01 彼が残したのは一振りの剣だけ



「これを、君に」
 そう言って差し出されたのは一振りの剣だった。
 それは、いつも目の前の青年が腰に佩いて離さなかった宝剣。
 誰でもない、青年の相棒だったはず。
 困惑したまま動かない少女に、青年は剣を握らせた。かたい感触に、少女ははっと我に返る。
「なんで、ですか……」
 これはあなたにとって、何よりも大切なものでしょうに。
 しぼり出すような一言に、青年は場にそぐわない静かな笑みを浮かべた。
「……これはきっと、君を守ってくれるだろうから」
「この剣が私を守ってくれるというなら、あなたは……あなたはどうするんですか」
 稀代の名剣を、こんな剣一つ使えぬ女によこすなんて。文字通り宝の持ち腐れになるのは目に見えているのに。
 そこから見え隠れする青年の真意に泣きそうになる自分を叱咤して、少女は叫んだ。
「あなたを守るものはどうするんですかっ!!」
 しんとなった室内で、青年は一瞬だけ目をそらした。
 遠くから剣戟の音が聞こえる。丸腰になった背年は先ほどの動揺などなかったかのように肩をすくめて見せた。
「やろうと思えばどうとでもなるさ。そのへんの奴から奪ったっていい」
「嘘つきっ……!」
 剣を突き返そうとした瞬間、部屋の扉が開けられた。
「いたぞ!!」
「……ちっ」
 舌打ちをした次の瞬間、青年は敵の懐へ飛び込み殴りつけると剣を奪った。そのまま流れるように敵を斬りつける。
 人の倒れる重い音とともに、広がる血臭。
「君に、こんな姿は見せたくなかったんだけどね……」
 剣をひとふりし、青年は刀身についた血をはらった。
「――さあ、行って」
「でもっ」
「……では、俺が行こう」
「――っ!!」
 思わずすがりついたその腕は、温かかった。
「君を、守るよ」
 どこまでも優しくつぶやいて、どこまでも冷たく腕を振り払うと、青年は敵陣へとかけだしていった。

 残されたのは自分。
 彼が残したのは。
 そう、一振りの剣だけ。



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