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Inside Farming Vol.187


職業の選択肢  〜さよなら河合果樹園 その2〜


 人生における早い段階から、憧れの仕事や、興味を引かれる仕事や、自分が活躍している姿をイメージできる仕事を常にリストアップできるようになっていることは大事だと思う。だから、将来の自分を考える中学生や高校生の頃に「世の中にどのような職業があるか」という情報が十分に提供されていることは重要だ。その情報には「その職業に就くためにはどのようなパスがあるのか」が含まれていることが望ましい。
 大人になったとき、生活の中で最も多くの時間を費やすのが仕事である。自分が生き生きと働いているイメージを描ける仕事に出会えなければ、人生は寂しいものになってしまう。

 しかし、多くの場合、自分の興味のある職業に就いている人や、その職業に関連する人が身近にいなければ、その職業が本当の意味での職業の選択肢になることは難しいと思う。つまり、「職業の選択肢の範囲は、自分が育った環境や、自らが社会との繋がりの中で具体的に出会ったものに限定されてしまうのではないのか」。家業に拘泥された挙句に異業種間ジョブホッパー(マスコミ>農業>資格士業)になってしまった私が言うのだから、これにはかなり信憑性がある。

 例えば、私が記者を職業の選択肢にしたのは、私が学生のときに仲の良かった友人が大手広告代理店に就職したことを契機とする。周りの理系学生の多くとは異なる職業の選択肢でものであったけれども、身近にマスコミに就職した者がいるというだけで、自分がその仕事をするイメージが描けた。例えば、資格士業を職業の選択肢としたのは、就農して間もなく参加した地域間交流、異業種交流の場での不動産鑑定士さんとの出会いを契機にする。この偉大な先輩は当時農業を始めたばかりの私に資格士業の営みと活力を見せてくれた。また、資格士業で生きていく道を薦めてくれもした(その中に、弁理士という職業が向いているのではないかという示唆までもあった。私が特許事務所と出会う何年も何年も前だったのに)。

 幼い頃からやりたい仕事が明確であれば別である。この場合には、自らがそれに向かって積極的に関わり、邁進していくことができるだろう。けれども、「何をやりたいか」が明確な人はごく一部であり、多くの者はいつでも自分探しをしているのだと思う。そんな中、生活の中で自分の活動範囲と交際範囲を広げた結果として得られる実社会のリアルな出会いを通じてでしか「何をやりたいか」を掴むことができないのではないか。この出会いが単なる「偶然」なのか、それとも、潜在的に求め続けている何かが具現化した「必然」なのかは判らないのだけれども。

 ある程度まで視野が広くならなければ「何をやりたいか」を掴むことができないのに、視野を広げる前に「何をやるのか」決めなくてはならない職業選択の難しさ。人生とは、常に、そういうものかもしれませんね(あれれ?職業の選択と伴侶の選択とは、ちょっと似ていますか?)。(2008/6/29)





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