二幕・第二章 〜2〜
「まぁた一人でうろちょろしよってからに!」
 少し遠いかなと感じる距離から春日は叫ぶ。それに対する寒月の反応も早かった。
「うるさいなっ、僕がどうしようと勝手だろう!?」
「なっ! わいがどれだけ探したと……ええい、とりあえずそこから動いたらしばく!! 絶対動くなや!?」
 春日はその周りにいる俺たちなど目に入らないように相棒へと駆け寄ってくる。が、さすがに途中で気づいたらしい。少しだけその足並みが遅くなった。
 そしてすぐ側でぽかんとしている俺たちの表情に何を勘違いしたのか――まあ、一つしか思い浮かばないけど――「あわわわわ……!」と冷や汗を流した。
「ま、まさかお前……またなんや人様に毒吐いとったんか!?」
「人聞きの悪いことを……! 僕がいつ毒なんて吐いたんだっ」
「そないな風に自覚がないっちゅーのが一番最悪なんやアホーーーっ!」
 絶叫とともに春日が頭を抱える。そしてすぐに、もはや半泣きの形相の男がこちらを見回した。……哀れである。
「ああもう、えろうすんまへんっ。こいつ悪気はない――いやなくもない? ま、まあとりあえずちょっと短気なだけなんですわ!!」
 早口にまくし立てるその様子に、ちょっぴり俺は同情する。一連の台詞で、春日が今までどういう目にあっていたのかなんとなーく想像できてしまったからだ。
 ああ、相変わらず苦労してんだなあ、春日……。
 懐かしいものを見たと感慨深く思う俺に反し我がパーティーメンバーは、一人で怒ったかと思えば慌てて腰を低くして謝る男の存在に気圧されているようだ。誰一人口をあけようとしない。いや、ひらけない、か。
 しばらく「すんまへん、ほんっとすんまへんっ!」と米つきバッタのように謝り倒していた春日が、ふと俺の方を見て「あれ……?」とつぶやいた。
「え……もしかして、駿河?」
 指をさし、信じられないものを見たとでも言うように名を呼ぶ旧友に、俺は寒月にはまず見せることがないであろう満面の笑みを見せた。
「久しぶりだな、春日」
 とたん、それまでの情けない表情は嘘のように消え、代わりに驚きと喜びが広がる。
「ほんまに駿河か!! ひっさしぶりやなあ、元気やったか!?」
 そのままぶつかるように俺を抱きしめると、次は肩に手を置いてがくがくと揺すり始めた。前後に激しく揺れる俺の頭――むしろ身体。
「う、うん元気だったけど……今ちょっと苦しいかも。ちょっと落ち着け頼むから」
 くらくらしながらもなんとか返答すると、春日ははっとしたように手を離す。
「あ、すまん」
 つい嬉しくて、と照れたようにほおをかき、細い目をさらに細めて人好きのする笑顔をした。
 ……どうやら彼も変わっていないようだとほっとする。もちろん、こっちはもう一例とは違い良い意味で、だ。


「ほんまに久しぶりやな、卒業からずっと会ってへんかったもんなあ。こんなとこにおるってことは、旅の途中やろ? とすると……後ろの人たちはお仲間さんやろか」
 まだ少々呆然としているみんなをながめ、彼は首をかしげる。
「ああそうなんだ、紹介するよ」
 言って那智から順に紹介しようとした俺を、春日の手がさえぎった。
「いや、わいらからした方がええやろ」
 それが礼儀や! と彼は言い、みんなの方を向く。
「初めてお目にかかります、わいの名前は春日、字(あざな)は『縛命の鞭術師(ばくめいのべんじゅつし)』。駿河と同期のハンターで、かつ同級生やな。これからよろしゅうたのんます」
 人なつっこい笑みを浮かべ、華麗に一礼。そして頭を上げると、ぶすりとしたままの寒月に視線を向ける。
「ほら、お前も挨拶せんと」
「はぁ? なんで僕が」
 まったく冗談じゃない、とけんもほろろな態度の相棒に春日は頭をがじがじとかき回しながら叫んだ。
「あーっ、もうっ! ほんっま可愛くないやっちゃなお前はーっ!!」
「ふん、可愛いなんて言われたくないから光栄だな!」
 そのまま寒月はツンとそっぽを向いてしまう。
 てこでも挨拶なんてしないという無言の宣言にあきらめたのか、春日がひとつため息をついた。
「ほんましょーない……しゃあないからわいが代わりに言わせてもらいます。コレは――」
「コレ言うな!!」
 素晴らしい反応を見せた寒月に、春日の鉄拳がひらめく。ガツン! という音に「うわー、いたそー」と少しだけ同情したのは俺だけではないと思う。
「じゃかましい!! 己で挨拶もできんようなアホは黙っとき!!」
 一喝。それにまだ不満そうではあるが、とりあえず寒月が黙る。
「――失礼。コレは寒月。わいの幼なじみで相棒、字は『碧翠の姫君(へきすいのひめぎみ)』や」
「……僕はそんな字認めていない」
「そやからいちいち人の話の腰をおるなーっっ!」
 今度はスパンと頭を一叩き。
 方法は違えど二回目だ。今度こそキャンキャン吠えるかと思われた寒月だが、不機嫌であることを隠しもしないが、とりあえずは黙っている。
 さすがは春日ってところか。昔からそうだったが、寒月は春日にだけはあんまり食いつかない。幼なじみ――ある意味での理解者だっていうから、当たり前なのかもしれないけど。
 それでもやっぱり、俺は春日をすごいと思う。先輩や師匠とは違う意味でかなり尊敬してると言ってもいい。
 一人でそう勝手に納得してうなずいていると、ふと那智が思い出したようにつぶやいた。
「あの……聞いてもいいですか?」
「ん。なんや、お嬢ちゃん?」
 幼い子どもをあやすような表情を浮かべ、春日は那智をうながす。
 お嬢ちゃん……春日、お前那智のこといくつだと。いや、あえてきくまい。気持ちはとてもわかるから。
 那智は『お嬢ちゃん』と呼ばれたことも気にならないようだ。素直に疑問を口にした。
「あのですね、『あざな』って……なんですか?」
 げっ。
 ややややや、やばーっ!!
「那智、ちょっ」
 その質問に「ちょっと待て、春日も忙しいだろうからあとで俺が教えてやる」とストップをかけようとした俺を押しのけ、高嶺が身を乗り出した。
「そうそうっ、私も聞きたかったのよね。なんなのかしら、それ?」
 二人の同じ疑問をきき、春日が意外といったように眉根をよせる。
「え……知らへんのか、あんさんら」
 あれー、と考え込むようにつぶやき俺を見る。
「アタシたちが知らないのがそんなに意外なの?」
 高嶺のピンポイントな質問に、春日が「ああ」とうなずいた。
 春日、春日っ、頼むから余計なことは……!!
 顔をあげた彼は、あっけらかんと言い放つ。
「駿河かて、持っとるやろ?」
 ――俺の切実な願いは、親友によって打ち砕かれた。


「ほえ? 駿河も……」
「持ってるですって?!」
 二人が目を丸くする。そんな二人に見つめられた俺の思考といえば、一色に染められていた。
 うああああああああああああああああ。やばい。本当にやばい。なんでいまさら。なんでいまさらっ!?
 混乱の絶頂を極めた俺の横、春日は憎らしいほどに良いお兄さんぶりを発揮している。
「そうや、『字』っちゅーのはな? 協会所属のハンターが、その活躍を認められたときにつくもんなんや。そしてたいがいが、その人物を象徴したものが与えられる」
 例えば……と春日は続ける。
「わいの『鞭術師』ちゅーのは、武器が鞭であるところからきとる。寒月の『碧翠』は瞳の色やな」
「その人の武器とか、身体的特徴からつけられるってことになるのかしら?」
「まあ、間違ってはおらへんな。ただ、それは一例に過ぎん。特徴の数だけ字も千差万別、付け方も色々や」
 ここで一息。
「要するになにかしらの『活躍』をした者だけが持つことの出来る、一種のステータスシンボルみたいなもんやね。一流のハンターなら、持ってて当たり前。駿河が持ってない方がおかしいやろ?」
 春日の説明に那智は「なるほどー。すごーい」とうなずき、高嶺も「へえ」と感心したようにつぶやく。このまま話が流れればいいんだが……。
 では、話が進む前にどうやってこの場から逃げ出そうか。
 低い声が俺の鼓膜を震わせたのは、そんな風に考え込んでいるときだった。
「僕は……認めないっ」
 低いとは言っても雰囲気の問題で、実際の音程は少年のもの――寒月だ。『碧翠』と讃えられた瞳に怒りをにじませ、俺をにらみつけている。
 おいおい、今度はなんだよ……。
「寒月、まぁたそんなしょうもないこと言っとるんか?」
「うるさいっ! 僕は認めない、認めないぞ!? この僕が『姫君』などという不名誉きわまりない字をつけられているのにそいつは……っ」
「……こら、寒月」
 春日の制止にも耳を貸さないとは……よほど苛立ってると見える。
 俺を刺し殺すかのような視線を投げかけながら、だだっ子のように首を振り、かんしゃくを起こして寒月は叫んだ。
「なんで貴様があの人の色を継ぐ!? なんで貴様が『赤の童子(あかのどうじ)』なんていう仰々しい字を与えられているんだっ!!」
 あ。
 ああああああああああああああああっっ!?
「……ふえ? 赤の?」
「赤の童子……それが、駿河の字ってわけなの?」
 ……あ、あは。
 あはははは、あはははははははは、ははっ。
 ――ばれた。
 必死に隠してきたのに。このまま隠し通そうと思ってたのに。
 俺の魂の抜け具合に気づいたのか、春日がすまなそうに俺をうかがう。
「えー、えーっと。もしかしてお前……隠してたんか?」
「モシカシナクテモソウデス」
 ショックのあまりに片言になる。
 ああもうなんですか。
 そんなに神様俺のこと嫌いなわけ。
 俺のささやかな願いすら無視ってわけですか。
 あー、もうちくしょうめっ!


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