ふらり離れ心      ぶれす様


−絶対よ、絶対に、幸せにしてよ?−
神社で誓った、あの約束。
−・・・ああ、うん・・・たぶん・・・−
彼の曖昧な返事、彼の、そんな間借り気味の優しさが、好きだった。
なのに・・・
あなたはふらり、離れ心。
せめて愛が一欠けらでも、残っているなら・・・
まだ間に合う、最後の愛を、受け止めて。

・・・・・
「そんじゃ、ちょいと出掛けてくる」
どこにでもあるような町風景、その中の平屋が連なる所、そのまた中の一軒の扉を開け、けだるそうな男がひとり、外に出る。
「ちょっと一太さん!?また仕事もしないでどこに行くつもり!?」
その背中を追うようにして、白い着物の女、本土から少し離れたこの島の元巫女、とはいっても彼女が呼び止めたけだるそうな男、一太よりは若いが・・・その者、空音が顔を出す。
周りの人間たちは、その様子を横目で見ながら、また始まった、といった感じで、近くの者と顔を見合わせ、溜息をつく。
なかには、全く気に留める事もなく、歩き続けるものもいるが・・・それほどこの二人のこの様子は、町の人々にとって見慣れた光景だった。
「大丈夫、稼いでくるって」
そういいながら、けだるそうな表情は変えず、空音の方向に顔を向け、手をひらひらさせる一太。空音は、呆れたのか、そっぽを向いた。
「やっぱりまた博打ね・・・もう・・・」
空音がもう一度一太を引き止めようとしたときには、もう一太は道の上の点になっていた、空音は、はあーっ・・・と大きな溜息をついた後、家の中へ戻っていった。
「幸せにしてくれるって・・・約束したのに・・・」
悲しげに呟く空音は、苦しそうに咳込み、その場に座り込んだ。
「せめて・・・一太さんだけには・・・」
弱々しく呟かれたその言葉には、どこか強さが隠されていた。
・・・・・
そんなことは知る由もない一太は、町外れの賭博場で、花札と睨めっこであった。
「ちいっ!今日もだめかよ!」
悔しそうに叫びながら、畳に体を預ける一太、相当負けたらしい。
「あーらら、アンチャン大損だねぇ、愛する奥さんの呪いかね、こりゃ」
にやけ顔で勝ち分の金を集める男が、冗談っぽく一太に話しかける。
「冗談になってねえから、やめてくれ」
一太がげっそりとした顔で呟く。男はけらけらと笑って、花札をきり始める。
「違ぇねぇ、空音様はこの今でも島一番の式神使いだからなぁ、ほんと、こんなろくでなしには勿体ねえや」
「うるせーよ」
一太が不機嫌顔で、男を足蹴にする。
「全く、何であんたみたいな男に空音様はついていっちまったんだろうねぇ・・・?」
男の何気ない言葉が、一太の心を軽くつついた、・・・そう、俺だって、あいつを愛していないわけじゃあないんだ、そうでなきゃ、夫婦になったりなんかしちゃいない。
心の痛みは想いを呼び、想いは記憶を呼んで、記憶はさらに記憶を呼ぶ。やがて一太は一つの記憶にたどり着いた。
・・・・・
ある日の白昼に、それはやってきた。大きな大きな『異形』。この島では怪のことをそう呼んでいる。
当然、怪を解き放つのは島にある神社に仕える巫女。当時はそれが空音だった。
なんとかして荒れ狂う異形を神社までおびき出した空音。後は式神を呼び異形を解き放つだけだった。
が、しかし、一瞬の油断を見切った異形が、空音に攻撃を試みたのである。
「きゃあっ!」
辛うじて直撃を避けた空音。しかし、傷は大きく、動く事すらままならない。
もう、だめだ・・・死を覚悟し、目を閉じた空音に与えられたものは、永遠に動かないという闇ではなく、異形が解き放たれるという奇跡でもなく。
見ず知らずの男が盾になる、という恐怖だった。
「あなた・・・何て事を・・・!」
異形の鋭利な爪で肩を貫かれた男は、血を流しながら、それでいて腕一本で異形の動きを止めていた。
「俺の事は気にすんな・・・!はやくこいつを解き放て!」
男の大喝で我を取り戻した空音は、急いで自分の式神、虎丸を呼び出す。
「虎ちゃん!早く異形をっ!」
灰色の大きな犬の形をした式神・・・虎丸は空音の訴えにコクリと頷き、異形の頭に噛み付く、すると、異形は地を揺るがす雄叫びと共に消えていく。
・・・はずだった。
異形は、最後の悪あがきと言わんばかりに、消える間際に、自らの爪を飛ばした。それは空音の体に当たるが、刺さるのではなく、溶けるように体内に潜っていった。
「かはっ・・・」
がくりと崩れる空音、一太と虎丸が駆け寄る。
「あんた!大丈夫かっ!?」
「空音様ッ!!」
「・・・大丈夫・・・っ!あれが・・・ここらの異形の親玉よ・・・もう私なんかいなくてもこの島は・・・・くッ!!」
息も絶え絶えに、遺言のように一言一言呟く空音。
「空音・・・様・・・あなたという人は・・・」
虎丸が言いかけたその時、男の平手が空音の頬に当たった。
「・・・!」
頬を押さえ、驚きの表情で一太を見つめる空音、虎丸は、全身の毛を逆立たせる。
「貴様っ!・・・空音様に何をっ!!」
「あんたなぁ・・・そういう考えはやめといたほーがいいぜ?」
男の表情に、怒りといったような感じは見て取れなかった。
「・・・?どういう・・・こと?」
「あんたが異形からこの島を守るために、命を落として島の人間が幸せかってことだよ、違うだろ?」
あくまでも淡々と訴え続ける男。
「だって・・・異形の呪いは・・・」
言いかけた空音の肩を掴み。キッと睨む男。
「それがいけないっつってんだよ!生きる気のない奴が、どうやって呪いに勝つんだよ!?」
男が目を見開き叫ぶ。空音は、その訴えでハッとする。
「あんたが幸せ望んだって、なにも悪かねぇだろうが!?生きることって、そうじゃないのか!?あんたが死んで、残された人間が、どれだけ悲しむと思ってんだ!生きて、島の奴らもあんたも幸せになればいいんだ、だから、絶望なんてしないでくれ、じゃないと・・・」
叫び疲れたのか、男はその場に座り込む。
「あんたを庇った俺だって辛ぇよ」
その一言を引き金に、空音が今まで押さえ込んでいた感情が、一気に瞳の雫となって流れ始めた。
私が強くならないといけない、
私が守らなければならない、
私が、私だけが命をかければいい。
なんて、馬鹿げたことだろう・・・
そう思うたび、涙がこぼれる。
「わかったか?呪いなんかに負けんなよ」
男がそういって、立ち去ろうとした時、スッと空音が立ち上がる。
「うっさいわね!名前も知らないあんたなんかに言われたくないわよ!!」
涙を流したまま叫ぶ空音、男は振り向かず立ち止まる。
「・・・・・」
「名前も知らないあんたなんかに・・・血を流してまで庇ってほしくなんかないわよ!私の幸せなんて・・・守ってほしくなんかないわよぉぉぉぉっ!」
「・・・あんたも、似たようなもんじゃねえか、ま、そんだけ言えりゃ直ぐさま死ぬってことはねぇな・・・」
男が、そう言って、振り返る。
「よかったぜ」
空音の心に、男の言葉が染み渡る。どうして・・・そんなに・・・
「どうして・・・私を・・・幸せな気持ちにさせるの・・・?」
手で涙を拭いながら、その場に崩れる空音。
「そうなって、ほしいから、かな?」
男が微笑む、空音は、もう自分の気持ちを押さえられずにいた。
「・・・・・あなたの名前は?」
「別にいいだろうが、そんな・・・」
「なまえっ!」
「・・・浮舟、一太」
「これでもう、私とあなたは知り合い、私はあなたに幸せになってほしいし、あなたも私に幸せになってほしい、ちがう?」
「まあ・・・うん・・・多分」
空音は立ち上がり、強い眼差しで一太を見つめた。
「私は、どちらにしろ長くない、だから、あなたが私を導いて、私を幸せにして」
一太は少し困ったような顔をしたが、返事は早かった。
「ああ・・・」
「絶対よ、絶対に、幸せにしてよ?」
「・・・ああ、うん・・・たぶん・・・」
一太が恥ずかしげに返事をして、安心したように空音は微笑んだ。
「ぜったい、なんだから・・・」
最後の、その時まで・・・
・・・・・
「でも、もう無理みたい・・・せめて、私があなたを・・・」
空音も、家から外をみながら昔を思い出していた、そして、ある決心をした。
「残されるほうが・・・辛いもの・・・虎ちゃん・・・たのんだわよ?」
虎丸が、空音の横に現れた、虎丸は、何も言わず、コクリと頷いた。
・・・・・
「ただいまっと・・・空音ーっ、お前に土産・・・って、どうしたんだ?」
一太が玄関に座る空音を首を傾げて見つめる。空音は、一太を真っ直ぐにみて、口を開く。
「・・・一太さん、あなたが・・・まだ、すこしでも私を愛してくれるなら・・・」
「?・・・・」
「あなたが、あの異形を呼び込んだ原因なのは、知ってる。少し前から・・・」
一太が驚き、立ちすくむ。
「!・・・お前・・・」
「あの日あなたはこの島に流れ着いて・・・じぶんの呪いの元凶が体から離れていることに気付いたのよね、追い掛けて・・・その先にいたのは・・・私・・・違う?」
空音の問い掛けの後、一太は、暫く黙ってしまったがやがて口を開いた。
「そうだ・・・俺は・・・お前を巻き込んだ・・・それだけでなく、あんな立派な台詞まで吐いて・・・あの時直ぐにお前を受け入れたのも、お前を愛していたからじゃあない、お前が、恐かった、お前に憑いた呪いが・・・俺のせいであることが・・・」
一太が、苦しげに、悲しげに。けれども淡々と話していく、空音は、ただただ、真摯に話を聞いていた。
「ただ・・・今はお前を本当に愛している・・・でも、どうやってお前を見ればいいかはわからない、やっぱり、心の奥では、お前が恐いから・・・」
一太は、そのままうつむいた。
「ありがとう・・・一太さん・・・その通り、私は、もう一年程度しか生きられない、でも、あなたを苦しませたくない、だから・・・」
空音がそういうと、虎丸が空音の背後から飛び出し、一太を喰らった。
「!・・・空音っ・・・お前っ・・・!」
一太は抵抗はしなかった、しかし、空音を悲しげに、淋しげにみつめた。
「あなたが人をみることに気付くまで・・・私はあなたに愛されちゃあいけないから・・・」
微笑み、それでいて涙を流す空音。
「違う!お前は・・・俺を残して死にたくないから・・・」
「これが、私の、愛する事よ・・・」
「空音・・・っ!・・・す・・・・・い」
一太は、なにかを言いかけ、消えた・・・・・・。
「虎ちゃん・・・後は・・・頼んだわよ」
一太を追うため、消え始める虎丸を、空音は優しく撫でた。
「空音様・・・よろしかったのでしょうか・・・・・?」
悲しげに空音を見つめる虎丸、空音は、優しく微笑む。
「大丈夫・・・何年、何十年、何百年かかるかわからないけど一太さんが・・・真実に気付けば・・・この子の・・・私と一太さんの子孫が・・・導いてくれるわ・・・虎ちゃんには、その鍵の役割を頼みます」
自分の腹をさすりながら、微笑みを見せる空音。
「・・・わかり・・・ました・・・では、また会う日まで・・・」
霧のように、虎丸が消え、空音は一人、残された。
「辛いけど・・・大丈夫・・・だって・・・」
いつか、また、叶えられなかった約束は果たせるから・・・
それまで・・・始めてあったあの場所で・・・想いを・・・記憶を・・・
どうか、忘れないように・・・。
離れた心が、再び引き合うまで・・・。

おわり



あとがき(涙の謝罪会見)

どーも、なんだかわけのわかんないものを作っちゃう奇跡の生物、ぶれすです。
前回の「招き犬」の番外編、「ふらり離れ心」いかがでしたか?このお話は、人によって話しの感じ取りかたが違うと思います。だって、ホラ、わけわかんないし(笑)。
僕的にはこんな感じ↓
一太:いい奴か最低な奴かわからん
空音:怖い、とにかく怖い、色んな意味で
虎丸:いるのかいないのかわからん
・・・・・・もっと精進したいと思います(切実)。
とりあえず、今までにないジャンルで、いろいろ迷走しながら書きましたが(いいわけ)、これを今回のリクエスト作品とさせていただきたいと思います。
もっと頑張りたいですねぇ・・・マジで。
というわけで、感想などありましたら、ぶれすに伝えてやってください。ハイ。
デハ、これにて。



アリガトウノキモチ
ぶれすさんから前回いただいた小説の番外編です!!
過去が気になるなあ、みてみたいなあ、ってワガママ言ったらなんと!!!
マジに書いて下さったんですよ……(ガタブル)
幸せすぎて明日が怖い(笑)
ぶれすさん、ホントにありがとうございました!!

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