種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種94『いたずら』

 

 過ごしやすい季節だ。
 この過ごしやすい季節が悪い。
 マシロにいわせるとそういうことらしい……。

 王都をでて直ぐの広場。大樹の根本でひなたぼっこ。平和すぎる絵面だ。
 カナイは幹に背中を預け、のんびりと本のページをめくる。
 右側にはギルド事務所で預かってきた白猫のマシロが、左側にはカナイの膝を拝借した人間のマシロが心地良さ気に眠っている。

 白猫マシロに十分に餌付けした後、自分もたっぷりとおやつをとってお昼寝……。別に問題はないけれど開いた本の間から、すぴぴと寝息をたてるマシロを眺める。

 シル・メシアにとって唯一無二の存在。
 世界に”美しいとき”を分け与えると言われる白い月の少女。
 聖女。
 白月の姫。
 対となる闇を宥めるもの。

 これが? と出てきそうな笑いを飲み込んだところで

「―― ……ふふ……バカナイ」

 なんて寝言を零しやがる。
 ひくりと頬をひきつらせて、ぱすりと本を閉じる。結構な音を立てたと思う――その証拠に猫の方は起きた――けれど、マシロは全く目を覚ます素振りがない。

「ふー……ん」

 にやりとカナイが口角を引き上げたことを見ていたのは猫だけだった。


 ***


「マシロー、起きろ。あんまり寝てばっかり居ると、牛になるぞー。食って寝てばっかしてると転がった方が早くなるぞー」

 よいしょとカナイがマシロ(猫)を腕に抱き立ち上がるから、マシロはその膝からこてんと落ちて、否が応でも起きないといけなくなった。

「んー……カナイの鬼ー。良い気持ちで寝てたのにぃ」
「お前、なんか太ったんじゃないか?」
「そんな、失礼、な……」

 ―― ……あれ?

 なんか、見下ろす手がむちむちぱんぱんのような気がする。むくんでいるとかそんなレベルのお話ではない。

「ちょ、え、何」

 心なしか、起きあがった身体も重いような気がする。

「姿見出してやろうか?」

 いいつつカナイが何もないところから、長方形の姿見用の鏡を取り出した。

 ―― ……絶句。

「なんかスゲーデカくなってるよな」

 カナイはにやにや。
 マシロは蒼白。
 怒ったり騒いだりしない分、カナイは面白くないなと眉を寄せた。思ったほど面白いことにならなかったなと、口を開こうとしたら

「どうしよう、どうしよう、どうしよう……何この点と線で構成された顔。ぜーんぶ、湾曲した身体の線。どうしようどうしようどうしよう」
「だから、だいじょ」
「ダイエットしなくちゃ! こんな姿誰にも見せられない」
「いや、だから」
「ごめん、カナイっ! 私先に帰るからマシロちゃんをテラとテトのところに帰してあげてね」

 人の話を聞け。
 確実に体重八十キロ台くらいになっているのではないかという巨体になってしまったマシロは、その大きさに似合わず、それだけいい捨てるとさっさと王都に向かって走り去ってしまった。

「にゃう」
「―― ……ま、まあ、大丈夫だろ? うん、多分……」

 心配そうなマシロ(猫)の鳴き声に、カナイはやっちまった感が拭えなかった。


 ***


 そぉぉっとマシロは図書館寮の裏口を開けて、寮棟内に足を進める。
 誰にも見つかりませんように……

「あれ? マシロ一人?」

 マシロの願い虚しく、あっさり掴まった。

「え、えっと、その、わ、私はマシロでは……」

 振り返って何とかごまかそうとしたけれど、声を掛けてきたのはエミルだ。
 エミルはどうしたの? といつも通りの様子で微笑んで首を傾げる。

「だから、マシロじゃ……」
「え、何で? マシロだよ。ここは図書館寮だよ? ここの学生証を持っていない人が入ってこられる場所じゃない。それに女の子は二人しか知らないし、アリシアでなければマシロでしょう?」

 毒なくにこにこ。

「何かあった? そういえば少し大きくなったかなぁ?」

 少しじゃないっ! と泣き出しそうな声で叫ぼうとしたら「マシロちゃーんっ!」という声と同時の抱擁に声は出なかった。

「どうしちゃったんですかー? すごーぃ! 気持ち良いです。普段のマシロちゃんも抱き心地良いけど、なんかこっちのが抱かれてるみたいです」

 アルファだ。
 抱かれているみたいで悪かったな。
 眉間に皺が入り、じわじわと視界がぼやけてくる。ショックのあまり気が動転して泣きそうに……というか涙があふれてしまった。

「アルファ、離れて」

 ぴしりとエミルにいわれて、え? とマシロの顔をのぞき込んだアルファは

「え、ちょ、ごめんなさいっ。苦しかったですか? え、ええと、とりあえず、部屋はいります?」

 あわわっとマシロから離れた。
 そして、アルファは自室の扉を開きつつ、マシロの手を引く。普段ならあっさり手首に指が回るのに今は届かない。
 どかりといつもの椅子に腰掛けて、いつものように膝を抱えようとしたら、届かなかった。ますます泣きそうだ。

「今日はどこにいってたの?」
「……カナイと、マシロちゃんの相手しに、いってたの」

 自分の膝小僧をにらみつけながらそういったマシロに、エミルもアルファも「ああ」と頷く。

「お茶でも飲みますか?」
「いらないっ! これ以上太ったらどうするのっ? きっとお昼寝する前に食べたドーナツが拙かったのよ。朝が遅くてお昼食べてなかったから、まあ良いかと思ったから……」

 ああっと悲観的に頭を抱えたマシロに、エミルとアルファは顔を見合わせて肩を竦めた。

「マシロ、あのね」
「ダイエットっ! そう、ダイエットしなくちゃって思って急いで戻ったんだった! ああ、でもどうしよう。今日週末だし、どうしよう、ブラックが来ちゃう。見られたくないよ。隠れようにも、こんなに大きくちゃ隠れようもないし、ブラックが私を見失うとも思えないし、どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
「だからね、マシロちゃん」

 ぶつぶつぶつぶつ、誰にいうでもない話をしているマシロにアルファも声を重ねたが全く聞こえていない。

「アルファっ!」
「え、は、はい?」
「何か良いダイエット法ないかな……」

 いって顔を上げたけど、アルファもエミルも今居ないカナイも、悔しいくらいダイエットという言葉と縁のない人物だった。
 マシロは、はあと大仰に嘆息して首を振る。

「そ、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。コロコロして可愛いですよ? 抱き心地も倍増だし。僕はイヤじゃないです」
「私が嫌なの。私が嫌なのよっ」

 叫んでまた泣きそうになって、ぐぃっと手首で涙を拭う。

「カナイ、何かいってなかった?」
「え、カナイ? カナイは、食べて寝て繰り返してたら牛になるとかなんとか、その忠告を聞いたら良かったのにっ。私、大丈夫大丈夫ってお昼寝しちゃって、だから、」

 何で寝ちゃったんだろうっ! また頭を抱えた。

「―― ……僕、ロードワーク行く序でに、カナイさん掴まえて来ますよ」

 いって立ち上がったアルファの腕をマシロがとって「私も行く」と立ち上がった。

「マシロはここで待ってたら?」

 のんびり口にしたエミルに首を振る。

「カナイはここにしか帰ってこないでしょ。そんなの待ってても意味ないよ。私、とりあえず、動かないと……本格的なダイエットってやったことなくて良く分からないけどやっぱり動かないと駄目だよね」

 と、ぶつぶつ。

「マシロ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよっ! 大丈夫じゃない」
「わ、分かりました。分かりましたから、泣かないでくださいね?」

 激しくテンパっているマシロにそれ以上今いっても聞いてないだろうと判断した、アルファは「じゃあ、一緒に行きましょう」と背中を押した。

 ―― ……パタン

 静かに閉まった扉を見つめてエミルは溜息一つ。そっと耳のカフスに触れた。

「カナイ。今すぐ戻って」

 そして、エミルが手を下ろすまでにカナイは姿を現した。

「感心しないな」
「あー、いや、その。あんまり気持ち良さそうに寝てるもんだから、そのぉ、ちょっとした悪戯心で……」

 くしゃりと頭を掻きながら、ごにょごにょと告げる。

「マシロ泣いてたよ」
「え!」
「え、じゃないよ。女の子にあんなことするのは、悪戯じゃなくて嫌がらせ。本当にデリカシーがないんだから」

 普段刻まれることのない眉間に皺を寄せて冷ややかにそう告げたエミルに、カナイはしょぼんと肩を落とした。悪気がなかったというのは本当らしい。

「ひとしきり笑ったら元に戻すつもりだったんだ。それなのに、あいつ人の話も聞きもしないで走っていくから、あとで良いかと思って」
「それだけ動揺してたんだよ」

 実際エミルもアルファも、カナイの仕業だろうとすぐ見当がついたのにそれを告げる隙もなかった。


 ***


 ぺたぺたぺたぺた

「ちょ、何?」
「いや、気持ち良いなと」
「アルファってこういう感じが好きなの?」

 アルファにくっついて走るということは無理と早々にあきらめたマシロは、直ぐにお散歩になった。そして、さっきからあちこちさわりまくるアルファに不機嫌そうにマシロは顔をしかめた。

「僕は、マシロちゃんが好きなんですよー。いつもの感じでも、こういう感じでも好きですよー。気持ち良いー」
「……バカにされているようにしか聞こえないんだけど」
「えーそんなことないですよ。本当本当、っとそろそろ帰りましょうか?」
「いくらこんな体型でももう少し歩けるよ?」
「ん? 僕はまだ散歩してても良いですけど、多分もうお説教が終わった頃だと思うんですよね」

 にこにことそう告げるアルファにマシロは不思議そうに「お説教?」と首を傾げた。


 ***


 ―― ……ばんっ!

「かーなーいぃぃぃぃ……」

 ドアが吹っ飛ぶ勢いで叩き開けられ、普段からはあり得ない形相のマシロが呑気に部屋で一服していたカナイに詰め寄る。エミルがいつも通り「おかえりー」と声を掛けたのは聞こえていないようだ。無理もない。

「ん、んん。な、なんか凄い威圧感だな。壁が迫ってるみた……」

 ごんっ!
 殴られた。わざとらしく頭を抱えたカナイに「なんかいった?」と怒りを露わにする。

「すみません。何もいってません。大体、寝て起きたら身体が横に倍になるなんて普通すぐ分かるだろ。服まで一緒に大きくなってんだから」
「分かんないよっ! 確かに私の中ではあり得ないことだけど、この世界ならなんでもありのような気がして……そーとー焦ったんだからねっ!」

 それは分かると全員が頷いた。

「早くっ! 早く元に戻してよっ! ぐずぐずしてたら、ブラックが来ちゃうでしょうっ!」
「わ、分かった。分かったから。近い、近い近いって、ちょ、離れろ」

 がたっと後ろに下がって立ち上がると、分かったからと重ねてマシロの肩をぐぐっと押して真っ直ぐに立った。
 そして、マシロの額にそっと手のひらを押しつける。

『我が魔力により、肥大し血肉よ我に返れ』

「それだけ?」
「うるさい黙れ」
「―― ……」

 なぜカナイがやらかしたのに自分が怒られなくてはいけないのかと、ぶすっとふてくされたところで、じわりと身体中が熱くなる。

「ちょ、あ、つ……」

 額から汗が流れ落ちる頃、ぽふっと爆発した。
 上がった白煙の中で、けほけほと咽せる。

「治った?」

 ぺたぺたと自分の顔を触って確認。ぴょんと跳ねると身体が物凄く軽くなったような気がした。

「よ、良かったー……戻ってる、戻ってるよね?」

 不安げにエミルを見ると「戻ってるよ」と微笑み、それに胸をなで下ろすより早く

「ぎゃっ」

 アルファに抱きつかれた。

「いつものマシロちゃんです」

 いってすりすり。

「ちょ、アルファ、近、近い」

 ぐぐぐっとアルファの頭を押し退けていると、

「今日はいつもにも増して賑やかですね?」

 あっさり、ぽいっとマシロからアルファをひっぺがしてそういったのは、ブラックだ。マシロはその姿に、間に合ったと肩をなで下ろした。

「ブラックっ、賑やかどころの騒ぎじゃなくて、本当に大変だったの、大変だったんだからねっ!」

 呑気なこといわないでよっと八つ当たりしたマシロに、ブラックは不思議そうに首を傾げ「そんな泣きそうな顔をしてどうしたのですか?」と頬を撫でた。

「どうしたもこうしたも」
「駄目っ! アルファっ! いったら、これからさき一切口利かないからね!」
「え、ええっ?! やですよ」
「誰かに虐められたんですか?」

 ふわふわと人目をはばかることもなく、マシロを抱き寄せて頭を撫でつつブラックが問いかける。
 マシロは、ちらとカナイを見、エミルとアルファはあっさり指さした。

「い、虐めてない、そんなことするわけないだろっ」
「いやぁ、あれは虐め以外のなにものでもないですよ。あれは酷い、いくら僕でもあんなことしませんよ」
「エ、エミル」

 おろおろと、助けを求めたのに、エミルはあっさりその瞳を避けて、

「少し時間ができそうだから、食堂でお茶でも飲もうか」

 と扉へと歩み寄りかちゃりと開く。

「満場一致は珍しいですね」

 くすくすと笑うブラックに「殺さないでね」と念押してから

「私も行く」
「僕も行きます」

 そして、扉は閉められた。
 この世のものとは思えない、悲鳴が聞こえたような気がしたがおそらく気のせいだろう。



「―― ……それでマシロちゃん、スイーツは何にします?」
「……紅茶だけにするよ」

 今日はそんな日。





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