馬の合わねぇ知人ども
プロローグ
 上品な色合いで整えられた広い執務室だった。
 機能と見た目、両方を考えられて出来ただろう大きな机と、備え付けのゆったりとした革張りの椅子。カーペットはそれの名産地として名を馳せる某国の、歩くことすらためらわれる最高級品だ。
 きちっと片づけられたそこは、床はもちろんのこと来客用のテーブルとソファにも、埃一つ落ちてはいない。持ち主の生真面目さを表したようなその部屋に、三人の男がいた。
「――よく来てくれたね」
 椅子に座った初老の男が言った。
 にっこりとした穏やかな……しかしながら油断のない表情を浮かべて、男は二人の青年を見た。
「話は聞いているかね?」
 問いかけに青年二人は首を横に振る。
「ぜーんぜん、全くです。はよ来い言われただけで、わいらはなにも言われてまへんねん。なあ?」
「うん……」
 独特のイントネーションを操る、にこにこと全てを楽しむかのような表情の青年と、話をふられた少年と言った方が正確に見える二人のコンビ。その二人見比べ、男はあごに手をやった。
「そうか……まだだったか」
「はいな。なんやもう、強制連行っちゅーやつでしたな。わいらなんかしたかいな、と思わず心配になってしまいましたわぁ」
 おどけて肩をすくめた青年に、男はゆったりと口の端をあげた。
「ははは。心配しないでくれたまえ。そんな恐ろしいものではない。ただ……頼みたいことがあってね」
 それまで黙っていた少年の眉が、訝しげにひそめられた。
「頼みたいこと……ですか?」
「ああ、その通りだ。君たちにぜひぜひ頼みたくてね」
 表面上あくまでにこやかだが、男の望みがそれほど楽観視出来るものではないと、少年と青年は感づいていた。
「僕たちのような新米に、協会がなにを頼むというんです?」
 皮肉げに言った少年を、どこか芝居じみた仕草で青年は肘でつついた。
「コラコラ、そないな口をきいたらあかんて、何度言ったらわかるん? ……すんまへんな。こいつ、礼儀ゆーもんをしらへんもんで」
 無理矢理相方の頭を下げさせる青年に、男は寛容に笑って見せた。
「いやいや、気にしていないよ。だが……謙遜しなくてもいい。君たちの噂は、私のところまで届いているよ。このままいけば、この地域の稼ぎ頭になれるだろう」
「ありがとうございます……で、話のほうは」
 口調だけはくそ丁寧に、少年は素っ気なく聞き返す。
「そうだね、本題に行こう。実は……君たちに捕まえてもらいたい者達がいる」
「……? まー、そりゃあわいらはハンターですさかい、罪人捕まえるのは飯の種、仕事です。嫌とは、よお言いませんわ。……そやけど、わざわざのご指名ってゆーのは、そんなにヤバイ奴等なんですか?」
 それまでにこやかだった男の表情が、正真正銘厳しいものへと変わった。
「その通りだ。ここだけの話だが、今、全国……いや、全大陸の高名な協会所属のハンターたちに、こうやって密命がおりている。『生死は問わぬ。確保せよ』とな」
 その言葉を聞いて、コンビはやはり……という気持ちが隠せなかった。
 『生死を問わない』ということはつまり、手加減をして勝てる相手ではないことを意味している。しかも高名なハンター……つまり腕の立つ者達への命令だというのに、それだということは。
「……よっぽど、ヤバイ人物なんですね?」
 ため息と共に出された問いに、男は重々しく頷いた。
「そういうことになるだろうね。ここのような地方の協会には全く詳しいことは知らされてないが……」
 男が忌々しげに舌打ちをする。初めて見るその反応にコンビは戸惑ったが、本人も気づいてないようなので見なかったふりをした。
「……とにかく、ご命令承知しました。見つけた場合、出来る限り対処いたします」
「うむ。よろしく頼む……ああ、そうだ」
 そのまま部屋から出ようとしていた二人を、男が呼び止めた。
「はい。なんでしょう」
「旅をしているハンターも多々いるだろう。リスト上位に入っている者ならば、協力をあおいでもかまわない……そちらにも命令がいってるだろうからね」
 少年が、不敵にもふん! と鼻を鳴らした。
「考えておきます。……しかし、今のところこの地域で僕たちと同等の成績を持つハンターはいなかったと思いますが」
 少年のプライドは高く、そして難しい方向に出来ていた。先程謙遜したばっかりなのにこの態度。相方である青年は、気まずげに目を伏せた。
 少年の答えに、男は机の上にあった書類をめくり始めた。さらに腕にあるブレスレットから、空中に山のようなデータを映し出す。
 両方を素晴らしいスピードで見比べながら、男は答える。
「ああ。確かにそうだ。しかし、最近は旅をしながら仕事をしている者達も多いから……あ、あったあった。それらしき人物がいる。このデータからいって、こちらに近づいているのは間違いないね」
「へえ。誰でっか?ある程度の有名どころなら、わいらでも多少はわかりますさかいに」
 自分には関係ないとでも言うようにそっぽを向いた少年とは逆に、興味津々と顔を伸ばした青年。それに男はデータを辿る手を止めていった。
「うん、有名どころだね……君たちも知ってると思うよ」
「もー、いけずなお人やなあ! 焦らさんで、はよ教えて欲しいんですけど?」
 ふざけ半分にせかすと、静かに、面白がるように男がその字(あざな)を言った……彼が事情を知っているとは思えないが、青年には確かにそう聞こえた。
「前からわりと噂にはなってたけど、最近かなり名をあげてる……“血風雪の魔闘家”の弟子……例の、“赤の童子”だよ」
「!?」
 その名を聞いた途端、少年の動きが止まる。かと思うと、小刻みに震えだした。
 やばい! と青年は確信した。
「どうしたんだね? どこか具合でも……」
 尋常ではない様子に、心配そうな顔で見つめてきた男の言葉と同時に、少年の首根っこをつかんだ。
「そっ、そんっれじゃあわいらはこの辺で失礼しますわ! ご命令は確かに聞きましたんで、どうぞご心配なく!」
「え……あ、ああ」
「どーもおおきに! ほなまた!!」
 少年をひっつかんだまま、ひきつった笑顔を前面に押し出した青年は、疾風のごとくドアから出ていった。
 ばたん!
 ダンディ台無しの呆然とした表情の男を残し、執務室には誰もいなくなった。

 一方、執務室から逃げるように出てきた(青年が少年を拉致したとも言う)二人は、協会内の誰もいない中庭で、ひたすら口論を繰り返していた。
「なんで邪魔したんだ!!」
「邪魔するにきまっとるやないか!!」
「なんでさ! なんで止めたのさ! あのバカのことを、みんなもっとよく知るべきだ! だから僕が教えてやるんだ!!」
 エキサイトして顔を真っ赤にした少年の姿は、ポメラニアンの子犬が吠える様子によく似ていた。
「ちょお落ちつけって。いくらライバルが良う言われてたからって……」
「あんなやつがライバルなもんか! この僕と比べるなんて、失礼極まりないっ! いくらお前でも許さないぞっ!!」
 言いかけた言葉は、かみつかんばかりの反論にかき消された。なだめようにも、相方は全く聞く耳を持たないらしい。地団駄をふんで今にも床を転げ回りそうな勢いだ。
「あー、悔しいっ! どうしてあんな『親無し子』がちやほやされるんだ! “赤の童子”だなんていう、仰々しい字までつけられてっ!!」
 そりゃあ実力があるからに決まっていると、青年は声に出さず思うだけにとどめた。言ったらさらにうるさくなることはわかりきっていたから。
 賞金稼ぎや職業的盗賊など『ハンター』とひとくくりに呼ばれる者達にとって、字は一種のステータスシンボルだ。名が売れなければ、実績がなければ、字はつけられることがない。つける必要がないのだから。
 まあ、例外として『名が残るほどの大失敗』をしてしまった者にも字はつくが……それに含まれるのは嘲りと笑い話のみだ。ハンターとして、これ以上の不名誉はないと言っていいだろう。
「みんなだまされてるんだ。あんなクソ意地悪くて、生まれも育ちも定かじゃないような野蛮人に字をつけるなんてっ!」
「……もうそのぐらいにしとき。お前かて字ぐらいもっとるやろ?」
「あんなの……納得出来るもんか!!」
 頬をふくらませ、少年は不服そうに横に顔をそむけた。
 彼の字は、“碧翠(へきすい)の姫君”という。瞳と髪の色と、その容姿を讃えて呼ばれているものだが、本人は心から気に入らないらしい。
 確かに、その字は「お前って女みたいだよな、アハハ」と言われてるも同然であるから、嫌がるのも無理ないかもしれない。
「で……どないするんや? これから」
 そばにあった石段に「よっこらせ」と腰かけて相棒にそれとなく問いかけた。
「決まっている……」
 低く唸るように出てきたその答えに、青年は嫌な予感を感じた。
 まさか……と見上げたきれいと評判の瞳は、不敵な色をしていた。おまけに目が据わっている。
「あの男よりも先に、手配者を捕まえるんだ……誰が、誰が協力なんてするもんか! 僕らだけで充分だ!! あいつに手出しはさせないっ!!」
 無駄だとなんとなく悟りつつも、とりあえず青年はつっこんでみた。
「あー……あいつがホントにこの町に来るかなんて、わからんとちゃうか?」
「なんだって!? あいつがこの街に来る!? そんなことは許さない、僕が許さない!! 縁起でもないこと言うな!!」
 その言葉に、だめだこりゃ! ……と某お笑い芸人たちの落ち言葉がよみがえる。
 少年はすでに、正確な判断力というものを失っていた。彼の言葉は多分に矛盾がある。彼言うところの『手出しさせない』というのは、『あの男が街に来る』事を前提にするのではなかろーか?
「絶対に、あいつの鼻をあかしてやる! あのむかつく澄まし顔を、この僕がまぬけ顔に変えてやるっ!!」
 朗々と宣誓する少年の横、青年は彼とコンビになってから何度目かわからないため息を、それは大きくついた。そして一言。
「……アカン」
 がっくりうなだれた青年は、どうにもならないとわかりながらも、どこかで旅しているらしい『彼』に向かってぼやいてみた。
 も、わいじゃアカンわ。どこにおるんや知らんけど、はよ出てきいや。友達やろ!?
 もう一度吐き出されたため息は、夕焼け色の空に、人知れず吸い込まれていった。
 ちなみに……その日どこかで、噂の『彼』が盛大なくしゃみをしていたらしいが……その時の二人は知るよしもなかった。



←BACKNEXT→本編TOP