ECでルクセンブルグ

 午前7時、ホームを先へ先へ進んで駅舎の天蓋を外へ出ると、黎明のパリはしらみ始めていた。列車の先頭にB字に丸マークのベルギー国鉄の電気機関車が付いている。ドイツの宗教都市ケルン行国際列車パルジファル号である。パリ北駅をバックにシャッターを切ってから余裕をもって車内に入り指定席に着いた。私は常に座席は進行方向の窓際と決めているのは、対向列車が見られる事と通過する駅が好く見えるからである。閑散とした車内の列車は発車の合図もなく静かに動いた。すぐ郊外に出て空を眺めると飛行雲が走っている。シャルル・ドゴール空港から飛び立った航空機の航跡が東西南北に沢山交差している。おりしも東の空から登り始めた太陽の光に照らされて天空の歓迎ショーだ。暫らく心地よく走る窓からパリ郊外の夜明けを楽しんだ。
バリ北駅のベルギー機関車 シャルル・ドゴール空港の航跡
 車外は冷えている様で、いつの間にか窓ガラスは露で真っ白になっていて車窓は見えなくなっていた。しかも列車は深い霧の中を走っている。40分程たって最初に停車したコンパーニュ駅ではホームの電燈が灯っていた。停車している電車はヘッドライトや赤いテールランプが点っていて、広いヤードのある駅だが20米先の電車は霧の中であった。ここで乗客が沢山乗ってきた。
 空もすっかり晴れ上がり、のどかな景色を1時間走って止まった駅にベルギーの電車が到着している。国境から22`もフランス寄りなのに隣国からの乗り入れである。検札が来たのはそれから40分後ベルギーの車掌で列車も国境を越えていて、一路、次の停車駅ナムルに向かっていた。
 列車名の「パルジファル」とは、ワーグナーの結婚行進曲で有名なオペラ「ローエングリン」の父とされるキリスト聖杯を守る王の名前で、パリ〜ケルン間を走るのに相応しいEC列車の名前である。そのままケルン迄行きたいが、今年のイースターに立ち寄ったので今回は次ぎのナムルで乗り換えルクセンブルグに行く事にした。
 遅れもなく定時に到着したのはベルギー南部アルデンヌ地方の小さな町だった。ホームには花壇が飾ってあって、駅前は静かな佇まいで風情が有る。早朝の出発で空腹でもあったので、少し早い昼食を摂る為にブルゼールに入り、メニューにうずら豆付きのソテーがあったのでビールと一緒に注文した。お客は自分一人であるが中々丁寧な主人である。料理も素早く出てきたのに感心した。これで又、駅の中で充分に写真撮影が出きる。
車掌 ケルンに向かうパルジファル号 ナムル駅舎
 1時間の間隔でブリュッセルからルクセンブルグ直行の快速電車が有ったのに乗車した。沢山の乗客が降りた後はがらんとした車内だったが、丁度中間のリブラモント駅から十数人の中学生が乗り込んで来た。珍しい東洋人に興味有りそうで、仲間の一人が頻りに片言の日本語を連発するも目の前の日本人にはチラチラそわそわ、突然こちらから「どこまで行くの?」と日本語で訊ねると皆がびっくり、そこからは片言の少年を中心に全員が集まり自分も含めて修学旅行気分、彼は空手を習っているらしくて得意になる。お祭りが有るので遊びに行くと言う。お菓子の袋が出てくるわ、日本語・英語・仏語・独語が混ざっての1時間で終着駅に到着した。側線に国鉄の電車が2両止まっている。隣のホームからは今しがたベルギー方面に向かってDCローカル線が出発して行った。奥のホームにはドイツの列車が止まっている。この小さな国はすべての列車が隣国行きであるが、自国の通貨も発行されている。
 駅舎の前の通りに整理員が出ている。すぐ右側の大道路は歩行者天国になっていて両側には出店や大道芸も「ビッテ」とドイツ語で書かれた横断幕が掛かっている。地元の楽隊が行進して来た。まったく予期していなかった歓迎に楽しくなって、郊外に出ての鉄道撮影は少しお預けにして街を散策する事にした。ルクセンブルグは渓谷を挟んで沢山の石橋のある美しい街である。突然一人の少年が寄ってきて「今何時ですか」とフランス語で尋ねたので腕時計を見せながら「トワレーズ」と言うと「メシ」と走り去った。時計は買ってもらえないが時間には厳格な教育がされている。
 午後も遅くなって祭りを楽しんだ多くの人々が駅に向かっていた。私も駅舎内にあるブルゼールに入ってジョッキでビールを一杯ひっかけた。その時シェパードを連れた二人の武装警官が駅構内を巡回する為に入ってきた。祭の行事があると国境を越えてのスリ団が横行すると云う。それに加えて最近テロで物騒ぎなEUは何処でも厳戒態勢である。
ルクセンブルグ駅の電車 歩行者天国 女神像 国鉄駅舎
 ホームに上がると17時24分発パリ東駅行きの列車が入っていて乗客も乗り込んでいた。座席を確認してから先頭の機関車を撮影して戻ってくると自分の指定席に二人の女学生が座っている。ここは私の指定席だと言っても彼女達も指定したのだと言い張る。すると後方に座っていた中年の婦人が「彼は座席を確認していた」と厳しい口調で注意を促がしてくれたのだった。ビレを確認し合うと彼女達は間違っていて前方の禁煙席だった。車内中央に透明の仕切りパネルがあり、前後に分煙されている。二人はしぶしぶ移動して行ったが乗客は満員になっていた為に着席出来たか少し気の毒になった。振返ってさっきの婦人に会釈すると「好かったね」と云わんばかりにニッコリ。
 定時に出発した列車は100%の乗客だった。よくも指定席を確保していたものだ。暫くして国境を越え45分でフランス北東部の都市メッツに到着した頃には辺りは真っ暗になっていた。隣にチェコのプラハ東駅を早朝に出発して来た国際列車ゲーテ号が入って来た。私の列車は一旦ドアが閉まりバックしてから隣ホームの大柄なドイツ客車の後部に連結された。すぐにドイツのサービスワゴンがやって来たのでサンドウィッチとコーラを注文した。流石にボリュームのあるドイツ製のサンドにはビールが欲しかったが混雑している車内では遠慮した。メッツからはレールも好くて、列車の快適な走行音はゲーテの詩でも歌う様にリズミカルで、一路パリ東駅に向かった。
1997年10月26日

BGM:ワーグナー作曲オペラ「ローエングリン」婚礼の合唱は さんのMIDI作品です