刑法第二問
 甲は,20年以上前から乙という名前で社会生活を営み,運転免許証も乙の名前で取得していた。ところが,甲は,乙名義で多重債務を負担し,乙名義ではもはや金融機関からの借入れが困難な状況に陥った。そこで,甲は,返済の意思も能力もないにもかかわらず,消費者金融X社から甲名義で借入れ名下に金員を得ようと企て,上記運転免許証の氏名欄に本名である「甲」と記載のある紙片をはり付けた上,X社の無人店舗に赴き,氏名欄に「甲」と記載し,住所欄には現住所を記載した借入申込書を作成した。次いで,甲は,この借入申込書と運転免許証とを自動契約受付機のイメージスキャナー(画像情報入力装置)で読み取らせた。X社の本社にいた係員Yは,ディスプレイ(画像出力装置)上でこれらの画像を確認し,貸出限度額を30万円とする甲名義のキャッシングカードを同受付機を通して発行した。甲は,直ちにこのカードを使って同店舗内の現金自動支払機から30万円を引き出した。
 甲の罪責を論ぜよ(ただし,運転免許証を取得した点については除く。)。



 運転免許証の氏名欄に「甲」と記載のある紙片を貼り付けた点について。
 甲は自身の乙との名前が記載されている免許証の氏名欄に「甲」との名前の記載された紙片を貼り付けている。
 免許証の名前欄は免許証の本質的部分であり、かかる甲の行為は本質部分に変更を加え新たな文書を作出したものであるといえるから、公文書偽造罪(155条2項)が成立する。この程度の行為であっても、本罪の保護法益である公文書に対する公共の信用は害されるからである。
 次に、甲は氏名欄に「甲」と記載した借入申込書を作成しているが、この点について私文書偽造罪(159条1項)が成立するのではないか。
 思うに、偽造とは有形偽造、即ち作成者と名義人の同一性を偽ることを言う。かかる場合に本罪の保護法益である文書に対する公共の信用が害されるからである。とすれば、本問の様に本名を用いて私文書を作成した場合には作成者と名義人の間には齟齬が生じておらず、公共の信用は害されないことから偽造罪は成立しないのが原則である。
 しかしながら、本名を用いた場合であっても長期間別名を用いて社会生活を営んでおり、社会的に別名が通名となっていた場合には、本名を用いた場合であっても文書から認識される名義人と作成者には齟齬が生じる可能性があり、かかる場合にはなお文書に対する公共の信用が害され偽造となると考えられる。
 本問の場合、甲は長年乙という名前で社会生活を営なんでいたのであり、社会的に見れば乙であると認識されているものであったといえる。そして甲は本件借入申込書に現在の住所を記入しているのであるから、乙として文書を作成したものであって作成者は乙と言え、名義人「甲」との間には齟齬が生じている。
 よって、本問では偽造があったといえる。
 従って、甲には私文書偽造罪が成立する。
 免許証と借入申込書を自動契約受付機のイメージスキャナーで読み取らせ、Yの前のディスプレイに表示させた点について。
(1)  この点、まず文書偽造罪の成否が問題となるも、否定すべきである。
 ディスプレイ上の表示は「文書」とは言えないからである。
(2)  もっとも、甲のかかる行為は偽造文書を「行使」したものであり、偽造公文書行使罪(158条1項)、偽造私文書行使罪(161条1項)が成立する。
 キャッシングカードを発行させた点について
 甲は返済の意思も能力も無いにもかかわらず金員を得ようと考え、偽造した免許証・借入申込書を示してキャッシングカードを発行させており、かかる点について詐欺罪が成立する(246条1項)。
 キャッシングカードは、それをあちこちに設置された現金自動支払機で用いることにより自由に何回でも金員の借入れを可能とするものであり、それ自体で独自の財貨性を有する「財物」といえるものだからである。
 さらに甲はこのキャッシングカードを用いて現金自動支払機から30万円を引き出しており、かかる点に付き窃盗罪(235条)が成立する。
 かかる行為はXの現金と言う新たな法益を侵害するものであり、詐欺と包括して評価することはできないからである。
 以上、甲には公文書偽造及び同行使罪(155条2項・158条1項)、私文書偽造及び同行使(159条1項・161条1項)、詐欺罪(246条1項)、窃盗罪が成立する。
 文書偽造及び行使罪はいずれも目的・手段の関係に立つものであるから牽連犯(54条後段)となり、他者とはそれぞれ併合罪(45条)の関係に立つ。
以上

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