弾道学の基礎 その2
 
A       腔外弾道
火薬ガスによって撃ち出された弾丸は銃口を離れると同時に物理学の全ての法則をその運動にあてはめられる。それは重力と空気抵抗であり、弾丸自体の回転運動に伴う物理的諸現象である。ニュートンのはるか以前、14世紀の弾道学では弾丸は発射直後は直進しスピードの低下とともに落下すると考えられていたが、大砲が発明され、大砲の弾丸の軌道が目に見えたのでこの説が否定されるようになったと伝え聞く。
重力は銃口を離れた弾丸に対して落下運動を義務付ける。ロケットの弾道学ではその重力線は絶えず地表への垂線方向に働くとして計算されるが、小銃ではその飛距離の小ささゆえ上下方向のみで考えられている。 (H=落下量、g=重力の加速度=9.8m/秒、t=落下時間)の公式は弾丸に対しても真理である。銃口から標的に弾丸が達するまでには幾ばくかの時間が必要で、公式によるとそれが仮に0.5秒であると弾丸の水平線からの落下量は2.45mになる。標的の中心に命中させるにはその落下量に相当する角度だけ銃を上方に向けて発射しなければならず、そのための道具がサイトシステムに相当する。地球上の大気の抵抗を無視すればその軌跡はガリレオ放物線を描き、その昇弧と降弧の形状は一致する。スモールボア・ライフル弾丸の50mでの落下量は3cm程度である。
弾丸に対する空気抵抗は特にその飛行速度が音速を越えた場合、弾丸頭部に空気の濃密部が形成され弾丸の飛行を妨げる。そして高速で弾丸側面を通過した空気は、弾丸側面での摩擦によるスピードの低下による周辺部とのスピード差により、弾丸後背部に準真空地帯を形成し、弾丸を背後より引っ張るように弾丸の飛行を妨げる。そのためセンターファイアの弾丸やジェット戦闘機などは後部が絞られたボートテール形状が採用されるが(マッハ1<V0<マッハ3の速度範囲)、ボートテールの抵抗軽減効果も速度が1000m/sを越えると数学上その意味を失う。更に速度の速い砲弾やロケットはボートテールを採用していない。
スモールボア・ライフルではそのスピードが音速を越えると急速に空気抵抗を増大させるので、競技用スモールボア・ライフル弾の初速は音速以下に抑えられている。また音速以下で飛翔する弾頭への空気抵抗が精度に与える影響は、頭部の抵抗よりも後部の負圧によるもののほうが大きい。その点ではボートテール形状が望ましく、理論上は先端が丸く後部が円錐状にすぼまる形状が望ましいが、スモールボア・ライフル弾の弾頭は鉛でできており圧力破壊が生じるので弾丸後部はフラット(くぼみがついている)に形成されている。30級のライフル弾丸の最大到達距離は4km以下であるが、仮に地球に大気がないと仮定した場合その数値は80kmに達すると言われており、弾丸に対する空気抵抗の影響の大きさ、すなわち精度を左右する要因としての存在が伺い知れる。空気抵抗の存在は弾丸の飛行放物線を変形させる。弾丸の飛行距離によりその形状は変化するが、スモールボア・ライフルの場合15mと50mで飛行曲線が照準線を横切る。(即ち50mでゼロイングしたサイトは15mでもサイトがあっている)300mの弾道は3:2の比率での飛行曲線を描くとされている。
弾丸の精度にとって先端の圧縮抵抗、側面の摩擦抵抗、後部からの吸引抵抗によって構成される空気抵抗の存在は大きな障害であるが、その障害を少しでも小さくするように弾丸は球形や筒状ではなく先細の細長い形状に作られている。細長い弾丸が標的上方に向って撃ち出された場合、上向きに撃ち出された弾丸は前方からの空気抵抗を側面に受け飛行中に頭部に後方への回転モメントが生じ、弾丸は弾道側面から見て回転運動を生じながら飛行するはずである。バランスのずれによりくるくるランダムに回転しながら飛行すれば精度など期待できない。
ライフリングはこの弾頭底部の後退運動を防止し、弾丸の中心軸と弾丸の飛行軌跡を一致させ、高い命中精度を弾丸に与えるものである。ライフリングにより急速な右回転を与えられた弾丸は、頭部を弾丸の軌跡の周囲にらせんを描くように回転させながら飛翔を始め、やがては頭部の振りは小さくジャイロのように安定した回転になり飛行する。弾丸の回転状態を決定するのはライフリングのピッチであり、これは銃身のツイストと呼ばれる。スモールボア・ライフルの標準的なツイストは16インチ(40cm)で、その結果撃ち出された弾頭は概ね50000rpmの回転速度を持つのである。口径の大きい弾丸では一般にツイストは短くなり、標準初速を持つ30級の弾丸の回転速度は160000rpmに達する。
弾丸の飛行速度を維持する性能が高ければ弾道の高さが低くなり且つ標的までの到達時間が短いので、一般的には横風に強くなる。その意味では弾頭形状の問題もあるが、一般論として音速以上では弾速は速いほうが精度は高い。標的まで到達する時間は初速だけがその決定要素ではなく、弾頭の重量、形状も大きな要素として挙げられる。弾頭の重量を弾頭の横断面積で除した数値を断面荷重と呼び、同じ速度で撃ち出すとすれば断面荷重の大きい弾丸ほど弾道は低伸し、横風にも強い。換言すれば、形状の比較を除けば一般に断面荷重の大きい弾丸程風に強い弾丸であると言える。しかしある程度以上に断面荷重を大きくすると弾丸側面の空気抵抗により精度が劣化するとも言われている。横風に対する変移量はその弾頭のもつラグタイム(真空中を飛行する場合に比べて大気中を飛行するのに余分にかかった時間の量)の大小に比例する。風による変移量の公式は次のとおりである。
D=変移量(inch)、v=横風の強さ(f/s)、T=飛行時間(s)、R=飛行距離(f) Vo=初速(f/s)       
          
空気の密度が弾丸に対して与える影響は、その密度が高ければ高いほど弾丸に衝突する空気の分子の数が多く、理論上は下方に弾着する。しかしその量は僅かであり他の要素による弾着変移のほうが大きく、事実上無視できる。エアー・ライフルの場合、ポンプ式であれば標高の高い場所では平地に比べて圧縮後の気圧が低く、平地のサイトでは下方に着弾する。同じ状況で圧縮空気式を使用し平地で圧縮したシリンダーを装着すると大きな音がして上方に着弾する。メキシコシティー(2200m)での経験ではポンプ式で6時方向4-5点に着弾した。照準線の撃ち上げ、撃ちおろしの問題は競技射撃では全く無視してよい。
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