その5 2004.1〜
2004.1.5記
溜まった宿題
 年末から冬場の作業である剪定や粗皮けずりなどの作業が続いている。剪定はブドウ
の出来の半分を占めると言われる大事な作業である。又、粗皮削りやハウスのフレーム
に絡みついたブドウの巻きつるなどを取り除く作業も、病害虫の予防のためには欠かせな
い作業である。
 
 じいちゃんがなくなって以来、一人でブドウ園を守って来たばあちゃんは腰が曲がり、上
を向いての作業はつらい。草退治は得意であるが、ぶどう棚での作業は思うようにも行か
ぬ。ついつい必要最小限の作業で済ませてしまう事となる。

 その結果、棚を見上げれば枝を跨ぎ伸び放題の枝と、幾重にも重なったブドウの粗皮、
そしてたくさんの巻きつる。ぞっとする光景である。秋口から少しずつ取り掛かっては来た
が、今だ終わりが見えぬ。

 このままでは春になってしまう。それまでには何とか片付けねばならぬ。まだまだハウス
のサビが浮き始めたフレームにも塗料も塗らねば。そんな事を考えていると冬場のゆっく
りした時間に、近所の温泉にでも、などと言う気持ちも失せてなくなる。

 これではまるで夏休みの宿題を、あわてて徹夜してやっているようなものである。5年分
余りの冬場の仕事を一度に片付けているのだ。しかし、文句は言うまい。良くぞこれだけ
の事をあの体でやって来たものだと感謝しよう。

 ぶどう棚のコンクリート支柱を庭で作り、ハウスのフレームも自分たちで曲げ、ブドウ園を
作ってきた事を考えれば、80を過ぎたばあちゃんの残した宿題なぞ、ブドウ屋一年生の自
分が数十年のキャリアを持つ周りの連中に追いつくためのトレーニングである。

 すべてを5年前の状態に戻し、自分のブドウ作りはそれからである。

2004.1.10記
我が師
 百姓の師はもちろん、ばあちゃんである。しかし、ブドウ作りの師は・・・どうもそうは行か
ない。百姓として生きてきたばあちゃんは、その中でブドウと出会い、直売と言う形で金に
する方法を得た。しかし、ブドウ生産者としての自覚がどれほど有るのか定かでない。

 妙な言い回しであるが、よそに負けないブドウという商品がどうすれば出来るか。消費者
が何を求めてここまで来るのか。そのために自分がしなければならないのは何か。などと
いう事業者としての考え、研究心である。

 ばあちゃんは、汗と泥にまみれ、地べたを這いずり回るようにして働き生きて来た。その
人生は戦後生まれの、そして、町で育った自分には大変だったのであろうと想像するしか
ない。しかし、それは今の農業の姿ではない。良い商品を作るための努力、研究は商売で
ある以上必要不可欠である。 その意識の有無が、農家を二分している。お互いが仲間
でもあり、商売敵でもある。取り残された者は負ける。

 知り合いになった近所のブドウ園を尋ね、剪定の仕方なども見せてもらうこともある。し
かし、それぞれのやり方もあり、教科書と言うよりは参考書である。肥料のやり方もブドウ
の種類も違う。その園でのやり方であり、自分の園で同じ剪定をしても良いものか迷う。

 ある日、やっと専門書に出会った。ブドウだけで1000ページを越す内容だ。自分の疑
問がすべて解決できそうだ。読むにつれて、今までの作業を後悔する事仕しきりである。
これを読んでから剪定もすればよかったとも思う。読みあさると言う表現のまま読む。これ
ぞ我が師である。

 読んでからあちこちのぶどう棚を改めて見て回った。なるほどと言う思いがする。「育て
たように 子は育つ」というが、ブドウも又しかり、である。それなれば、自分のブドウ作りを
採点してくれるのは・・・それはやはり「ぶどうの樹」である。オマエの剪定の仕方、肥料の
やり方はこんなものだよと、その果実で採点してくれるのである。

 ブドウ作りの我が師は・・・やはり「ぶどうの樹」自身であるようだ。

2004.1.20記
炭焼き
 炭を焼いている。まことにいい加減な炭焼きで、半分は灰になってしまっている。それで
も半焼けの生木が残るよりは良い。もともと大量に出た剪定枝や、裏藪の竹を切った物
の処分なのだから。

 毎日がいい加減うんざりするような作業の連続。もう少しまともなブドウ園の管理をして
おいてくれれば、もっと早く片付くのに・・・などと考えている最中に、隣との境界が分から
なくなったから、藪の掃除・・・である。田舎での暮らしには、こんな事もつき物なのだろう。

 境界線あたりを通路分空けるとしても、100本どころではない。それも太い!えらい作
業である。又これに何日かかるのかと考えると気が重い。それに本来こんな仕事は家の
跡取りの仕事。オレの仕事ではない。当の跡取りは仕事に行き、趣味三昧の生活。それ
に引き換え、子供のためにも金を何とか稼ぎたいのに、収入も無く働く自分。

 そんなことを考えると、バカらしくなってやってられない。オレはブドウを作りに来たので
あって、藪の掃除をしに来たのではない!ブドウ園の作業も何時終わるか分からないの
に!しかし、ここでそんな文句をほざいてみても始まらない。

 土壌改良のために炭を畑に入れるという事を聞いたことがある。炭は微生物の住処に
もなり、物理性の改良にもなる。又、根元に撒いておけば、春先の地温の上昇効果も多
少は期待できる。あの膨大な量の竹は炭にしよう・・・

 今まで炭など焼いたことも無いが、2回の実験で何とか焼けることが分かった。幸い実
験材料には事欠かない。かくして炭焼きが始まった。裏藪の竹は炭にして、ブドウ園の土
壌改良のために入れるのだ。そのために伐採する。藪の掃除のためではない!

 そうでも考えないとやってられない。ようし、これで有機栽培にもぴったりな良い土にな
る。何事も考えようだ。同じ仕事をするのなら・・・と、自分を納得させた。人生、同じ生きる
なら、楽しく生きなくては・・・

2004.2.8記
船頭二人
 私はこの家の娘婿である。この家には後を継ぐべき長男がいる。彼には本業があり、ブ
ドウを通年世話する事は出来ない。一人身であることも有り、このままではブドウ園は廃
業するのもやむをえない状態でもあった。

 このままでは家も絶えてしまうと嘆くばあちゃんの姿に、今の自分の立場ならばやれない
事も無いと、ふるさとに子供を残したまま、無謀にもブドウ園に乗り込んできたのである。
おかげで子供たちはいい迷惑である。バイトをしながらの高校生活を強いられている。

 しかし、この家の自分の立場も微妙なものである。跡取りである長男と、ブドウ園をやる
自分。二人の船頭がいることになる。私はブドウを作りに来たのであって、この家の跡取
りではない。この家の主はあくまでも長男である。

 しかし、ブドウで生計を立てている我が家では、いきおいブドウの仕事や役割が主にな
る。この家での主な作業も、村の役割もブドウ絡みの仕事がどうしても多くなる。自分が前
に出なければならない場合が多くなってしまう。

 その中で、自分がそれを一生懸命やればやるほど長男の立場がなくなってくるのだ。そ
の長男の立場を理解しながら、長男を立て、ご機嫌を伺いながらの生活は気を使う事ば
かり・・・。人が三人寄れば何とかと言うが、村でも、会社でもそれは同じであろう。

 船頭二人の樋口丸。座礁させないで安全な航海をさせるのは・・・どうやら自分の腕次第
と言うことなのだろう。

2004.2.10記
ギブ・アンド・テイク
 村のブドウ農家を対象として、ホームページ作成の講習会があった。予定の人数を上回
る参加者、それも全くパソコンを触ったことも無いと言う人が多く、初回の講座は半ば混乱
の内ではあったが、和やかに終わった。

 この村のブドウ園のサイトが一つも無いことに、ある意味で不安を感じてこのページをマ
ニュアルと首っ引きで立ち上げたのであるが、この講座の参加者の中では「プロ」の仲間
入りをさせていただき、歓迎されているようである。

 このような場は、よそ者の、さらにはブドウ屋一年生の自分にとっては貴重な自分の存
在を示す場である。以前から、早く地域に溶け込もうと考えていた自分にとって、自分の持
っているものを提供し、地域の、さらにはつながりの深いブドウ屋とのふれあいは、願って
も無いチャンスである。

 自分の持っている、とは言っても、わずかなものではあるが、それさえ神業のように思う
人もいる。反対に、ブドウ屋にとっては常識と言うべきものでも、自分にとっては未知の世
界でもある。これを機会に、顔見知りとなった人たちから、ブドウについてのノウハウも、こ
っそり教えていただけるチャンスが増えればとひそかに願っている。

 このブドウの郷に、インターネットの風が吹き出したとすれば、その最初のそよ風は、ひ
ょっとすると自分が起こしたのかもしれないと、密かにほくそえんでいるのである。

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