Hit Man&Lady



 ある日、ウチに暗殺者などという人物が現れた。
 チャイムが鳴って、玄関に行けばにこやかに笑ったサラリーマン……いや、銀行家風の男が一人。
 彼はその笑みをはりつけたまま自己紹介した。
「こんにちは、お嬢さん。いきなりですがわたくし……殺し屋です」


 部屋に押し込んできた強盗ならぬ殺し屋は、世間話のように言い続ける。
「いやあ、いいお部屋ですね。あなたに恨みはないのですが、こちらも商売でして。死んでいただかねばなりません」
「――それで?」
「……はい?」
「それで、あたしにどうしろっていうのよ」
 男が、まばたきをした。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔とは、まさしくこんな顔に違いない。
「どうしろと言われましても……抵抗しないで欲しい、としか言えませんが」
「じゃあ、早くやれば?」
 さらにまばたき。
「早くしなさいよ。いたずらに時間を流すのがプロなの? それとも、あんた新人?」
「いえ……この道、十と二年になります」
「じゃあ、今更迷う事なんてないでしょう」
 胸を反らして、真っ直ぐに相手を見つめる。
「……なかなか剛胆な性格をお持ちのようで。珍しいお嬢さんですね」
 どうやら皮肉とかではなさそうな声に苦笑しつつ私は言う。
「おかげさまで。あなたもずいぶん変わった殺し屋さんね?」
「はい、よく言われます」
「……今のは皮肉よ?」
「気にしませんから。本当にあなたは、面白い人ですね」
 ……よくよく変わった殺し屋もいたものだ。あたしの頃は……いや、よそう。
「では……」
 背広の胸ポケットから取り出される拳銃に、やっとこの男が殺し屋だと言うことに実感が持てた。
 ごりっ……という、額に硬いものが当たる感触に、あたしは安心する。
 少なくとも、的がはずれて半死人、なんて事はなさそうだからだ。
「お別れですね、お嬢さん。少し……残念ですが」
 本音がほんの少しが混ざっているであろうその口調に、あたしは肩をすくめた。
「殺しのプロが、ガラにもないこと言わないで」
「すいません……それでは、勇敢なお嬢さん」
 スッと、男の瞳が変わった。身にまとう空気すら、違うものへと変わる。
 ああ、やはりこの男は殺し屋だ。どんなに普段仮面をかぶっても、けして真実は隠せない。
  仕事の瞬間、誰しも獣となりはてるのだ。この男も例外ではない。
 ――あたしが、そうだったように。
 懐かしさにめまいを起こしながら、あたしは目をつぶる。
「サヨウナラ――良い夢を」
 カチリッ……。



 衝撃も、耳をつんざくような音もなく。ただ、静寂だけが。
 これが、死だというのか。
「……………………あれ?」
 阿呆なその声に、どう考えてもあの世ではないことに気づいた。
 慌てて目を開け、目の前をにらみつける。そこには、無防備に銃口をのぞきこむ殺し屋の姿があった。
 あまりに間抜けな光景に、あたしは額に手を当てる。
「……ちょっと」
「はい、なんですか?」
「なんで、撃たないわけ?」
「撃ちましたよ。でもねぇ……」
 渡された拳銃に、あたしは顔をしかめる。
「自分の相棒を、気安く他人に渡すものじゃないと思うけど?」
「手っ取り早いんですよ。あなたなら、わかると思うんですけど……」
 意味深な言葉に、眉をはねた。
「どういう意味……って、これは」
「ね?」
 ――軽かった。拳銃その物の重さはある。しかし……問題は。
「弾が入ってませんよね、それ? 気のせいかと思って撃ったんですが……。やはり組織ではなく、自分の勘を信じるべきでしたか」
 いつのまにか殺し屋の顔は、元の銀行員の顔に戻っていた。呑気に笑う男に、あたしはため息をつく。
「そのぐらい、当たり前でしょう。十年以上組織にいるなら、なんでそのぐらい察しないの?」
 初めて、殺し屋の表情が動いた。貼り付けた笑顔から、彼自身の顔……真剣に面白がるそれへ。
「あなたに会ってみたかったんですよ。ねえ、伝説の女殺し屋。我等がダークヒーロー……失礼、ヒロインのお嬢さん」
 久しぶりの客だと、本能が告げた。
 ちゃきりと、手のひらに感じるあたしの相棒。
「――ふうん……それを知ってて来たの。なら」
 血がたぎる。今のあたしの瞳は、獣のそれに違いない。
 いくらもうやめたと、『元』と言ってもあたしは殺し屋。殺し屋の本能を忘れるなんて出来ない。暗い喜びに心が躍る。
 殺しが好きなんじゃない。あたしが好きなのはそのスリル。命をかけた駆け引きが出来るチャンスを、あたしはいつも欲している。
 人生にも飽きたし、何も知らずに来たのなら、黙って殺されてもいいと思っていた。
 だけど、知ってて来たならそれは。
「それなりの覚悟は、あるのよね?」
 目の前に突きつけられた相手の得物にびびることもなく、男は真の顔で微笑む。 
「覚悟だなんて物騒な。それより……お互い組織に捨てられた者どうし、組みませんか?」
「――なれ合いはごめんよ。第一、なんの根拠があって……」
 すっと目の前に突き出された、男の指にあたしは口をつぐんだ。
「第一に、弾のない拳銃。そして、ターゲットはあなた……これはもう、組織からの解雇通知と受け取っていいでしょう」
「建前ね……本音は?」
「面白そうだからです。先程の会話で、さらにあなたに興味がわきました。絶対に、退屈しそうにないですし」
 くっと、喉で笑いをためた。
「いい答えね……あたしの答えは、これよ」
 おおよそ男にあわせたままの照準。男は微笑んだまま動かない。あたしはそのまま、引き金を引いた。



「あたしの答え、満足してもらえた?」
 手には煙の上がる拳銃。視線の先には、血を流しながら事切れた一人の男の姿があった。
「――ええ、とても。了承と受けって良いんですよね?」
「悔しいけど、そうね」
 銀行家の顔をした殺し屋の男は、自分の背後に倒れる元同僚を足でひっくり返した。
「この人は、わたくしの見張りでもあったんですけど……手間が省けて助かりました」
「気にしないで。ここをでてく掃除のついでよ……相棒さん」
「相棒……光栄ですね」
 男に背を向け、あたしは荷造りを始めた。
「ところであなた、あたし、いくつだと思う?」
「十……三ぐらいですか?」
 鞄に入れる物を選別する。
「外見年齢はあたりね。実際は二十六よ」
「わたくし、二十三です……おや、お嬢さんじゃまずいですね。お姉さんにしますか?」
「……遠慮するわ」
 外見十三の少女が、二十三のいい大人の男に『お姉さん』などと呼ばれてる姿は、どう考えても目立つに違いない。
 お嬢さんの方がマシという物だ。
「成長が止まったんですよね? なんででしたっけ。ちなみにわたくしのこの顔は、親兄弟殺され、組織に連れ去られてからこのままなんですが」
 朗らかな顔のまま、茶でも飲むかのごとく男は聞いた。
「奇遇ね。似たようなものよ」
「へえ?」
「――あたしは、自分で親兄弟殺したの」
「ほう」
「憎い?」
「いいえ。個人の勝手でしょう? でも、後悔してるんですか?」
「してないわ」
 後悔など、今もしていない。生きるために必要で、あたしは生きたかったから。
「あたしの成長が止まったのは、組織の都合で改造されたせいよ」
「組織が憎いですか?」
 質問返し……やはり、なかなか食えない男だ。
「いいえ。あたしも都合のいい時があるもの。ギブアンドテイクよ」
 一息に答えて、鞄のジッパーを閉じた。
「さあ、用意は出来たわよ」
「それではお手を……」
 まるで貴婦人をエスコートするかのごとく、男は手を差し出した。
 あたしもそれに逆らわない。彼の手の上に、ちょんと手をのせた。
 男は小さく会釈して言った。
「それでは行きましょうか。準備はよろしいですか、レディ?」
 あたしも会釈を返しながら、少し気取って言った。
「よろしくってよ、ヒットマン」



 ドアが閉められ、部屋にはただ、身元のわからぬ死体だけが残される。
 それがあたしの、置きみやげ。
 組織への、宣戦布告。


                   Hit Man&Lady  END

アトガキ
身内内では結構人気があった作品です。
続編かけと脅されるぐらいには好評でした。(笑)
でも、さっぱ考えてません。
これはこれで区切りがついてるんじゃないかなーと。

……正直に言えば、続編書いたら長そうだと思ってるだけです。(オイ)


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