異端の覇王――守護の後のこと――
 私にはかつて兄がいた。
 かつてというぐらいだから、それはもはや過去の話だ。
 私と同じ顔を持ち、私と比べものにならない力を持った、私と名をわけたあの双子の兄は、もういない。
 ――自ら命を絶ったのだ。

 もうどれだけの時がたっただろう。人を食ったようなあの笑いのまま「この世に未練はない」と言い残して、自分勝手に闇へと消えた。
 今でもあいつの笑いが耳に残っている。
 瞼の裏に焼き付いている。カンにさわる、あいつの余裕めいた笑みが。
 兄は名を『紫明(しめい)』と言った。私の名が『紫暗(しあん)』と言うんだから、父は半ば洒落のような気持ちでつけたのだろう。父が『邑咲(むらさき)』というから、そこから取ったのかもしれない。
 ――どちらにしても、迷惑なことに変わりはない。
 うちの家系は代々魔王を輩出している家系だ。ただし誰でもなれるわけではない。証を身につけた者だけがなれるのだ。
 赤を――血の色をまとう者。それが魔王となるべき者だ。
 代々の血統でただ一人だけ、その色をまとって生まれる者がある。
 紫明もそうだった。
 しかも、他に類をみないほどに強い力を持った、まさに血の結晶とも言うべき男だった。一方、双子で生まれた私には、その欠片すら見られなかった。あの男が、その血を一身に継いだのだろう。
 それ故だろうか、あの男の力は猛王と呼ばれた先代でもある祖父が認め、危険視したまですさまじいものだった。
 だが、連綿と続く王の中に、この男の名は刻まれてはいない。
 簡単なこと。なる前に死んだのだ。現魔王である父が王座にいる間に、兄は命を絶った。
 しかし、誰よりもその名は知れ渡っている。歴代魔王の中でもトップの力と、カリスマを持っていた。もしもその座についていたならば、世界は魔族のものだったろうと呟くものは後を絶たない。
 だがそれも良くて五分五分だったろうと私は思う。
 あれは魔族らしすぎた。誰よりもワガママで、自己中心的で、残酷だった。いつも退屈している、かんしゃく持ちの幼児のようだった。
 世界も、配下も、自分自身すら。退屈を紛らわすための駒に過ぎなかった。全てが単なるオモチャだった。
 味方でも、敵でもなく。ましてや中立でもない。
 世界に彼は一人きり。
 ヘタをすれば、気分一つで全てを壊すことだってやりかねなかった。やらなかったのは、気分が乗らなかったからだろう。
 それでも死ぬ前の百年弱は、退屈をしなかったらしい。
 いや、その『退屈ではないこと』に出会ったからこそ、その後『未練がなくなった』のだろうが。


 あの頃のあいつは、一人の女に入れ込んだ。ちっぽけな人間の女で、しかし、精霊に選ばれた勇者だった。
 周りが慌てるのを面白そうに見つめながら、結局紫明は女を死ぬまで守護し続けた。勇者のパーティに入り、旅を続け、側にあり続けた。
 それがあいつの一生で一度の大本気だったのか、暇つぶしの一世一代の茶番劇だったのかは、もうわからない。
 それでも、百年足らず、退屈しなかったのは確からしい。
 女が死んでしばらくして、あいつは私につぶやいた。
「もう飽きた……未練もないし、ここらで消えるか」
 耳を疑った。
 なんの感慨もなく、紫明は世間話のように言ったのだ。
 血の証を受けた者が、玉座に着く前に消えるなど……いや、人間ではあるまいし、覇王が自殺など、聞いたこともない。
 責任はどうするのだと、私は問いつめた。
「責任? なんの責任だ。オレはオレの思うように生き、そして今死ぬ。魔族に責任を期待する方がナンセンスだぜ?」
 消える意味がわからぬと、私は聞いた。
「オレが消えるわけがわからないだと? たわけ、オレにとって意味があるんだ。他人なんざ知ったことか」
 見捨てるのかと、私は吐き捨てた。
「見捨てる? ……オレがいつ、お前の言う何を拾ったって言うんだ? オレが拾ったのも拾われたのも……そんな輝き、一度しか見てねえよ」
 その一言で確信した。全ては、あの女のせいだと。
 もう死んだ女を、この男は忘れてはいないのだと。
「あんなオモシロイものが二度と見られねえなら、オレはこの世に用はない。また退屈な日々を過ごすなら、消えた方がマシってもんだ」
 至極簡単に言い放つ男に、私は少しの望みをかけ言った。
 再び会える可能性を自ら潰す気か?
「なに、輪廻転生ってやつか? ずいぶんとロマンチストじゃねえか。……はっ! 同じ魂? 同じ輝き? 知るかよ! オレが認め、オレが求めた輝きは、あいつだったからだ。魂なんてあやふやなもんじゃなく、『あいつ』という『自身』、『そのもの』だ。違う時を生きる同じ魂なんざ、オレには目障りでしゃあねえ、見たくもねえな!」
 紫明は本気だった。真の魔族、生粋の魔族、純粋な魔族。色々言い方があっても、これだけはわかる、その存在に近いものほど、狂うのだと。
 許さないと思った。
 私にないものを持って生まれてきて、それを持ちながら、あっさりと消えると言い出し、実行しようとするこの兄が。
 ――殺せたなら。殺して、その名声も、力も……全て手に出来たなら。
 私の思いに気づいたように、続けて、紫明は言った。
「許せないか? なら、オレを殺すか? かえって手間がはぶけていいかもしれんな……」
 そして、どこまでも人を小馬鹿にしたような、どこからか見下したようなあの笑いを口にはいたのだ。
「だが、お前如きにオレが殺せるものか。オレはオレの意志で、オレを殺す。オレだから出来るんだぜ?」
 死を前に勝利者の笑いをする男に、私は脱力を感じていた。
 ――勝てない。この男には、どうあっても勝てない。それは真実なのだ。
 絶望に黙った私を見て満足げに頷き、紫明は勝手に行動に出た。
「それじゃあ善は急げ、さっさとずらかるとするか……」
 紫明の手に黒い炎が生まれ、それが自身を包むのに、さほど時間はかからなかった。
 私はそれをただ呆然と見つめていた。
 どこまでも堂々とした紫明の態度に、動くことが出来なかったのだ。
「紫暗、親父とクソジジイには、お前から一部始終を語っとけ」
 最期まで、命令口調。
 全身を炎に包まれ、顔には苦渋一つ浮かべることなく、紫明はその場で焼け落ちた。
 闇の炎は消しカスすら残さない。全てを闇へと沈める。
 紫明は完全に消え、その笑いだけが私の中に残った。
 なんて……なんて身勝手な男。魔族らしすぎた男。
 

 夢のように、ただその残り火がちろちろと揺れていた。
 過去の話。
 思い出したくもない、歴史に残らず、記憶に残る王の死に様。

Fin


〜あとがき〜
こんにちは、刃流輝(はる・あきら)です。
『異端の覇王・守護の後のコト』を読んでいただき、ありがとうございます。
内容が内容ですので身内からは、別名『紫明・らしくもなく後追い自殺編』と呼ばれていたとかいないとか。(やな別名だ)
まあ、その死に様は潔いと誉められましたが……。(あと紫明らしいという意見も)
今回は外伝というよりも、作者的にはいくつかある未来の一つだと思っています。
だって考えても見てくださいよ。あの超絶わがままな男が、那智と血無を(寿命でも)むざむざ死なせると思いますか? 自分の寿命ぐらいほいほい渡しますよ、無理矢理。
でも、那智が「人間でいたいから、それはダメ」とか言ったらあっさりひきそうな気配もあったりして……。ぬー、難しい男よのう。
ちなみに今回改めて発見したことは、『那智と血無さえいなければ、紫明は馬鹿若ではなくなる』です(笑)作者自身驚きましたよ、すごいまともだから。(自己中だけど)
そうすると普段の情けないほどの馬鹿っぷりはやはり演技なのか……深いなあ。(自分のキャラのくせになにを)
今回のゲストキャラは初登場、紫明のプロフィールでしか書かれてなかった(しかも一行)紫明の双子の弟、紫暗クンです。
身内では彼から『いぢめてオーラ』が出てると評判でした。
まあ、彼はコンプレックスの固まりですからしょうがないでしょう。すまん、紫暗。

ではでは今回も、この作品を読んでくれた方に最大級の感謝をお送りいたしましょう!
この作品が少しでも楽しまれたことを願って。


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