紹介されたサポートドライバとなる機体は、獣型が七種、機技巧人が五種であった。いずれも現行で量産された兵器としてのそれよりもスペックははるかに高い。
「すぐに決定というわけにもいかないから、今一度見て回ってもいいか?」
という、フラムバルトの進言は断られること無く、その場で四人は解散。それぞれに一人の研究員をつけて、回った研究室で気になるところを、ということになった。
もっとも、ディエラス以外の三人は大体の見当はつけていたらしい。解散後即座に特定の部屋を目指して歩き始めた。
各部屋をつなぐ通路の焦点となる、このフロア中央にあるフリースペースに、ディエラスと付き添いの研究員はいた。ここは一応の休憩所として設置されているらしいが、小さな自販機といくつかのベンチのほか、人影はない。
「……見て回られないのですか?」
痺れを切らした研究員は、おそるおそるディエラスに質問してきた。
「ん〜……」
ベンチに腰掛け、ディエラスは先ほどからうなっている。
一通りみて回ったものの、一体何を基準にして選べばいいのか、彼にはよく分かっていなかった。
もともと、サポートドライバの構想は存在しなかった。だが、あらゆる環境に対応しなければならない彼らの負担を減らすためという名目で企画されたものだ。
ただ今回選定に出されてきた八つの機体は、どれも各種の特殊任務や、戦闘行為にも対応できるものばかり。この企画は試験機のテストも兼ねていると聞かれてはいたが、見た感じ機体操縦時のサポートのテストだけ、というわけでもなさそうで、想定していた判断基準とのずれが生じてしまっていたのだ。
「その辺たしかちゃんと話したよ? ディル君はたまに話聞いてないときあるからね……」
と、先ほどレヴィアに冷やかされたところだ。他の三人はそこを理解した上でもう大体は決めてしまったらしい。
それに、ディエラスにはもう一つよく分かっていないことがあった。
「……あの」
ディエラスは研究員に向き直って声をかけた。一瞬研究員がびくっと反応したが、すぐに気を取り直したように向き直ってきた。
「なんでしょう?」
「今回の選定って、研究室側にとってはなにかのメリットがあるのですか? テスト機を随伴させるだけなら、上が使う機体をきめちゃってこっちに押し付けてきちゃえばそれですむわけだし」
ディエラスの問いに対し、研究員は眉根を寄せ困ったような表情になった。
「そうですね……言ってしまえば、これは一種のアピールなんですよ」
「アピール?」
ディエラスは不思議そうに研究員を見る。
「ええ。四宝剣の皆様方が選んだ、という事実に意味があるんです。どこの研究室の機体も一応の実用段階まできてますから、あとは実際の作戦行動で使った時のデータをとって、どれの量産体制をつくるか、といった判断を待つだけ。そのデータ取得と機体選択の判断を皆様方にやってもらっている、ということです」
「はあ」
わかったようなわからないような、と、ディエラスは相変わらず不思議そうな顔をしている。返事もどこかはっきりしない。それを察して研究員は続けた。
「本来こうした機体の開発は、量産前提の企画を立ち上げて、それで研究を重ねて実用まで持っていくのが常なんですが、ここの研究室は逆なんです。各自に違う企画で何かを作り上げ、それを量産にするかを考えてもらう、と」
「なるほど」
ディエラスはかるくうなずく。
「ですから、選ばれた研究室はその実績が認められた、ということにもなるわけで……」
「ああ、そういう仕組みだったんだ。ちなみに、機体選択が先になってるのはどうしてなんですか?」
「いくら新しいものでも、つかう気になれないものはつかわれませんよね? ですから、性能、見た目などで使う気になってもらえるものを先に選んでもらおう、というわけなんです」
「そうでしたか。わざわざありがとう」
納得したように、ディエラスは深くうなずいた。研究員に安堵の表情がともる。
疑問の一つは氷解したわけだが、しかしディエラスの表情は晴れない。
(そんなことに自分たちを使われてもなあ……)
などと、ぼんやりと考えていた。
突如ベンチから立ち上がる。研究員は再度驚いたようにびくついた。
軽く伸びをして体をほぐし、そのままフリースペース内を見回した。ここに座り込んでいても埒が明かない、とおもったディエラスは、再度見て回ることを決心した。
「ん?」
ここでディエラスはあることに気がついた。
先ほどはうつむいていたので気がつかなかったが、フリースペースから見える通路の一つに明かりがついていないのだ。
「あっちの通路にはなにがあるんですか?」
研究員に向き直り、薄暗い通路を指差す。
「ああ、あちらには今回の選定の前段階ではじかれた機体の研究室があるんです」
「前段階ではじく?」
「ええ、まだ未完成だったり、スペックがそんなによいものではなかったりですね……」
「あっちの区画にわざわざ移動したんですか?」
「いえ、その区画は最古参の研究室と新参のものがちょうど配置されてしまいまして、そういった研究室が集中してしまっただけのことです」
そこまで聞いて、再びその通路を見る。
薄暗い通路は、十メートルほど行ったあたりで壁が見えている。T字路になっているようだ。
「ちょっとあっち見に行ってもいいですか?」
通路を凝視したまま、ディエラスは研究員に言った。振り返ると、彼は眉根をよせ困ったような表情でこちらを見ていた。
「ええ、でも……」
「決めるのなら後ででもできるから。所長に許可をもらってください」
うながすと、研究員はしぶしぶといった感じで手首にある操作板に指を走らせ、FHHDに視線を移した。
「……F区をみたいと……ええ……そうですか、はい、わかりました」
顔を上げてこちらに向き直ってくる。
「許可が下りました。いま照明をつけますから」
そのまま、また手首の操作板を再度いじる。振り向くと、一瞬の間をおいて照明がついた。
「それでは、ついてきてください」
おそるおそるといった感じで、研究員は通路のほうに歩き出した。ディエラスの前を通り過ぎると、振り返らずに通路に入る。それにつづいて、ディエラスも足をすすめた。
突き当りを曲がる。風景としてはいままでみて回ったところとあまり変わらない。
4つほどある扉のうち3つか扉が開いているようだが、そのうち二つの照明はついていないようで、あいた扉の中が薄暗くなっている。扉が開いているというのはいささか無用心な感じもするが、部外者の侵入が考えられないことから、違う研究部署どうしの干渉もないという自信の表れのようなものでもあるのだろうか、とディエラスはなんとなく思った。
一つ目の扉を越えたあたりで、不意に研究員が振り向いた。
「室内も見て行きますか?」
「ああ、おねがいします」
そういうと、研究員は通り過ぎた開いている一つ目の扉をくぐり、手元を操作。瞬間的に照明がともる。
部屋の中は正方形でかなり広く、整頓されている。入り口から見て左の壁際に設置された操作卓といくつかの机があり、正反対の壁には機材や書類をしまうためと思われる壁に備え付けの扉が見える。部屋の中央にはベッドに機械を取り付けたようなものがあり、部屋の隅にある複数の別の大型機械から、複数のケーブルがのび、接続されている。光景としては、いままで回ってきた部屋のどれとも大体同じような感じだった。
ベッドには人間大の機械の塊が乗っている。
形状も人間に近いものがあるが、左腕と右足が存在しない。また、一部外装がなく中のフレームやケーブルがむき出しになっている。外装がある部分を見ると、曲線形、というよりはかなり角ばった印象がある。作りかけの機技巧人のようだ。
機技巧人といっても、その形態に個々の差が大きい。いま目の前にあるのは、人よりも体格的に大型であり、剛健でメカニカルな外装をもつことから、大きなパワーと強固な装甲、内蔵武装を施された、前線に投入される戦闘タイプになると思われる。このほかにも、人に極力似せた曲線的な外装を持つタイプがあって、柔軟な動きが必要となる局面で使用される。
また、完全に人間そっくりに作られたタイプもあり、要人護衛や情報処理など、対人関係がある場面で使用されていたりもするらしい。先ほどディエラスが見てきた機技巧人は、この三種をカバーしていた。
ちなみに、レオンあたりは、人間そっくりに作られた「ティン型」と呼ばれるタイプの機体が気に入っていたようだった。長い金髪にすらっとした長身の美形な成人男性に似せてつくられていたが、身体能力や情報処理のスペックは他の機体を凌駕するものであったため、彼はそのあたりに着眼点を置いていたようだった。
部屋を出る。たいした感想はなかった。まあ、つくりかけのものに評価することほど無意味なこともないだろうとディエラスは思う。
奥の二つの部屋のものは、完成度は上がっていたが、どれも未完成の機体だった。二つ目の部屋の機体は外装まではしっかりしていたものの、機体の開発作業自体ハはまだまだおわっていないようで、部屋にいた数人が作業をしていたが、こちらが見ていることにも気がついていなかったようだった。どうやら徹夜で作業していたらしく、それぞれから倦怠感が感じられた。
第五節
トップにもどる