過ぎ去りし時の形見に(2)
Sol y Sombra
「−−−−−ラグナくんがエスタの人たちに望まれて大統領になったというのは本当だ。しかし、喜んでひきうけたのでも、おだてられてまるめこまれたのでもない。やけくそになって、と言うのが一番的確な表現だと思う。そして一時的にすらガルバディアに帰ろうとせず、その結果、君とエルオーネを孤児にしてしまったんだが・・・・・・そのことで、ラグナくんをうらんだり責めたりはしないで欲しい。最愛の妻を結婚後わずか2年あまりで失い、看取ってやることすらできず、その上彼女の死を何ヶ月も知らずに過ごしてしまった−−−−その衝撃はあまりにも大きくて、いくらあいつが精神的に強いやつでも、あの時ばかりは自分の殻にとじこもるしかなかったんだ。むしろ責められるべきは、私とウォードの方だと思っている。そのあと私たちは、今は好きにさせるのが一番いいと、ウィンヒルに帰れと説得するのを早々にあきらめてしまった。何もかも忘れさせてくれるような仕事があるのも悪くなかろうと、あいつがエスタの大統領になるのに結局賛成もした。しかし、君たちを見捨てるような選択をしたことをあいつがいずれ後悔するのはわかりきっていたのだから、今思えば、私かウォードのどちらかがウィンヒルに帰って、あいつの代わりに君たちを引き取り、あいつが立ち直った時すぐに会えるようにするべきだった。だが、これはいいわけにしか聞こえないかも知れないが、あの頃のラグナくんを残ったもうひとりだけで支える自信が私たちにはなかった。それに、ウィンヒルの村人同士の身内意識の強さは私たちもさんざん見ていたから、ラグナくんが言った通り、君たちは村で育ててくれるものと−−−−村に帰ればいつでも君たちに会えるものと信じ切っていた。しかし、当時のウィンヒルは経済的に非常に苦しくて他人の子供を引き取る余裕のある家庭はなく、レインはひとりっ子でご両親もすでに亡くなっていたから無理してでも君たちの面倒を見てくれる人もなく−−−−そして、ラグナくんが君たちのことを考えられるようになった頃には、君たちの行方はわからなくなってしまっていた。あの時私とウォードがもっとしっかりしていたならこんなことにはならなかったはずだったのに・・・・・・・・・・・。ラグナくんに、それ以上に君に、本当に申し訳ないことをしたと思っている」 キロスは深々と頭を下げた。そんな彼の姿を、スコールは不思議そうな面もちで見つめた。 ラグナとは全く異質の自信、冷静さ、落ち着いた物腰−−−−そういったものにスコールは、ラグナよりもむしろキロスの方に父親的なものを感じていた。 その彼が今、自分の前で小さくなっている。 しかししばらくして顔を上げた時のキロスは、いつも通りの飄々とした雰囲気に戻っていた。 「・・・・・・・・・すまなかったね、突然こんな話を始めてしまって。本当は、まずはラグナくんが話してからと考えていたのだが、いまだにそんな調子では、これはいつになるかわからんと思って、つい。あいつは苦労話にはことかかないやつなんだが、もともと人にそういう話をするのが何よりも嫌いで、たとえ話しても、苦労もまた楽しという言い方しかしない。−−−−いや。のどもと過ぎればなんとやら、本気でそう思っているところもあるか。私は逆にいつまでも考え込む性格だから、あいつのみごとなまでの気持ちの切り替えについていけないし、少しは落ち込んだ気分をひきずった方がのちのち慎重になっていいと思ったりもするんだが。しかし、そんな私でも、アルティミシアとの戦いから帰ってきた君の姿を見た時、それまでの重苦しい気分が一度に吹き飛んだよ。君に一生会えなかったらと思うと眠れなくなったりしたのが嘘のような気分になった。その時私はやっと、あいつの考え方が少しわかった気がしたんだ。・・・・・・・とはいえ、今でも後悔しているのに変わりはない。どうすれば君に少しでもつぐないができるか考え続けてもいる。だが、そんな後ろ向きなことばかりではなく、君とのつきあいを楽しんでいけたらいいなとも思っているんだ。おそらくラグナくんも、同じように考えていると思うよ。−−−−そういうことだから、これからもよろしくお願いしたいね」 キロスは握手を求めて手を差し出した。スコールはその手を見ているだけだった。キロスはちょっと肩をすくめ、しかしにこにこ顔のまま手をひっこめた。会えなかった日々を思うと、スコールの拒絶や反発すら楽しい。 しかし、スコールが握手に応じなかったのは、そんな気分にならなかったからではなかった。 彼は、別のことを考えていた。キロスの話を聞くうちに、わいてきた疑問。 「キロス・・・・・・・・・・・。それで、あいつは−−−−−−−」 しばらくしてスコールが何か言おうとした時、話し声が近づいてきた。ふたりはそちらの方に振り向いた。ラグナとイデアが建物の陰から姿を現した。彼は手帳片手に熱心に彼女の話を聞いていて、個人的な用件でここに来たと言うよりもまるでジャーナリストとして取材しているかのような雰囲気だった。 ふと、イデアがスコールとキロスの方に目をやった。それに気づき、ラグナも彼女の視線の先に顔を向けた。そしてスコールの姿を見つけるとびっくりして、急いで駆け寄った。 「ナニ?なんだよ、これ?どゆこと??−−−−−あ、もしかして。キロス、これがわかってて突然孤児院に行こうだの、自分はここで待ってるだのって言い出したワケ??」 「文句があるのならばリノアに言ってくれ。今日スコールくんがここに来ると彼女が君ではなく私に連絡してきて、そこで『ラグナおじさまを驚かせてあげてね』と言われたのでは、君には黙っているしかないじゃないか。私も男だからな、若い美人には弱いんだ」 「そっかあ、犯人はリノアちゃんかあ。それじゃあ怒れねえな〜〜〜〜〜」 「そうだろう。−−−−さて、ここで交代だ。今度は私がイデアと話をしてくるから君は待っていろ。君に口を出されるとややこしくなるカネの話だから、邪魔しに来るんじゃないぞ」 キロスはラグナの肩を叩くと、建物の中に入っていった。イデアはこのことを知らされていたようで、彼女はスコールににこりと目配せすると、キロスに続いてその場を離れた。 そして孤児院の玄関前は、ラグナとスコールのふたりだけになった。いつものことながら、うれしいようなそうでもないような、微妙な空気がふたりの間に流れた。 「・・・・・・・・・・元気だったか」 しばらくして、ラグナはようやくそう言った。 「そんなこと、見ればわかるだろう」 スコールはぷいと横を向いた。 「は・・・・・はは。そりゃそーだ。突然だと、そんなつまんないことしか言えねえもんだな」 「あんた、いつだってつまらないことしか言わないだろうが」 「んまっ、ひどっ。−−−−−でもまあ、そーゆーのもおまえらしくていいかあ〜〜〜〜」 ラグナは照れくさそうに頭をかいた。 それ以上どうにも言葉を続けられず、黙ったままふたりは並んで壁によりかかった。そして所在なげにそれぞれ雲や小鳥の動きを目で追った。 次に口を開いたのはスコールの方だった。 「−−−−−−−ラグナ」 「ナニ?」 「・・・・・・・・・・・今晩、いっしょにメシを食いに行かないか」 「え・・・・・・・・・今、なんつった?」 「晩メシでも食いに行かないか、と言ったんだ」 「え?マジ?ホントにホント??空耳や気のせいじゃねーよな??」 ラグナは思わずスコールの腕をつかんでいた。 「何度同じことを言わせようとするんだ!!行くのか、行かないのか?!」 「行くよ、行くって。行くに決まってるだろーがっ!そーやってすぐに怒って、ホントにもーかんしゃく持ちなんだからなあ。いや〜〜、おまえの方からメシに誘ってくれるなんてうれしいな〜〜〜〜〜。で、何食う?近くにうまい魚料理食わせる店あるの知ってんだ。あ、それとも、若いヤツは肉の方がいいか?なんでも好きなもん言えよ。オレがおごってやるからさっっ」 「なんだっていい!それより、俺も工事の進み具合を見に来たんだから、いいかげん中を見させろ!いまさら逃げはしないから、離せって!!」 思っていた以上のラグナの喜びようにうろたえながら、スコールは彼の手を振り払った。 |
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ラグナがスコールを連れていったのは、どこの田舎町にでもありそうな、普通の構えの店だった。しかし、ありきたりの外観と高くはない値段にもかかわらず、味は良かった。自分ではろくな料理を作れないラグナだが、長い旅暮らしの間にあちこち食べ歩いているだけあって、舌は確かだ。 そしてラグナは、いつ食べてるんだと疑問に思うほどひたすらしゃべりまくっていた。毎度のことながら、息子を前にすると最初は緊張するのか彼でもなかなか言葉が出てこないが、いきおいがつけば本領発揮で話が止まらなくなる。そして初めのうちはあれこれ聞きだそうとスコールに話しかけていたが、あいづち程度の返事しか返ってこないのであきらめて、結局一方的に話していた。自分のこと、いっしょに暮らしているエルオーネの近況、そしてスコールのことを彼の回りの人からどう聞いているか。 うるさいくらいにしゃべり続けるラグナだが、それでも口はひとつだから、時には食べる方に集中して話がとぎれる。そんな時、スコールは思い切って訊いた。 「ラグナ・・・・・・・・・・あんた、俺をうらんだことはないか?」 「オレが?おまえを?なんでよ??」ラグナはびっくりして顔を上げた。「おまえがオレをってのは、悲しいかな、それもアリだよなとは思ってるけどさ。それがなんで、逆の話になるんだ?」 ふいに、ラグナの目が暗い陰を帯びた。彼は奇妙なほど真剣なまなざしで息子の顔をしばらく、じっと見つめていた。 そして目を伏せると、言った。 「−−−−−−そだな。おまえをうらんでたりもするかな」 その言葉に、スコールはどきりとした。 しかし、それに続いたセリフは彼の想像とはまったくかけ離れていた。 「だってさー。こうやって会えてからもう何年たってると思ってんだ?それなのにおまえったら、いまだにちっともうちとけようとしてくれないじゃんか。おまえを育ててやんなかったのは反論できない事実だから強いこと言えないけど、そんでも、しょうがなかったんだってこともさんざん話して聞かせたんだから、おまえももう一人前に働いてるいいオトナなんだし、いいかげんちったあ理解のかけらくらい見せてくれてもいいんじゃないの?それなのにろくすっぽ目を合わせてもくれないとなると、いくらオレがおひとよしでオンコウな人間でも、いやにもなるし、おまえをうらみたくもなるぜ。−−−−あ、そんでもさ。今夜はおまえの方からメシに誘ってくれたんだよな。ひょっとして、そろそろオレをとーちゃんと呼んでもいいかな、って気分になった?いや〜〜、もしそうならカンゲキだよな〜〜〜〜〜〜。とーちゃんがいやなら、パパでもダディでも父上でもクソ親父でも、そのたぐいの単語ならなんでもいいぞっ」 スコールは困り果ててしまった。どうしてそういう話の流れになるんだ? 「−−−−−−もう十分に食った。帰る」 困った末に、スコールは突然立ち上がった。 「あ、しまった。ノリノリの気分のところに水さしちまったか?」 「誰がそんな気分だと言った?!それより、頼みもしないのにあんたが勝手におごると言い出したんだから、代金はちゃんと払っておけよ!俺は一銭も出さないからな!!」 「言われなくてもわかってるって。それよか、また気分が盛り上がってきたらいつでも誘ってくれよ。待ってるからさっ」 そして店から出ていこうとしたスコールに、ラグナはもう一言声をかけた。 「リノアちゃんによろしくな〜〜〜〜〜」 あの脳天気野郎がそんなことを考えるはずがなかったんだ! スコールは、もしかしたらと、ちらりとでも考えた自分がばかばかしくなった。 ばかばかしくはなったが、なんとなく、安心もした。 |
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その夜ラグナは、満ち足りた気分で宿のベッドにもぐりこんだ。 今夜のスコールとの食事も今までと同じく、会話と呼べるものはほとんどなかった。しかし今日は、スコールの方から誘ってくれた−−−−それだけでも少しは息子との距離が縮まったような気がした。 しかし、ひとつだけ気にかかることがあった。 −−−−どうしてあいつは、急にあんなことを訊いてきたんだろう? オレがあいつをうらんだことはないのか、なんて。 冗談めかして答えたけれど・・・・・・・・実は、あったりしたんだよな、そんなことが。 スコールに問われてラグナが思い浮かべたのは、レインが死んだと聞かされた頃のことだった。 あの時、ウィンヒルに帰らなかった−−−−帰りたくなかった理由。 帰れば、レインの死を事実として認めなければならなくなる。 そしてそれ以上に、子供の顔を見たくなかった。 出産が彼女の死の原因のすべてではなかったかも知れない。それでも、あの頃にはこんなことを考えていた。子供さえ生まれなければ、彼女は死ななくて済んだのではないか、などと。 たとえそうだったとしても、子供が自分で時と場所を選んで生まれてくるわけじゃない。誰のせいでもない、単にめぐり合わせが悪かっただけ。そんなこと、あの頃でもわかっていたはずだ。 それでも、誰かのせいにせずにはいられなかった。 一時でもそんな間違ったことを考えてしまったために17年もの間息子の顔を見ることすらできず、会えたあとも親子らしい関係を取り戻せず悩んでいる−−−−−それは、自分に対しては当然の罰だと思う。 しかし、スコールにとっては? 自分にはなんの責任もないことでやつあたりされたあげく、親に愛されて育てられるという子供にとって当然の権利を奪われたのでは、たまったもんじゃないだろう。 スコールがどう思うか考えたら、どうしても正直に答えられなかった。それでつい、話をそらしてしまった。 −−−−だけど、どうしてあいつは、急にあんなことを訊いてきたんだろう?もしかして、今までの話のどっかから、感づいちゃったりしたのかな。 初めて息子の顔を見た時にはただただうれしかった。今日も、スコールに問われてもそんなこと、すぐには思い出さなかった。あんな醜い感情がほんのひとかけらも自分の中に残っていないのには自信がある。だから、今までいかにもな話をしてはいないと思うんだけれど・・・・・・・・・・事情が許さなくて帰れなかったなんて理由だけでは納得いかないところもあっただろうな。事実、子供たちがイデアに預けられる前にウィンヒルに帰ろうと思えば帰れたんだから。 思いっきり思い出しちまったことだし、この際だからきちんと話した方がいいのかな。 仕事があるから、明日はどうしても早々にセントラを離れなければならない。今はこみいった話をする時間がないけど、早めにまた機会を作って−−−−。 彼はそうも考えたが、すぐに、それはやめようと思い直した。 あわてて話そうとしたところで、また逃げてしまいそうだった。 −−−−オレも、まだまだだな。スコールには自分への理解を求めておきながら、オレの方はというと、あいつの心を信用しきれずにいる。 しかし、黙っていられるものなら一生涯黙っていたいとはかけらも思わなかった。むしろ、いつかは必ず話したい、彼はそう考えていた。 今のような気負いや緊張はなく、ごく自然に父親としてスコールに接することができるようになった時、素直に話せる気がした。 スコールはおそらく、笑って許してくれたりなどしないだろう。 それでよかった。ただ、そういうこともあったんだ、と受け止めてくれるだけで。 −−−−いつか、そんな関係になれるかな。 そう考えると、嫌なこと、つらいことのはずなのに、話すのが楽しみにも思えるのが不思議だった。 |