16代目殿堂入り  アニメ総合ランキング第3位

雲のむこう、約束の場所

2004年11月20日 劇場公開。

それは、とあるMADムービーから始まった。
2005年5月、都内某所で密かに開催された上映会に参加した私は、そこでひとつのMADムービーに釘付けになった。
そのMAD作品自体の出来もすばらしかったが、なによりその元ネタであるアニメ作品の、
非常に綺麗な映像であることに、そしてヒロインの女の子がかわいいことに、大きく心を奪われた。

後になって、その元ネタのアニメ作品が、新海誠監督作品の劇場用アニメ「雲のむこう、約束の場所」であることを知った。
なるほど、そういえばそのMADを観ていたときも、なんか「ほしのこえ」に似た雰囲気があるなとは思っていたのだが、
やはり新海誠監督作品だったのか。映像が綺麗なのも当然である。

すぐさま、そのアニメを観てみたい衝動にかられたのであるが、2005年5月は「ストラトス・フォー」にハマっていた月であった。
「雲のむこう、約束の場所」は、アニメを観る前から、「これはひょっとしたら、ものすごい作品かもしれない」と感じており、
このまま5月中に観てしまうと、「ストラトス・フォー」が月間MVPを獲れないことになってしまう。
これではイカンと思い、6月になるまで「雲のむこう、約束の場所」を観るのを我慢しようと思った。

1ヶ月後の6月5日。ついに私は、「雲のむこう、約束の場所」を観た。
私の予想をはるかに超えた名作が、そこにあった。

◎新海誠、そして沢渡佐由理

「雲のむこう、約束の場所」の何が私の心に響いてきたのか。
そのひとつに、ハイクオリティーの作画であったことは、言うまでも無いであろう。
新海誠監督の前作「ほしのこえ」を観たときから、その圧倒的なまでの作画の美しさに感動したものだが、
「雲のむこう、約束の場所」においても、背景描写の美しさは他のアニメを圧倒するほどの出来であった。
その美しさが、後にアニメの舞台となった聖地への巡礼を始めるきっかけとなったわけで、
ここで改めて述べるまでもないのだが、青森は津軽半島の景色だけでなく、東京の景色も大変綺麗であり、
私の心に大きく響いたのであった。

しかし、背景描写の美しさ以上に私の心を惹きつけたのが、ヒロイン沢渡佐由理であったことも述べねばならない。
最初にMADムービーを観たときから、佐由理のかわいさが印象に残っていたが、
実際にアニメの中の佐由理は、正統派美少女のうえに無垢であり、中学生の頃誰もが密かにあこがれそうな女の子だった。

ヒロインの佐由理がこれほどまでにかわいくなければ、この作品への評価は下がっていたかもしれない。
それほどまでに、佐由理の存在は大きかった。
佐由理がいたからこそ、「雲のむこう、約束の場所」に大きくのめり込み、現在に至るまで愛していったのだ。

そういう意味からすると、「雲のむこう、約束の場所」のキャラクターデザインが、
監督の新海誠でなく田澤潮が担当したことは、大変に大きかったことだと思う。
「ほしのこえ」では監督・脚本・演出だけでなく、作画・美術・編集に至るまで新海誠がほとんど一人で作り上げ、
その才能に誰しもが驚いたのだが、「雲のむこう、約束の場所」では分業システムでの制作に切り替え、
「ほしのこえ」でも指摘されていたキャラデザの低さを解消するため、田澤潮がキャラデザと作画監督を担当している。

実を言うと、「ほしのこえ」が名作であることはわかりながらも、イマイチのめり込めなかった理由が、
ヒロインが私の好みでなく、感情移入できなかったことであった。
ところが田澤潮によって描き出されたヒロイン佐由理は、まさに私の好みにドンピシャであり、強烈なまでの萌えキャラであった。
なにしろ佐由理は、セーラー服でも体操着でも、おさげでも三つ編みでもストレートでも、
とにかくどんな格好でも髪型でも、本当にかわいかった。
佐由理の声を担当された南里侑香さんが、非常にかわいらしく佐由理にマッチした声であったことが、
さらに佐由理への萌え度をアップさせていたこともあるが、田澤潮による佐由理は、何から何まで完璧であった。

そんな佐由理に恋してしまったからには、佐由理に密かな恋心を抱く、主人公浩紀に感情移入してしまうのは当然なこと。
浩紀というキャラにも好感が持て、浩紀と佐由理を結ばせてあげたいと、アニメを観ながら思ったものだ。
第1部ともいえる、浩紀と拓也と佐由理の3人の中学校生活を描いたシーンは、
佐由理の無自覚な色気を楽しむとともに、甘酸っぱい中学生同士の微妙な男女関係に、懐かしさを覚えながら観たものだ。

しかし、「雲のむこう、約束の場所」において、一番私の心に響いてきたことは、実は佐由理というキャラでもなかった。

◎きみのこえ

「雲のむこう、約束の場所」は、ハッピーエンドの物語ではない。
佐由理が3年の長い眠りから醒めたことだけをとれば、ハッピーエンドといえるかもしれないが、
浩紀と佐由理の恋という観点からすると、アンハッピーエンドであった。
正直アニメはわかりにくい表現を使っているため、一回見た限りではわからないかもしれない。
事実ネットを巡回していたとき、このアニメがハッピーエンドであると思っていた方を何人も見かけた。

浩紀は佐由理と結局結ばれなかった。
ついに結ばれることの無かった恋。ついに浩紀のことを好きという気持ちを、目覚めた後に忘れてしまった佐由理。
この儚い思いが、「雲のむこう、約束の場所」をさらに私を惹きつけることとなった。

「雲のむこう、約束の場所」は、万人に受ける作品ではないと私は思っている。
映像の美しさはさておき、表現方法やストーリーには新海誠独自の解釈が含まれているためだ。
だから私でも、「雲のむこう、約束の場所」が何から何まで完璧な作品だとは思っていない。
事実、「雲のむこう、約束の場所」に否定的な感想を抱く方も少なくない。
私はその新海誠独自の描き方に肯定的な立場だったため、「雲のむこう、約束の場所」を愛することが出来たのだが。

そしてその最たるのが、浩紀と佐由理が結ばれなかったということの描き方であろうか。
オープニングで大人になった浩紀が、たった一人で再びあの場所を訪れているシーンからアニメは始まるわけだが、
90分を観終える頃にはもうそのことを忘れてしまっている。
これは浩紀が佐由理とついに結ばれなかったことを意味しているわけだが、表現方法としてはわかりにくい。
ラストシーンにおいても、佐由理が目覚めた後「藤沢くん」と浩紀のことを呼んでいることで、
眠っている間の浩紀への好きという気持ちが、目覚めたことで消えてしまった、忘れてしまったことを表現している。

そして、エンディングテーマの「きみのこえ」へと繋がっていく。
「きみのこえ」については、私の好きな歌ランキングでも語っていることであるが、
エンディングから冒頭の大人になった浩紀の間をつなぐ言葉として、込められている。
つまり、浩紀と佐由理の恋が結ばれなかったことを、エンディングテーマの詩にも表現されているのである。
この表現方法では、一回アニメを観ただけではわかりにくい。
曲を一回聴いただけで、詩の内容まで把握できる人など、そうそういない。
しかし、何度も聴き返し、詩の内容を把握して、「きみのこえ」の本当の意味を知った私は、
「きみのこえ」をより一層好きになり、同時に「雲のむこう、約束の場所」への想いもより強くなった。

「雲のむこう、約束の場所」のDVDパッケージには、その「きみのこえ」を作詞した監督の新海誠が、
作詞に先立って書いたイメージテキストが書かれている。
そのテキストを読むと、「きみのこえ」の歌詞より浩紀の想いがわかりやすく伝わってくる。
そのイメージテキストを、あえてここで紹介しよう。

冷たい風にあの日の匂いがする。
雲の流れは速く、その間からはまるで古い写真のような、
色あせた青が見える。
引かれたばかりのまっすぐな飛行機雲が、
水を混ぜたようにすっと青に溶けていく。
こういう日は、心の深いところ、普段誰にも見せたりしない場所が
微かに痛む。
ふだん、ないふりをしている痛み。

ずっとむかし、世界が君を隠してしまったから、
君の顔もかたちも、今ではよく思い出せない。
いつかきみと、何か大切な約束をかわしたような気がする。
あれから僕は息を止め続けるように毎日をくぐり抜けてきて、
いつのまにか、その約束すらも思い出せない。
僕はいま正しい場所に立っているのかどうかも分からない。
きっと僕はこれからもきみを失くし続ける。

でも、君の気配だけははっきりと覚えている。
君の声がどんなふうに空気を震わせたか、
君の髪がどんなふうに夕日を映したか、
君の指先がどれほど優しかったか。
君と世界がどんなふうに輝いていたか、

ねえ、きみが世界のどこにいても、どうか、僕の声がとどくように。
僕はやさしく強くなりたい。
僕の声が世界の空気を震わせて、いつか、どこかに生きているきみに
とどくように。
どれほど遠くに世界がきみを隠したとしても。
生きているかぎり。


日に焼けたレールからあの日の音が聞こえる。
遠くから吹く風には、君の吐息がひっそりと混じっている。
あの雲のむこうには、今でもあの日の約束がある。
あの頃、草原から見渡した世界にはやさしさが満ちていたはずなのに、
僕はいつからか孤独に囲まれ、きしむ心を抱えている。
きっと僕たちは、これからもお互いを失い続ける。

でも、君のぬくもりは僕をあたため続けている。
君の唇がくるむ言葉がどれだけ愛おしかったか、
君の爪がどんなに滑らかに空を映したか、
君の背中がどれほど僕を震わせたか。
君と世界が、どれほど秘密に満ちていたか。

ねえ、君が世界のどこにいても、どうか、僕の歌が届きますように。
僕はやさしく強くなりたい。
僕たちの声が世界の空気を震わせて、いつか、遠い場所に生きる
ふたりにとどくように。

生きているかぎり。

このイメージテキストに、「雲のむこう、約束の場所」の全てが詰まっているように私は思う。
そして私が思うことは、「あー、やっぱり俺は浩紀と佐由理にくっついて欲しかったんだな〜」ということ。
その、ついに果たされなかった想いが、より一層このアニメへの思い入れを強めているんだなと。

そして「きみのこえ」自体は、
上記のテキストを凝縮した歌詞となっているため、歌詞の意味を汲み取らずにさらっと流して聴いてしまうと、
アニメのラストシーンから続いた歌詞であり、この主題歌自体が作品の流れの一部となっていることに気付きにくいのだが、
本当の意味を知ったことにより、より一層この曲を好きになったわけである。

そして「雲のむこう、約束の場所」というアニメに対しても、自分の人生に大きな影響を与える作品となったわけであり、
このアニメに出会えて本当に良かったと、思っているのである。

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