たんぽぽ行者

   1

たんぽぽ行者は行く
仰ぐなよ、天を
天は仰ぐものではなく、
われわれを祝賀するものだから
ともにこうしてありながら
しかしなぜ祝賀される必要もあるだろうか
進めばいいのだ進めば、だがしかしどこへ

   2

きみに与えられているものは

持続の腕(腕がずっと腕であるように)
鋭利な墨(だからときどき紙を浸食する)
等高線の行方を知る耳(大地は容易に転変する)
耳(もうひとつ)
筒ならびに箱もしくは缶の想定
(世界はどのような形をしているかがわからないので)
ならびに傘

   3

それにしても

きみはなにから濡れまいとしているのか
この世界は
なにからなにまでたんぽぽで充満しているというのに

   4

場を抜いて先行することはできないがゆえに

存在は場によって規定されるとしても
場を形成しようとする存在を
では
どのように名付けることができるのだろうか

   5

磁力あるいは

確定される閾をもたない
途切れることのない大河のような色として?

   6

気化の水辺へと膝を濡らして

   7

驚かないで欲しい、行者よ

そこが
あの密封たんぽぽ世界だったとは!

   8

きみは踏む

たんぽぽ存在の絶対値を計測するための絶対たんぽぽ装置
その表示にしめされる限界は終末たんぽぽ日
たとえ世界が滅ぼうとしていても
買い物は前日まで続く
たんぽぽ通りでおもうさまお買い物してみたいな
お買い得たんぽぽクーポン
クーポン券十枚ごとにラッキーたんぽぽくじ
当ててお二人様ご招待のたんぽぽ旅行
回転するたんぽぽ円形車輪で動くたんぽぽ列車に乗って
たんぽっぽー

   9

乾期はただやりすごし

接続季には庇をこしらえる
たんぽぽ経済学に
雨-洪水の離芯率

   10

たんぽぽ深層心理

たんぽぽ疎外による甚大極まるたんぽぽ不幸
いったいすべてのたんぽぽが幸福になれる日は来るのか
それともこれは
構造的な不幸とよぶべきものなのか
たんぽぽ疎外へと架橋するたんぽぽ救済は
たんぽぽ欄干を織る

   11

現たんぽぽ存在を掘る

原たんぽぽのへらとくわを
抱えても
しかし、行者よ、
ここはたんぽぽ世界なのだから
どこへ行こうとも
たんぽぽ世界のそとへたどりつくことはないのだ

   12

速度の行者はまだまだ進む

無蓋の容器を求めることを放棄せず
やっとたんぽぽからべつにたんぽぽへ
なのにたんぽぽからだってたんぽぽへ
たんぽぽ山の麓をめぐり
たんぽぽ平野の都市を横ぎる
なるほどほんとにたんぽぽ世界だと
理解したからといってなにが変わるだろうか

   13

ところが世界はやはり変種を生産していくのだ

健康たんぽぽからは覚醒たんぽぽが
矢印たんぽぽからは通告たんぽぽが
塩の道たんぽぽから絹たんぽぽが生まれてくる
なんという回転のいいボールを投げてくるのだろう、世界投手は
どこできみが眠りに転げ落ち
どこできみがそれから脱けだしてきても
世界投手はいつでも熱い肩をしている

   14

きみは眠りながら

眠りと目覚めとを隔てているものを探す
大いなる思考のヒントが訪れてきたのだ
夢の中へ
人間の脳というものは卵のようなものではないか
なぜなら、

@人間は脳を骨でおおう、卵は殻でおおう

A脳はぐにゅぐにゅしている、卵はとろりとしている

ちょっと違う

この違いはどうして生じたのか
脳はずっと体内にある
卵は体内から外へだされた
卵は冷えた、だがしかし脳はずっと体内で保温されている
脳は人間の体温で温め続けているから流れができ、しわとなり、
半熟のスクランブルエッグ状態になったのだ
脳は卵だ、間違いない
だから眠りと目覚めとは
意識を暖める火加減が違うだけだ
とろ火で寝て、中火で起きて、強火で集中する

あ、熱い

きみは焼かれるようにして眼がさめる
焚火か、いや違う
あれほど遠くにありながら
火傷しそうに熱い太陽

朝だ

   15

お腹がすいた

きみはひもじさにおされて塔にもたれる
神話が彫られている塔も空腹を満たさない
きみは空腹に満たされている
身体の恩寵

   16

塔を叩いてみる

ここーん、ここーん

古今?

違う、違う

ここん、ここ、ここここ

そうだ、そうでしかありえない

表向き、塔に見えるこの建造物は
じつは巨大な楽器だったのだ
だとしたらどうだろう
これまで考えてきたこと、
これまで見ていると思っていたことが
じつはただ眺めていたに過ぎなかったのだとしたら
そして世界は眺めるものではなく
触るものだったとしたら

   17

きみに触りたい
きみの声に触りたい
からだを越えて触りたい
こころを越えて触りたい
世界を作り替えていこうとしている
世界創造の岩漿に
きみはどこにいるのか

   18

腹がへった

なにか食べるものがほしい
行者は指を腹にあててみた
腹の皮に指は触った
いま触っているこの皮膚の下に
ひもしさはあるのだろうか
いやいや、そうではない
この下にあるものは再びただの内臓だ
内臓にさわってもひもしさには触っていない
ひもしさはこの指からすり抜けていく

すくおう、掬うのだ

ひもしさを掬ってしまおう

   19

行者は塔にもたれて座り込んだ

眼を閉じた
ひもしさを掬うために
ひもしさはどこからやってくるのか
食べ物を食べていないことからやってくる
しかしひもしさになにか純粋でないものが混じっている
それがひもしさを膨らませている
食うものがない自分を憐れんでいること
食うものがみつからないことに怒っていること
食うものを誰かがくれないことに不満足でいること
そのようなことが
空腹を空腹以上にしている
ただ空腹だけを感じてみよう

   20

空腹は餌をさがす金魚のようにやってきた

きみかい?
ぼくを呼んだのは

行者は黙ったまま両腕を水に浸した

きみかい、きみかい、きみかい

行者は手のひらでつくったお碗のなかに
金魚を浮かべた

きみかい、きみかい

掬った金魚を行者はひといきに飲み込んだ

   21

行者は裏返った

いままで表だったものは裏になった
まるで
テニスボールのように

   22

行者よ

ついにやった
きみはたんぽぽ世界を内包する
偉大な存在となることができたのだ
不滅の勇者よ

   23

それで、ときみは尋ねる

このままでいなければならないのかな
とても窮屈な姿勢なのだけれど

   24

いや、そんなことはない

栄光に包まれているよ

   25

きみが見ているものは

裏返されたぼくの臓物なのだが
それでもまだ栄光に包まれているだろうか

   26

もちろんだとも

きみが鼓動とともに
世界に吹き込んでいるものが
はっきりとわかるよ

   27

それにしても

このままで
生きていなくてはならないのだろうか

   28

いやかい

   29

どちらかといえばね

   30

もどってみるかい

   31

世界にとって

さしつかえなければね

   32

もちろんだとも

   33

ポム!

   34

きみはひもしさをはきだして

もとの空腹の行者にもどる
なんだかそれって
杜子春みたいじゃないかい
だったら
鞭でうたれても子供の願いの成就を祈る
健気な母親が必要になってしまう
それに仙人も、ね

   35

きみは歩行者の一団に出会う

荒ぶる速度の使者どもが
もう世界を何周もしておきながら
それでもまだなにかを探している
かれらのみつけたいものは
新しさなので
探索もまた終わることはない

   36

宇宙はとても単純にできている

海にとってはすべての川が支流である
いのちの海にとってはすべての生命が支流である
そして
すべての水は空にもどる、すべての水は空にもどる、すべての水は空にもどる
すべての水は空にもどる、すべての水は空にもどる、すべての水は空にもどる
すべての水は空にもどる、すべての水は空にもどる、すべての水は空にもどる

   37

と同時に

すべての空は水にもどる

   38

すべてのかたちあるものは

かたちなきものへと
すべてのすべてのものは
すべてのすべてではないものへと
もどっていく

   39

行者よ、

きみもまたもどってくるだろう
行者でないものへとなりながら
それもいい
いのちあるものはみな行者であり、
いのちあると見えぬものもまた行者であるのだから
きみもまたもどるがいい
星雲の庭へ、あるいは
素粒子の浜辺へと
ぴちぴちした原子とスキップしながら
のほほんとするのもいい
さて、きみはどうする
行者よ
たんぽぽ以外なら
どこでもいいかい

  40

さしつかえなければ

歌のあるところがいいな

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