▼ 小種15『鮮やかな思い出』
「あり、がとう、ご、ざい、ます」
灯台の灯火よりも貴方の火をつけてあげたい、と思ってしまうような弱々しい感じの男性がやっと辿り着いた灯台から幽霊のように降りてきてランタンを受け取ってくれた。
と、とりあえずこれで依頼は終了。
何とか無事に終えることが出来て良かった。
みんなのお陰だけど。ほっと私は胸を撫で下ろした。とても遠かった。 それからみんなで家路を急いだわけだけど、やっぱり私の足は短くて、嫌、違う、短いんじゃなくて歩幅が違うだけ。兎に角、その日のうちに辿り着かないということを感じたのは私だけではなくて途中にあった小さな村で宿を取ることにした。
小さな宿だから部屋数が少なく、エミルと私が各一人部屋。アルファとカナイが同室という寮と同じ部屋割りになった。
ま、一夜過ごすだけなので別に問題ない。
夕食のあと各部屋に分かれたら、私は疲れた足をベッドの上に伸ばしてマッサージをしていた。凄い筋肉痛とかに襲われて明日歩けない! なんてことになったら最悪だ。
―― ……コンコン
木戸をノックされ私が扉を開けると三人揃っていた。どうしたの? と、訪ねると「散歩にでよう」と誘われる。お断りしたいところだけど、三人とも揃われているんじゃ、私だけ行かないなんてこというと申し訳ないというか空気読めと(カナイに)怒られそうなので私は軽く頷いて、部屋の明かりを消すと外へ出た。
さわさわと頬を撫でていく風が心地よくて、大きく深呼吸する。
「私、今日も野宿かと思った」
「まさかっ! 野営は結構身体に負担が掛かるんだよ。そんな無理は強いないよ」
「でも、灯台が有るってことは港とかがあるんじゃないの?」
「ああ、あるぞ。あの岬をぐるっと回って、ここと反対側の海沿いに歩いていけば港町があって、結構にぎやかだと思う。そこから、王都にも調度品とか、ここでは取れない鉱石とかが流れてくる」
のんびり、ばらばらと緩く上り坂になっているあぜ道を歩きながら――ていうかこの期に及んでまだ登るのかと思いつつ――そんな話をしていた。 港町か、別ににぎやかな場所が好きという訳ではないけれど、ちょっと興味があったかも知れない。
みんなはそんなもの見慣れているから、こんな辺鄙な村を経由することを選んだのだろうか? ちょっと残念。そう思いつつも何とか合わせて歩いていると、前を歩いていたアルファが大きく手を振る。
「こっちこっち!」
「アルファって元気だよね」
「体力馬鹿だからな」
人は見た目に寄らない。
アルファはどちらかといえば『深窓の佳人』って感じだけどアクティブに動き回る。アルファが先に消えてしまった場所に何かあるのか私は首を傾げつつ「足元、気をつけて」と手を差し伸べてくれたエミルの手を取る。
ぐいっと手を引かれて小高い丘に登りきる。
「……わぁ……」
ざぁぁぁぁぁ……っ、と丘を抜けていく風に目を細め、髪を押さえて風が抜けてしまうのを待つ。足元に群生していた同じ種類の花が一斉にあおられ美しい花を揺らす。
「綺麗」
月明かりに浮かぶ花は小さいけれど、その一つ一つが淡く輝いていて光の絨毯が広がっているようだ。
「月光草っていうんだよ。港町も魅力的なんだけど、マシロにこれを見せてあげたかったんだ」
「え、あ……ありがとう」
にっこりとそういってくれるエミルに思わず見惚れる。
空と大地からの淡い光に立つエミルは聖人君主という感じだ。王子だから洒落にはなってないけどね。
「野生の月光草が群生してるところは殆どないんだから荒らすなよー」
「分かってますってー!」
うん。アルファとカナイの空気読まない雰囲気の大きな声が素敵です。顔を見合わせて苦笑した私たちは近く開いたところに腰を降ろす。
「これって持って帰ったら駄目なのかな?」
一つの株にすずらんのような花が三つ。
やんわりとした暖かい光を放っている。その花にそっと手を添えてそういった私にエミルが残念だけどと首を振る。
「月光草は摘んでしまうと直ぐに枯れてしまうんだよ。試しにひとつ摘むと良いよ」
いわれたけど何となく気が引けて摘むのを躊躇うと、エミルがあっさり一つぽきんっと手折った。止める隙もなかった。
「ほらね?」
エミルの手の中に納まった月光草は見る見るうちにしおれてしまった。
「残念だね」
特に深く考えずに口にしたのだけどエミルはそうだねと口にしつつ話を続けてくれる。
「気に入ったなら図書館でも見られるよ」
「え?」
「温室の一角でラウ博士が育ててるはずだよ。彼が個人的に育ててるものは夜光花が多いんだ。多分月光草は有名どころだからあると思う」
「ラウ先生って何やってるのかな?」
素朴疑問を零したけれどエミルは「なんだろう?」と肩を竦めた。
ま、この際あの人の追及はよそう。だってあの人、本当に暇そうなんだよね。授業もちゃちゃ入れに来るし、彼の周りは私物と秘密で溢れている。
「分からないんだけどね。マシロには色々見て欲しいんだ。その目にこの世界を焼き付けて欲しい。もし、元の世界に戻ったとき記憶があるかなんて定かじゃないけど、ここで感じてくれた想いくらいは残るんじゃないかなぁ……とか、思って」
何か感傷的だね。と照れくさそうに笑ったエミルにほわりと優しい気持ちになる。 この世界は綺麗だと思う。
とても綺麗で色鮮やかだ。 二つ月から注がれる月光一つとっても地球とは違う。
それを受ける草花も木々も全て違う。 だから、だからきっと…… ――
「忘れないよ」
そう思う。
抱えた膝に顎を乗せて、ぼんやりと月光草の海を見詰めて零した。その隣でエミルが笑ってくれているのが分かる。とても優しくて穏やかな時間だ。
「そんなの意味ないだろ?」
「えー出来ないんですか?」
「出来ないなんていってないだろ」
酔っ払いのような二人の騒ぎ声のあと、どんっ! という大きな音がして月光草が一株巨大化した。その上に乗っかって小さくなったアルファが「マシロちゃーん」と大きく手を振っている。
呆れたものの、多分、素直にアルファはそれが楽しいと思ったし、私が喜ぶとでも思ったのだろう。だから、乾いた笑いを浮かべつつも手を振り返した。そして無言で立ち上がったエミルに「どうしたの?」と声を掛ける。
「悪い子にはお仕置きが必要だよね」
とにっこり。笑顔で体感温度が下がることがあるとは思わなかった。
この調子なら騒がしさだけは確実に私の記憶に刷り込まれることだろう。
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