▼ 第十六話『夢なら良かったと思うことは大抵現実2』
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結局私は祐真くんに何もいえなかった。
迷うことなく答えを出せたなら良かったのかもしれない。情けない自分に嫌気が指す。
翌日も私は答えらしい答えにも行き着くことなく、気だるく重い気持ちでとりあえず学校にだけは出席した。
考えるのは祐真くんのことだけだ。
祐真くんが発した苦悶の台詞が一言一句忘れることが出来ずにループされていく。
序でに私のこの倦怠感は完全に風邪を引いたのだと思う。
はあと溢した息が熱い。
この間、水を被ってからちょっと調子が悪かったけど、昨日も帰り際雨に降られて悪化したようだ。頭がぼーっとして熱っぽい。
あー、頭が重いなーと思ったら
「暁ー、俺の授業はそんっなに退屈か。受ける気がないのは良いが、俺にばれないようにやれ、俺が傷つく」
ぼすぼすといつの間に隣に居たのか、担任に教科書で叩かれた。
静かだったクラスが急に沸き返る。
気がないのは良いのかよ、と普段なら突っ込みたいところだけど、今は駄目だ。そんなに頭を揺らしたら駄目だってば。
無反応な私に業を煮やしたのか、担任は私の顔を覗き込むように前屈みになり肩を掴んだ。
「おい暁?」
「先生、もう駄目」
私は机と仲良くなった。ひんやり冷たくて気持ち良い。
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「じゃあ、お願いします」
「はいはい、ちゃんと授業に戻るんだよ」
由良とシイナ先生の話を聞き、ガラガラと扉が閉まる音で由良の退室を知る。
私は真っ白なシーツの掛かった硬いベッドに横になり熱い息を吐いた。それとほぼ同時にぴぴっと体温計が電子音をたてる。
「何度?」
シャっとしまっていたカーテンを何の予告もなく開いて、顔を覗かせた保健医に直接体温計を渡して寝返りを打つ。
「少し休めば治ります」
「うん、治るわけないよね。三十八度六分、解熱剤あるから飲んで休んだ方が良いよ。それとも病院に行く? まだ空けられないからタクシー呼ぼうか。何なら俺が診ても良いよ。藪だけど」
「解熱剤ください。寝ます」
由良に付き添ってもらって訪れた久しぶりの保健室は、以前と変わらない調子の保健医が迎えてくれたけど声が嬉しそうなのは気のせいだろうか? ていうか自ら藪ってどういうことだ。
「どうして、今日はミカミくんいないの?」
こぽこぽとコップに水を注ぎいれ、起き上がろうとする私の背中を支えつつ問い掛けてくる。私は握らせてもらった錠剤を水と一緒に一気に煽って、けふっと息を吐く。
「仕事です」
私が再びベッドに横になったあと、シーツを掛けなおしてくれる。いつもと変わらない普通に保健室の先生だ。そして、飲んだコップを下げながらふーんと口にする。
「そんなの天使にでもやってもらえば良いのに」
かちゃかちゃと片付けている音を聞きながら、私はごろりと横を向き窓の外を眺める。
―― ……まだ降ってるなぁ。
「先生は、天使いるんですか?」
「ええ? もちろん。俺はまだ選べないし、それについててもらわないと困るしね。うちの天使は有能だよ、向こうでの仕事も任せられるくらいだから。ああ、もしかして仕事柄つけてないのかな? 神秘部は大変だろうから」
機密を守るのが、と先生は付け加えたが私は詳しく知らないので答えようがない。
「あんまり興味ない? ミカミくんの話」
「そうですね。ミカミも知って欲しくないみたいだし詮索するつもりはないです」
この雑談はまだ続くのかな? 波のように襲ってくる睡魔に一応抗いながら、シイナ先生の言葉に耳を傾ける。
別に興味がないわけでも、知りたくないわけでもないけど、実のところちょっと知るのは怖い、かもしれない。
「暁さんは神様って何だと思う?」
「見守るもの。でしょ?」
確かミカミがそんな感じで話をしていたと思う。私の返答に先生はうんうんと頷いているようだ。
「俺はね、上級神の考えることなんて分からないし、彼らには手の届かない目の届かないところにいてもらえば十分だと思ってるけど、神秘部……それも、特使であるミカミくんは、その彼らと密接に関係している。現在の特使は三人だったと思うけど、確かミカミくんは今、電子神宮協会に所属してたと思うから情報操作が目的なのかも」
「先生、詳しいですね?」
時折瞼が堪えようもなく重たくなる。
もう、抗うのもきつくなってきたので瞳を閉じたまま答えた。先生は自分が長話に誘っておきながら大丈夫? とカーテンの隙間から覗いてきた。
私は背を向けたまま大丈夫だと片手を少し出して振って見せる。限界ならいってと加えるけれど、限界に近づけているのは先生のお喋りなんですけど、ね?
「詳しいわけじゃないけど、神界では実しやかに囁かれてきたことだよ。神秘部の情報は漏れないんだ。だから良くも悪くもいわれる」
「神様なのに悪くいわれちゃうんですか?」
その矛盾にちょっと笑ってしまった。
それより、こんな話を保健室で普通にしてていいんだろうか? まあ、普通の人が聞いても本とかゲームの話だと思うと思うけど。
先生は私の問い掛けに、少しの間黙した。
ぺらぺらと良く喋っていた分、静かになると庭木を濡らしている雨の音が大きく聞こえる。
「……必要悪ってあると思う?」
「―― ……」
そしてようやく口にした言葉に私は答えられなかった。
悪行は魔族のお仕事ではないのだろうか? 悪いといわれることに、善も悪も存在するのだろうか? そんなの卵が先か鶏が先かと問われる以上に答えられない。
それに、今そんなことどうして聞くんだろう、ミカミの話じゃなかったの、か、な――。
私は思考を巡らせ返答を弾き出す間もなく深い眠りに落ちてしまった。
***
「あれ? 暁さん。…寝ちゃったんだ」
返事がなくなって首を傾げたシイナは、ベッドに横になっていたひなたの顔を覗き込んで微笑んだ。そしてひなたの額に浮かんだ汗を拭って、ベッドの端に寄りかかる。
「でもね、俺はミカミくんみたいな神族も君みたいな人間も好きだよ」
自分で溢した台詞が神族の一員としては、とても酔狂な発言に感じてシイナはくつくつと笑いを溢したあと、もう一度だけひなたの頭を撫でて「味方だからね」と締めくくりカーテンを閉めた。
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