種シリーズ小話:紅譚
▼ 本編消去部分:36話:痛いの痛いの飛んでいけ

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 真白とアルファルファの足音が遠ざかって行くのを見計らって、エルリオンが口を開く。

「神経系の毒が塗ってあったようですね。一応解毒はしますけど、暫くは無茶なことしない方が良いですよ」
「本当にカナイらしくないね。どうしてそんな油断してたの?」
「痛いって、エル先生。キツク締めすぎ指先青くなるから……油断してたんだよな、ホント。ちょっと考え事してたんだ」
「どのくらい高尚なことを考えていたか知りませんけど、貴方の傷は治りますが、マシロさんは貴方の傷よりずっと深く傷ついていると思いますよー」

 ほんの少しだけ巻いた包帯を緩めて、ぽんぽんっと叩くと、治療を終えたエルリオンはそういって意地悪く微笑んだ。カナイはその言葉に苦い顔をして「先生、俺のこと嫌い?」と深く溜息を吐き髪を掻きあげる。エルリオンは苦笑すると、こともなげに口にする。

「そんなことはありませんよ。将来有望な若者は大好きです。ですが、マシロさんの方が好きなだけです」

 手際よく机上片づけたエルリオンは「さて、私は会議が有るので失礼しますけど、ここ使いたかったらどうぞ」と深刻な雰囲気の二人を順番に見て、ファイルを片手に医務室をあとにした。

 その足音も遠ざかるとエミリオは神妙に口を開く。

「それで、その腕で術式は上手くいくの?」
「出来なくはないと思うけど、詠唱破棄が出来なくなるから少し時間が掛かるな……そうなってくると、ちょっと難しいかもしれない」
「そう、じゃあ、別の手を考えないといけないね。カナイクラスの術師は早々居ないから、思い当たる節は一つしかないけど、無理、だよねぇ?」

 腕を組んでうーんっと唸ったエミリオと同じ考えなのかカナイも唸って溜息を吐く。

「構いませんよ」

 ここにあってはならない声にエミリオとカナイは、弾かれるように顔を上げ声の主に目を見開いた。窓辺でぼんやりと外を眺めつつ話し掛けてくるのはやはりブラックだ。アルファがいなくて良かった。

「貴方の代わりが勤まるのは私くらいでしょう。だから、構わないといっているのです」
「マシロを異世界に帰す算段なんだぞ?」

 ブラックはちらりとも二人を見ることなく窓の外を眺めたまま、分かっていますよ。と、頷いた。

「まあその怪我は貴方がくだらない感傷に浸っていた所為なので、責任は感じませんし、後始末もつけておきました。もう心配はないと思いますが……私も存外貴方々を信用しすぎていたのかもしれませんね? マシロの甘さが感染しました」

 そういって鼻先で哂われると、カナイはずんっと項垂れる。

「ですが、その所為でマシロの望みが叶わないのは私の本意ではない。もちろん、ギリギリまでマシロが決定する邪魔はしますけど……」

 帰したくはないので……と締めくくったブラックにエミリオは「そう」と頷いて微笑んだ。

「アルファは面白くないだろうから、その瞬間まで黙っていよう。君も、マシロにこのことを知られたくは無いよね?」
「自ら吹聴するつもりもありませんが……王子様は私以上に」

 ブラックは何か言いたげではあったが、そ……っと、双眸を伏せると小さく首を振り

「まぁ……良いでしょう」

 とつぶやき、ふっと二人が顔を合わせて笑い合う姿にカナイは薄ら寒い思いをして身体を縮めた。


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