種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種1『最初からストーカー気質』

 翌朝天気が良かった。抜けるような青空にうっすらと掛かる白い雲。
 春先か秋口か……そんな感じの空だ。夏の原色で彩られた暑苦しさや冬の寒々しさはない。

 夜が来て朝が来る。

 至極当たり前なのは分かってる。
 分かってるけど……夢の中だとしたら長すぎる。私は窓辺から外を眺めて訪問客だったのか一台の馬車が屋敷から遠ざかっていくのを見送った。

 昨夜ブラックに着替えとか必要なもの、部屋の中のものはどれも自由に使って良いといわれていたから、とりあえずクローゼットを物色した。
 ブラックからしてもそんなに違わないと思うけど元の世界の制服では拙いだろう。

「何か色々あるなぁ」

 泊り客が多いのか結構揃っている。でも全部女性物。あれだけの美形だからいい寄ってくる人も多いのだろう。

「私に寄ってくる物好きは居ませんよ? それは全部マシロの物です。自由に使ってください」

 突然の声に肩を跳ね上げる。
 人の心を見透かしたような台詞に眉を寄せる。

「あ、あのねぇ! 泊めてもらって偉そうはいえないけど、女の子の部屋にノックも無しに入るのは失礼じゃないの」

 私の怒りにブラックは耳をぴんっと立てて少し驚いたようだ。そして直ぐに元の笑みに戻って「そうでした」と頷いて謝罪する。

「すみません。使用人はおりませんので、お支度をお手伝いしたほうが宜しいかと思ったのですが?」
「結構です!」

 力強く拒んだ私にブラックは不思議そうに首を傾げる。

「ご自宅では誰も手伝わなかったのですか?」
「……私はそんなお嬢様じゃないよ」

 何だこの夢。
 お屋敷のお嬢様設定か?

 私は複雑な面持ちで唸ってしまった。そんな私を無視してブラックはちゃっちゃとクローゼットの中から服を選んでベッドの上に並べた。

「これで一応一揃いでしょうか? ああ、綺麗な髪ですね? 結びますか? 髪飾りが必要ですね」
「いいっ! 要らない。このままで良いから! さっさと出てってよ」

 眺めていた私の髪を一束掬って唇を寄せそんなことを平然と口にするブラックから、私は慌てて距離を取り、しっしと手で追い払った。
 ブラックは、留めた笑みを崩すことなく、準備が出来たら書斎へ来るように、と、だけいい残して部屋を出て行った。

 心臓に悪い。

 私はまだバクバクと五月蝿い胸を押さえて深く深呼吸をした。

 * * *

「とても良く似合っていますよ。これからのことをご相談……」
「ねえ!」
「はい?」

 用意を整えて書斎へ入ると、にこにこと歩み寄ってきたブラックに私は眉をひそめた。私の不機嫌そうな顔にブラックは不思議そうに首を傾げる。

「服が物凄くぴったりなんだけど」

 あつらえたようだ。

「マシロのために用意した服ですから当たり前じゃないですか?」

 なぜ当たり前なんだ。
 既製品でここまでぴったりくるわけない。

 益々複雑な顔をする私にブラックは、分からないというように瞳を瞬かせる。どうして、どうして? というように耳がぎっこんぎっこん舟を漕いでいる。

 見てはいけない。
 誤って、可愛いとか思ってしまう。

 そして何かに行き着いたのか、ぽんっと手を打って

「昨日、マシロを受け止めた際、マシロが強く抱きついて下さいましたので、サイズは直ぐに直させてもらいました」

 そんなに抱き付いた覚えはない。
 それにその程度のことでスリーサイズは元より、頭の先から足先までサイズが把握出来るなんて人間業じゃない。

 いや、見た目から人間なのかどうかは微妙だけれど……。
 そして、分かることといえば、やはり目の前の猫耳男は人間離れした変質者だということだ。

 私はもう既に突っ込む気力もなく、赤くなる顔を伏せて深く深く深く溜息を吐いた。

 

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