お嬢と執事の採用試験 前編 その日少女は『類は友を呼ぶ』という言葉を、身をもって体験した――。 少女の名前は宮越 桜(みやこし・さくら)。『揺りかごから墓場まで』をキャッチフレーズとする多角経営を行っている大会社宮越グループ会長の孫娘である。 家は屋敷――むしろ豪邸といっていい代物で、もちろん使用人だって何人も存在し、自分自身柄ではないと思うが『お嬢様』なんて呼ばれる立場だったりする。 とは言っても、桜がそんな状態になったのは一年ほど前のこと。両親が不幸な事故で他界し、たった一人の肉親である祖父の元に引き取られてからだ。それまで貧乏と言うほどではないが、それなりに平均的な中流家庭の子どもとして育っていた桜にとって、屋敷での生活はまさに青天の霹靂だったのは言うまでもない。 駆け落ち同然に家を出た息子と、頑固な性格ゆえに和解できなかった不器用な父親。それが桜の父と祖父だった。 息子の忘れ形見となった孫娘を、祖父である十三郎(じゅうざぶろう)は目に入れても痛くないほどに可愛がる。失った十六年を取り戻そうとするかのようなそれは、桜にとって照れくささもあるものの拒絶できるはずもない。 そんな祖父が可愛い孫のためにと用意したものの中に、藤原 重隆(ふじわら・しげたか)という執事がいる。執事と銘打ってはいるが、宮越グループの令嬢ということでその身を狙われる桜の護衛というのが本来の仕事らしい。 さらりとゆれる銀髪に少し細めの碧眼がどこか狐を思わせる、名前に反し実に正統派外国人な外見をしている人物であり、すらりとした長身にまとうタキシードも、その手にはめた白手袋も、執事として実に様になっている。 だが、彼が変わっているのは名前でも容姿でもない。面白ければいい、そうでなければ主人すら見捨てるという清々しいまでに非道な性格も問題になるが、彼の真価はその生態そのものと言ってもいい。 ……有り体に言えば「え、この人本当に人間?」を地でいってるのである。 時には、カレンダーの裏からにゅるりと飛び出し。 時には、ママチャリを汗一つかかずにマッハの速度であやつり。 時には、懐からありえないサイズのものを取り出し。 時には、ママチャリで空中を散歩する。 桜はこの男に半ばあきらめの境地で『人間規格外』、『物理法則をねじ曲げる男』という称号を与えている。 そしてそんな彼に順応してきてしまっている自分も普通じゃなくなっているか、元からその素養があったのだろう。 そんな風なことを思いつつ、優雅にティータイムの準備を進める手を半ばぼうっとして見る。悔しいことにこの男の仕事ぶりはその破天荒さに反して完璧だ。 人外のくせに。その言葉は胸の中にだけしまっておく。 「お嬢様、どうぞ」 音も立てずに置かれたティーカップからは入れ立ての紅茶の芳醇な香りがただよう。 「ありがと」 礼を言えば執事はうっすらと微笑みこう尋ねてきた。 「スイーツは何にいたしましょう? オススメはショートケーキの味がするバタールですが」 ――来たよキラーパスが。 そう思いながらもにっこりと微笑み返してやる。 「それ、バタールじゃないよね?」 それにかえってくるのは不自然なまでににこやかな声音と口調だ。 「見た目はバタールですよ?」 「……普通のショートケーキで」 「かしこまりました」 一礼しながらもちっと言う舌打ちを忘れない。ショートケーキを取りに行く後ろ姿から「まったく、あしらい方がうまくなって……面白くないですねえ」というぼやきが聞こえてきた。 誰のせいだ誰の! と思うが、口に出すとまた面白がるので我慢する。……自分も成長したものだ。 すぐに重隆が手にショートケーキを持って帰ってきた。 「お待たせしました」 テーブルの上に置かれたショートケーキを見て、いつもの通り桜は声をかける。 「さ、これで仕事は終わったでしょ? 重隆も一緒にお茶ね」 一人で食べるというのはどうも性に合わない。お嬢様らしくないと言われようが、貧乏人と言われようが、食べ物はみんなで食べるから美味しいというのが桜の持論だった。 重隆もそれがわかっているので「はいはい」と席につこうとする。 その時だった。重隆がぴくりと何かに反応した。 「重隆?」 「……招かれざる客のようですね」 「へ?」 目をしばたかせる桜に、重隆は少しだけ申し訳なさそうにする。 「大変申し訳ないのですが、お客様のようです。先に召し上がっててください」 「少しぐらい待ってるのに」 「どれぐらいかかるかわかりませんからね。食べ物は、美味しいときに食べるのが食べ物に対する礼儀。そう仰ったのはお嬢様でしょう?」 それを言われると反論も出来ない。 「それではいってきますので、少々お待ち下さい」 重隆が部屋を去ってからかれこれ十五分。ショートケーキは無事桜の腹に収まり、ティーポットも空になった。だがまだ重隆は帰ってこない。 「暇だなー……」 とりあえず食器を片づけようと、重隆が運んできたワゴンにてきぱきと空になった皿をのせてゆく。それでも重隆が帰る様子はないので、ついでだからと調理場まで持ってゆくことにした。 またメイドのお姉さんたちが慌てる様子が目に浮かんだが、元々誰かに片づけさせるという行為が苦手な桜としては今の状況は好都合だった。 宮越グループの令嬢がそんなことをしなくて良いのだと皆は言うが、元が貧乏人なんだからしょうがないじゃないかと開き直り、桜はワゴンに手をかけ部屋を出る。 案の定桜を見かけた使用人たちは面白いぐらいに慌てたが、自分が持っていくのだと言い張ってどうにか調理場までたどり着いた。 「うん、満足満足」 さすがに自分で洗うのは調理場のコックたちにすごい形相で泣かれそうなのであきらめて、桜は部屋に戻ることにした。自分で運べただけで良しとしよう。ああ、金持ちってめんどくさい。 と、そこで重隆の声がすることに気づいた。声はどうも玄関の方からするようだ。まだ『お客』とやらとしゃべっているらしい。 あの自分のやりたいことしかやらない重隆が客の相手をしていると言うこと自体がなんだか不思議で、興味深い。 ……ちょっとだけ。 そんな風に言い訳して、そっと玄関に向かった。 影からそっと顔を出せば、後ろ姿の重隆と一人の青年。重隆と見た目は同じぐらいの年齢……二十代半ばぐらいだろうか。だが、どう見ても同業者には見えなかった。むしろなんというか。 「……ホスト?」 ホストのお兄さんにしか見えない。 すその長い茶髪は染めているのだろうが嫌味な印象はなく、整った顔立ちによく似合ってると言ってもいい。明るい髪色が切れ長で鋭い印象を与えがちな瞳に優しげな雰囲気をプラスしていた。 ただし着ているのが紫のカラーシャツに黒のスーツときては、あんまり堅気の人には見えなかった。似合ってないどころか、似合いすぎてて逆にうさんくさい。 男が両手をあわせて重隆を拝むようにした。 「な、頼むよ重隆。最近商売あがったりでさぁ」 「うるさいですよ。エジプトにでも行って砂に埋もれてしまえば問題はないでしょう」 「なにそれ、なんのいじめそれ。お前じゃあるまいし出来るわけないでしょーが」 「そんなもの、モグラにでもなればいいんじゃないですか?」 「うわ、投げやり! すんげー投げやりっ! ひでえ!!」 「……うるさいですよ、このモグラ」 「え、そこ決定なのかよ!?」 重隆の知り合いなのだろうか……あの人外執事に臆することなく、対等に近い状態で話す人間を初めて見た。 思わず興味津々に見ていると、桜の視線に気づいた当の青年と目があってしまった。 しまったと思う暇もなく、にこーっとどこか人好きのする笑顔で微笑まれ、思わず桜もにこーっと笑顔を返す。その笑顔の応酬で桜がいたことに気づいた重隆が、珍しく驚いたように目を見開いた。 「――お嬢様。待っててくださいと申しましたのに」 「お、やーっぱその子が噂の『お嬢様』なんだ」 見つかってしまったなら仕方がない。このまま隠れているのも、また今更知らないふりをするのも失礼にあたる。物陰から二人の青年の前へと移動した。 「こんにちは。初めまして、宮越桜です」 簡単に自己紹介をし礼をすればホストな青年が慌てたようにたたずまいをなおした。 「お、これは丁寧に……俺は本宮寺 忍(ほんぐうじ・しのぶ)です。あ、そうそうこれ名刺ね」 さっと素早くさしだされた名刺を受け取り、確認して思わず桜の目が点になった。 名前と、住所がのっているそれは確かに名刺だったのだが、一つだけ目を疑う表記があった。それは。 さりげなく書かれた『職業 忍者』という一文である。 「………………忍、者……?」 かなり疑わしげに発した疑問に、忍は大きくうなずく。 「そう、よろしく」 にこにこ、にこにこ。 満面の笑みは影なんてなく、嘘をついている様子はない。 「忍者……」 もう一度つぶやいて忍を見るが、どう見ても忍んでない。忍んでないったらない。どこをどう見ても売れっ子ホストだ。 「――どのへんが」 正直に出てしまった一言に、忍は気を悪くする様子もなく、はっはっはー! と底抜けに明るく笑う。 「さっすが重隆が一緒にいるだけあっておもしろいな、お嬢ちゃん!」 そこでぐっと握り拳をつくると、彼は高らかに宣言した。 「今時の忍者はスタイリッシュ&クールなわけよ! 忍び装束とかね、古い古い。あんなん着てたら悪目立ちすることこの上ねーのなんのって」 かと言って、今の姿が目立たないかと言えばそういうわけでもないのだが。むしろ彼自身が華やかな雰囲気を持ってるせいでどちらかと言えば目立つ。 「んで、俺がなんで今日こちらにお邪魔したかってゆーと就職活動ってやつですよ」 「就職活動……?」 どういうことかと首をかしげる桜に、「きーてちょうだいな!」と若い忍者は身を乗り出した。 「昔は忍者もけっこう重宝されたんだけど、最近なっかなか仕事がないんだよ。要人のボディーガードとかがメインなんだけど、それも減ってきてね。というか、本来忍びは一人の主君に使えるものだし」 はぁ、とため息を一つ。本気で苦労してきたらしい。 「そこで思い出したのが重隆。就職はコネも大事だからなー。宮越グループともなれば忍者一人ぐらい抱えても平気そうだから、ぜひ紹介してもらおうと思って」 どーよ? と期待に満ちた目で見つめる忍に、重隆は不機嫌そうな笑顔で言い放った。 「――もちろんお断りです」 「ちょっ、なんでよ!?」 さくっと一撃必殺の拒絶をした執事に、忍者は血の涙を流さんばかりに叫んだ。 「挨拶代わりに高級牛タンまでお土産に持ってきたのに!!」 確かに彼の手には少し高級そうな木の箱がある。それをちらりと見て重隆は鷹揚にうなずいた。 「それはいただきます、お嬢様も好きでしょうし。それをおいてとっととゴー・ホームです」 「土産受け取るなら話ぐらい通せよ! 人生ギブ&テイクだぞ!?」 「お土産はキャッチしますが、あなたは速攻でリリースさせていただきます」 そういうが速いか、気がつけば忍の手にあった箱(多分牛タン)は、いつの間にか重隆の方へと移っている。 「ぐわ! 鬼っ、悪魔!!」 「はっはっはっ、ごちそうさまです」 「この秋雨の中、なんの成果もなしに帰れっていうのかお前はぁっ!」 「なんで私があなたのためにわざわざ自分の楽しみを減らすようなことしなきゃいけないんですか。くだらない、護衛は私一人で十分です」 なんだか、忍がかわいそうになってきた。 確かに経歴は微妙だが、忍の感性は一応普通の人間寄りのように感じる。重隆の言動に一喜一憂させられているあたり、桜にはなんだか他人事と思えない。 「……重隆、おじいちゃんに紹介するぐらいしてあげれば?」 「お嬢様」 子どものいたずらをとがめるような口調を気にせず続ける。この程度を気にしていては重隆の側にはいられない。 「牛タン、もらっちゃったしさ」 奪った、が正しいだろうが。 しばらく考え込んだ後、本当に仕方がないと言った様子で重隆は首を縦に振った。 「お嬢様がそういうなら仕方ないですかねえ……」 あー、めんどくさい。あー、おもしろくない。 そう言いながら重隆はじろりと忍を見返した。 「ほら、行きますよモグラ。ちゃっちゃと歩きなさい、モグラ」 「まだそのネタひっぱるかテメェ……」 後編へ進む 物語TOPに戻る |