招き犬      ぶれす様



・・・春一番が、吹いた。
日本に春を伝えるその風は、どこかの小さな島にも、変わる事なく、吹いた。
その島のまたどこか、海沿いな人通りの少ない道の上では、犬と子供が散歩をしていた。
「わさび、きょうは風がきもちいいねっ!」
幼い子供が、自分よりも少し大きい自分の友達、シベリアンハスキーのわさびに話しかける、わさびは、その話しかけに答えるように、わふっ、と鼻息をもらす。
「ぼーけんの途中にこんなにきもちがいい道をみつけれるなんて・・・えらいぞわさび」
子供が、わさびを撫でた、自分の飼い主を乗せ、ぽてぽてと歩き続けるわさびは、僕と浅(あさぎ)ちゃんはなんでこんな遠くまで来ているんだろう?と思った。
・・・実は、この子供、水鳥浅の住む家は、島の北部にある、この道は、島の南部に位置し、普段の散歩コースとはかなり離れているのだ。
わさびにとって、今日の散歩は、いつもと変わることのない、ただの散歩のはずだった。しかし、自分の飼い主の浅が『冒険してみようよ』と、わさびに話し掛けた瞬間、全てが変わった。
とりあえず、彼女があきるまで、この冒険は続くらしい。
冒険の途中で歩き疲れてしまった浅を自分の背中に乗せる代わりに、好きな所へ行く権利を得たわさびは、ただふらふらと歩き続けて、その時を待つのみである。
「うーん・・・天気もいいし、ぼーけん日和だねっ!」
伸びをしながら浅が元気にわさびにまた話しかける。・・・確かに、今日は天気がいいし、こんな日があってもいいかなぁ・・・と、わさびもだんだんまんざらでも無くなって来た。
その時、ふと、わさびの足どりが止まった。浅がそれに気付き、首を傾げる。
「どーしたの?わさび、疲れちゃった?」
急に、わさびは向きを変えて、海沿いの道を横切る。
「こんどはどうしたの?あれっ・・・?」
わさびが、また止まる、二人の目の前には、長く続く石作りの階段があった、どうやら、神社に続く階段らしい。
「うーん!ぼーけんらしくなってきたねぇ!いってみようよ、わさびっ!」
浅が抑え切れない冒険心を体全体で表現しながら、わさびを急かす。
わさびは、言われるがまま、階段を上り始めた、実はというとわさびもこの先に何があるのか少し気になっていたのだ。
とんとんと、リズムよく幅の大きい緩やかで長い階段を上っていくわさび。浅は、わさびに乗ったまま、わくわくしながら体をのばしていた。
「なにがあるかな?なにがあるかな?」
階段を上り終わると、そこには普通の神社・・・とは違う、たしかに建物などだけをみれば古びきっている事以外普通だが、殺伐とした雰囲気があった、まるで人がいる様子がない。
「・・・なんか、恐いね」
辺りを見回しながら、震えた声で呟く浅、しかし、わさびの足どりは止まりこと無く、進んでいく。
「ちょっとぉ、わさびったら、まってよぅ・・・」
泣きそうな顔で、わさびを引き止めようとする浅、しかし、わさびはある方向へと進んでいく。
浅は我慢して、わさびが進んでいる方向の先を見る。その先には、大人の男性が見えた。
そして、わさびが、その男の目の前で止まり、わんっ、と一声鳴いた。
「・・・」
男は、立ったまま寝ていた。わさびがもう一声鳴く。
「む、なんだ?うるせーぞ・・・」
男がわさびの鳴き声に気付いて、起きる。男が二人の方向を見ると、男の顔は驚きの表情をみせた。
「空音(そらね)・・・?にしちゃあちっこすぎるな」
浅が男の顔を見上げて、むぅっと顔をしかめる。
「こうやって、しっかりあいつをみてやれば、俺もあんなのじゃなかったかもな」
男が、寂しげにつぶやいた。しかし、その顔は、すぐに普通にもどる。
「おい、お前の名前は?俺が見えるんだろ?」
男は、無愛想な顔で、不思議な事を言い放った、しかし、浅の顔はしかめっつらのままだ。
「・・・大人の質問にはしっかり答えんと、立派な大人になれんぞ?」
男が浅をなだめようと試みる。やはり浅はしかめっつらを変えない。
「知らない人には、名前を教えちゃいけないもん」
浅が、涙目になりながら、男に話す。それを聞いた男は、大きな声で笑った。
「あっはっはっは!そりゃそーだ、しっかりしてるな、お前」
男が浅を撫でる。浅がしかめっつらを少しだけ緩め、少し困った表情を浮かべる。
「じゃあ、よし、俺の名前は一太(いった)だ、浮船一太だ、これでお前は俺を知ってる、ともだちだ、な?」
無愛想な顔が、優しい顔に変わり、この男、一太は浅に微笑んだ。
「いった・・・?私のおともだちになったの?」
浅のしかめっつらは消え、おどおどと一太に問いだす。
「ああ、そうだとも」
「じゃあ、いったは、わさびともおともだちなの?」
浅がわさびを指差す。
「そうだな、うん」
「ふぅん・・・」
浅が、納得したように、一太の顔を見つめた。一太は浅と目線が合うように、しゃがみ込む。
「お前の名前は?」
「あさぎ・・・みずとりあさぎ」
「そうか、じゃあそいつは?」
一太がわさびを指さす。
「わさび、うちの犬なの」
「・・・そうか」
一太がわさびをしげしげと眺める。わさびは、わふっ、と息をはく。
「偶然、でもないな」
一太がぽつりとつぶやいた。その一言は、少し嬉しげなようだ。
「えっと、あのね、いったは、なんでここにいるの?いったもぼーけんしてるの?」
浅が一太に問うと、一太は、少し微笑み、遠くを見て、やがて口を開いた。
「俺はな、ある女にここにずっといるようにされちまったのさ」
「なんで?」
「うっ・・・なんていうか・・・その・・・あれだ、あれ」
一太が気まずげに浅の純粋な視線から目をそらす。
「喧嘩したんだ、うん、そうなんだよ」
一太が苦い笑顔で、浅の問いに答える。その時、一太の後ろで、何かが動いた。
「じゃあろくに仕事もせずに、博打にばかり手を出して、それ故お怒りになった我が主、お前の妻の空音様に封印されたのはどこのどいつかな?ん?」
一太の後ろからでてきたのは、おおきな、おおきな、わさびの倍の大きさはある犬だった。
「お、おいっ!虎丸(とらまる)!やめろって、相手はちっこい子供だぞ」
虎丸とよばれたおおきな犬は、ほえー・・・といった表情で自分を見つめる浅をみて、フン、と鼻を鳴らした。
「ところで、お主は我を見て驚かんのか?」
虎丸が浅に問いだした、浅は、虎丸を見上げたまま、首を傾げた。
「なんで?」
「ぐっ・・・もういい、ところで、一太よ、この小童、空音様に似ておらぬか?」
「ああ、そうだな・・・てゆーか、お前とこのわさびとやらも似てる気がするんだけど・・・」
一太が首を傾げる。
「・・・否定はしない」
虎丸が露骨に嫌そうな顔をした。わさびはハッハッ、と舌をだし、尻尾をふりながら、虎丸を見つめていた。
その様子を見ていた浅が、急に一太を見て、首を傾げる。
「それで、けんかして、なかなおりしたの?」
一太が、はっと驚きの顔で浅を見つめた。
「・・・仲直りしたかったんだけどな、できなかった」
「なんで?」
浅が一太の顔を覗き込む。
「あのな、小童、だから喧嘩をしたのではなくこいつが・・・」
虎丸が言いかけたが、一太がそれに割り込む。
「浅、この島の歌をしってるか?」
一太の言葉を聞き、浅はぱあっ、と笑顔で答える。
「うん!『招き犬』でしょ?知ってるよ」
「歌ってみ」
一太がそう言うと、虎丸はほう、と声をもらす。
「うん、えっとね・・・」
ふらりふらりと、あそぶおとこは、
おんなのなみだを、しらずにふらり、
やがてつきひは、ながれながれて、
きづかぬおとこは、いぬにくわれた、
それは、おんなの、あいすることなり、
やがていつかは、めぐりめぐりて、
おとこが、きづく、あやまちを、
そのときわらべ、いぬをつれて、
あらわれ、おとこを、みちびくだろう、
そして、みごとに、なかなおり、
わらべといぬは、おんなといぬの、
まごうことなく、うつしみなり、
それは、まねくいぬの、きせきなり。
「・・・だよ」
浅はまた笑顔で、一太を見つめた。
「やっと・・・きてくれたな」
「・・・?」
一太がみせる微笑みに、浅は首を傾げた。
「おい、一太、やはり歌の意味を解しておらぬようだぞ・・・それでは・・・」
虎丸が訴えたが、一太は微笑み、虎丸を見て、口を開く。
「いいだろ、別に」
「・・・」
一太が浅に寄り、浅の両肩を持つ。
「まだ、間に合うか?仲直りするの」
浅は笑顔を見せて、一太を見る。
「間に合うよ!きっと、ちゃんとあやまれば、許してくれるもん!!私だって、おかーさんとけんかしたとき、ちゃんとあやまって、そのまえよりなかよしになれるもん!」
「・・・そうか」
「一太よ・・・お前は・・・」
虎丸は、そう言いかけたが、浅をみて、口をとめた。
・・・小童の前で、いうべきことではないな、もう遅いのだなど・・・
「空音ー!!!俺が悪かったっ!!ゆるせーっ!!」
一太が叫んだ。繰り返し、繰り返し、同じ訴えを、叫びつづける。
「いったを、ゆるしてあげてくださーい!!」
浅も叫び始めた。わさびも、それに合わせるように、わんわん吠えつづける。
「もしや・・・懺悔の時を招く犬は・・・それは、我ではなく、この犬か?」
虎丸の目の前で跳びはねながら懸命に吠えるわさびの、凄まじいエネルギーを感じ取りながら、虎丸はそう呟いた。
ならば、もしかすれば・・・
「我、招き犬を招きたり、写し身の童を招きたり、悔いる時は招かれた、奇跡は起こされん!」
虎丸が、吠えるように、遠く、遠く、天に向かって叫ぶ、すると、空から、光の束が降りて、一太に降り注いだ。

「あ・・・」
一太は、天を見上げ、声をもらす。
・・・ということは、浅とは、もう・・・
一太が、不思議そうに自分を見つめる浅を見た、人を『みる』ことが、こんなにも楽しいなんて、それを俺に教えてくれたのは間違いなく浅だ。
「浅・・・お別れだ・・・ありがとうな」
一太が微笑み、浅をみつめた。
「えっ!?嫌だっ!!せっかくお友達になれたのにっ・・・!」
浅が、涙を流し、一太にすがろうとする、それを虎丸が引き止める。
「だめだ、小童」
「じゃあな、浅・・・俺とお前は、ずっとともだちだ・・・」
一太が、そういって、空を見上げる・・・空からこぼれる、光りの束。そこに一つの点があるのを、一太が確認する。
「あれっ?・・・」
ひゅるるるる・・・どしゃっ!
一太めがけて、なにかが落ちて来た、それは、女、だった。
「着地せーこーっとぉ」
一太を踏み付け、直立する女、それを見た虎丸が、目を丸くさせて驚く。
「空音様!?」
「虎ちゃんひっさしぶりーっ、元気?」
ぱあっとした笑顔で虎丸に手を振る女、空音。
「いや、我を心配する前にその男を・・・」
虎丸が一太に視線を向ける、空音に踏み付けられ、身動きが取れないらしい。
「げっ、しまった、おーい、一太さーん、大丈夫ですかー?」
「なんとか・・・ね」
空音が一太から足をどけ、一太は立ちあがった。
「来て、くれたのか・・・」
一太が、空音を見つめ、呟く。
「まあ、こんなにかわいい私達の子孫の頼みとあったら仕方ないわよ」
空音はそういいながら、浅を抱きかかえる。
「いった・・・ゆるしてくれるの?」
「ええそうよ?そういう決まりですもの」
「いった、どこかにいかなくていいの?」
「私がこっちにきたから大丈夫よ」
浅の顔が、一気に明るくなる。
「よかったぁ!!!わぁい!よかったねっ!!!わさびっ!」
浅がそういながら、空音から離れ、わさびに抱き着いた。わさびは、わふっ、と鼻をならした。
・・・僕の、おかげなのかな?
わさびは、自分が不思議とここを目指して歩き続けた時の気持ちを思いながら、浅の喜ふ顔をみた、そして、たまにはこういうのも悪くないな、と思った。
「いった、なかなおりできてよかったねぇ!」
「ああ、浅のおかげだ」
一太が、微笑んだ。それをみた空音が、久しぶりだわ、と呟いた
「やっぱり一太さんは、いい人よ、あの子たちを導いたのは、私が施した虎丸の力もあるけど、何よりもあなたが気付いたからじゃないかしら?」
人を『みる』ことの、大切さに・・・。
殺伐としていた神社が、今では活気づいた春の観光観光スポットに変わるのは、もう少し先のお話・・・。
それは、まねくいぬの、きせきなり。

おわり



あとがき(一人反省会)

どうもー、激ヘタレダメ人間、ぶれすでーす。
テーマは、犬だったはずです・・・ええ、見事に犬が目立ってませんね。よくわからない話になってるし、ホントゴメンナサイ。
今回僕は、『必然的な巡り会わせ』の話を、リクエストの『ほのぼの』にあわせて、書いたつもりなんですが・・・あんな生々しい歌が子供に歌い継がれるこの島って・・・コワッ!
・・・えーと、今回もかなりのヘタレ作でしたが、一人でも多くの人に読まれていただけたなら、それはもうとてもとても幸せです。ハイ。
意見、感想、苦情などありましたら、ぶれすにおもいっきりぶつけてやってください。待ってますから。
デハデハデハー!


アリガトウノキモチ
ぶれすさんに『犬の出るほのぼの!』と叫んだ(リクエストした)ら出来た作品です。
わけのわからないリクエストにこたえてくださり、感無量です!!
不思議な雰囲気の漂ったお話……いいっすねえ(うっとり)
ぶれすさん、ホントにありがとうございました!!

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