プロローグ





未だ溢れるあしきもの―うたかたの流れにたゆたうひとつの夢

その夢―「夢幻」に取り込まれしもの、ただ破滅を待つのみ




「勝てるのですか?」
「それは私たち次第です」
 弓を携えた女性に少し彼女より若い少女といったほうがぴったりな女性が声をかける。
「わたしたちは、何も出来ないのですか?」
「貴女には私のことを後世に伝えてほしいのです。もしもの場合、私と同じ霊力を持つものが狙われることになるのです」
「そんな……」
「悲しまないでください。約束しましょう、貴女とまたここで出会うために」
 そういって彼女は去っていった。厄災いを払うために―
「どうか……ご無事で」
 今にも潰れそうな気持ちで一人神に祈っていた少女一人そこにいた。




「なんか………変な夢………」
 珍しく早く目が覚めたあたしはさっきの夢を思い返していた。弓を持っていた女性はあたしに似ていたけど、もう1人いた子は全然知らない。でも、なぜか胸が締め付けられる
ような感じだった。
「変に目が覚めちゃったし、久しぶりに朝ごはんの用意でもしよっかな」
 夏の空が闇から抜ける時刻、時計は五時半を回っていた。


「珍しい、姉貴がこんな時間に起きているなんてさ」
 ラジオ体操に向かう子供達の声が聞こえる頃、弟―不知火レイジが降りてくる。
「たまにはこうやって起きれるわよ」
「それが毎日続けばいいんだけどねえ……」
「余計なお世話!」
 そういうなりあたしは怒鳴りつける。でも、実際朝が弱いあたしはそういわれても仕方がないんだけど。
「それより、それさっさと運んで」
「はいはい」
 そう言いながらてきぱきと作り終わった料理を運んでいく。
「んー、こんなもんかな」
 並べ終わった料理を見てつぶやく。あっさり目に仕上げた野菜スープ、ベーコンと目玉焼き、それにトーストとシンプルなものだ。
「ジャムなかった?」
「あー、きれてる」
「そういえば昨日ブルーベリー貰ったんだっけ。それで作るとしますか」
「砂糖、ほとんどないけど?」
「え………」
 レイジの言葉に固まる。
「まあいっか、どうせ親父はジャム使わないし」
「……ムダに余るよりはいいかもね」
 どこか納得したような口調であたしはトースターにパンをセットしていた。


 朝食を済ませた後、あたしは家の離れにある建物に入った。そこは道場で、バスケットコート一面分ぐらいの広さがある。というのも、あたしの家は古武術の道場で、小さい
頃から否応無しに武術を叩き込まれている。そのため普通の人よりも条件反射とかはいいほうなのだが、時には体が勝手に反応して困っちゃうんだけどね……。
 その中にある神棚においてあった真剣を一つ取り出す。『飛燕』と呼ばれる刀で、あたしの家に代々伝わる三つの刀の一つ。羽のように軽く感じるけどしっかりと重さが伝わ
る一振りの刃。けど、あたしはどういうわけか、この刀しか扱えない。レイジは残る『龍閃』、『虎双』と呼ばれる刀とこの『飛燕』を扱えるのだ。『飛燕』を鞘から抜くと、とても長い
年月を経ている刀とは到底思えないほどの輝きを放つのがよく分かる。
「使うことないけど、一応型はやっておきますか」
 精神を集中させ、一瞬の隙もないほど鮮やかに刀を振る。その動きは完全に完成、洗礼されたものだ。
「うん、こんなものかな」
 誰に言うでもなく、あたしは納得すると、刀を元の場所に戻す。それと同時に持ってきておいた携帯が鳴り響く。
「……何、恭子ちゃん」
『あ、はよ出たって事は起きとった見たいやな』
「あのねえ……」
 電話に出てきた相手にあたしは呆れつつ話を進めていく。
「それで、何か用なの?」
『こないだ二人で見たいって行ってた映画のチケットがちょうど二人分手に入ったんや』
「それって異世界に呼ばれちゃった男の子と異世界の女の子との話のやつ?」
『そう、それや』
「さっすがね!それじゃ今から行ける?」
『んー次は12時からやけど、はよ並ばなムリやからいつもの場所でおちあうことにしようや』
「オッケー」
 それだけを言って携帯をきった。
「あのゲームの映画ってやっぱこの組み合わせじゃなきゃね♪」
 思わず上機嫌になりながら、あたしは母屋に戻った。


「あー良かったぁ」
「ホンマやな。最後はめぐり合えたからええしな」
「うん、それにあの女の子の心情ってなんか分かるもんね」
 映画を見てから三時間、あたしは昔からの友人―三月恭子とさっきの映画の話をしていた。燃えるように紅い、長い髪をひとまとめにし、タンクトップ地のシャツにホットパンツ
といったラフな服装をしている。
「けど、アスカちゃんはホンマあのゲーム好きやな」
「まあね。あれは本気ではまったからね」
 アスカ―あたしの名前だ。今頃と突っ込まないでほしい。あたしはソフトジーンズに少しダボついたTシャツにハーフカッターシャツ、腕にはおばあちゃんから貰った古いブレス
レットをつけている。
「ゲームだけやなく、小説にCD、あとオフィシャルブック。ようつぎ込んだもんやで」
「あ、あははは」
 思わず乾いた笑いが漏れる。
「ま、ちょっと時間があるしいつもの店に行こか」
「うーん……今日持ち合わせあんましないし」
 財布の中身を確認しながら考える。
「じゃ、うちがいくらか……」
「どうしたの?」
「……うちも持ち合わせあんましなかったわ」
「……」
「……」
 長い沈黙が続く。
「……帰ろっか」
「……そやな」


「間違いないのか?」
「ああ」
 街中にある大きな公園、そこに二人組みの男が話をしている。
「最近あいつらが活発になっているからな。ここらで大掛かりな封印が必要だからな」
「樟葉所長もその準備に追われているそうだからな」
「ま、先生も大変だからな」
 気楽に青年は答える。もう1人は仏頂面になっている。
「耕輔、やる気あるのか」
「良太、お前疑うなよ。やる時はやるって」
「ならいいが」
「それより、手はずは分かっているよな」
「何年組んでいると思っているんだ」
「じゃ、一時間後行くぜ」
 そういって二人はその場をあとにした。だが、そこに人を巻き込むことになるとは思わなかった。


 あれからしばらくして、あたしたちは近くの公園にやってきた。ここはあたしたちの通う学校にも近く、平日といえ、かなりの人が行きかう。
「で、昨日は帰ったの?」
「いや、たまたま留守やったから寄らんやった」
「親不孝者」
「そないなこと言ったってうちが今ケンカ中なのは知っとるやろ」
 そう、恭子ちゃんは学校近くのマンションに母親の援助で一人暮らしをしている。昔から父親とは折り合いが悪く、合うたびによく口論していたのを覚えている。
「それにしても、おばさん、よくマンション暮らしを許したよね」
 確かに普通の女子高生がそんなお金を持っているわけはない。
「一応あの親父の目を盗んでやってくれたんや。けど、昨日呼ばれたのはそのことやろうけど」
「……令嬢も大変ね」
「そやな……」
 令嬢という言葉にわずかな嫌な顔をしたのがあたしにはわかった。……気にしてるのよね、この言葉。
「ま、いままで葉月を名乗ってないから知ってる人は少ないけどな」
 そう、今の恭子ちゃんの名はおばさんの旧姓。本当の名は葉月恭子だけど、さっきも言ったように昔から父親との仲は悪く、長いこと三月の名で通している。そもそも大企業
である葉月グループの社長である恭子ちゃんの父親はどうでもいいとしか思っていないらしい。コレばかりは恭子ちゃん家の問題だから深くは知らないけど、あたしが知ってい
るのはコレくらいだから。
「それにしても、珍しく静かね」
「そやな、いつもなら人でにぎわっとるのに」
 そんなことを考えているとき、後ろのほうで大きな音がした。
「今の、何なの!?」
「爆発とか、そんなんやなかったし」


「良太、行ったぞ!」
「それくらい分かっている」
 何かを追い詰めた耕輔は待ち構えている良太に聞こえるように叫ぶ。
「オンソンソワカ・戒・暫・滅。火龍招来」
 呪符を手にし、言葉を唱える。それと共に刀身のない刀を取り出す。
「刀魂開気・炎!」
 呪符を刀のツバに合わせると同時に呪符が燃えて、刃が現れる。炎のように赤く、その輝きは人の血を想像させる。
「滅せよ」
 正確に動きを捉え、なぎ払う。しかし、手ごたえは薄く感じられた。
「逃がしたか」
「なにやってんだ!急いで追いかけねえと被害が出るぞ」
「分かっている」
 二人が逃がしたもの、それは鬼と呼ばれる悪霊。近代化された今でも人間の世界に留まり、時には人の魂を喰らう。それを浄化、退治するのが退魔師と呼ばれる人たちで
ある。


「…っ」
 何か嫌な「音」がかすかにあたしの頭に響いてきた。それが頭痛という形であたしに襲い掛かる。
「どないしたん、なんか顔色悪い見たいやけど」
「なんでもないよ。なんかちょっと疲れただけだから」
「まあ、あの中冷房効きすぎやから無理ないよろうけどな」
 恭子ちゃんは笑っていたけど、そんなことではない。なんか嫌な予感がして仕方がなかった。その感覚が自分の中で大きくなっていくのが分かる。
(何にも起きないといいんだけど……)
 今のあたしの不安を紛らわすようにつぶやいたそのとき、風が吹いた。どこか不自然な流れの風。分かりやすく言うと上から下に向けて流れている、そんな感じだった。
「え?」
(かまいたち?)
 風がやんだとき、頬に小さな痛みが走った。小石とかならすぐに痛いと感じるのだが、そんなものではなかった。
「それじゃ、この辺りでええやろ。っていつもか」
 そういったとき、嫌な予感が的中した。何かがこっちに近づいている。異常な速さで。
「…危ない!!」
 恭子ちゃんをかばうとさっきまでいたところの地面が大きくえぐられていた。
「…なんなんや、いったい」
 信じられない表情であたしたちはえぐられた地面を見ていた。
ミツケタ−
「っ!?」
 思わず身の毛がよだつ声が響く。機械で男の人の声を思いっきり低くしたような声が頭の中に。
ホシイ、ソノタマシイガ―
「アスカちゃん!」
 ゆっくりとあたしは見てしまった。例えるなら鬼、その言葉の一言だった。
「分かってる!」
 恐怖で完全に体の力がなくなる前にあたしたちは走り出した。


「くそっ!巻き込んだか」
「足を止めろ!一気に葬る!」
「分かってる!四霊招来、縛止光雷……」
 一枚の呪符を取り出すなり念と精霊を込める。退魔師の基本ともいえる四精霊の力を借りた攻撃。
「発雷!!」
 普通ならひらひらと舞い落ちるだけの紙が意思を持ったかのように鬼へ向かって放たれた。そして鬼に触れた瞬間、電撃が鬼の動きを封じた。
「よし、戴く」
 一気に間合いを詰めると手にした刀(らしき退魔道具)で横に鬼の体を薙ぐが、手ごたえは感じなかった。
「こいつ、どうなって」
ジャマダ―
 そう頭の中に響いた途端、風が吹き付ける。
「かまいたちか!」
 防ごうにも無数に迫る見えない刃を相手にするには分が悪かった。
「うっとうしい……」
 無数の切り傷を体に刻みながら目の前に逃げている少女達に迫る鬼を追いかけるので精一杯だった。


「なんなの、あれ」
「分からんけど、まさか超常現象とか辛気臭いもんの類やないかなあ」
「あ、あのねえ……あそこにいたのは」
「ありゃ突然えぐれてたとしか思えんけど……」
「え?」
 話がかみ合わない。てっきり恭子ちゃんもあの鬼(なのかな?) を見ていた、と思ったんだけど…まさかあたしにしか見えてないってこと!?
「とにかく公園を出よう」
「そやな、人ごみに紛れてしもうたら分からんはずやし」
 でも、後で分かったんだけどこれって一番まずい方向だったのよね。

―ガッ

「へっ?」
 気づいた途端、あたしは何故か見事に顔からヘッドスライディングをしていた。
「ふぎゅわ!」
「なんでそんなところで転んどるんねん」
「な……なんか硬いものにつまずいた気が……」
 鼻の頭をさすりながら足元を見る。そこには既に朽ち果てた人の姿だった。
「ひっ」
 気持ち悪い、思わず吐き気を覚えるがぐっとこらえる。ゆっくりと見渡すと、既に白骨化したものや朽ち始めているものなどさまざまだった。
「何なの……公園の中にどうして」
「アスカちゃん?」
「恭子ちゃん……分からないと思うけど、今とんでもないとこにいるみたい」
「は?」
「生き地獄とか地獄絵図ってこのことかも」
 呼吸を整えるとそのとき違和感をはっきりと感じた。
「どういう訳か家の書物そっくりになってるし」
 あたしの家には平安時代や鎌倉時代に書かれた古い書物が何十冊とある。その中にこのような状況の話があったのだ。
「出来すぎだと思うけど…なんなのよ」
 抵抗はあるものの、吐き気や、不快なものがなくなった途端、自分でも不思議なくらい落ち着いているのが分かる。
「何か、方法があるはず…あのとおりにいくとしたら…」
(あの中に手がかりは…あったっけ?)
 必死になって書物の話を思い出していく。書いてある内容を知りたくて古典を二年になって選択していたのがこんな形で役に立つなんて自分でも意外なんだけどね。
(確か最後は封印されたとあった…その方法は…)
 肝心の部分が出てこない。後もう少しで解けそうな気がする。
ヨコセ、ソノタマシイヲ―
「!?」
 頭の中に響いたその声に、あたしは我にかえる。気がついたときには「鬼」が目の前に来ていた。
「きゃ!」
 鋭い爪があたしののど元へむけられると分かったとき、とっさに顔を隠す。

―ィイイン

グアアアアァァァ―
「え…?」
 頭でなく、耳に聞こえてきた高い音にゆっくり眼を開けると、ブレスレットに近づいた「鬼」の腕が跡形もなく消えていく。
(もしかしたら…いけるかも!)
 書物の内容とは違うと思うけど、今の状況を切り抜けるにはいい方法だった。迷わずブレスレットの止め具を外すと、相手の額に押し付けた。
「こんのぉ!!」
 その瞬間、強い光があふれ、「鬼」の悲鳴が頭の中に響いてくる。
バ、カ…ナ―
 その「鬼」の言葉を最後に鬼の体は跡形もなく消えて言った。
「はぁーっ」
 いつの間にか元の見覚えのある公園の風景を見て、あたしの中から何かが抜けたように鼓動が早くなっている。
「古いものには人の思いが込められているって言うのは本当のことかも」
 そうつぶやくと、ブレスレットをなれた手つきで止めていく。
「……あ」
 今頃になって書物に書かれた内容を思い出す。
(最後は封印をしるしたお札を矢につけて射抜いたんだった…)
「……大丈夫よ…大丈夫」
 自分を安心させるように、何度もその言葉を口にしていた。


 公園を離れるように小さな光が飛んでいく。しかし、その光は通り過ぎていく人には見えていない。
「どこへ行くつもりだ?」
 光が飛んでいくのをふさぐかのように一人の少年が立っている。もちろん、彼もほかの人たちには見えていない。
「肉体を失っても、人にとりつき、魂を喰らう…か」
 シュ、と軽く風を切るとその光を切り裂き、青いガラス片のようなものが地面に落ちる。
「魂の封印の方法も知らずに肉体を崩壊させやがって」
 苛立ちながらガラス片を回収する。
「アイツは……瑠璃は後世に何も残していないじゃないか!また過ちを起こさせる気か」
 苛立ちは収まることなく、手にしたガラス片を強く握り締めた。




未だ溢れるあしきもの―うたかたの流れにたゆたうひとつの夢

その夢―「夢幻」に取り込まれしもの、ただ破滅を待つのみ

それを討ちやぶりしもの―「霊術師」 失われた伝承の存在

これは、過去の鎖に縛られてしまった者達の物語―

あしきものの集う「夢幻」の扉がこのとき開いた


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