事の依頼があれば、彼の上司も同じ判断をするだろう。
 彼女と縁を切るには、この任務を完璧に終わらせるしかなさそうだった。



×××



 半月後、ヴィンセントはルクレツィアと共にミッドガルを発った。目的地は、ウータイ。
 目的とする資料は、古代種に関するものだった。
 数年前、アイシクルエリアの永久凍土の中から、現代人とは系統が違う人類の冷凍遺体が発掘された。そして、それは古文書と伝承の中にのみ姿を留める古代種ではないかとの仮説がたてられた。
 強力な魔法と戦いの知識を秘めるマテリアを残したと言われる古代種。その力の源を、古代種の遺体から探ることができれば−−−−。
 そこでその遺体が古代種か否か判断するための裏付け資料をさんざん探したが、神羅が持つものの中には十分なものが見つからなかった。
 だが、ウータイが保有する古文書の中になら、あるのではないか。
 もう何十年も前、まだミッドガルとウータイの関係が良好だった当時の研究記録に、そう考えられるものが残っていた。
 しかし今では、公式に文書の開示を求められるような関係にはなかった。
 ミッドガルの一企業・神羅カンパニーがプレジデント神羅の強引な手法で企業の枠を越えてもはや国家と言ってよいほどの影響力を持ち、世界を席巻していくにしたがって、ミッドガルとはまったく異質の文化を持つウータイは反発を強めていった。そして若き忍者ゴドー・キサラギが頭領となった頃から、彼らは明らかな敵意を持つようになっていた。あたりさわりのない交流すら持てなくなってきているこの時期、古代種の研究を神羅カンパニーが軍事的に重要視していることを知らないにしても、結局学術的成果を上げるだけで終わる可能性の方が大きいにしても、そっちが持っている資料を見せてくれと堂々と言いだせたものではなかった。
 しかし、いくら両者の関係が険悪になりつつあったとはいえ、まだまだ平和な時代。美しい風景と独自の文化を誇るウータイは観光地として人気があり、多くの人々が訪れていた。そこでヴィンセントとルクレツィアは、観光客としてウータイに入った。とは言え、神羅の本拠地・ミッドガルの市民としてではさしさわりがあったので、ニブル山のふもとにある小さな町に住む若夫婦ということにして、彼らは宿を取った。
 そして、今後の計画として、ヴィンセントはまず観光客向けの貸し衣装屋でウータイの民族衣装を借り、その姿で下見をすることをルクレツィアに提案した。
「下見が必要なのはわかるけど、そのためにウータイの格好をしなければならないんですか?」
ルクレツィアは、嫌だという意味ではなく、純粋に疑問として彼に訊いた。
「これから、他国の人間には入れないところに行くんですから。私ひとりで潜入するのならそんな面倒なことはしませんが、あなたも行くのではね。見る人が見ればウータイの人間ではないことはすぐに分かるだろうが、いちおう変装はした方がいい。民族衣装を着ての観光は人気がありますから、よそものがそういう格好をしていても不審がられることはない。動くのに少々コツがいる服ですから、下見の間に慣れておいてください」そして彼は、ふと思いついて付け加えた。「そうそう、絶対に、とは言いませんが、あまりしゃべらないようにしてください。あなたも一応企業秘密に関わる身だ、まずいことをつい口走らないだけの心構えはあるでしょうが、田舎町の若奥さんとは思えないような小難しい話をしてしまうことはありそうだ」
「そんなことまで指図されなければならないんですか?」
彼女は初めて、不満そうな顔をした。
「私が科学には素人なように、あなたはスパイ活動には素人だ。古文書を保管している部屋までは、私の指示に従ってもらいます」
「そうですね。−−−−−−わかりました」

×

 翌日、彼らはさっそく貸し衣装屋に立ち寄った。そして、派手すぎず簡素すぎない、一番普段着に近い衣装を借りた。
 ヴィンセントの着替えはすぐに済んだが、ルクレツィアはいつまでたっても更衣室から出てこなかった。彼女はここに来るまでも、いろいろと彼を質問責めにしていた。そのいきおいで係員にあれこれ訊きまくって、よけいなことまでしゃべってないだろうな−−−−そんな心配をしていると、ようやくドアが開き、彼女が姿を現した。
 彼は思わず、笑みを漏らした。
 そこにはみごとなウータイ美人がいた。アクセントとしてところどころに明るい色が使われてはいるが、全体としては地味な衣装。しかし、それが返って、彼女のきちんと結い上げられたプラチナブロンドの髪とすっきりした顔の線をきわだたせていた。
「まあまあ、すっかり美人さんになって。ほら、だんなさんが惚れなおしてるわよ」係の女性はルクレツィアを強引にヴィンセントの隣に立たせると、めったにお目にかかれない似合いのカップルを満足そうに眺めた。「うん、とってもいい感じ。−−−−それじゃ、おふたりとも、私たちの街を楽しんできてくださいね」
 街に出るとヴィンセントは、何度もルクレツィアの方に目をやった。彼女は慣れない服装に歩きづらい足元を気にしてばかりした。
 彼女の髪や肌の美しさ、整った目鼻立ちに彼は前々から気づいてはいた。しかし彼女はいつも、清潔にこそしていたが、地味なスカートに無味乾燥な白衣を着、長い髪は無造作にたばねていてどうにもやぼったく、彼は彼女の容姿にさほど興味を持たなかった。
 それが、こうしてきちんと髪を結い化粧をしてみれば、実験の試薬で荒れた手だけはどうにもならなかったが、それ以外は並のモデルならはだしで逃げ出しそうなすこぶるつきの美人だ。
「どうしたの?どこか変かしら?」
しばらくしてルクレツィアはようやくヴィンセントの視線に気づき、自分の服装をあちこち見直した。
「ちょっとみとれていただけです。とってもお美しいですよ」
「・・・・・・・・・・・・・皮肉?」
「素直な感想を言ってるだけなんですがね。素材はいいんだから、普段からもう少し身なりに気を使ったらどうですか?いつも化粧っ気なしのゆわえ髪にしていないで」
「店員だの受付嬢だのの人前に出る仕事じゃないんだから、そんな必要はありません」ルクレツィアはかすかに顔を赤らめた。「そんなことより、さっさと下見に行きましょう。私たちはここに遊びに来たわけじゃないんですからね」
「まあ、そんなにあわてないで。この服に慣れるのも目的のひとつなんですから。まずは敵情視察がてらウータイ見物としゃれこむのも悪くないですよ」
 ヴィンセントは観光客たちに混じるようにして、ルクレツィアをウータイのあちこちに案内した。ダチャオ像を始めとして、観光用からくり屋敷、庭園、鐘つき堂−−−−彼女は初め、そんな寄り道に乗り気ではなかったが、だんだんと興味を示し始めた。ここに来る前に、ウータイのことは一通り下調べはしてきた。しかし、話に聞くのと実際に見るのとでは感動が違う。ミッドガルに帰ったら調べなおしてみようと、彼女は熱心にメモを取った。
 その合間には、ウータイの統治や警備に関わる場所もたまたま通りがかっただけというふりをして回った。そこでもルクレツィアは、ヴィンセントに矢継ぎ早に質問した。歴史や文化に興味のないヴィンセントもそういうことには詳しくたいていの質問に答えられたが、あまりのしつこさに最後は怒鳴って彼女を黙らせてしまった。
 そして亀道楽で遅めの昼食にウータイ料理を楽しんだあと、彼らは本来の目的地へと向かった。
「−−−−−五強の塔です」ヴィンセントは言った。「ダチャオ像と並んで、ウータイで最も神聖とされている場所です。他国の人間はよほどのことがない限り、入れません。まあ、私はすでに3度も無断で入ってますけどね。古い文献の大半を保管している部屋はここの地下にあります。今までにそちらに提出した文書はすべて、ここから持ち出したものです」
「大半、っていうと、他にも保管場所があるんですか?」
「頭領のキサラギ家の蔵でも保管していることがわかってます。ウータイが重要視しているものは、そっちにあるようですね」
「それなら、そちらも調べてみないと−−−−」
「重要と言っても、あくまでもウータイの基準で、ですよ。彼らが古代種に注目しているのならば、これまでに私がそちらに渡した程度の文献も持ち出せたかどうかわかりません。もしキサラギ家の方に掘り出し物があるとしても、そこは忍者の頭領の家だけあって腕のたつ忍者がひんぱんに出入りしているし、さきほどお見せしたおもちゃのようなからくり屋敷とは比べ物にならない危険なしかけが山ほどある。私ひとりでも、キサラギ家に潜入するのはごめんこうむりたい。ましてや、あなたを連れてなんて言ったら、死にに行くようなもんです」
「そう・・・・・・・・・・・・ですか」
彼女は残念そうに視線を落とした。
「今からそんなにがっかりすることはないでしょう。五強の塔なら、タイミングさえみはからえば、潜入はそれほど難しくはない。ここにあなたが満足するような文献があれば、なんの問題もないわけだ」彼は多くの観光客たちがそうするように、物珍しそうな表情を顔に貼りつけて塔の回りを歩き始めた。「潜入は3日後の夜。その日は、ダチャオ像のところで季節ごとに行われる例祭があります。普段は五強聖を初めとするトップクラスの忍者たちが大勢ここで修行をしていてとてもじゃないが入り込めないが、その日は門番と、せいぜい数人の忍者が残るだけのはずだ。ここは修行の場として神聖視されてはいるが、あまり重要な物は置かれてないためか、警備は意外と手薄なのでね。今夜にでも、内部の見取り図と、私にわかっている限りの文献の保管位置を教えます。−−−−−さて。まだ時間はあります。それまでゆっくりとしましょうか」

×

 3日後、まだ宵の口にヴィンセントとルクレツィアは五強の塔に向かった。
 まだ早い時間だからだけではなく、街には多くの人の姿があった。年に4回の例祭。今回は小祭で大規模なものではなかったが、それでも篝火に照らされたダチャオ像の幻想的な光景を見ようと、多くの観光客たちが街の広場にくりだしていた。ふたりはその脇をすり抜けるようにして、街はずれの方へと歩いていった。
 塔が近くなるにつれて、人影は減り、あたりは暗くなっていった。やがて、塔の入り口で燃やされている篝火の明かりが見えてきた。
 ヴィンセントはその明かりの届かぬ物陰で立ち止まり、あたりの様子をうかがった。入り口にはいつも必ずいる門番がひとり。他には人の気配はない。
「−−−−それで、どうやって入るのですか?」
彼のうしろからルクレツィアが小声で、しかし興奮した口調で訊いた。危険な実験やフィールドワークを数多くこなしてきた彼女も、スパイのまねごとは初めてだ。
 彼は彼女の問いに答えなかった。
 結論はすでに出ている。しかし、素人を連れて侵入する方法が他にないか、彼はもう一度考えてみた。
 やはり、そうするしかないか−−−−。彼は決断すると、言った。
「ちょっとここで待っていてください」
そして彼は、門番の方へと歩き出した。
「誰だ?!」
門番は人影を認め、厳しい口調で誰何した。
「お静かに。ゴドー様の使いで参りました」
ヴィンセントは門番の前にひざまづいた。
「ゴドー様の?」
「はい。−−−−−ちょっとお耳を」
彼は立ち上がるなり、手元に隠していたワイヤーを門番の首に巻き付けた。門番はあわてて腰の小刀に手をやった。しかしヴィンセントがワイヤーを引くと、声もたてずにその場にくずおれた。
 彼は門番の口元に手をかざした。息はなかった。彼が操るワイヤーは、男の首の骨を確実に折っていた。しかし念のために銃を出すと、銃身で喉をつぶした。
 彼はルクレツィアに手招きした。彼女は小走りで駆け寄ってきた。そしてそこに倒れている男の体を、ちょっと驚いた様子で見下ろした。
「殺したの?」
「しかたないですね。どうすればあなたでも侵入できるかいろいろ考えたんですが、これ以外に確実な方法を考えつかなかった」
ヴィンセントは不機嫌そうに言った。殺しなら何度もやっているし、それ自体が任務ならば躊躇する理由はない。だが、他の任務の遂行手段として不必要な殺しをするのは彼の主義に反することだった。
 しかしルクレツィアが、女とはいえ、時には人体実験すら厭わない宝条チームの科学者であり、殺人現場を見ても動転しない神経の持ち主であることだけはありがたかった。
 彼は死体を入り口の階段の下に隠すと、ルクレツィアを連れて中に入った。耳を澄ませる。上の方でかすかな物音がした。誰かいるらしい。しかし大勢いる気配はなく、問題ないと判断すると、彼は彼女をうながして地下室への階段を降りた。
 ヴィンセントは階段の突き当たりにある扉を、すでに作ってあった合い鍵で開けた。そして部屋の明かりをつけた時、ルクレツィアの口から思わずため息が漏れた。
 中には見るからに古そうな本や巻物がところせましと並んでいた。ミッドガルの何倍も長い歴史を持つウータイ。古代文明や歴史に興味を持つ者には、おそらく宝の山なのだろう。ヴィンセントには古い紙くずにしか見えなかったが。
「祭が終わるまで3時間半」ヴィンセントは時計を見ながら言った。「見張りの交代時間までは4時間弱。念のため、遅くとも3時間後にはここを出ます。少々派手なことをしてしまったので、今後はここへの侵入は少なくとも素人には不可能になるでしょう。つまり、あなたは二度と来られなくなる。夢中になるのは結構だが、夢中になりすぎて心残りのないようにしてくださいよ」
「ええ、わかってます」
ルクレツィアは返事をするのももどかしそうに、彼にはタイトルを読みとるのがやっとの古い文献に没頭し始めた。
 ヴィンセントは1階に戻ると、門番のふりをして入り口に立った。静かな夜だった。木々のはるか向こうに、ダチャオ像が夜空にかすかに浮かぶのが見える。
 伝統文化を観光資源として利用もするが、それ以上に大切にしかたくなに守り続けるウータイ。何百年も行われている今日の祭も、よそものは参道の入り口までしか近づくことを許されず、そこで何が行われているのかはほとんど知られていない。それと同じく、あたりさわりのないことは見せびらかすようにしていても、多くのことが他国には謎のまま残っていた。
 そんな彼らが、魔晄エネルギーを武器に近代化の波で世界中を洗い流そうとしている神羅カンパニーをさらに敵視することはあっても、相容れることはないだろう。この先、互いの関係はさらに緊迫感を増していく。ウータイ関係の任務が増えるにつけ、ヴィンセントはそのことを実感として感じ取っていた。しかし、そんなことは彼にはどうでもいいことだった。ウータイに限らず、神羅に反抗する者は絶えることはないだろう。そして、彼の仕事が絶えることもない。その保証さえあればよかった。
 やがて月が昇ってきた。ヴィンセントは時間を確かめた。もうすぐ3時間たつ。そろそろどれを持ち出すか決めろと催促に行った方がいいか−−−−そう考えた時、女の悲鳴が響いた。
「ルクレツィア?!」
ヴィンセントは階段に急いだ。そして、降りようとしたところで足を止めた。
 扉の前で忍者がひとり、ルクレツィアの腕を後ろ手にねじり上げて立っていた。
「おまえたちは誰だ?ウータイの民ではないな。ここで何をしている?」
地下への入り口はこれひとつのはず。ここにも気を配っていたつもりだった。たとえ背中を向けていたにしても、誰かが通る気配に全く気づかなかったとは−−−−なんという失態!
 ただならぬ様子に、五強の塔にいた者たちが集まってきた。そしてヴィンセントを3人の忍者が取り囲んだ。
 全部で4人か−−−−普段なら十数人があっと言う間に集まってくるところだ。しかしこのくらいの数ならば、自分ひとりが脱出するだけならなんとでもなる。とはいえ、足手まといもいるのでは・・・・・・・・・・・・。
「どこの手の者だ?目的はなんだ?答えろ!」
「ヴィ・・・・・・・・ヴィンス・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ルクレツィアは真っ青になってがたがた震えていた。
 ・・・・・・・・・足手まといがいることを逆手に取るしかないか。
 ヴィンセントは唐突に姿勢を落とした。そして銃を抜き、引き金を引いた。一発、二発。その弾は忍者たちの首に当たり、彼らは何もできぬまま倒れた。3人目の忍者が小柄を彼に向けて突きだした。彼は床を転がりそれを避けた。三発。その弾も、狙い違わず3人目の喉を撃ち抜いた。
 彼は素早く身を起こすと、地下への階段を駆け下りた。ルクレツィアを捕らえていた忍者は一瞬躊躇したあと彼女を突き飛ばすと、彼に手裏剣を放った。それをよけきれず、鋭い刃がヴィンセントの左腕に刺さった。彼は顔をしかめながらも引き金を引いた。四発。眉間に命中。最後の忍者はのけぞるようにゆっくりと床に崩れ落ちた。
「ルクレツィア!脱出する!早く!!」
ヴィンセントはそう叫びながら、目の前の死体の帯ひもで傷ついた腕をしばりあげて止血をし、手裏剣を抜いた。
「ヴィンス・・・・・・・・私・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ルクレツィアはまだ床に座り込んだまま、おびえきった目を彼の方に向けていた。
「早くしろと言ってるんだ!!」
彼は彼女の腕をひっぱり無理矢理立たせると、階段へと引きずった。
「ま・・・・・待って・・・・・・・・・本を・・・・・・・古代種の文献を、持って、こないと・・・・・・・・・・・・・・・・」
「わかった、わかったから早くしろ!」
 ルクレツィアはおぼつかない足取りで書庫に戻ると、選んでおいた本や巻物を何度も落としそうになりながらなんとか布に包んだ。そしてそれをしっかりと抱えると、ヴィンセントにくっつくようにして出口へ向かった。
 扉のところで彼は外の様子をうかがった。風に木々が揺れる音がするだけだった。時計をはめた左腕が傷の痛みでどうにも上げられず、彼は時間をルクレツィアに訊いた。まもなく祭が終わる時刻。見張りの交代にはまだ余裕があるが、祭が終わればそれよりも早く誰か来るかもしれない。これ以上無駄にする時間はない。
 ヴィンセントは森の中の獣道へと駆け込んだ。ルクレツィアも必死になってあとを追った。
 そして五強の塔で大騒動が起こった頃には、彼らは闇の中へと姿を消していた。



×××



 目の前で、ろうそくの炎が小さく揺れていた。
 そこは、ウータイの街からさほど離れていない打ち捨てられた山小屋の中。まだ家の形をとどめているのが不思議なくらいぼろぼろで、屋根を通して星が見え、壁は風がそのまま通り抜けていく。
 しかし、山仕事の道具や食料を置いていたと思われる地下室は地上の外見からは想像できないくらいしっかりしていて、身をひそめるのに都合がよかった。ウータイに入る前にヴィンセントは、なんらかの理由で宿に戻れなくなった時のことを考えて着替えや身の回りの品、逃走資金をここに隠しておいた。
 着慣れた服に着替え、簡単にではあるが傷の手当も済ませた。逃走に必要な物や金もそろった。それならば一刻も早く、ウータイの島を離れたかった。簡単には見つからない隠れ家を確保した自信はあったとはいえ、地の利はあちらにある。こんなに街の近くにいたのでは、いつ追っ手に気づかれないとも限らない。
 しかし、今はここを動くわけにはいかなかった。
 ルクレツィアが、とてもではないが外に出られる状態ではなかった。ここまで逃走する間は無我夢中だったためか冷静さを取り戻したように見えたが、ここに落ち着いたとたん、また震えが止まらなくなっていた。
 そしてヴィンセントは、自己嫌悪に陥っていた。
 あの時、捕らわれていたルクレツィアには目もくれず、忍者たちを倒すことだけに集中したのはひとつの賭だった。
 ウータイ忍者たちの誇りは、とてつもなく高い。いくら不審者とはいえ、がたがた震えているだけのうら若い女を盾にしたりせず、自分ひとりを狙ってくるだろうと彼は踏んだ。そしてその読みは当たった。忍者たちは、人質がいるにもかかわらず彼が反撃してくるとは思いもしなかったのだろう、あっさりと彼の銃の的になった。4人目の忍者は戦うのに邪魔な彼女を解放し、そして、ヴィンセントに傷を負わせただけで彼の銃弾に倒れた。
 しかし、今回の任務で一番重要なのは、ルクレツィアの護衛。その彼女の安全を無視する選択をしてしまった。うまくいったからよかったようなものの、もし失敗していたら・・・・・・・・・・・。
 得意とする性質の任務での失敗を、他の誰が許しても、自分自身のプライドが許さない。
「ねえ・・・・・・・・ヴィンセント・・・・・・・・・・・・私たち、これから、どうなるの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うるさい」
「私たち、帰れるの?ミッドガルに帰れるの??」
「黙れと言ってるんだ!!」
ルクレツィアはびくりとして身を縮ませた。そして今度は、ひきつったように泣きじゃくりだした。
 他人が殺されるのは平気な顔で見ていたくせに、自分自身の命が危険にさらされることにはこんなにも弱いとはな・・・・・・・・・・・・。
 五強の塔に向かう前に宿は引き払ってきた。目撃者はいないはず。塔に侵入し5人の忍者を殺したのが自分たちだと気づかれてはいないかも知れない。しかし、たとえそうだとしても、こんな状態のルクレツィアを連れて動くのは、目立ってしょうがない。とにかく彼女が落ち着くまで待って、そのあとどうするか−−−−−−。
 ヴィンセントは善後策を考えた。考えようとした。しかし、ルクレツィアの泣き声が耳障りで、どうしても考え事に集中できない。
 さんざん彼女を無視しようとした末どうにも我慢できなくなり、彼は乱暴に彼女を抱き寄せた。そして、彼女の唇を自分の口でふさいだ。
 そして−−−−−−−−−。




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