基礎知識としての弾道学 その1
 
射撃を遂行していく際、現実問題として弾道学は射手にとって無縁に近いものである。勿論、風によるサイト調整や銃のセッティング等弾道学に関する行為は射撃遂行に常に付きまとうことであるが、それらは理論の応用ではなく現実に対する対応として我々は捉えている。我々は理論家や研究者ではなく射手であり、我々のとっている弾道学に対する態度はおそらく射手として好ましいものであると思われる。ここではその立場を踏まえつつ、射撃選手として常識の範囲の基本的な弾道学について見ていこう。
 
@       腔内弾道(22LR)
トリガーのシアが外れ撃針がリムを打撃するとリムに塗布(または圧着)された点火薬に一瞬の爆発が生じる。爆速が数km/秒に達する点火薬の強烈な炎は薬莢内の装薬である無煙火薬(点火温度200℃程度)の粒に火をつけながら薬莢内に広がってゆく。装薬はほとんど同時に燃焼を始め自らの作用で高まった薬莢内の圧力の助けを得て加速的に燃焼しさらに大量のガスを発生させる。ガスは薬莢を押し広げ薬莢は薬室に密着する。すでに装填時にライフリングに食い込んでいる弾頭は銃口に向って動き始める。弾頭は20cm程進んだ時点でほぼトップスピードに達し、薬室から4-50cmのところで加速が終了する。腔内圧力は弾丸が薬室から前方5cmあたりまで進んだころ最も大きな値を示し、その圧力は1300barに達する。ちなみに腔内ガス圧は薬莢内の装薬の密度、換言すると薬莢内のエアスペースに関連し、弾頭が薬莢に埋まりこんだような変形弾を撃つとガス圧が異常に高まり危険である。また銃腔内に異物が残っているような場合も同様であるので、射撃前のボルトの装着前には後部より銃腔内を確認する習慣は安全のため重要である。
弾丸が銃口を離れる瞬間のスピードを初速と呼び、理論的には弾丸の得られる最高速度は下回っているものの実用上弾丸が得られる最高速度と認識されている。競技用スモールボア・ライフル弾丸の初速は概ね320-330m/sで音速をやや下回っている。狩猟用の弾薬の中には音速を超えるものもあるが、ISSF競技では一般に使い物にならない。
弾丸を発射する際、弾丸の移動に必要な圧力の作用として銃身・機関部にバイブレーションが生じる。機関部と銃身の素材の分子配列の均一性、サイズの360度方向への均等性、工作時の中心性、組みつけのアライメントが完璧であれば理論的にはこのバイブレーションは大きな問題ではないが、現実に我々が使用する銃器ではその大小は明らかに精度に影響する。(銃身バイスで試射を行いレーザーを使用して発射時の銃身のバイブレーションを観察すると、良好な銃身は発射時に8点圏程度の銃口のぶれを生じ1秒程度でその振動が終了する。当たりの悪い(組み付けの悪い)銃身ではその範囲は6点圏にまで広がり、数秒間もその振動が終了しない。)
一方同時に弾丸が銃腔内を移動する全く逆の方向にいわゆる反動が発生する。現実に我々は銃口の跳ね上がりとして反動を認知するが、その本質は銃身の後退運動である。跳ね上がりの量のほとんどは弾丸が銃口を離れた後に生じている。銃口の跳ね上がりの状態を我々は反動の様子として捉えているが、反動の様子が一定であればよい弾着が得られることを我々は経験上知っている。大雑把に表現すると、銃の反動のほとんどは既に弾丸が銃口を離れたあとに生じており、反動の変化は弾着には大きく影響しないと言えるかもしれない。
しかし、こと精密射撃、すなわち競技射撃ではそれが事実であるとは言いがたい。なぜなら標的がその論法に対しては余りにも小さいからである。撃発後、弾丸が銃腔内を移動する間、弾丸はライフリングに食い込み銃身はバイブレーションを起こす。このバイブレーションは弾丸が銃腔内にある間にすでに生じている僅かな反動と合成され、さらにその圧力が射手から銃に対する圧力に呼応する形で銃口のジャンプの方向と大きさを決定する。銃にスリング等の外的圧力がかかっていない状態で、反動がバットプレートの下部で受けられた場合、銃口はライフリングの影響で後方から見て1時方向にジャンプする。仮にライフリングが左回転に刻んであれば銃は11時方向にジャンプするであろう。実際アメリカMTUで行われた実験では(1960年代と聞き及ぶ)、左回転にライフルが施された銃は左方向にジャンプし射手からも不評であったそうである。
防衛大学校によると銃を天井からつるして弾丸を発射し、その様子を高速度カメラで観察すると銃口から弾丸が出てくる以前に銃は明らかに後退運動を開始しているそうである。このことは前述の、反動は撃針がリムを打撃した直後から生じる現象であることを証明し、弾丸が銃口を離れる前に僅かであろうが銃口はジャンプを開始することを意味している。弾丸が銃口を離れるまでのこのほんの小さなジャンプを跳起と呼び、撃発直前の銃の位置と弾丸が銃口を離れる時点の銃の位置を銃床尾を基点として計測した角度を定起角と呼ぶ。定起角が一定でないと、すなわちそれを左右する体の状態が一定でないと同弾しない。反動の一定化への努力は姿勢のもつ精度への追及であるといえる。
元来反動とは銃身軸後方へ直線的に働く発射現象の反作用であるが、我々の構える銃のバットプレートは銃身軸より下方に位置しており、その結果生じた偶力の作用を跳起現象として我々は感じるのである。跳起の大きさがバットプレートの当たる位置によって変化するのは当然のことで、銃身がバットプレートより下方にあれば銃口は下方にジャンプするであろう。立射と伏射を比較した場合立射の跳起が伏射のそれより大きいことも容易にうなずける。
反動が撃発時から始まっているという事実は、射手はパーフォーマンスの結果として現れる反動の一定化に注力すべきであることを意味する。物理的には撃発の直前と直後の銃に対する外圧を一定にすればよいのであるが、技術的には姿勢のリラックスとフォロースルーの完全実行の意味することがそれに当たる。
撃発と同時に発生した銃身のバイブレーションが反動と合成されて弾着に影響することは前述のとおりであるが、競技銃ではこのバイブレーションを毎回一定にするため、銃身を銃床から全く離して組み付けるフリーフローティングを採用している。軍用銃や狩猟銃の多くは強度確保のため銃身の一部を金具で銃床に固定してあるが、競技銃は例外である。現実にはめったに起こらないことであるが、射手は銃身が銃床に触れていないか時折検査する必要がある。とりわけ自分でベディング加工を施した場合などは必ず確認すべき事項である。
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