刑訴法第一問
 警察官は,集団による連続強盗事件の犯行グループの一員である疑いの濃厚な甲の容ばうと,甲宅に常時出入りする者の容ぼうを写真撮影してこれを被害者等に示し,犯人の特定を行おうと考えた。そこで,警察官は,甲宅向かいのビルの一室を借り受け,望遠レンズを装着したカメラを設置するとともに,そこから甲宅出入口付近の監視を継続し,自宅から路上に出てきた甲の容ぼうを撮影した。また,甲宅から出てきて路上を歩行している乙の容ぼうも撮影した。
 これらの写真撮影は適法か。



 甲の写真撮影について
 警察官は連続強盗事件の被疑者甲の容ぼうを撮影しているが、かかる写真撮影は適法か。
(1)  まず、写真撮影は明文の無い強制捜査であり、強制処分法定主義(197条1項但書)により違法なのではないか。強制捜査と任意捜査の区別が問題となる。
 この点、現代社会では対象者に感知されない科学的な捜査方法により人権侵害のなされる危険が高く、広く人権を侵害する恐れのある捜査方法を強制捜査というべきである。
 これを写真撮影についてみると、写真撮影は被写体の肖像権・プライバシー権(憲法13条)を侵害してなされるものであり、強制捜査というべきである。
(2)  では、写真撮影はこれを認める明文の規定の無い強制捜査である以上、強制捜査法定主義により許されないのではないか。強制捜査法定主義の趣旨と関連して問題となる。
 この点、強制捜査法定主義は強制捜査について事前の令状を要求するものであり、明文規定の無い強制捜査は一切許されないとも考えうる。しかし、他方で犯罪の高度化・技術化の進む現代社会において、法には明文の無い新たな強制捜査を認める必要性は高い。
 思うに、強制捜査法定主義は人権侵害のなされる強制捜査について令状主義の規制を及ぼし(憲法31条)、もって人権侵害を可及的に防止する趣旨のものである。とすれば、強制捜査法定主義はあくまで刑訴法制定当時の強制処分を念頭に置いたものであり、新たな強制処分を常に禁じるものではなく、このような捜査方法も実質的令状主義の精神に反しない場合であれば許されるというべきである。  そこで、本問で問題となっている写真撮影の場合には、@証拠として写真撮影をする緊急の必要性があり、A嫌疑が重大な犯罪であって、B撮影方法が相当なものであることが実質的令状主義の精神に反しないといえるために必要であると考える。
(3)  これを本問についてみると、甲の嫌疑は連続強盗事件という極めて重大なものであり、A嫌疑の重大性は認められる。
 そして、また撮影は自宅内部の様子を撮影するなどの方法によるものではなく、あくまで離れたところから玄関付近で撮影するというものであるから、B撮影方法としての相当性も認められる。
 問題は、@写真撮影の緊急の必要性である。思うに本問では未だ嫌疑が濃厚であるというに過ぎず、犯罪が現に行われているものではないのであり、犯人特定という点で写真の必要性はみとめうるものの緊急性までは認められない。
 よって、本問甲の写真撮影は実質的令状主義の精神に反しないといえるための要件を備えておらず、違法である。
 乙の写真撮影について
 乙の写真撮影についてまず、強制捜査か否かが問題となる。本問乙が撮影されたのは路上を歩行中だったのであり、写真撮影されないことについての正当な期待が無く、任意捜査というべきとも考えられるからである。
 確かに路上を歩いている場合には自らプライバシーを開示しているといえる点で、この点についての権利侵害があるとはいえない。しかしながら、写真撮影の権利侵害は前記のようにプライバシーの点に留まるものではなく肖像権の侵害もあるのであり、なお撮影されないことについて正当な期待が無いとはいえない。捜査機関が恣意的判断で自由に個人情報を収集する危険性を考えれば、なお強制捜査に当たるというべきである。
 そこで、やはり実質的令状主義の精神に反しないかを検討すると、乙は嫌疑が濃いものではなく、他の点については甲と同様に、要件を満たしてはいない。
 よって、乙の写真撮影は違法である。
以上

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