05 優しい人、そして愚かな人



「殺せばいいじゃないの」
 鈴をころがすような声で、少女は言った。
 世間話のような気軽さと、その愛らしい姿に似合わぬ剣呑な内容に、思わず青年の手が止まる。
「なにを……言っているんですか、お嬢様?」
「あら、きこえなかった?」
「きこえたから、ききかえしたんです」
 おかしいわねぇ、と少女は肩をゆらした。
「なにがおかしいと?」
 青年の問いに少女がピタリと笑いを止める。
 彼女の深い海色の瞳が、冷たくこちらを見据えていた。
 それとは正反対に、優しげな声音が青年をつつむ。
「だって……あなたには、願ってもないことでしょう?」
 ピクリと震えた指先を、きっと少女は見逃していまい。
 それにもう一度念を押すように、彼女はつぶやいた。
「殺せばいいじゃないの……わたしを」
 静かな口調が、より青年の心を引き裂いた。

 少女はいつからわかっていたのだろう。自分がその命を奪う使命を帯びていることに。
 いや、この主のこと。ずっと以前から気づいていたに違いない。
 その考えは、青年にとっていっそ小気味よかった。
 聡い彼女は、自分が使命を全うしなければ――少女を殺さねば、戻る場所がないことすらも解していよう。
「……本当に、あなたはお優しい」
 気づいてなお、自分を側に置いていたなんて。優しいにもほどがある。
「そして愚かだ」
 でも、そんな彼女だったからこそ自分は――。
 自嘲の笑みがこぼれる。
「私があなたを殺せるはず、ないじゃないですか……」
 この心は、目の前の小さな主にとらわれたまま。

 本当に、愚かなのはどっち――?


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