現の神 緋色の絆   桐島上総 様



 鉛色の空から純白が降り注ぐ。
 君の目元に辿り着いた一片の雪。
 刹那の内に溶けて、
 血色の瞳から滲み出た涙を装う。
 
 ………そんなことがあるはずもないのに。



『現の神 緋色の絆』



 無駄に広い自室のベッドの上で物思いに耽る。
 日付という時間的な区切りが無意味なほど変化のない毎日。退屈で退屈で、いつか目覚めたら体が溶けていた、なんて日が来るのではないかと思う。時間は有り余るだけある。次期魔王という身分上、現魔王ほどではないにしろ、なんでも思う通りになる。
 それでも大切なものが欠如している。―――自由がない。これだけは今までどれほど望んでも、ただの一秒も手にすることはできなかった。
 天蓋付きのベッドのカーテンが揺れ、その隙間から、部屋の奥にある姿見に紫明の紅が溢れるように映り込む。
「………あぁ、これか。」
 紅の髪を一房掴んで、強く引っ張る。紫明を縛り付けるもの。すなわち、紫明から自由を奪った根本的原因。不意に自分の腰にぶら下がる小刀が目に付いた。するりと抜き取り、やや長めの髪を少しずつそぎ落とす。真っ白なシーツの上に、鮮やかな紅が散る。鏡の中の紫明が、口の端を僅かににあげて呟く。
「まだだ。」―――まだ、自由を手に入れてない。
 小刀を放り投げ、手近にあったコートを羽織る。2、3言何かを囁くと、紫明の体は音もなく消えた。


 何もない空間に突然人の形が浮かび上がる。紫明は、さくっという音と共に人間界に降り立った。身も凍るなんて形容詞がつくほどではないが、寒い。吐き出した息が白く舞う。酸素を求めるたびに、鼻に痛みが走る。首を軋ませながら空を見上げた。
 空から純白が降り注ぐ。空を切り取ることができるのは、黒々と高く伸びたモミの木々達だけ。
 鉛色の空から雪が降る。いつか積もったら、匂いも、姿も、感覚も、全てを覆って俺を消してくれるかもしれない。
 膝まである雪の上に倒れ込む。肌の表面でじんわりと雪が溶ける。妙に辺りが静かで耳が痛い。
「………オレ、もう、このままでいいや。このままがいい………」


 全身が“白”に覆い尽くされた頃、さくさくと音をたてて人がやってきた。人間の少女だ。
「……何者だ?貴様。」
 少女の外見からは想像できないような怒気を孕んだ声が、上から突き刺さるように落ちてきた。
 しかしながら、紫明がその程度のことでひるむわけがない。むくりと起きあがり、声の主を睨みつける。
「お前、誰に向かってものをいってるんだ?あ?」
 少女の長い艶やかな黒髪の間から、意志の強そうな緋色の瞳を捕らえる。奥深くまで広がる緋色。紫明とそろいの紅。
 紫明は一瞬言葉を失い、驚きに目を見開いた。僅かな沈黙の後、クツクツと喉のあたりで笑いながら「勇者か………」と呟く。
「………なんだ?こんな所で寝ていたら凍死するだろうと思って声をかけてやったのに。失礼な奴だな。」
 少女が憮然とした態度で言う。どうやら偶然通りかかり、心配して声をかけてくれたらしい。その様子に紫明は自然と笑みが零れるのを感じた。
「わるい。助かった。ありがとう。」
 紫明が満面の笑顔で礼の言葉をのべると、少女は白い頬を赤く染めた。
 “こいつはオレを楽しませてくれるかもしれない”そんな予感が確信に変わる。紫明は笑みを深くした。紫明のさび付いた時計が軋みながらも動き始める。
「それで、名前は?やっぱり命の恩人の名前くらい聞いとかないと♪」
「血無だ。」
「勇者・血無ね。いやぁ、かわいい娘でよかった。むさくるしいオヤジ勇者を城で待たなきゃならないんだと思ってたよ。」
 急ににこにこと人好きのする笑顔で軽口をたたき始めた紫明に、血無は顔に出さずに驚き、先ほどの紫明のように言葉を失った。
「………何の話だ?」
 紫明は悪戯な表情で「なんでもない」と笑う。
「あぁ、そうそう。オレの名前、紫明だから。城に来たら受付の奴にオレを呼ぶように言ってくれれば、最短ルートで迎えに行くから。それじゃあ、またね♪」
 紫明は血無の頬に掠めるようなキスを落とし、手をひらひらと振りながら、来たときと同じようにすうっと空気に溶けた。
 血無は叫ぶでもなく、顔を赤くするでもなく、頬をおさえてただ呆然と眼前を見つめていた。「なんだったんだ、あいつは」という声も寒空の下に消える。


―――この先、今までオレを偉そうに支配していた“退屈”は、無縁のものに成り下がる。君がオレに会いに来るという約束された未来があるのなら、オレは“自由”でもなんでもおあずけで構わない。君がオレの所に辿り着くまで王座に座って欠伸を堪えて待っていてやろう。君がオレの世界を色づけてくれたから。誰よりも君が愛しいから。

『そうしてオレはオレになる』

 その内に痺れを切らした短気な次期魔王が、成長した勇者を求めて城を抜け出すのは、もう少し先のお話………―――


―――――【強制終了】
 血無の間の記憶が那智にはないと聞いたので書いてみました。いつもありがとうな気持ちを込めて。駄文で失礼。なにせ、引っ越しの日の朝なもんで(爆)
 いつも迷惑かけてごめんなさい。これからもよろしくしてもらえると嬉しいですv
2003,3,28  桐島 上総



アリガトウノキモチ〜刃流の蛇足
上総ちゃん、こんな素敵な作品をありがとおおおおおおおう!!!
いつも迷惑をかけてるのはもっぱら私なのに、こんな素晴らしいものをいただいちゃいました。
どーよ、どーですよ、この素晴らしさ、美しさ!!!原作敗北ですよ!(笑)
設定は崩さないでここまで書いてしまえる上総ちゃんに乾杯。

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