存在意義



「――存在意義ってなんだろう?」
 隣のあいつが、ある日突然呟いた。
「……オレの? それとも、お前の?」
 突然すぎるそのセリフ。わざと苦笑めかして問いかければ、あいつは驚いたように目を見張る。
「きいてたのか?」
「独り言だったのか?」
 お互い真顔で見つめ合って、どちらともなく笑いだして、そしてその場にひっくり返った。
「で……存在意義を知りたいのか? それとも、存在意義という、言葉の意味を知りたいのか?」
 答えはわかりすぎるほどわかっていたけれど。
 くだらない問いかけに、あいつは呆れたような顔で答えを返す。
「言葉の意味を知ってどうすんだよ。そんぐらいわかってる、バカにすんな。知りたいのはもう一つの方」
「ふーん……」
 相づちは打ったものの。
 ――知ッテドウナル?
 そんな思いが胸中に広がって。それが顔にでてたのだろうか、あいつはきょとんとした顔で問いかけてくる。
「お前は知りたくないのか?」
「何かに決められた存在意義に、興味はない」
 心底そう思う。
 ――ドウダッテ、イイジャナイカ。
 何かに決められた、決まった物など。
「決められた……か。時々、消えたくなるんだよ」
 それまでの会話とは、全然脈絡のないセリフ。
 冗談めかした声音とは正反対に、あいつの表情は怖いほど真剣で。
「存在意義がわかれば、少し、ふみとどまれるかもってな」
 だから知りたいと、微苦笑を浮かべるあいつ。
「だからってお前は、他人に決められた存在意義とやらを信じるのか。それに、全存在を懸けられるのか? ……オレはごめんだね」
「そんなモンぐらいしか、すがるモノなんてないだろう?」
 お前にはあるのかと。存在意義が、全存在を懸けられるものがと、あいつの目はそう訴えかけてくる。お前が教えてくれるのかと。敵意と好奇心に満ちた目であいつは声に出さずに問いかける。
 ポケットから煙草を出して、火をつけずにそのままくわえた。
「くだらないな。てめえで、決めればいいだろう」
「…………自分……で?」
 全く予想外だというように、あいつは目をぱちくりさせた。
 なぜそんなに驚く?考えれば、当然のことだろう?
 例えこの世に宿命というものが、運命というものが存在していたとしても、オレは信じない、オレは受け入れない。相手が神と呼ばれる存在だとしても、自分よりでかい何かだとしても、勝手に決められたことに従うなんて冗談じゃない。
 オレは、オレだ。
 オレは誰にも従わない。ただ自分に忠実に生きる。ただ自分の望みを叶えるために。そのためだけにオレは生きる。
 やがてあいつは、ククッと低く笑いを漏らした。
「お前らしい……全くお前らしい考えだよ。なァ、そこまで言うってことは、お前は決めてあるんだろ? 自らの存在意義を」
「もちろん」
 そのためだけに、オレは生きているのだから。
「教えろよ」
 にやりと笑って、近づいてくるあいつに、オレは背中を向けていった。
「ヤダね」
 それはヒミツだから。オレだけの想い、オレだけの望み。オレの存在意義はオレのたった一つの夢。
「教えろよ」
 言ってあいつは、自分も煙草を取りだし火を出した。そのまま火をオレに近づけ、オレがくわえたタバコに火を灯す。
 狭い部屋に、紫煙が流れる。
「なァ、教えろって」
「ヤダって、言ってるだろう?」
 二人でクスクス笑って、じゃれ合いながら、やっと火のついた煙草をふかして目を閉じた。
 意識が、暗闇に沈み込む。オレはあいつを置いて、暗い想いに身を任せる。
 譲れない願い、たった一つの存在意義。
 きっと誰も知らないこと、きっと誰にも知らせちゃいけないこと。
「ちょっとぐらいいいじゃねえか。こっちも出来たら教えるからよ……参考に一つ」
 イタズラっぽく片目をつぶって教えろとねだる、困った友人を前に、オレはそっと口を開く。
「オレのはね……」
 ――イツカ壊レルタメニ在ルンダヨ。
 壊れるために、自分を壊すために、ただそれだけを望みにオレはいる。
 ――オレハモウ壊レタインダ。
 きっと怒るよな。だから教えない。誰にも教えない。いつかその日が来るまで、心の奥深くに隠し通して。
 だから。
 今は眠るんだ、黒い水の中で胎児のように。たゆたうんだ暗い夢の中で。解放のその日を待ち続けて……。
 壊れたその日がホントのオレが生まれる日。
 ――『今ノオレ』ハ『イツカ壊レルオレ』ノタメニ……。
「お前に教えられるほど安くない。頑張って、自分で考えな」
 ――オマエトオレハ全然違ウ種類ノ人間ダカラ。
 自然に、笑みが浮かぶ。いつか来るであろう……いや、来てもらわねばならない瞬間に想いを馳せ。
「せいぜい考えて、存在意義決めろよな」
 ただ一つの、生きる希望を持つために…………。

Fin



アトガキ
暗い……なんか暗いですよ。
でもそんなんがけっこう好きだったりします。
でも、存在意義って、なんでしょうね?
それを見つけるために生きてるのかなー、とか思ってみたり。




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