08 想うことすら禁忌というなら




 神様、なぜですか。


 ばちっと、ふれた指先同士の間に静電気のような衝撃が発生した。
「――っ!」
 つかめなかったお互いの手が、置き所なく宙をさまよう。
 しかたなくセラリアがしびれの残る指先をさすっていると、目の前の恋人が心配そうにこちらを見つめていた。
「……大丈夫。大丈夫だよ、ルーヴァー」
 静かな口調に青年――ルーヴァーは、ほっとしたように肩をおろした。
「それより、あなたこそ大丈夫?」
「俺は平気だ。この程度じゃびくともしない」
「よかった……」
 しばしの沈黙。
 やがてルーヴァーが、重い雰囲気をたちきるかのように笑い出した。
「――ははっ、やっぱりダメなんだな。神さんが見てるっつーことか」
 闇に呑み込まれた礼拝堂の中で、恋人の陽気な声が響く。
 いつもならセラリアを幸せな気分にしてくれるそれは、今は逆に胸を苦しくさせた。
 痛みを宿した瞳が、無理に笑みを形作る。
「まあ当たり前だよなァ。神が、こんなことを許すわけっ……!」
 多分に自嘲の含まれた言葉に、セラリアは思わず青年に抱きついた。
 途端、先ほどとは比べものにならない痛みが身体を走る。
「うぁっ……」
 条件反射的に震えるセラリアの身体に、ルーヴァーは驚愕もあらわに叫んだ。
「ばっ、馬鹿お前……! はやくはな」
「ううん。離さない」
 痛みに耐えながらの毅然とした台詞に、ルーヴァーの動きが止まる。
「離さないよ……どんなに痛くても、幸せだもの」
 ルーヴァーが大きく目を見開く。一瞬の逡巡のあと、彼は何かを振り切るように声を出した。
「馬鹿野郎……お前が苦しむのを見て、俺が幸せになれるかっ!」
 ぐいと、力強く肩をつかまれる。その瞬間、ルーヴァーの手がじゅっ……と嫌な音をたてた。
「あ、やだ! ルーヴァー、手がっ……!」
「……っ、黙って、ろ」
 彼から引きはがされて最初に目に入ったのは、まるで熱せられた鉄板でもあてられたように焼けただれた男の手の平だった。
「ばかっ、なんで……。私は平気なのに。痛いだけで、怪我なんてしないのに。でもあなたは違うじゃない!」
「バーロー、惚れた女に痛い思いさせて、なにが男だ」
 すねたようにそっぽを向く青年の真心に、涙がこぼれる。
 それを見た青年が、心底困った風に顔をゆがめた。
「……泣くなよ」
「泣いてない」
「嘘つくな」
「嘘なんかじゃ、ないもの」
「……泣くなって。――抱きしめて、慰めてやりたくなるだろうが」
 自分こそ泣きそうな顔をして、ルーヴァーはセラリアにふれないよう細心の注意をはらいつつ、出来る限り側まで寄ってきてくれた。
 ぼろぼろと涙が止まらないセラリアの横、青年は飾られた神の像をにらみつけ舌打ちをした。
「想うことすら禁忌というなら、なぜ……なぜ俺たちを出逢わせた……っ!」
 血を吐くような悪態は、セラリアもまた思っていたこと。
 神様、なぜですか。
 想うことすら禁じるならば、なぜ私を、彼を生み出したのですか。
 なぜこうして巡り逢わせたのですか。 
 本当に、なぜ……!
「クソッタレ神が……これが俺への報いとでもいうのか。罪を与えるなら、俺だけにすればいいだろう!!」
 ぎりりと歯をかみしめる音がきこえた。
「ちくしょう……ちくしょうっ……!」
 ふれられない恋人は、激情をもてあますように怨嗟の声をあげ続ける。
 せめてその涙をふいてあげたいのに、それすら出来ないこの身が呪わしい。

 ああ、神様。どうしてですか。


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