過ぎ去りし時の形見に(1)
Sol y Sombra
セントラでイデアの孤児院の再建工事が行われていた。 魔女の危機は去った。エルオーネをかくまう必要もなくなった。そこでイデアは、セントラに孤児院を再建することに決めた。 その資金は、船を売却して得たものと、孤児院やガーデンを巣立って行った者たちを初めとする人たちからの寄付でまかなわれていた。ガーデンの運営費の一部をあてることも考えていたが、その必要はないほど十分な資金が集まっていた。 スコールも、寄付を申し出た者のひとりだった。ガーデンを卒業してガルバディア軍に職業軍人として入隊していたもののまだまだ駆け出し、給料はそれほど多くはなかったが、それでもイデアに育てられた者として、寄付の話が来た時にはこころよく引き受けた。 そして、一度は工事現場を見ておこうかと、彼はセントラを訪れた。 かつて自分が育った孤児院があった場所。少しはなつかしいと感じるだろうかと思いながら向かったが、感慨は浮かばなかった。 ここにいたのは5才かそこらまで、あまり覚えてないからそれもしかたないか−−−−そんなことを考えながらできたばかりの門をくぐった時、彼はぎくりとして足を止めた。 そこには、キロスが立っていた。 彼がいるってことは、もしかしたらあいつも−−−−。 「こんにちわ、スコールくん」 キロスはにこりとして挨拶した。 「・・・・・・・・・あいつも、いるのか?」 今さら逃げ出すわけにもいかず、スコールは訊いた。 「ああ。今、イデアの案内で中を見ている。先日リノアから、君が今日ここに来ると電話をもらってね。それで、急遽ラグナくんを誘って来たんだ」 リノアのやつ、またよけいなことを−−−−とスコールは舌打ちした。 「しかし、あいつには、イデアに呼ばれたからだと言ってある。もし顔を合わせたくないのなら、君が来たことは黙っておくから、申し訳ないが、明日にでも出直してきてくれないか。私たちは明日の昼前にはセントラを発つから。そりゃまあ、こうして待ち伏せるようなまねをしたのは、会ってやって欲しいからではあるけどね」 スコールは一瞬このまま引き返そうと思ったが、結局そこでキロスといっしょにラグナが出てくるのを待つことにした。キロスにはどうも逆らえない。 「−−−−−ここに見物に来てるってことは、あいつも再建資金を出しているのか?」 ただ黙って立っているのも落ち着かず、しばらくしてスコールはキロスに話しかけた。 「もちろん。なんといっても君とエルオーネが育った家を建て直すための金だからね。イデアに君たちを育ててもらった恩を返したいとずっと思ってもいたから、孤児院を再建するって話を彼女から聞いた時には、頼まれもしないうちから寄付させてくれって言い出したよ。一番の大口寄付をしたのはラグナくんじゃないかな。あいつはああ見えて金を持ってるんだ。あれでも長年一国の元首を務めていたんだからその激務に見合うだけの給料をもらっていたし、退職した今もかなりの年金が支給されている。しかしあいつは、金は食うのに困らないだけあればいいというやつでね。もてあましてしまって、ここだけじゃなくあちこちに寄付しているよ。しかしほおっておくと、何かあった時に自分が寄付してもらわなければならないハメになりかねないから、多少の蓄えは残るようにあいつの財産は私が管理しているんだ。だから、将来他はともかく金銭面で君に迷惑かけることはないだろうし、いくらかは君に遺していってあげられると思うよ」 「・・・・・・・・・・・そんなことは、どうだっていいだろう・・・・・・・・・・」 キロスは時々こんな風に、君たちは親子なんだからという意味合いのセリフを遠回しに、そして唐突に言う。だからスコールはキロスが苦手だった。真正面からなんのひねりもなくまともにぶつかってくるラグナの方がまだましだ。 「別にそんなこと、期待なんかしてない。第一、考えたこともない。エスタの連中に乗せられていい気になってなりゆきで稼いだ金ならば、なりゆきで自分の好きに使えばいいだろう。もちろん、迷惑をかけられるのもごめんだから、その程度にはきちんとしていて欲しいけど」 「『いい気になってなりゆきで』か・・・・・・・・・・」キロスはつぶやくように言った。「あいつは、大統領をやっていた頃のことを、どんなふうに君に話している?」 「簡単に言えば、自慢話だな。自分がどんなにエスタの連中に望まれて大統領になったかとか、どうエスタを改革していったかとか。そのあとは決まって、おまえもいずれは人の上に立つ立場になるんだろうからその時にはオレみたいに部下に慕われるようにならんといかんぞとか、人ひとりの力はしれたもんだがその力をたばねる力は自分ひとりにはできないこともなしとげるもんなんだとかなんとか、説教を始めるんだ。−−−−−まったく、うんざりだよ」 「・・・・・・・・・・あいつなら、そう話すだろうな」 「なんだよ」 キロスがまた何か含みのあるようなことを言ったのが気になって、スコールは訊いた。 キロスは孤児院の玄関に目をやった。ラグナがイデアといっしょに中に入って行ってから、まだそれほど時間はたっていない。あのことを話す時間はあるかもな−−−−−彼はそう考えると、改めてスコールに向き直り、言った。 「−−−−−スコールくん。私がこれから話すことは、いつものおせっかいなどではない。私自身が、いつかは君に話しておきたいと思っていたことだ。あまり楽しい話ではないが、どうか聞いて欲しい」 キロスは、いつからかくせになっていた、あごをさするしぐさをしながら言った。そのあたりの彼の歯2本は、作り物だ。 そして彼は、自前の歯を失ったあの日のことを、ゆっくりと語りだした。 |
××× |
その日、反アデル派のグループは、かつてアデルが住んでいた建物に拠点を移した。 住んでいたと言っても、いかにも個人の邸宅という構えでもなければ、特別豪奢だというわけでもない。彼女はそういうことには興味がなかったのだろう、彼女が実権を握る以前から政府庁舎として使われていた建物のひとつを少々改造して自分の住まいとしていた。そしてそこは、エスタの政治の中心でもあった。 そこを反アデル派が制圧したのは3ヶ月ほど前。彼らは忌まわしき時代の影を残すその建物をいずれは取り壊すつもりではあったが、それでもアデル派の残党の侵入を防ぐために手間とカネをかけて一部改築し、コンピュータの警備プログラムを差し替えた。 そして今日、アデル時代の終焉の象徴として、ここを自分たちの城としたのだ。 アデルとの戦いは終わった。まだ完全には安心できないとはいえ、アデル派の力はもうほとんど残っていない。アデル封印後も彼女の復権を恐れて息をひそめていた市民たちも、堂々と反アデル派を支持する声を上げ始めた。 これから、新しい戦いが始まる。新生エスタの建設−−−−おそらくは、これまで以上に長く困難な戦いが待っている。しかしそれは、希望に満ちたものでもあった。 そこで行われた初めての会議は、会議と言うよりは宴会のようななごやかで楽しいものだった。具体的な方策は今後の課題として、今日のところは夢や希望を自由に語り合う場となった。 その中でラグナは、エスタの人たちが未来について熱く語るのを、彼には珍しくまったく口をはさまずににこにこしながら聞いていた。 自分がエスタですべきことは全て済んだ−−−−−彼はそう感じていた。エスタが再び世界の驚異となるのは、よほどのことがない限り、もうないだろう。そして内戦が終わったことで、エスタの人々と同様に彼にも将来に向けてやりたいことができていた。 「−−−−それで、ラグナさん、これからもずっとエスタにいてくれるんですよね?」 「ほい?」 突然話を振られて、ラグナは我に返った。 「そうそう、これからも僕たちのリーダーでいてください。あなたがいれば、いい国が作れそうだ」 「そうですよ。新生エスタの初代大統領はあなたしか考えられませんって」 「だけど、オレはもともと敵対していた国の人間だぜ?そこまで信用していいの?アデル打倒は自分のためにもなるからがんばっちゃったけど、こっから先はどうなるかわかんないぜ」 「まあ、正直言って、あなたがたガルバディア人の考え方が理解できないことは今でもあります。本当にあなたについていっていいのか迷ったこともね。だけど、これまでと違う国を作っていこうとしている今だからこそ、これまで以上にあなたが必要になる、そうも思うんです。僕たちとは視点や発想が違う人が。その上、僕たちのことを理解しようとしエスタの未来を真剣に考えてくれる人と言ったら、あなたしかいないじゃないですか。そんなことはないとか、今まではそうだったけどもうやめたとかは言わせませんよ」 「ん〜〜〜〜〜、そう言ってくれるのはうれしいし、そーゆーのも悪くないなと思わないでもないけどさ・・・・・・・・・・・」ラグナは彼らの熱意を感じるがゆえにとまどいながら答えた。「オレはやっぱ、ガルバディアに帰るよ。女房と娘が待ってるからさ」 「もちろん、奥さんが心配しているだろうから、一度は帰ってください。そのあとでまたエスタに戻って来てくださいよ。ご家族も連れて」 「あ〜〜〜、ダメダメ、そいつはダメ!」ラグナは本気でうろたえて言った。「オレの女房は、こう言ったらあいつに怒られそうだけど、ばりばりのイナカもんで、住み慣れたところでしか暮らせない女なんだ。ちっぽけな村のちっぽけな店を守るのをなによりの生き甲斐にしててさ。エスタに移住しようってだけでも絶対首を縦に振らねえってのに、その上大統領夫人になってくれなんて言ったら離婚されちまう!」 「それでも一度、話だけでもしてみて−−−−−」 「女房のことだけがどうしても帰るって言ってる理由じゃないよ。オレ自身に、ガルバディアでやりたいことがあるんだ。−−−−ここに来た頃、オレはブン屋の仕事が軌道にのったばかりでさ。ずっと夢だった仕事だから、もう一度元の商売に戻りたい。だけどそれは、エスタと縁を切るって意味じゃねーぞ。今のオレはまだまだ駆け出しだから依頼がきた仕事を黙ってやるしかないんだけど、もっともっとがんばって、何年後かには自分が書きたいことを好きなだけ書かせてもらえるくらいエラくなろうと思ってる。その頃にはあんたたちも、エスタの建て直しはだいたい済んで、そろそろヨソの国とも仲良くしようかなと考えてる頃じゃないの?そん時にはオレさ、エスタの宣伝部長をやるつもりなんだ。エスタが本当はどんなところか世界中に伝えて、エスタと他の国の仲を取り持ちたいんだよ。エスタ大統領にはオレなんぞよりずっと向いてるヤツがいるだろうけど、その仕事はオレにしかできないんだ。オレはこれで自分の国に帰った方があんたたちのためにもいいと思うんだけどなあ」 「そう言われましても・・・・・・・・・・・・・・ねえ」 彼らは困ったように目線を交わした。 やっぱあんましわかってもらえないか・・・・・・・・。そういう反応は、半ば予想していたことだった。 鎖国して久しい国に生まれ育った彼らは、世界には多くの国があるということを頭ではわかっていても実感として理解していない。実感しているとしても、アデルが全世界を相手に起こした戦争の影響で敵としてしか認識していないのかも知れない。ましてや、今は自分たちのことだけで精一杯となると、外交まで頭が回りはしないだろう。 しかしラグナは、このままエスタに鎖国を続けさせるのは再び世界に不安定な事態を招く要因になりそうな気がしてならなかった。世界情勢なんて大げさなことは抜きにして個人的にも、エスタの実情を知った今、彼らが世界中から誤解されたままで居続けるのは悲しかった。 エスタという国を愛するようになったがゆえに、今はエスタを離れたかった。ジャーナリストとして大成するために。元々は自分の放浪癖を満足させるために選んだジャーナリストという仕事に、道楽の延長などではない、やりがい、目的、使命といったものを彼は初めて感じていた。 ラグナは自分の考えを、今まで多くの苦労を共にしてきた仲間たちに熱心に語った。そうするうちに、彼自身の内でもその思いはさらに強くなっていた。 しかし、そんな彼の姿を暗い面もちで眺めている人々がいた。キロスとウォード、そして、反アデル派のリーダー格のメンバーたち。 ラグナがガルバディアに帰ると言い出した−−−−−−。 ずっと待ち望んでいた時−−−−そして、ずっと恐れていた時。その時が、とうとう、来た。 彼らは一言も言葉を発しなかった。しかし、お互いが今何を考えているかは十分すぎるほどわかっていた。 ラグナの話が一段落つき、彼が再び聞き役に回ったのを見てとると、キロスは立ち上がった。ウォードが彼の手を、止めるように握った。キロスは黙ったまま首を横に振った。彼にしてもこんなこと、しないで済むのならしたくなかった。しかし、これは彼の役目であり、そして、先延ばしにする理由も必要もなくなったのならば、なるべく早く済ませる方がいい。 「ラグナくん」 キロスはラグナの肩を叩いた。 「ん?ナニ?」 「ちょっと話がある。場所を変えてくれないか」 「話?なんだよ。ここじゃいけないのか?」 「いいから」 「なんだよ、まったく」 ラグナはぶつぶつ言いながら立ち上がった。 |
× |
小部屋に入ると、ラグナはそこにあった古いソファにさっさと座った。そして言った。 「で、なんだよ、話って。いい話じゃなさそうだけど」 思い詰めたようなキロスの表情から、そのくらいのことは見当がついた。しかし、彼が何を話そうとしているのかはさっぱりわからなかった。 「落ち着いて聞いて欲しい」キロスは逃げ出したくなる気持ちを抑えて言った。「レインが、死んだ」 「え・・・・・・・・・・・・・・・?」 「4ヶ月ほど前のことだ。証拠もある」キロスは一通の封筒をテーブルに置いた。「私も、最初は信じられなかった。しかし、ここに入っている書類や、使いの者たちの様子から、間違いないと確信せざるを得なかった」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・って、そんなこと、あるわけないだろう。だってよ、レインはまだ30にもなってなくて、風邪ひとつひいたことないくらい丈夫で、オレと違って慎重な性格だから、小さなケガだってめったに・・・・・・・・・・・・・・」 「レインは、子供を産んでいたんだ。もちろん、君の子だ。本来の彼女ならば出産に耐えられないはずはなかったのだろうが、やはり心労が重なっていたのだろう、妊娠中から体調をくずし、出産後は寝たきりになってしまったらしい。エルオーネをウィンヒルに送り届けたのは、その頃だ。しかし、エルオーネだけでも帰ったことで安心したのか、レインの具合はよくなったように見えたので、彼らはそれほど心配せずにウィンヒルを離れたそうだ。それが、フィッシャーマンズ・ホライズンまで帰ったところで改めて連絡を取ってみた時には、彼女はすでに亡くなっていた。それで彼らは急ぎウィンヒルに戻り、それが間違いではないことを自分たちの目で確かめ、そして、これを、持ち帰ってきたんだ」 キロスはかすかにあごをしゃくり、テーブルの上の封筒を示した。ラグナはそれを、何かえたいの知れないものを見るような目で見つめていた。 「それで、子供たちだが・・・・・・・・・・・エスタに連れ帰るわけにはいかず、めんどうを見てくれる人もいたのでそのまま村の人に預けてきたと−−−−」 「・・・・・・・・・・・・・それ、いつのことだよ」ラグナはキロスの言葉をさえぎった。「おまえがそれを知ったの、いつのことだよ!!」 「・・・・・・・・・・・・・3ヶ月前。使いの者たちが帰ってきた時だ」 「・・・・・・・・・・・・・そうだよな。そんなとこだよな。あのあとは、エルをウィンヒルに帰したってのを敵に気取られちゃいけないからってまた外部との連絡はすっぱり絶ってたもんな。それなのに・・・・・・・・」ラグナはキロスの胸ぐらをつかむと、怒鳴った。「それなのに、何ヶ月もオレに黙って・・・・・・・・・オレをだましてきたってのかよ!!」 ラグナはキロスを殴り飛ばした。椅子やテーブルが派手な音をたてた。ラグナはそのままきびすを返すとドアを開けた。そこには、ウォードと数人のエスタ人たちが立っていた。 「そっか・・・・・・・・・・・おまえたちも、もちろん、知ってて・・・・・・・・・・・」 ラグナはつきとばすように彼らの間をすり抜けようとした。その腕をウォードがつかんだ。 「ラグナさん、どこへ・・・・・・・・・!」 「決まってんだろ!ウィンヒルに帰るんだよ!!ウィンヒルに帰って、そんな話はうそっぱちだって確かめるんだ!」彼はウォードの手をふりほどこうともがいた。「オレは、エルを連れて必ず帰るってレインに約束したんだ!レインも、オレが帰るのを待ってるって言ってたんだ!あの約束事にはやたらうるさいやつが、よりによってオレとの約束を破るわけないだろが!!−−−−ちくしょう、離せよ!離せって−−−−−!」 ウォードはやむを得ず、ラグナに当て身をくらわせた。彼はそのまま、ウォードの胸によりかかるように倒れ込んだ。ウォードは彼の体をしっかりと抱き止めた。 「キロスさん、大丈夫ですか!!」 その場にいたエスタ人たちは小部屋に駆け込んだ。 「大丈夫・・・・・・・・・・・だ」キロスは折れた歯を吐き出し、くぐもった声で答えた。「このくらい、今、ラグナくんが感じているに違いない痛みに比べれば、たいしたこと・・・・・・・・・・・・・」 そしてキロスは、膝をかかえると泣き出した。 殴られたあごよりも、胸の方がずっと痛かった。 レインは、彼にとっても大切な友人だった。心から信頼しあえた人だった。ウィンヒルを発つ時に彼女は、あなたがラグナのそばにいてくれれば安心だから、そう彼に言ってくれた。 その彼女の信頼に応えるためだったとはいえ、彼女が待ち続けた夫に彼女の死をひた隠しにしたことが彼女に申し訳なかった。もう彼女に会えないと思うと、苦しくてならなかった。 つらくてつらくて−−−−−しかし、もうラグナに嘘をつかなくてもいいんだと思うと、ほんの少し、気持ちが楽になった。 |
× |
それから一ヶ月ほどたった頃、ラグナが突然キロスの部屋にやってきた。 「キロス・・・・・・・ウォードもここにいたのか。ちょうどよかった」 彼はそう言うと、そばにあった椅子に座った。 やはり、痩せたな−−−−。キロスとウォードがラグナのそんなにやつれた姿を見るのは初めてだった。 彼らが顔を合わせるのは、あの時以来だった。ラグナは自室にこもったまま出て来ようとせず、レインの死を知っていたリーダー格のメンバーを近づけようともしなかった。もちろん、キロスやウォードも。 しかし、彼と同様に何も知らされていなかった人たちの悔やみの言葉は素直に聞いていた。その彼らがラグナから目を離さず、最悪のことにだけはならないように気を配ってくれていた。そしてキロスたちに、彼の様子を細かく伝えてくれた。 しかし、自分たちには何もできない、それどころか邪魔でしかない−−−−誰よりも強い信頼で結ばれていると自負していただけに、ラグナに拒絶されたのがキロスとウォードには思っていた以上にこたえた。 それゆえ、自分たちに会う気になってくれた、それだけでもうれしかった。 「キロス・・・・・・・・・・・。この間は、悪かった。痛かったろ」 長い沈黙のあと、ラグナはようやく口を開いた。 「いや、私たちの方こそ・・・・・・・・・・・」 「うんにゃ、やっぱりオレが悪かったんだよ。使いの連中が帰ってきた頃っていうと、一番ばたばたしてた肝心かなめの時期だったもんな。そんな時にあのことをオレに話して、オレが衝動的に敵のまっただ中に飛び込んでったり、みんなの足をひっぱって迷惑かけたりしちゃいけないって・・・・・・・・・それで、オレが少々おかしくなっても大丈夫って時まではって黙ってたんだろ。おまえたちも・・・・・・・・・・つらかったよな」 その通りだった。しかし今はまだ、そんなものわかりのいい言葉を言って欲しくなかった。これからどうすればラグナの力になれるのかまったくわからないというのに、逆に自分たちを思いやるような言葉を言われると、よけいにつらい。 「それで、あれからいろいろ考えたんだけどさ・・・・・・・・・・。もし、本当に、エスタの人たちが望んでくれるのなら、オレ、エスタの大統領役、引き受けようと思う」 「エスタに・・・・・・・・・・残る気か?」 「うん・・・・・・・・・・・・」 ラグナはかすかにうなづいた。 「ガルバディアのジャーナリストとしてエスタの役に立ちたいと考えていたようだが・・・・・・それはやめたのか?」 「これからもエスタのために働きたい、だけどレインのことを考えるとエスタに住むわけにはいかない、それならって、そんなことも考えたけど、レインがいないんなら、さ・・・・・。ガルバディアに帰ったところで、大口叩いたようなお偉いブン屋になれる保証なんかどこにもないんだから、このままエスタでがんばった方がいいんじゃないかな。−−−−だけど、おまえらはガルバディアに帰ってくれればいい。これ以上オレにつきあわさせたりしたら、この先もどんな面倒に巻き込んじまうかわかったもんじゃねえからさ」 「・・・・・・・・・・・・?」 ラグナのその言葉の裏に、キロスとウォードはなんだか嫌なものを感じた。 「まあ、これからどうするにしても、一度は帰らないとな。君もとりあえずはウィンヒルに帰るんだろう?」 「オレは、帰らない。・・・・・・・・・・・今さら帰れないよ。帰っても、しかたがない。もう、待っててくれる人は、いないんだからさ」 「待っててくれる人はいない、って・・・・・・・・・・・。どうしてそんなことが言えるんだ?確かに、レインはいない。だけどまだ、エルオーネがいるじゃないか。別れ際にあの子は、いい子にしているから早く帰ってきてねって言ってただろう?それに、君の実の子供も生まれて−−−−」 「子供たちは、村の人たちがなんとかしてくれるよ。あの村は、よそものには冷たいところだけど、そのぶん身内意識が強いからさ。エルは純粋に村の人の子供だし、その生まれたって言う息子も、オレの子というよりは、レインの子としてきっと大事にしてくれる。オレなんかがめんどうみるより、その方がずっと」 ウォードがキロスの袖を引いた。彼もラグナに言いたいことはいろいろあるのに声が出せない、そのもどかしさをキロスに訴えていた。これまでは、話せなくともよほど込み入った内容でない限り、ラグナとの意志疎通にさほど不自由を感じていなかった。しかし今は、ラグナはウォードの顔を見ようともしない。たとえ見たとしても、おそらく彼の表情を読もうとはしない。 「そりゃあ、男手ひとつで小さな子供をふたりも育てる不安はわかる。君に子供中心の落ち着いた生活ができるなんて思ってもいない。エスタの大統領職を引き受けるのならばなおのこと、しようと思っても無理だろう。だけど、ひとりでなんとかしようと思い詰めなくていいんだ。エスタのみんなも、子供たちをこちらに引き取る場合のことを考えてくれている。それに、私たちだってできる限りのことは」 そう言いながら、キロスもウォードも、話の論点がずれているような気がしてならなかった。 これまでなかったラグナの様子に、彼の胸の内がどうにも読めない。 「な、とにかく一度ウィンヒル帰ろう。子供たちの顔を見て、村の人たちとも相談して、それからどうするか決めてもいいじゃないか。もし子供たちをウィンヒルにあずけるのならそれはそれで、きちんと頼んでこないといけないし。第一、君はあんなにレインとの子供を欲しがっていたじゃないか。やっと生まれた息子を抱きたくないわけじゃないだろう?」 ラグナはうなだれたまま両手を握りしめた。その手はかすかに震えていた。 「な、ウィンヒルに帰ろう。そのつもりで準備はしてあ−−−−」 彼は唐突に立ち上がった。 「いいんだよ。もう決めたんだから」 ラグナはそう言い放つと、飛び出すように部屋から出ていった。 「ラグナ!」 キロスとウォードは唖然として互いの顔を見つめるしかなかった。 伝え聞いていたラグナの様子から、彼がエスタに残ると言い出す予感はあった。それでも一度はウィンヒルに帰るものと、そして一旦帰れば気が変わるかも知れないとも考えていた。 それが、ここまで激しく帰国を拒否するとは思いもしなかった。 ラグナがいったい何を考えているのか、そして自分たちはこれからどうすればいいのか、彼らには全くわからなかった。 わかっているのは、ただひとつ、ラグナひとりをエスタに置いて自分たちだけガルバディアに帰るわけにはいかない、それだけだった。 |