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SECOND MISSION〜Final Fantasy VIII・IF〜

〜ウィンヒル〜




 ウィンヒルでたった一軒の小さなホテルのロビーは、暖かな光と優しい香りに満ちていた。
 開け放たれた窓からは初夏のさわやかな風が吹き込んでくる。窓の外では、生い茂った木々の葉が陽光にきらめいている。枝の上で、一匹の子リスがゆったりと身づくろいをしている。木立の向こうに広がる畑では、何人かの村人たちが仕事にせいを出している。
 ラグナは窓辺に座り、外の風景をぼんやりと眺めていた。
 久しぶりに会った、昔世話になった人たちはみな一様に年を取った。すでに亡くなった人もいた。かつて遊んでやった小さな子供たちも今は立派な働き手になり、家庭を持ったり都会に出ていった者もいた。
 人の姿は変わった。しかしこの光景は、今も昔も変わらない。
「ラグナおじさん、お茶をもらってきたわ」
エルオーネの声に、彼は振り返った。
 彼女はカップにお茶をたっぷりと注いだ。ほのかに甘い香りが湯気とともに立ちのぼる。ウィンヒル特産のハーブティ。ラグナはそれをゆっくりと口に含んだ。どこかでウィンヒルとつながっていたいからと、機会あるごとに手に入れてきた。しかし今日は、不思議なほどに味わいが違う。
「疲れた?」
エルオーネは心配そうに彼の顔をのぞきこみながら言った。
「うん・・・・・・・・・ちょっとな」こわばっていたラグナの表情が、ようやくほぐれた。「やっぱ、おまえに一足先に帰ってきてもらってよかったよ。おまえが間にたってくれたおかげで、村の人たちが会ってもくれないってことはなかったし、こうして何日かここにいさせてもらえることになったし。そりゃま、やなことはいっぱい言われたけど、それは、こんなに長い間連絡ひとつ取らなかったオレが悪いんだもんな。−−−−だけど、おまえのことまで悪く言う人だけはいなくて、ほっとしたよ。いずれはおまえをここに帰すつもりだったけど、こんなふうにじゃなくってさ・・・・・・・・・オレの味方をしたばっかりにおまえまでここに住めなくなっちまうんじゃないかと思うと心配だったんだ・・・・・・・・いくらおまえの方から言ってくれたこととはいえ・・・・・・・・・・・・・」
「ほんとにもう、自分はむちゃくちゃやるくせに、人のこととなるとすごい心配性なんだから。ウィンヒルにはちょっとへんくつな人が多いけど、悪い人はいないわ。それ は、おじさんの方がよく知ってるでしょ?」そしてエルオーネはかすかに目をふせると、言った。「−−−−それにね。私、もう、なんにもできない小さな子供じゃないわ。だからといってたいしたことができるわけじゃないからあんまりおじさんの力にはなれないかも知れないけど、でも、頼れるところは頼って欲しいな・・・・・・・・・・」
 子供たちは無事見つかった。戦後処理も一段落ついた。ならば一度ウィンヒルに帰ろうかと思いながらも、やはり帰りづらいことに変わりはなかった。それを見かねてエルオーネが、ラグナおじさんが少しでも帰りやすいように自分が村の人たちに話を通してくる、と言い出した。ラグナはそれに反対したがエルオーネの気持ちを変えられず、彼女のしたいようにさせるしかなかった。
「・・・・・・・・・・それで、ね。あのこと、どうしても話しちゃだめ?」
「何を」
「だから、寄付のこと。村長さんにそれとなく聞いてみたんだけど、10何年も続いている匿名の人からの寄付に、すごく感謝してたわ。そのお金でモンスター退治をする人を雇えたおかげで畑を荒らされることがなくなって生活が楽になって、村を出ていく人も少なくなったって。寄付していたのがおじさんだったとわかれば、きっと−−−−−−−」
「オレじゃねえよ。あれはエスタがやってくれてたんだ。ジャーナリストとしてのオレの収入はしれたもんだったから、そんなことまでする余裕はなかったもんな」
「でも、エスタを出る前の3年くらいはおじさんがしていたんでしょ?そのあとも、エスタの人たちが寄付を続けてくれていたのはおじさんに感謝してのことなんだし。だからやっぱり−−−−−−−−」
「たとえそうでも、恩着せがましいことをするのはオレの趣味じゃねえよ。それに、そいつを話したら、オレがエスタで要職に就いてたってのまでバラさなきゃならなくなるだろうな。できれば、そのことは知られたくねえんだ。あとあと考えてることがあるんでな」
「うん・・・・・・・・わかった」
エルオーネはしゅんとなって言った。
「そんな顔するなよ。オレは、ウィンヒルの人たちとやり直すのをあきらめてそう言ってるわけじゃない。20年前だって、村の人たちと仲良くなるのは簡単じゃなかった。今度はもっと時間がかかるだろうけど、それでもきっと、なんとかなるよ。その・・・・・・・・・おまえも、手伝ってくれるんだろう?」
彼女はうれしそうにうなづいた。
 −−−−与えられるよりも与えることに喜びを感じる、か。キロスが言っていた通りかも知れないな。ラグナは思った。
 キロスとウォードは、ラグナの心配に理解を示しながらもエルオーネの提案に反対はしなかった。むしろ、君は過保護だとかあの子を子供扱いしすぎるとか言って、彼を説得する方に回った。ラグナはそれに腹をたてたりもしたが、結局認めるしかなかった。一歩下がって冷静に見られるぶん、彼らの方がエルオーネを理解していることを。
「ところで、キロスたちはどうしたんだ?さっきから全然姿が見えねえけど」
「ちょっと用事があって隣町まで出かけてるわ。すぐに戻るって」
「用事・・・・・・・?」
エルオーネが意味ありげに笑う。
 −−−−こいつ、もしかして、オレになんか隠してねえか?
 それを見てラグナは、キロスとウォードの様子もエスタを出る前からどこかおかしかったことに思い当たった。それまでは、連中も緊張しているんだと思っていたのだが。
「あ、戻ってきたみたい」
その時ちょうど、ホテルのドアが開いた。
「帰っていたか、ラグナくん。挨拶回りは無事済んだか?」
「ああ、なんとか、な」ラグナは言った。「で、どこに行ってたんだ?エルをひとりでほったらかしてよ」
「駅まで大事な客を迎えにな。−−−−−いいよ、お入り」
キロスにうながされて、ドアの陰からひとりの少女がひょっこりと顔を出した。
「ラグナおじさま、こんにちわ」
「リノア!」思いがけない客に、ラグナは駆け寄った。「うっわ〜〜〜、久しぶりだな〜〜〜〜〜。元気だったか?こんなとこまで来てくれるとは思わなかったぜ。も〜〜〜〜水くさいな〜〜〜〜〜〜〜。来るなら来ると言ってくれればよかったのによ!」
「キロスさんたちにお願いして、おじさまにはないしょにしていてもらったの。驚かせようと思って」
「驚いた驚いた、すっげー驚いた。−−−−で、あんたひとりか?まさか、そのへんにスコールまで隠してるんじゃねえだろな??」
「それなんだけど・・・・・・・・・・」リノアはうつむいた。「スコールは、昨日から行方をくらましちゃって」
「ん?」
「スコールの部屋で、おじさまからの手紙がゴミ箱に捨ててあるのを、見つけちゃったんです。それを読んで私、お母さまのお墓参りくらい行かなきゃって、外泊許可は取らせたんですけど、昨日、学生寮に迎えに行ったら−−−−−。ごめんなさい。『力』を使えば居所くらいすぐにわかるんだろうけど、私、やっぱりそういうのは怖くって」
「いいよいいよ、あんたが気に病むことないって。無理強いしたっていいことないよ。あいつの気持ちもわかるからさ。−−−−それよか、ゆっくり話を聞かせてくれよ。ホント久しぶりだもんな」
 任務を終えたSeeDたちと共にガルバディアに帰って以来だった。
 スコールともそれから会っていなかった。ラグナは戦後処理に忙しくてなかなかエスタを離れられず、スコールの方から会いに来ることもなかった。手紙は何度か書き送っていたが、返事も一度も来なかった。
 リノアはいちおうデリングシティの父親のところに帰り、彼にまったく顔を見せないということはなくなったが、それでも月の半分は各地のガーデンにいりびたっていた。
 彼女は、自分が見たスコールやガーデンの近況をラグナに話して聞かせた。
 バラムとガルバディアのガーデンは元の場所に落ち着き、以前の生活に戻ったこと。トラビアガーデンの復興も順調に進み、秋には授業が再開できそうだということ。トラビアの復興の応援に他のガーデンから学生たちが交代で行っているが、そのとりまとめはスコールが、上から強制されてなどではなく自分から進んでやっていて、彼自身も先月1ヶ月ほどトラビアに行っていたこと。たまの休日、友人たちに遊びにさそわれてもたいてい断っているがそれは、これまでのようにただうっとおしいからなどではなく、どうしたらいいのかわからなくて困って結局つっぱねてしまっているらしいこと−−−だいたい、さそわれること自体がまずなかったのだから−−−。少々、というより、かなり強引なところのあるリノアにあちこち引きずり回されたり、よけいなことに首をつっこまされたり、興味のないことにつきあわされたりしてスコールはすっかり困り果てていること。それはリノアがそう言ったわけではないが、彼女の話のはしばしからそんなところが読みとれて、あの仏頂面がどんな顔でこの娘にふりまわされていることやらと想像すると、ラグナはおかしくてならなかった。
 あれやこれやを楽しげに話していたリノアだったが、先日スコールといっしょにガルバディアガーデンを訪ねた時のことに話がおよぶと、彼女はふっと視線を落とした。
 そこに泊まった夜、彼女はひとりで講堂に−−−−イデアを解放したアルティミシアが今度は自分を襲い、意識を封じた場所に行った、と話した。自分の中に残るアルティミシアと向き合うために。
「あの時のことも、ルナティックパンドラでのことも、思い出すだけで怖い。自分があんな恐ろしい魔女の後継者であることも、彼女の意識のかけらが自分の中に残ってしまったことも、すごくいや。いやなんだけど−−−−でも、アルティミシアをだんだん憎めなくなっているのも、本当なんです」リノアは言った。「彼女は、悲しい人でした。あの時代、唯一の魔女になり、それまで誰も持ち得なかったほど強大な魔力を持ち、過去のすべての魔女の記憶を受け継いだことで、彼女の心は壊れてしまったんです。彼女の心には、怒りしかありませんでした。その怒りは、同じ時代に生きる人だけでなく、過去、未来、すべての時間に存在するすべての人に向けられてました。魔女を忌み嫌った普通の人たちにだけでなく、特別な力を与えられながらそれを恥じるばかりで差別させるにまかせていた魔女、普通の暮らしを望むだけだった魔女にも、そして、自分が死んだあともきっと同じことを繰り返すであろう未来の人にまで。−−−−アルティミシアがアデルの封印を解き、彼女の回復を待ったのは、彼女に自分と同じものを感じ取ったからみたいです。アルティミシアは自分以外のすべてを滅ぼそうとし、アデルにも救いの手をさしのべるつもりはなかったけれど、でも、もし時間圧縮に耐えるだけの力があるのならば彼女だけは存在することを許そうと。−−−−−−私はアデルのようになんかなりたくない。今までのままでいたい。ガーデンのみんなや、ティンバーの友だちと、今までどおりなかよくしていきたい。でも、そんな自分の気持ちがいずれあの魔女の怒りの種になるのかと思うと・・・・・・それも、怖い・・・・・・・・・・・・・・」
「なあ、リノア・・・・・・・・・・・。アデルの後継者になってくれ、なんてひどいことを頼んだオレが言うことじゃないかも知れないけど、あんたの3倍近く生きてきて、いろんな経験をしたヤツの話として、聞いてくれないか」ラグナは、少々気がひけるものを感じながらも彼女の目を見つめて言った。「あんたがそう望むのは当然のことだ。オレだってそうだ。誰もがみんな、同じ想いを心のどこかに持っているはずだ。ただそれぞれ、考え方も、環境も、立場も違うからそう簡単にはいかないだけで。あんたは魔女になったことで、それが一段と難しくなった。あんたが強くそう望むようになったのは、それがわかってるからじゃないかな、と思う。多くの人は、ただ魔女であるということだけで拒絶する。持てるはずのない力を持っているというだけで恐れる。オレも若い頃はそうだった。・・・・・・・・・いや。今だって、魔女を恐れる気持ちをまるっきり持っていないってわけじゃないな。普通の人間となんら変わらない魔女がほとんどだってことも知ってるけど、その力を悪しき方向に使えば普通の人間にはなれっこない恐ろしい存在になってしまうことも知っているから。−−−−でもな、リノア。オレは、あんたがそんな魔女には決してならないことも知ってるよ。アルティミシアのやつあたりなんか恐れるな。幸せになりたければなればいい。それはすっごく大変なことだろう。世間の大半の人が魔女に抱いているイメージどおりにふるまった方が楽だと思うことも1度や2度じゃ済まないだろうな。なんか脅すみたいだけど、でも、あんたが自分の望むとおりに暮らすのは不可能じゃないとわかっているからこそ、あえて現実ってものを言えるんだ。あんたには、あんたが魔女であろうとなかろうと、変わらずに接してくれる友だちがいる。魔女になったがゆえに背負わなければならなくなった悲しみをいっしょに背負ってくれる人がいる。・・・・・・・・そうだろ?」
「はい−−−−−−−!」
リノアは力強く答えた。
 ラグナは目を細めた。そして、心の中で彼女に語りかけた。
 −−−−それから、オレもだよ、リノア。
 オレには、スコールやガーデンの連中のように、あんたのすぐそばにいてあんたの心のささえになるなんてことはできないだろう。それがあんたにとって必要なこととも思わない。でも、オレにはオレのやり方がある。オレには、ジャーナリストとして、あるいは政治家として長年つちかってきた、人の心に訴える力がある。その力でもって、心優しい魔女たちが平穏に暮らしていく手助けができたら−−−−−そう思っているんだ。
 リノアは少しずつ、自分自身のことも話し始めた。
 娘が魔女になってしまったことにひどく驚き悲しみながらも父親は、それ以上に、娘の『心配かけてごめんなさい』の一言にとても喜んでくれたこと。今はガルバディアの実力者となったカーウェイの下、ガルバディア政府はティンバーの自治権を認める方向に動いていて、そのことをティンバーの知人たちが喜んでいるのが自分もすごくうれしいこと。
 そして、6才の時に亡くなった母親との思い出。ジュリアはおませさんだった幼い娘に、パパと結婚する前にちょっと好きだった人のことを−−−それが自分の目の前にいる人だということまではリノアは知らないようだが−−−話していたようだった。彼女が自分との時間を思い出として大事にしていてくれたことを知って、ラグナはなんだかせつなくなった。
 話が尽きることはなかった。しかし、さっきから時計を気にしていたキロスが、なんとなく言いにくそうに話にわりこんだ。
「ラグナくん、レインのところに行くのなら、そろそろ行った方がいいんじゃないか?話の続きはまたあとですることにして」
「あ〜〜〜〜〜・・・・・・・・・もう、こんな時間か」
すでに夕方だった。日が暮れるのにはまだ早いが、太陽はかなり西に傾いていた。
 ラグナはちらりとドアの方に目をやった。開く気配はない。
「・・・・・・・・・・・・・・・やっぱ、スコールは来ねえか」
彼はため息混じりにそう言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
いまさら来るわけないだろう、ウォードの顔はそう言っていた。
「でもさー。さっきリノアが、行き先をガーデンに言い残してきた、って言ってたろ?リノアがオレに会うのもいやがって連れ戻しに、ってのでもいいから来てくれないかなー、なんて思ったんだけど、そーゆーのも甘かったか」ラグナは立ち上がった。「さて、と!そんじゃ、いくら待ってても来ねえヤツのことなんかほっといていいかげん行くか?レインが待ちくたびれてしまってらあ。リノアもいっしょにどうだ?せっかくここまで来てくれたんだしよ」
「いえ、私はここで待ってます」
「ん〜〜〜、エンリョするこたねえぜ。レインも『息子のカノジョ』ってモンに会いたいだろうしさ」
「いえ、私は、ほんとに」リノアは真っ赤になって言った。「私は、また今度、スコールに連れていってもらいますから」
「あ〜〜〜〜なるほど。そだな。その方がいいな。そんじゃ、ちょいと待っててくれよな。じゃ、そゆことで」
「私たちも待ってる。レインとふたりきりで話したいこともあるでしょ?」
エルオーネが言った。
「だけど、おまえもまだ行ってねえんだろ?だったら」
彼女は黙って首を横に振った。キロスとウォードもうなづく。
「ん〜〜〜〜〜、そっかあ?−−−−そんなら、まあ、今日のところは、オレひとりで行ってくるわ」
 ラグナはくるっと回れ右をした。そして、壮絶に椅子を蹴倒した。彼はあせって椅子を元に戻した。そしてどこかぎこちない歩き方でドアの方に向かう。
「ラグナおじさん、忘れ物!」エルオーネが用意してあった花束を持ってあとを追った。「まったくもう、せっかく1時間もかけてお花を選んだってのに、置いてっちゃだめじゃない。それに、さっきから何度も頭をかきむしってるから髪の毛がぼさぼさ。衿も曲がってる!こんなだらしないことじゃ、一流のジャーナリストにも大きな国の大統領にも見えないわよ」
 エルオーネは手櫛でラグナの髪を整え、襟元を直した。そしてしばらく彼の顔を見つめると、ぽんっと胸を叩いた。
「−−−−これでいいわ。いってらっしゃい。レインに、私たちは明日にでも会いに行くって伝えておいてね」
「うん・・・・・・・・・・・・・・」
 ラグナはあらためて出口に向かった。そしてそのままドアに激突した。彼はひたいをさすり、照れ笑いを浮かべながら今度はちゃんとドアを開け、出ていった。
「嫁さんの墓参りに行くだけのことに、なにをあんなに緊張しているんだろうね、あの男は」
キロスはあきれかえった。
「やっぱりついて行った方がよかったかしら。なんだか心配になってきちゃった」
エルオーネは困ったように言う。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ウォードも苦笑いをしながらうなづく。
 そしてエルオーネは、かすかに目を伏せた。
「でも、なんだかわかる気がするな。レインが亡くなってから17年。やっとここに来れたんだもの」
「そうだな・・・・・・・・・・」キロスはうなづき、言った。「最初の2、3年こそ事情が許さずエスタを離れることすらできなかったが、そのあとは、来ようと思えば来れたはずだったのに。そのあともあいつは、怖くてウィンヒルに近づくことができなかった。レインを、君とスコールくんを守りきれなかった自分を責めて。だけど、これでやっと、あいつは自分を許すことができたんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 17年。それぞれにとってあまりにも長い年月だった。
 だがそれを、誰よりも長く、永遠のように感じていたのはラグナだろう。笑顔の裏で、不安や苦悩をひとりでじっとかかえこんでいたことをキロスとウォードは知っていた。エルオーネもまた、どうにも埋められない彼の孤独をかいま見ていた。
 でも、これで、やっと・・・・・・・・・・・・・・・・。
「さてと、うるさいのがいなくなったところで!」沈んでしまった雰囲気を吹き飛ばすように、キロスが景気よく言った。「若いお嬢さんがたはこういう話がお好きなのではないかな?ここで、ラグナくんがレインにプロポーズした時の話を一席」
「わっ!聞きたい!!」



×××



 ラグナは花畑を横切る小道に立っていた。
 まわりでは、秋には色とりどりの花を咲かせるであろう植え付けの済んだばかりの苗が、若々しい緑を風にそよがせていた。
 −−−−−ちょうど、このあたりだった。
 あの時は、春の野の花が一面に咲き乱れていた。
 記者になるという、長年の夢が叶ったことがうれしくてしかたなかった。20で軍に入って以来、一カ所にこんなに長くいたことはなかったから、そろそろ腰が落ち着かなくなってきてもいた。
 しかし、ウィンヒルでの暮らしをすっぱりと切り捨て、まったく新しい生活を始める気にもなれなかった。
 ここには、レインがいたから。レインとエルオーネがいたから。
 疲れた時にはここに帰って来たい、そう思ったから。
 それはひどく自分勝手な願いだとわかっていた。
 オレは、自分がひとところに落ち着けない人間だということを知っていた。そんな男がレインの、片田舎の小さな村で静かに暮らすことを望む女の、いい夫になれるとは思えなかった。
 それでも、何も言わないままあきらめることはできなかった。
 そしてレインは、黙ってオレのわがままを受け入れてくれた。
 腕の中のレインの身体の感触、彼女の髪の匂い、かすかにしょっぱかった初めての口づけ、あとにも先にも感じたことのない想い−−−−−−。
 ラグナは墓地の方へ足を向けた。その道は、丘のむこうに続いていた。
 あの事件がなかったならば、と考えないわけじゃない。この道の先にいるレインが元気な姿ならばと、彼女といっしょに年をとっていけたのならばと。
 でも、この17年があったからこそ、ウィンヒルで暮らした短い時がオレにとってなんだったのかを知ることができた。そして、その記憶があったからこそ、こんなにも長い年月を、光がまったく見えなくてもあきらめたりせずにやってこれた。
 オレはこれからも、前を向いて生きていこうと思う。幸せのひとつの形は永遠に失われてしまったけれど、あの事件がなかったならば、あのまま平穏な暮らしが続いていたならば、得られなかったであろう別の幸せがこの先にあると信じて。
 畑がとぎれ、丘を越えたところで村はずれの墓地が見えてきた。
 そこに、人影があった。
 姿勢のいい、暗めの金髪の少年。
 彼はポケットに手をつっこんだままじっとたたずみ、自分の足下を見つめていた。
「うわおっ!スコール!!」ラグナは思わず走り出した。「なんだよ〜〜〜、先に来てたのか??そうならそうと言えよな〜〜〜〜〜。宿でず〜〜っと待ってたんだぜ!リノアちゃんもすっげー心配しててさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 スコールはびっくりして振り返った。そしてあわててあたりを見回した。しかし墓地への道は1本しかない。彼は視線を落としラグナと目を合わせないようにして、足早に道を戻ってきた。
「スコール・・・・・・・・・・・。おまえ、あん時のこと、まだ怒ってるか?」
すれちがいざま、ラグナは言った。
 スコールの足が止まった。
「キツいことを言ったと思ってる。ひどいことをさせたと思ってる。でも、オレは絶対にあやまらねえからな。オレだって、代われるもんなら代わってやりたかったさ。だけどオレは、魔女でもなければSeeDでもない。オレじゃ、ダメだったんだ。オレにできたのは、ちょこっと手助けすることと、おまえの力を信じることだけだった。そしておまえは、あんなに難しい仕事を立派にやりとげた。オレは、そんなおまえのことをすごく誇りに思ってるぞ、スコール」
やっと、言えた。どうしても直接言いたいからと、手紙には書かなかったことを。
「オレを許してくれとは言わない。オレのことをわかってくれとは言わない。でもオレは、おまえのことを知りたいんだ。おまえがどんなふうに育ってきたのか、どんな暮らしをしているのか、どんなことを考えているのか。リノアや、エルオーネや、イデアや、ガーデンの連中のことをどう見ているのか。それから−−−−オレのことをどう思っているのか」
彼のうしろで、砂利がかすかに鳴る。
「うらんでるとか、憎んでるとか、あんまし聞きたくないような言葉でもいいんだ。それがおまえの正直な気持ちならば。言わなくってもわかるってこともあるけれど、そうしようにもオレはおまえのことを知らなすぎる。まずは言葉から始めたい。だから」
 返事はなかった。ラグナは振り返った。
 スコールは丘のむこうに姿を消そうとしていた。やがて車のエンジン音が聞こえ、遠ざかっていった。
 −−−−やっぱ、嫌われたかな。
 聞くところじゃ、オレはあいつが好きになれるタイプじゃないらしい。『過去』に行ったあとオレのことを無茶苦茶に言ってもいたようだし、なんといっても、初めて面と向かって会った時にやったことがアレじゃあな。
 ま、いいか。
 普通なら20年近い時間をかけて作っていく関係を一瞬で手に入れよう、ってのがだいたい無理な話なんだ。
 生きていてくれれば、元気でいてさえくれればそれだけでいいとも思う。
 でも、できることなら、家族としてやり直したい。
 そのためにはどうしたらいいかなんてのはさっぱりわからない。わかっているのは、そうしたいと思っていることだけ。スコールなんかは、どうしたいのかすらわかってないかも知れないな。
 いいさ。時間はある。あいつが仲間たちと力を合わせて救った『時間』ってもんが。あせらずゆっくりとやっていこう。
 ラグナは墓地に入り、レインの墓を探した。それはすぐに見つかった。ちょうどスコールが立っていたあたりの墓石の上に、供えられたばかりとわかるみずみずしい数本の花があった。
 −−−−スコールが、くれたのか?・・・・・・・・・・・・よかったな、レイン。
 レインが好きだった、可憐な白い花。
 彼はそれをいったんどけ、自分が持ってきた花束を置くと、それに添わせるように小さな花束を置き直した。
 そして、石にきざまれた、そこに眠る人の名を指でなぞった。
 レイン・レウァール。
 レイン−−−−−−−オレの、女房。
 ラグナはその前にひざまづいた。そして、考え込んだ。
 何から話そうかなあ・・・・・・・・・・・・・。
 ウィンヒルを出てから18年と半年、か。最初から1年や2年は帰れないのを覚悟してたけど、こんなに長い旅になるとは思わなかったよ。
 その間、ほんとうにいろいろなことがあった。つらいこともいっぱいあったけど、そればっかりじゃなかったんだ。
 エスタじゃオレ、大統領なんてモンになっちまったんだぜ。それってすっごく大変だったけど、でも、住みやすい国を作る仕事ってのはおもしろかったよなあ。
 それが一段落ついて、もう子供たちを引き取っても大丈夫かな、と思えるようになった頃にはふたりともどこに行ったんだかわかんなくなっちまってた。しばらくはエスタのみんなの力を借りて探してたけど全然ラチがあかなくて、オレもいいかげんエスタにこもってるのに飽きてたから、自分で探そうと思ってジャーナリストに戻ったんだ。仕事で行った先で手がかりを探したり、知り合った人の中で信頼できる人には事情を打ち明けてなんかあったら教えてくれって頼んだりしてさ。あちこち飛び回るための資金を稼ごうと手当たり次第に仕事を引き受けてるうちに政治記者として認められるようになってな。これには、エスタで大統領なんぞやってた経験が役にたったなあ。今じゃいっぱしの有名人だぜ、オレ。なんつっても、自分が書いたもんが人の心を動かすのを見るのはたまんねーよな。たとえばさ。あれは3年くらい前だったかなあ−−−−−−−−。
 ラグナはそこで言葉を止めた。
 −−−−−こんな話、おまえは怒るかな。『子供たちをダシにして、自分はそうやって楽しんでたわけ?』って。
 そりゃ、全然楽しくなかったなんて言ったらウソになるけど、でも、それ以上にしんどいことは山ほどあった。
 エスタ内戦の頃には、何度も命を狙われた。オレの身体が傷跡だらけなのはおまえが一番よく知ってるだろうが、そのおまえでも知らない傷がいくつもあるんだ。それでも、オレを支えてくれた反アデル派の連中が、時には自分自身の命をなげうってオレを守ってくれたおかげでこうして生きながらえてるけど。
 おまえが死んだって聞かされてから半年くらいのことは、あんまし覚えてないんだ。アデル後の新政権樹立のためにほとんど寝ないでがむしゃらに働いてたらしいんだけど。そんでも少しずつ立ち直って、笑うことを思い出して、せめて子供たちだけでも幸せにしなきゃと思ったけど・・・・・・・・・・結局、何もしてやれないまま、こんなに時間がたってしまった。こんなに長い年月、どんなに探しても足跡ひとつ見つけられなくて、もしかしたら子供たちまでもうこの世にはいないんじゃないかと不安にかられて、それを必死に振り払って−−−−−−−−−。
 −−−−やっぱし、やめよう。心配させるよりも、怒らせる方がずっといいや。
  スコールもエルオーネも元気でいる。
  スコールには、今会っただろ?まー、ずいぶん立派になっちまって。すっげー強いんだぜ、あいつ。人間的にはちとばかし難ありみたいだけど、いい友達はいっぱいいる。これから少しずつ変わっていくさ、きっと。
  エルオーネは、なかなか美人の優しい娘になってたぞ。おまえとあの子は3代か4代さかのぼれば血がつながってるようなことを聞いてたけど、そんなに薄いつながりしかないとは思えないくらいおまえに似ててな。エルのヤツ、何日も前に帰ってたってのに、まだおまえに会いに来てないって?オレにエンリョするこたねえのにな。ま、明日には来るって言ってたから、楽しみにしてろよな。
  ふたりとも、すっかり一人前になっちまって。『親はなくとも子は育つ』って言葉は本当だってのはなんかしゃくだよな。でも、こうして無事に育ったふたりの顔が見られた。それだけでも、苦労したかいがあったってもんだ。
 それにな。楽しいこともいっぱいあったからこそ、この17年、何度もあきらめそうになりながらも、それでもここまでやってこれたんだ。
 10年のジャーナリスト活動の間に、知り合いが世界中にできた。その中には敵対関係のヤツも単なる情報提供者もいるけれど、友人と呼べる人も少なくない。近くまで来たからと訪ねていけば、オレのことを歓迎してくれて、短いながらもほっとできる時間を与えてくれる。
 エスタでもさ。オレが結局ガルバディアには帰らずエスタにいついたのは、帰りづらかったからだけじゃない気がする。あの頃は、そこがどんなところなのか全然知らなかったから乗り込む時はさすがにびびったけど、いざ行ってみれば、そこもオレたちと同じ人間の暮らすところだった。ただ、たったひとりの魔女に狂わされていただけの。文化や習慣が全然違うから今でもとまどうことは多いけど、でも、いいところだぜ。今ではな。恐怖に支配されていた国を居心地のいい場所に変える力になれたってのは、やっぱ気分がいいよなあ。オレはエスタ市民にすっげー人気あってさ。ありすぎて、もうほとんど役立たずになっちまったってのに、いつまでたっても大統領役をおりされてもらえねえんだ。それって、メーワクと言えばメーワクなんだけど、うれしいと言えばうれしいことだよなあ。うん。
 でもさー。確かにソンケーしてもらってるし大事にしてもらってるし慕ってももらってるけど、エスタがオレを手放してくんないってのは、オレをおもちゃにして遊ぼうってコンタンもあるっぽいんだよなー。あそこでコケただのそこで大爆笑な言い間違いをしただのってことをいつまでたってもしつこく覚えてて、なにかっつーと大昔の話を持ち出してオレを物笑いのタネにしてよー。あー、そうそう。旅費稼ぎのために映画に出たって話、おまえにも電話でしたよな。クランクアップまではオレもけっこー舞い上がってたりしたけど、今じゃ思い出すだけで赤面モノでさー。あんなB級映画、覚えてる人はもうほとんどいないから安心してたってのに、エスタじゃ最近でも観てるヤツがけっこーいてさ。エスタの連中、国外のことにはあんまし興味を持ってないくせして、なんだってんなことだけ−−−−−−。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・えっと。
 仕事から帰って、荷ほどきもせずにこんなふうに旅の間にあったことをまくしたててると、レインは決まってちょっと顔をしかめ、こう言ってたな。
『もう、わかったわよ。話はちゃんと聞いてあげるから、その前に言うことがあるんじゃないの?!エルのしつけにもよくないったら』
 −−−−−−−そうだった。
 すっかり、忘れてた。どうしてオレって、こーゆーとこでヌケてるんだか。
 ウィンヒルを出てから18年。ずっと、レインに言いたかった言葉。
「レイン・・・・・・・・・・・・」
微笑んだラグナの目に、かすかに涙が光る。
「−−−−−−−−−ただいま」




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