昨日目的の場所に辿りつけず、キャンプをしていたあたしは陽が昇ると共に目が覚めていた。 「この関所を越えればもう少しでファナンね」 そういいながらてきぱきと片づけをしていく。簡単な野営だったこともあり、すぐに寝袋代わりにしていた厚手で汚れてもよいローブを折りたたみ、荷物の中に入れる。 「さてと…」 荷物のそばに置いていた自分の武器である銃を手にし、分解する。 「…このパーツ、だいぶ劣化しちゃってるわね」 そういってあたしは予備のパーツを入れていたサイドバックから探し出す。 「あれ、ない……」 思わず硬直してしまった。というのもそのパーツはトリガーのところに使うスプリングだったのだ。 「仕方ない、まさかないと思うけどファナンにつくまでこのままにして置こう」 どこか諦めた表情であたしは整備もそこそこに組み立て直していた。そのあと、持っていた食料で簡単に朝食を済ませ、開門と同時にあたしはファナンへと向かって行った。 街がにぎわいだすころ、手に小さめの買い物袋を持ち、荷物の入ったリュックを背負い、少し陽に焼けた肌とはあまり似合わない動きやすそうな服装、腰には一丁の銃と短 剣がベルトに取り付けられている。長く、少し乱雑に切っているレモンを入れた紅茶のような髪が歩くと共に揺れる。 「一応帰ってきたけど、やっぱり怒っているかなぁ?」 思わずそんなことを考える。一年前、ほとんど無断で旅に出たようなもので、ずいぶん心配をかけている。 「顔出さないとお仕置きがあるかもね」 思わず背筋が凍りつきそうなことをつぶやきながら歩みを進めた。金の派閥の本部へと― 「それでは、これを各部署に届けてくださいな」 いつも変わらない笑顔でファミィは入ってきた男に書類の束を渡す。 「計算、終わったわ」 そういってミニスはものすごい数字の羅列の書類をファミィに手渡す。 「ご苦労さま」 「…それにしても、今日帰ってくるのかしら?」 そんな事をポツリとミニスがつぶやく。 「あれから一年、早いものねぇ」 「そうね…」 「それで、戻ってきたらどうするの、ミニスちゃん?」 「あの置き手紙のようにちゃんと答えを見つけたのなら、そのまま派閥の一員として迎えてもいいかなって」 「あら、意外ね」 「それを決めるのは、あの子だから」 そう言って微笑んでいるミニスは、いつもと変わらない雰囲気があった。それはファミィも同じで、この親子には待ちわびている者がいる。一年前より世の中がずさんになって きていたこともあるのかもしれなかった。 「…あ」 「どうかしたの?」 「帰ってきたのはいいけど、ちょっと大変なことになっているみたい」 その言葉の意味をファミィはすぐに理解していた。 「だから、入れてもらいたいんだってば」 「だめだ。現在旅人や派閥以外の召喚師入れることができんのだ」 「確かにそれは分かるけどね…」 これくらいのことは予測してはいたものの、まさかここまで徹底しているとは思わなかった。髪型も一年前とは違うし、雰囲気も様変わりしている。 「はあ…どうしよう」 「ん、君は確か…」 後ろから聞こえた声に振り向くと見覚えのある人だった。 「えっと、ネスティさん…ですよね」 戸惑いながらあたしは答える。そこにいた人は背が高く、メガネをかけていた。小さい頃、何度か会ったことがあるので覚えている。 「どうして門番に止められているんだ?第一、君は派閥の召喚師の一員だろう?」 「う…」 何気に痛いところを突かれた気がした。実際まだ正式な金の派閥の召喚師ではないのだ。 「長いこと旅に出ていたから、こうなっているのは分かっていたんだけどね…」 苦い表情でそうあたしは答える。 「まあ、とにかくここを通してもらいたい。青の派閥総帥からの許可書状だ」 「…確かに、本物ですね。どうぞ、お通りください」 「僕がミニスを呼んでこよう。そのほうが君にもいいだろう」 「その必要ないみたい」 書状の確認が終わり、ネスティさんが中に入ろうとしたとき、あたしはそう言った。なぜなら…。 「大丈夫、わたしが許可するからその子も一緒に入れてちょうだい」 「ミニス、なぜこんなところまで?」 「訳ありだったし、ちょっと話もしたいからね」 「…なるほどな」 なんとなくネスティさんが納得しているのを見て、あたしは気まずくなっていった。 「とりあえずお帰りなさい、フィリィ」 いつもと変わらない笑顔で、そうあたしに声をかけた。 「それで、ちゃんと見つけられたの?」 広い派閥の廊下を三人が歩いている。そんな中身に巣がフィリィに訪ねた。一年前と比べた今のフィリィの答えを。 「うん、今なら胸を張って言える。自分ひとりで出来ることと、多くの人達がいて出来ること、それは召喚術でも同じなんだって。だって、1人が囮になろうとしても、それを手助け してくれる人がいないと失敗するように、ただ召喚術を使って手助けをするんじゃなくて、そのときの戦いで自分も守りに入ることがあるように広い視野が足りなかったのかなっ て」 「広い視野?」 「あの時、ほとんど無鉄砲に近い状態で召喚術を使ったから、あんなことになったんだもの。他の人達を助けるにしても、ちゃんと周りがあの時見えていなかったから」 「…問題ないみたいね」 「え?」 「ちゃんと見つめなおせたなら私からは言うことはないわ。もちろんお母さまも」 「リィナたちに聞かせてやりたいものだな」 今まで黙っていたネスティが口を開く。 「あの2人は昔の僕達に似ている。互いを信用しているものの、むやみに召喚術を使いすぎる。今なら、二人と戦っても君が勝つだろうな。召喚師としてだけでなく、戦場に立 つものとしても」 「そうね、あのときのわたしたちみたいに準備の段階でそれを忘れるなんてことがなければね」 「そうだな…」 「???」 このとき、2人の顔はどこか苦い感じだった。ミニスの言葉の意味を知るものは、仲間の中でも少ないだろうから― 「はあ〜。そういうことですか」 渡された内容を見てお婆さまが納得したように答える。 「ええ、こちらも人を回す余裕がないのです。そこで力を貸してもらいたいのですが…」 「分かりました。フィリィちゃん」 「はい?」 声に反応して振り返る。このとき、あたしはここに来る前に買った銃のパーツと古いパーツを取り替えていた。 「帰ってきて早々悪いけど、お仕事してもらいたいんだけど」 「お仕事?」 「デグレア近くにいる騎士団と青の派閥の召喚師の手助けに行ってちょうだいな」 「ええええええ!?」 大きな声が議長室に響き渡る。 「ミニスちゃんもケルマちゃんも今動けないのよ。他の召喚師も各地の護衛に向かわせちゃったから、今動けるのは貴女だけなのよ」 「なっ」 「ウソっ!?」 この言葉にお母さまとネスティさんからも驚きの声が出る。 「お願いね」 「そ、そんなのウソでしょう……」 思わず、あたしの口から本音が出てしまっていた。 「あれ、ですね?」 「ああ、そうだ」 フィリィとネスティは空の上から目的地を確認する。フィリィが呼び出したワイバーン・レーヴィアの背中の上で。 「しかし、君もミニス同様、ワイバーンを誓約しているとはな…」 「これのおかげでもあるんです」 そういってホルスターに入れた銃を少しだけ抜き、ネスティに見せる。 「これは?」 「銃にはめ込まれているこの宝珠が、あたしの魔力を高めているんです。最初はすぐに疲労が残りましたけど」 「なるほど、確かに強い魔力を感じる。しかし、どこでそれを?」 「夢、かな。いつの間にかはめ込まれていたし」 そういって宝珠を手にしたころを思い出す。確かに手に二つの宝珠があった。気がつけば、いつの間にか銃にはめ込まれていた。 「不思議なこともあるもんだな」 「このままじゃ、間違って攻撃される恐れがありますから、着陸します。しっかりつかまっていてください」 「分かった。頼む」 被害の及ばない場所を見つけ、そこから二人は戦場に向かって走り出す。近づくにつれ、辺りに血のにおいが立ち込める。 「うっ……」 思わずフィリィはむせかける。嫌な感覚がよみがえっていく。 (なんか、あの時を思い出しちゃう……このままじゃおかしくなりそう) 少し気が遠くなりかける。一年前のあの光景が頭をよぎる。 「長く…もたないかも」 「どうか、したのか?」 ささやいたつもりだったが、ネスティには聞こえていたようだ。 「一種のトラウマ、かな。ちょっと気分が」 「無理はしないほうがいい。今のままでは君は長く戦場に留まるのは危険だろう」 「すみません、せっかくお婆さまから頼まれたのに」 「気にすることはない。やれることをやればいいだけだ」 「はい。あたしは負傷者の手当てに…!?」 「グオオオォォ…」 「くっ屍人か」 目の前にいきなり現れた屍人にネスティは持っていた杖で一時的に退ける。 「こっちは魔獣!?」 屍人と反対の方向から魔獣が現れ、フィリィはためらいもなく銃を抜き撃つ。 「わっ、っと。十分な整備じゃないから反動が・・・」 一発撃っただけで、体が引っ張られるような感覚だった。まだ整備の途中だったこともあり、所々異常に負荷がかかっているのだ。 「最悪ね…」 そういって腰にさした短剣を手にする。不利に変わりないが、身を守るには十分だろう。 「少し時間を稼げるか?」 「なんとか…」 「その間に、召喚術を使うまで持たせてくれ」 「…分かりました。やれるだけやってみます」 その言葉と共にフィリィは屍人と魔獣を一度に相手にする。 「このっ!」 一気に攻めてきた二匹の攻撃をかわし、短剣で魔獣を、回し蹴りで屍人を退ける。 「ただ召喚術と銃の腕を磨いた訳じゃないのよ」 誰に言うでもなく、ただ召喚術を発動させるまでの時間を稼ぐ。 「離れろ!」 その声と共に、フィリィは離れる。 「すべてを消し飛ばせ、豪風・ウィンゲイル!」 構成された魔力により、ロレイラルの機械兵ウィンゲイルが現れると同時に、さっきまでフィリィがいた場所にものすごい風が吹き荒れる。それと共に屍人と魔獣は吹き飛ばさ れる。 「驚いたな、彼女の話以上だな」 以前に話をしたモーリンのことを思い出す。一応フィリィにも護身術程度は教えていて、下手なゴロツキ相手なら負けないと言っていたが、今の戦いを見る限り、死人と魔獣 相手に引けをとっていなかった。 「ネスティさん、あれ!」 フィリィの言葉にネスティは彼女が指すほうを見る。 「な、バカな・・・」 そこには先程まで戦っていた騎士団の兵士と召喚師が魔獣と共にこちらに向かってくる。 「まさか…全滅!?」 2人に最悪の事態がよぎる。 「ネス!!」 「マグナ、トリス!!」 「それにティスとリィナも!」 シルターンの召喚獣・シロトトに乗った8人の姿を捉える。マグナ・トリス、ティスとリィナ、あとは生き残った騎士と召喚師だ。 「すまない、やられた」 「悔しいけど、生き残ったのはこれだけよ」 「そんな…」 マグナ、トリスの言葉に、二人は驚きを隠せなかった。 「このままじゃ、聖王都に入るのは時間の問題だ」 「召喚術でも、これだけの数を相手にするのは…」 「…あります!」 「フィリィ?」 「フィリィって、ええ?」 ネスティが呼んだ名前にリィナは驚く。 「いくらなんでも顔を忘れたわけじゃあるまい」 「いや、まさかここにいるなんて思ってもいなかったから」 「うん、あたしもてっきりミニスかと…」 トリスもリィナと似たようなことを言う。ティスとリィナとフィリィは、何度か会ったこともあり、小さい頃は一緒に遊んだ覚えもある。 「あのな…。それはともかく、どうする気だ?」 「ワイバーンなら、なんとかいけます」 「無理よ、いくらワイバーンの火力でも…」 トリスが口を開くが、その通りだった。依然、ミニスと一緒にやったことがあるが、ゲルニカのフレアボルケイノほどしか出せなかったのだ。 「いくつかの魔力を増幅できれば出来ます」 「でも、どうするのよ?」 「こっちも使いすぎてそんなにないって」 間髪いれず、トリスとリィナが口を開く。 「大丈夫です。これを使えば…」 そういって銃を手にする。 「しかし、それは…」 「一回ならなんとかなります」 「…分かった」 「ちょっとネス!?」 「心配は要らない。はめ込まれている宝珠のおかげでそんなに消費しないはずだ」 「…分かったわ。リィナ、ありったけの魔力を預けて!」 「あ、はーい…大丈夫なのかな?」 渋々ではあるが、リィナもトリスにつれられ、フィリィの肩に手を置き、魔力を送る。 「…いける」 ―フィリィ・マーンの名の元に、友誼を持って汝に願う。我らの前にたちはだかりし者に裁きを示せ・・・。 詠唱と共にメイトルパのサモナイト石と同じ色の宝珠が淡く光る。 「なに、これ…」 「なんか…すごく暖かい」 トリスとリィナは不思議な感覚だった。 「声に応えて、レーヴィア!!」 高められた魔力により、ワイバーンが姿を現す。それと共に、銃を敵に向ける。 「大いなる力、ここに解き放て。ガトリングフレア・ボルケイノ!!」 しっかりと狙いをつけると共に、レーヴィアが息を吸い込むごとに、膨大な炎が蓄えられる。 「いっけえー!!」 銃の引き金を引くと共に、ゲルニカのフレアボルケイノよりも巨大な炎が目の前の敵を飲み込む。 「ぐううう…」 体中に強烈な痛みがフィリィを襲う。しかし、とリストリィナが肩に手を置いていたこともあり、弾き飛ばされることはなかった。 「す、すごい…」 「本当にここまでやるなんて…」 「ファミィさん以上かも…」 「それはそうだろう、彼女の孫だからな」 炎が消えた頃には、敵は跡形もなく消えていた。 「疲れた…」 今のフィリィはものすごい疲労感が残っていた。 こうして、あたしはトリスさんとリィナの魔力を借りて、なんとか危機を抜けることは出来た。でも、もうあんな術を使うことはもうないと思う。いくらなんでも魔力の消耗が比べ物 にならないほど激しいし、銃のフレームやパーツにも負担がかかり、戻ってきて修理に出すことになった。 でも、明日からは金の派閥の一員として、活躍することになる。今までの旅とは比べ物にはならない危険なこともあるかもしれない。でも、あたしは挑んで行こうって思って る。今の自分より、召喚師としての自分をまだ見ていない気がしているから。 そんな思いは、二年後に知ることになった。 第8話へ
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