商法第一問
 次の各事例において,商法上,A株式会社の取締役会の決議が必要か。ただし,A会社は,株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律上の大会社又はみなし大会社ではないものとする。
 A会社の代表取締役BがC株式会社の監査役を兼任する場合において,A会社が,C会社のD銀行に対する10億円の借入金債務について,D銀行との間で保証契約を締結するとき。
 A会社の取締役EがF株式会社の発行済株式総数の70パーセントを保有している場合において,A会社が,F会社のG銀行に対する1000万円の借入金債務について,G銀行との間で保証契約を締結するとき。
 ホテルを経営するA会社の取締役Hが,ホテルの経営と不動産事業とを行うI株式会社の代表取締役に就任して,その不動産事業部門の取引のみを担当する場合。



 小問1について
(1)  まず、本問の保証契約は利益相反取引(265条1項)にあたり、取締役会の決議が必要なのではないか。
 まず、本問は会社と取締役以外の第三者との契約であり間接取引であるが、間接取引であっても取締役が自ら或いは第三者の利益を図り会社の利益が害される危険はあり、利益相反取引に当たりうる(265条1項後段)。もっとも、間接取引の場合このような危険は程度を問わなければ無限にありうる。そこで、基準の明確化という見地から、類型的に直接取引同様の会社の利益が害される危険がある場合であることが必要であると考える。
 本問の場合、A株式会社の代表取締役Bが主債務者であるC株式会社の監査役を兼ねてはいるが、監査役は業務執行に関わるものではなく、類型的に見て直接取引同様の危険がある場合であるとはいえない。
 従って、この点では取締役会の決議は不要である。
(2)  では、本問の保証契約は「多額の借財」(260条2項2号)にあたり取締役会決議が必要なのではないか。
 まず、本問でなされているのは保証契約ではあるが、商法上の保証債務は連帯債務であることからすれば(511条2項)請求される可能性は高く、「借財」に当たるというべきである。
 では、「多額」か。この点、「多額」か否かは会社の規模などにより異なるものであり、個別に検討すべき問題である。
 本問の場合具体的事情は明らかではないが、法律上の大会社又はみなし大会社ではないことからすれば、資本金の額は5億円未満であり(特例法1条の2第1項1号)、10億円の債務を保証することは「多額」のものであると考えられる。
 従って、本問保証契約は「多額の借財」にあたり取締役会決議が必要である。
(3)  以上、本問では取締役会決議が必要である。
 小問2について
(1)  まず、1000万円の借入金債務について保証することは、A会社は資本金1億円以上ではあるが(特例法1条の2第2項)、会社の規模・状況によっては「多額の借財」にあたりうる。この場合には取締役会決議が必要である。
(2)  では、利益相反取引には当たらないか。
 本問ではA会社の取締役が主債務者F会社の70%の株を保有する大株主であり、かかる株主は会社の意思決定の殆どが可能なのであり、また1000万円という多額の債権に保証人が付くかつかないかという事情は株価などに大きな影響を与えると考えられ、類型的に見て直接取引きがなされるのと同様の危険がある場合であるといえる。
 従って、本問は利益相反取引にあたり取締役会決議が必要である。
(3)  以上、本問では取締役会決議が必要である。
 小問3について
 取締役Hが他会社の代表取締役に就任することにはA会社の取締役会決議が必要か。競業避止義務違反の場合にあたり、取締役会決議が必要なのではないかが問題となる(264条1項)。
 この点、確かに同条は支配人などの場合と異なり、他会社の取締役となることを明文で禁じてはいない(41条1項参照)。これは取締役は使用人ではなく精力分散防止義務などを負うわけではないことによる。しかしながら、264条1項の趣旨は、会社の情報に通じる取締役がその情報を用いて自らや第三者の利益を図り会社の利益が害されることを防止する点にあり、かかる危険は取締役が競業他会社の取締役に就任する場合にも生じうる。そこで、なおこのような場合にも競業規制に当たるものとして、取締役会決議が必要というべきである。
 本問の場合、確かにHはI会社の不動産部門についてのみ業務を担当することになってはいるが、I会社はホテル部門においてA会社と競業しており、かつ内部的所轄事項については事後に変わり得るのであってHがホテル部門の業務を担当する可能性もあるのであるから、なお競業規制にあたり取締役会決議が必要と考える。
 よって、本問でも取締役会決議が必要である。
以上

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