誓約


 
1. 事の始まり

「――はい、これでこの授業は終了です。今までお疲れ様でした」
 ぺこりと壇上の女教師がお辞儀する。それと同時に教室中の生徒が安堵のため息をついた。むろん、今まさに板書をうつし終えた女生徒――エリシアもその一人だった。
 みな思い思いに会話を始めたが、どれも全て「きつかった」「やっと終わった」というたぐいのものばかりだ。
 ここは数ある魔術師養成学校の中でも国内有数の名門に属するであろう『シャヴィエ・ストライフ』。魔術師を目指す者なら一度は入学を夢見るとまで言われる場である。
 そしてたった今、黒髪の魔女シュレインが担当する厳しく辛いことで有名な『魔術理論とその実践』が最終講義を終えたのだ。
 少しざわつき始めた中、シュレインの「しーずーかーに!」という言葉が続く。
「授業はこれで終わりですが、そのまま単位を出すとは言ってませんよ?」
 聞くもおぞましい『単位』という単語に、喧噪がピタリと止む。
 それを確認し、シュレインは教室中の生徒を見回した。
「……最後の課題です。これまで私の授業――いえ、この学校で学んだことを元に、自分の使い魔を呼び出してごらんなさい」
 にっこりという効果音付きで言われた魔女のとんでもない提案に、教室中からブーイングが飛んだのは次の瞬間だった。


2. 卒業試験、概要

「――先生」
 ざわめき収まらぬ中ですっと手を挙げたエリシアに、シュレインが「どうぞ」と許可を出した。
「それは、卒業試験……ということですか?」
 この学校では卒業試験と銘打つものはなかったはずだ。けれどそう思った方が限りなく自然だった。
 理論を知っているとはいえ、『使い魔の召喚』の実践なんて、一授業の終了課題としてはあまりに高度すぎる。もうすぐ卒業といえども、自分たちはまだ『魔術師』ではなくあくまでその『卵』なのだから。
 エリシアの疑問は、そのまま生徒たちの疑問を代弁していたのだろう。周りのクラスメイトも何人かうなずいている。
「そうですね、そうとってもらってもかまいません。……エリシア、魔術師にとっての『使い魔』とは、どんな存在だったか覚えてますか?」
 急に質問され息を呑む。
 だが、習ったはずだと自らに言い聞かし、記憶を探った。
「えっと……『使い魔』とは『魔術師』にとっての助手であり、相談役であり、案内人でもある、重要なパートナー……です」
「そうですね、その通りです。ということは……使い魔を見つけるということはどういうことになるんでした?」
「使い魔を見つけることにより……あ! 『魔術師は魔術師として初めて一人前になる』!?」
 つまり、この課題の真意はそこに……?
「どうやら、エリシアはこの課題の意図を理解してくれたようですね」
 驚きに目を見開くと、魔女は満足げにうなずいて見せた。
「……そう、魔術師は使い魔を持ってこそ一人前。よって、卒業するため――正式に魔術師となるために、この課題をこなしてもらいます。期限は今月いっぱい、使い魔を見つけたなら私の元に来ること。以上です」


3. 準備

「……これで必要なものはそろったかなぁ?」
 魔女の『使い魔召喚』という衝撃の卒業課題発表より二週間、エリシアは着々と課題達成のためへ準備を進めていた。
 自分はまだ『卵』。シュレインぐらいの高等魔術師とは違い、そう簡単に『魔術』を行うことは出来ない。
 絶対的に経験が足りないのである……そのためには、道具などからの補助や、事前用意も必須となってくる。
 確実に成功させたいのならば、その準備には時間も手間もかかって当たり前なのだ。ここで焦ってはかえって失敗してしまう。
 そう自らに何度も言い聞かせながらここまで来た。
「魔法陣は……これで良いはず」
 床に目を落とせば白の円陣。魔術文字を使ってえがいたそれを、もう一度すみからすみまで確かめる――問題なし、だ。
「杖に、護符、魔術書……」
 それぞれ魔術発動補助、魔力増幅、術式構成補助の役割を持つアイテムだ。保管庫から慎重に取り出し身につける。
「あとは……」
 最後の確認とばかりにちらりとシュレインの授業ノートに目を走らせる。
 そこにはでかでかと赤字でもって『度胸、愛嬌、オマケで魔力!!』と書かれていた。
「……ぷっ」
 魔女のたおやかな外見に似合わぬなかなか剛胆な教えに何度見ても吹き出してしまう。
「よし、いっちょやりますか」
 度胸ならまかせておけ。


4. 発動

 杖を握り水平に持つと、瞳をとじる。体内を魔力のつぶが巡るイメージをするにつれ、力があふれてくるのを感じた。
 大きく息をして、力の流れを乱さないよう、暴走させないように『身体』という場に固定する。
 もう一度息を吸い込み、静かに詠唱を始めた。
《……北のグラマティクス 南のシルヴィエラ 東のビセンタ 西のレーニッヒ――偉大なる四方神の名のもとに》
 どくん、どくんという己の心臓の音と、詠唱の声が不思議なリズムを刻む。
 高揚感、脈動感、躍動感……血が沸騰するような力の奔流に身をまかせ、杖を手にしたまま印をきる。
《来たれ力にして存在たるもの 来たれ我が望みを叶えるもの 我が意志に応えよ 我が声を聞け》
 いい――? と、師の声が聞こえた気がした。

“魔法陣や護符、そして杖も……それこそ印を結ぶことや呪文の詠唱でさえ、集中と魔力補助のための予備動作に過ぎません。本当に必要なのは――”

《我が望むは唯一にして絶対の契約 全てを超える確固たる絆》
 本当に必要なのはそう、なにものにも負けないという強い意志だ。
 かっと目を見開き、一息に意志のこもった言葉をはく。
《今ここに新たな誓約を為さん 疾く来たりて姿を見せよ!!》
 魔法陣が光り、力が渦巻く。
 突風のごとき力の奔流が過ぎ去ったあとそこにあったのは――。



 その後、エリシアの使い魔召喚が成功したのか、無事に卒業できたのかなどは……また、別のお話。  





アトガキ
こんにちは、刃流輝(ハル・アキラ)です。
お久しぶりの短編更新となってます。
とは言ってもこれ、ずいぶん前に書いたものを引っ張ってきただけなんですけどね(汗)

さてこの話。肝心なところで切れてます(爆)
そう、使い魔が出てきてねえ。
オネエ言葉をあやつる謎の美丈夫とか、狼にも変身できちゃう魔物とか、羽の生えたちみこいナマモノとか。案だけは色々あったんです、色々と。結局書かないままに終わってますが(オイ)
意外と気に入ってる話なので、もしかしたら使い魔登場こみで続きを書くかもしれません



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