白の手紙
失恋をした。
とは言っても、何年も想い続けた末の玉砕とか、そんな大げさなものではない。改めて恋だったのかと聞かれれば、自分でも首をひねるしかない。失恋と呼ぶことすらはばかられる、そんな些細なものだった。
一応『失恋』と呼ぶその出来事は、『友人』との何気ない話題の後にやってきた。
「ああ、そういやさ……とうとう恋人が出来たよ」
「おや、とうとうか。それはおめでとう。長い道のりだったねえ」
――もしかしたら、好きなのかもしれない?
そう思ったものの、疑問符はとれなかった。そしてしばらくはこのまま様子を見ようとした矢先に、気になる相手に恋人が出来るという……ある意味王道とさえいえるパターンが、自分を待ち受けていた。
「サンキュー。お前もはやくつくれよ」
「大きなお世話だね」
恋人が出来た『友人』は、独り身のこちらとしてはそりゃあ憎らしいほど満面の笑顔をしていたわけだが、その時はそれで終わった。
自分でも、それが本当に『恋』だったのかよくわかっていなかったわけだから、傷つくはずもなく。もちろん、悲しいとも憎らしいとも感じなかった。
しかし、どうも釈然としない。さっさと次の気持ちに切り替えたはずなのに、いつまでも妙な気分が続いていた。
たいしたことがないからこそ、今も気になっているのかもしれないとは思う。例えて言うならばそう、喉に魚の小骨が引っかかって取れない感じ……あれによく似ている。
教授の話の隙間にため息を一つ。
窓から見える空は、自分の気持ちとは裏腹にいやと言うほどに晴れていて、なんだか理不尽さすら感じてしまう。おまけに目の端にうつる自分のノートには、まともな授業記録など何一つなく、無意味な落書きが無秩序に並べられていた。
自覚未満の恋を失ってから、こうして物思いにふけることが多くなった。喉の小骨が取れないのだ。むしろ、日を追うごとに小骨の数が多くなっている気さえする。
「なんなんだか……」
授業を妨害しない程度の声でつぶやくと、隣の同級生がいぶかしげにこちらを見ていた。慌てて小さく手を振って、「何でもない」というポーズをとる。
再び授業に集中し始めた級友の横、自分は未だ小骨と格闘中で、叫び出したくなることも幾度となくあった。
失恋して気持ちを切り替えるはずだったのに、どうして脳裏にはあの『友人』の姿があるのかと、自分自身を小一時間ほど問いつめたい――出来るものなら。
……状況を整理しよう。そう思い立ち、落書きだらけのノートに要点を書き込んでみた。
一.自分は多分、『友人』が好きだった。もしくは好きになりかけていた。
二.『友人』には恋人が出来た。だから失恋した。
三.その時点では別に悲しくも苦しくもなかった。
四.しかし喉の小骨は取れず、もやもやが続いている。
「………………………だめじゃん」
とうてい役に立つとは思えない情報の羅列にページを破ると、思わず頭を抱え込む。
いったい自分は授業も聞かないで何をやっているというのか。だんだん情けなくなってくる。
とにかくおかしい。どうにもおかしいのだ。確かにあのときは何も思わなかったはずなのに。そうなのかと納得できたはずなのに。
そうやって何度も自問自答を繰り返して、結局認めるしかないある事実に行き当たる。
そう、『あのとき』は、苦しくなんて『なかった』。
――全て、過去形だ。
「そーゆーことか……」
わかってしまえば簡単な答えだった。しかし、わからないままでいたかったのも本音。
逃げられないことに気づいて、またため息を落とした。
……これはもう計算外としか言いようがない。――自覚未満で決着のついた恋が、自覚するまでに大きくなるなんて。
あのときはいざ知らず、現在のこの状況は『恋をしている』としかいいようのないものだと気づき、もう笑うしかなくなってきた。
自覚未満だった己の気持ちに、失恋してようやく自覚とは。いったいどこの道化師の話だろうか。まさしくたくさんの小骨が集約し、大骨になった気分である。
あれの一番になりたいという気持ちがないといえば嘘になる。会いたい、側にいたいと、喉の骨はずっとうったえていたのだと今ならわかるから。けれど、今のつかず離れずの関係も気に入っている。
意外に一途な『友人』が、恋人を大切にしていることはよく知っていた。だから、自分の想いが叶うことがないのは自明の理だろう。ならば、自分は妥協を選ぶ。『友人』に、この気持ちはけして悟らせまい。
しかしそう決意したはいいものの、恋心という名の喉の骨が邪魔なのも事実。なにか良い解決法はないだろうか。
そう考えこんで、ふと『恋文』が念頭にあがった。自分のこの気持ちを、すべて紙に移せたならばどんなに楽になれるだろう。
かといって、普通に恋文をしたためてしまったら意味がない。『文字』にした『想い』は冗談ですませられなくなる。ならば……。
「……文字にしなければいい」
目にうつる真っ白なノート。それでもこの時間、ひたすらに考えていたのは『友人』のことだった。自分はそれを知っている。自分だけがそれを知っている。
名案だと、一人笑った。
真っ白な便せんを前にして、ただ君を想う。
想いを移し終えたなら、それを君に贈ろう。
きっと、何のイタズラかと君は思うだろう。
それでいい。自分だけはその意味を知っているから。
この気持ちを白紙にするためにも、君に白の手紙を。
終
アトガキ
こんにちは、刃流輝(ハル・アキラ)です。
またもや短編更新となってます。でも意外と身内の好評だったお話です。
楽しんで頂けたなら幸い。
ちなみに主人公とその『友人』の性別はまったく決めておりません。
主人公が女の子でも良いし、『友人』が女の子でも良いし……読む方の受け取り方によってイメージが大分変わってくるかと思います。
一応どちらともとれるよう、本文からは一人称をなくし、『彼』『彼女』のたぐいも使ってない……はずなのですが。まだあったらゴメンナサイ。
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