金属の手
手が、冷たいんだ。
これからも、けして温かくなることはない。
だってそれこそが、僕が人でない証なのだから。
不満とか、不安とか。
この気持ちすら偽モノに過ぎない。
なのに……なんで苦しいんだろう。
作りモノに、こんな痛みはないはずなのに。
何も考えなくてすんだなら。
……この手が、もし温かかったなら。
くだらないことばかり、浮かんでは消える。
ああ、冷たい。
この金属の冷たさ。
いつまでも変わらない、人でありえぬ手。
日の光は眩しくて。
花の香りはかぐわしく。
風の軌跡がここちよい。
「春ねえ……」
隣で嬉しそうに呟いた桜(さくら)に、零(れい)はとりあえずうなずいた。
「そう……なんだろうな」
遠回しな肯定に、桜は不思議そうに首をかしげて零を見つめた。
「零は、春だとは思わないの?」
「いや、そんなことはない。現に僕の中のデータは、このような状態を春と指すのだと言っている」
根拠にもとづいて答えれば、桜は大きくため息をついて見せた。
「だから、そうじゃなくてね?」
「……なんだ」
「データは大事だよ、考えるためにはね。でも、『データ』が言ってるから、じゃなくて……零自身が春だと感じるのかどうなのかって聞いてるの」
ああ、まただ。
この少女はいつも、このように言う。データではなく、自分自身で感じろと。
そして零も同じ言葉をくりかえす。
「僕には『感じる』ことは出来ない。出来るのは『判断』することだけだと、常日頃言っているだろう?」
「いつものことだけど強情ね……まあ、その『判断』も、『感じる』には違いないか。いい?それが、『感じる』ってことなんだからね」
覚えておくように、と言われ、思わず首を縦に振る。
「よろしい……じゃあ、『感じて』みてよ。どう? 今の季節は」
「……春、だ」
「よしよし」
満足そうにうなずく少女に、いつもと同じ疑問がわく。
こんな春めいてる、こんな天気のいい日に、なぜ桜は自分の側にいるのか。
疑問と、苛立ちと、不安と……この『判断』に名をつけるならそんなところか。
「桜……」
「ん?」
「なぜ君は、僕の側にいるんだ?」
その質問に、桜はきょとんとした表情をする。今更何を言っているのかわからない、そう表情で言っている。
「なぜって……この前答えたはずだけど?」
「あんな答えで、納得出来るものか! あんな……あんな、非常識な答え!!」
吐き出すような言葉に、桜の表情が悲しそうに曇る。
自分は正しいことを言っているはずだと、零は確信を持っている。それでもその表情は、零自身も悲しくなるものだと『判断』された。
しばらくの沈黙の内、ゆっくりと、桜が答えた。
「好きだから、だよ」
「……なんで!?」
「好きになるのに……理由はいらないでしょ?」
「馬鹿な、馬鹿な……っ。非常識すぎる。僕は…………」
ためらう。その言葉を言うことを。作り物の声帯が、その言葉を吐き出すことを拒む。それでも無理矢理、口に出した。
「――僕は、アンドロイドだ」
「それが?」
なんでもないことのように、さらりと言う少女。
関係ないと、その態度が言外に言う。
だが勘違いしてはいけない。彼女の考えは『非常識』なのだから。
「重要なことだろう?僕は人間じゃない」
「わたしは、人も、アンドロイドも変わらないものだと思っているわ。人種と同じ……違うかしら?」
「違う! 僕は、僕らは、君たち人間とは違う……!」
必死に否定する。
肯定すれば、逃れられないことがわかっていた。
――なにから?
わからない、けど。途方もなく恐ろしい、なにかに捕まってしまう。
「何が違うの?」
「人は、生きるものだろう?僕たちはつくりものにすぎない」
だから、『判断』しかできないし、『データ』が全てなのだ。
人とはそんな、数値ではかれるものではないだろう?
「零だって、生きてるよ?」
「これは、生きてるとは言わない……ただ動いてるだけだ。僕は生き物じゃなくて、機械だから」
「じゃあ、生きてるって、何?」
心底不思議そうな桜に、データをかき回されるような感覚を味わう。
オーバーヒートしそうなメモリを起動させ、必死に言葉をつづる。
「命を持って、自分で考え、思うこと」
それこそが、生きることだと。
そう言えば、桜はふわりと笑った。
「ほら、同じじゃない」
「どうしてっ……」
「アンドロイドだって、動くための『命』があって、『データ』で考えて、『判断』して思うでしょ?」
くすくすと、ほら同じ、と笑ってみせる。
「人だって、きっとデータが全てよ。『脳』というコンピューターが、『記憶』と『経験』というデータを使ってわたしたちを動かすの」
人もアンドロイドに過ぎないのだと、鮮やかに笑う。
「だから安心してよ。あなたもわたしも同類よ。恋をしたっておかしくないわ……」
すっと差し出される、白い桜の手。
逃げるなという無言の圧力に零は唇をかむ。
ウイルスのように、桜の言葉が自分を浸食していくのが零にはわかった。差し出される手から、目が離せない。
「それでも、君の手は……温かいだろう? 僕は人じゃないから、冷たいんだ……」
最後の抵抗。
固まったまま呟いた零のセリフに、桜は一瞬目を丸くし、やがて呆れたように笑いながら「バカねえ」と言った。
「あなたのいう『人間』でも、冷たい手はある。それにわたしの手は熱いから、零の冷たい手はちょうどいいわ」
操られるように、零の手が上がる。そして、桜の温かな手を握った。
その瞬間確信する、捕まったのだと。
自分の冷たい手が、人でありえぬ手が、絡め取られて逃げられないことを知った。
「ねえ、言って? 思ってよ……わたしのこと、どう思う?」
冷たさと温かさが混じり合う。ショートしそうだと感じながら、零はつぶやく。
「……好きだ。僕のデータは、君が好意に値する人物で、それが最高値にあることを示している……愛して、いる」
「よくできました」
あでやかな笑み。
温かな指先。
もう逃げられない、金属の手。
その温かさから、もう、逃げられない……。
終
アトガキ
……………………なんなんでしょーこれ………。(きくなよ)
さっぱわからん内容になり、しかも桜さん、なんか怖いよ………(ガタガタ)
恋愛小説書くはずだったんだケドー????
どこで何を間違えたのか。
2003.05.31. 刃流輝