”SWR計算機”を作成しようとした目的は、アンテナ設計というよりはアンテナの特性把握にあります。”SWR計算機”では解析的な近似式をもとに入力インピーダンスやSWRを計算しています。ですから、設計パラメータの一つを変化させたときにアンテナ特性がどういう方向に変化していくのかといったことを確認するための道具として使えればいいと思っています。正確なアンテナ設計にはMMANAのようなシミュレーションのほうがたぶん適切でしょう。
スモールループアンテナ(マグネチックループアンテナ)の特性を知るには便利な計算ツールがすでに知られています。たとえば、Steve Yates氏(AA5TB)のホームページでは aa5tb_loop_v1.22a.xls が公開されておりメインループの設計に大変役立ちます。しかし給電ループを設計しようと思うと計算ツールがなかなか見つかりません。この”SWR計算機”は給電ループを配したスモールループアンテナ(SLA)の入力インピーダンスとSWRを計算するもので、給電ループの大きさ、エレメントの太さ、ループの配置(メインループとの結合の強さ)などについて特性を検討するのに役立ちます。
近頃は安価なインピーダンスアナライザでアンテナの複素インピーダンス(周波数特性)を簡便に測定できるようになりました。こうした背景から”SWR計算機”では入力インピーダンスの計算結果をグラフ表示して測定データと直接対比できるようにしています。
”SWR計算機”へのリンク → jg1pld_sla_swr_v0.99_.xls
メインループの直径、線径(太さ)、材料の導電率を与えればSLAの主要な特性がわかります。具体的にはループのインダクタンス、輻射抵抗、損失抵抗を計算できます。これらの値から輻射効率やQ値(バンド域幅)がわかります。これについては多くの解説があり、わざわざここで繰り返すまでもないでしょう。メインループについては先達の計算法をそっくりまねさせていただきます。追加した給電ループについてもインダクタンスを同様の方法で計算できます。給電ループを流れる電流はメインループのそれに比べて小さいので抵抗成分は無視することにします(抵抗ゼロで近似)。
給電ループのインダクタンス(L1)とメインループのインダクタンス(L2)および抵抗(R)が求まれば、それらの相互インダクタンスをLxとして下図の等価回路を計算すればよいわけです。
この場合、アンテナの入力インピーダンス(Z=Re(Z)+j・Im(Z))は
----- (1-1)
----- (1-2)
で表されます。Zが決まれば直ちにVSWRも計算できます。
(計算の詳細 → input_impedance_SLA_.pdf )
任意配置のループ間相互インダクタンスを計算するにはノイマンの公式というのを使うのだそうですが厳密な計算は複雑になるので、ここでは給電ループをメインループの中心に配置したときの相互インダクタンスを簡単な近似式で計算することにします。給電ループの配置の仕方で相互インダクタンスが変化するわけですが、同一面上の配置ではメインループの中心位置で相互インダクタンスは最小値をとりメインループエレメントに近づけるほど相互インダクタンスは大きくなります。どれくらい大きくなるかというと、給電ループ径がメインループの1/5の場合で3、4倍程度のようです。給電ループ径が小さいほどこの変化の度合いが強くなります。”SWR計算機”では相互インダクタンスを単なる入力パラメータとして扱います。ループ間の結合を強くしたほうがいいのか弱くしたほうがいいのか実際に数値を入れてみてインピーダンスあるいはSWRの計算結果で確かめる、そんな使い方を想定しているわけです。
同心円上に配置したループ間の相互インダクタンスは簡単な近似式で求めることができます。メインループの半径をa、給電ループの半径をbとし、bはaよりも十分小さいものとします。メインループに電流iが流れたときにループ中央での磁束密度は
となります。ループ中心付近では磁束密度が一定であるとしてこれに給電ループの面積をかければ給電ループを貫通する磁束は
となって、給電ループを中央に配置した場合の相互インダクタンス(Lx0)が求まります。
なおa、bは半径なので直径(dA、dB)で表せば
です。 ”SWR計算機”では計算に使う相互インダクタンスを
とおいて、n を入力パラメータにしています。中央配置での相互インダクタンスを基準にとっていますので、実際よく見かけるようなメインループのエレメントに接して配置した場合には最大n=3〜5程度になるようです。
SLAの特性を評価するにはまずQ値を知る必要がありますが、測定は結構たいへんです。室内で測定すると周囲の構造物の影響でQが変化(大抵は低下)します。そのため室内でSWR最良点に合わせても外に出すと調整点が大きくずれるといったことをよく経験します。特に我が家のような軽量鉄骨構造の家では影響が大きく、部屋の中央に配置した直径60cm程度のループでもループ面の向きによってはQが半分くらいまで落ち込むことがあります。Qの低下は環境影響以外にもバリコンの誘電損失や接触抵抗などで起こり得ますので、Qが設計値よりも低いときにはその原因を知っておく必要があります。Qの大小はダイレクトにインピーダンス整合に影響しますので。
<給電ループの設計>
給電ループの直径や線径がインピーダンス整合にどう影響するのか確認できます。給電ループの直径が小さ過ぎるとその面積に比例して相互インダクタンスが減少しますので入力インピーダンスを50Ωに引き上げることができなくなります。逆に直径が過大であると入力インピーダンスを50Ωに引き下げることができなくなります。もっともこの場合、給電ループ面をメインループ面にたいして角度をつけることで相互インダクタンスを小さくし(入力パラメータ n が0<n<1)整合条件に近づけることは可能ですが。一方、線径(エレメントの太さ)は給電ループのインダクタンス(L1)に影響します。(1-2)式に示されるようにω・L1はIm(Z)曲線のベースラインを与えます。給電ループに太い線を使うとこのベースラインがx軸に近づくので共振条件(Im(Z)=0)を得るチャンスが広がることになります。別の言い方をすると、整合条件がブロードになる、ということでしょうか。いずれにせよ、給電ループの設計値をいろいろ変えてみながらインピーダンス整合状態を簡単に確認できる計算ツールとして使ってもらえればいいのです。
<マルチバンドでのSWR検証>
SLAがユニークなのはマルチバンドで使えることです。しかも、周波数上昇に伴うQの低下により入力インピーダンスの増大が抑制されるという好都合な現象があります。うまく設計すれば広い周波数範囲で入力インピーダンスを50Ω前後に維持することが可能です。この”SWR計算機”ではアンテナの設計パラメータを固定して同調周波数のみを(同調容量のみを)変えてやればバンドごとのSWRを比較できます。
<相互インダクタンスの最適値を見つけるマクロ>
給電ループの位置に応じて変化する相互インダクタンスを厳密に計算することなく、パラメータ n をインピーダンス計算の初期値として使っています。計算シートにはSWRを最小にするnを探すためのマクロが組んであります。nを0から5まで小刻みに変えながらそれぞれのn値におけるSWR最小値を求めグラフに表示します。下に凸の曲線が表示されますが曲線の最小値(底)を与えるnが最適値というわけです。エクセルシートのメイン画面で黄色のグラフ上でワンクリックすればマクロがスタートするようになっています。スタートしない場合はメニューの”ツール”→”マクロ”を選択してください。
追記(2014/09/19)
このSWR計算機では負荷接続時のインピーダンスを計算していますが、比較している実測値は無負荷時のインピーダンスであり比較の仕方が間違っていることに気づきました。なので、以下の記述は”没”とさせていただきます。 <追記終り>
実験用のSLAを組んで入力インピーダンスを測ってみました。メインループは直径64cm、太さ10oφの銅パイプです。ループの端を真空バリコンにボルト締めしました。給電ループは太さ4mmファイのアルミ線で直径は16cmと11cmの2種類用意しました。測定器はAA-30です。SLAをくくりつけた角材を部屋の中央に立て設計値に近いQ値を得られるループ面方位を探して測定しました。今回は10MHzバンドでの測定です。
(1)給電ループの直径16cm、センター配置
実測値を以下に示しますが、偶然にもSWRが1.0近くまで下がっています。Rs(=Re(Z))の共振ピークの半値幅は10.7kHzでQは約950であることを示しています。
次に”SWR計算機”にこの設計パラメータを入れて計算してみます。給電ループはセンター配置ですのでn=1.0とします。
実測値をうまく再現しているといっていいのではないでしょうか。共振周波数をぴったり合わせているわけではないので、横軸は適当にずらして見てください。
(2)給電ループの直径11cm、センター配置
給電ループ径を小さくしてみました。入力インピーダンスの実測値は以下の通りです。今度は整合条件から大きく外れています。
給電ループ径を11cm、n=1.0として計算してみます。
実測値に近い計算結果になっています。整合が取れていないのでnの最適値を探してみます。マクロを実行すると次のグラフが得られます。
n=2.1で整合することがわかります。そこでnに2.1を入力してみると以下の計算結果が得られます。
n=2.1で整合が取れることを確認できました。では実際に給電ループをどの辺に配置すればいいのでしょうか。これは手探りで探すしかありません。結局、ループエレメントの間隔を3〜4cmまで近づけたところで計算結果に近い整合状態が得られました。以下はその実測値です。
こんなふうに、”SWR計算機”を使ってインピーダンス整合状態を予測することができます。給電ループまで含めたSLAの設計に役立つのではないでしょうか。