06 騙しきって欲しかった 有能な青年執事の裏の顔に気づいたのはいつだったか――今となっては思い出せない。 いつもおっとり笑っている彼の瞳の奥に、ときおり獲物を見据える獣の光が見え隠れするのを、自分はどこか冷静な目で見ていた。 いや、それはむしろ「冷静」というよりも「歓迎」と言った方が正しいものだったかもしれない。 彼ならいいか、と思ったのだ。 ――うん。彼に殺されるなら、悪くない。 これからも刺客は来るだろうし、他の見ず知らずの者の手にかかるぐらいなら、この執事の方がよっぽどいい。 それに、今まで自分の命をねらってきたやつらは、こんな素人に裏をかかれるような間抜けな人種ばかりだった。でも、この目の前の男なら。 「……痛みを長引かせないで、殺してね」 「――なにかおっしゃいましたか? お嬢様」 どうやら思わず口に出していたらしい。お茶の準備をしていた執事が、不思議そうにこちらを見ていた。 なんでもないと首をふって、再び動き始めた執事の後ろ姿にそっとささやいた。 「待ってるわ」 ただ一つわがままをいうならば、そう。 あのままの関係を信じていたかった。 気づかないでいたかった、彼の正体に。 「だましきって、ほしかったな」 すねたようなつぶやきは、執事のタキシードにすいこまれた。 戻る |