考えてみれば近頃とんと髭を剃る回数が減った。以前商売をしていた頃は毎日、下手を
すると朝夕二回髭を剃っていた。ブドウ園で作業をしていても、家族以外の人間に誰一人
として出会うことの無い日もある。ともすればその家族にも見放され、一人黙々と作業をす
る日も有るくらいだ。
こんな日が続くと、風呂に入り、又、朝歯を磨いても、ついつい髭を剃ると言う面倒な事
が億劫になってくる。正に無精髭である。これならいっそ伸ばしてしまおうかとも思ったが、
いかんせんすでにゴマシオである。白髪交じりの髭を蓄えるほどの風格ではないし、そこ
まで爺くさくなりたくも無い。
もちろん農業者が、皆無精髭であるわけは無く、これはまったく私個人の性格なのであ
るが、今や平気で街中のショッピングセンターなどにもそのまま出かけるのである。無精
髭のままで行ったってオレはオレなのである。それはほとんど知り合いに出会うことも無い
この土地だからこそなのかもしれないが、これが妙に気持ちがいいのだ。
その無精髭もさすがに病院の仕事に行く時は剃る。病院という職場に行くとなれば、そ
のまま行くわけにも行かん。かくして夜勤明けにブドウ園で仲間に出会うと、「昨日は仕事
だったんかい?」などと言われる羽目になる。
鏡に向かい髭を剃る。これは自分が二足のワラジを履き替える儀式になった。
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