:BREATH




「これで資料は全部です」
 渡された捜査資料は思ったよりも少なく、普通なら打ち切りされて当然だろう。
 ただし、緑だけ複雑な表情で資料と向き合っていた。
(親父が「引き寄せあう」って言ってたのはまさにこの事か…)

 公園に内臓が落ちていると通報があったのはこの前の日曜日らしい。
 最初は血痕がない為、誰かが嫌がらせで家畜の内臓を置いたものと思われたようだ。
 念のため調べたら人間のものだったそうだ。
 DNAも鑑定中で、一週間後に結果が出るらしい。

(しかもこの公園…毎日隣を通ってるんだが…)
 おまけに公園の場所が緑の通学する学校の近所と気になる要素があった。

「傍から見たらオカルト要素満載よね」
「隕石が落ちた頃の話にあってもおかしくない事件だけどね」
 一緒に来た同僚の話を聞き流し、しばし考えを巡らせる。

「やっかいな事態にならなきゃいいけどな」
 ぼそりと呟いた言葉は同僚には届いていなかった。



 一日の授業も終わり、特に部活動もしていないゼノンとネメシスは図書館で宿題を終わらせるのが日課となっている。
「…漢字読めねぇ」
 そうぼやくゼノンの手には国語の教科書。
 無言でネメシスは英和の辞書を差し出す。
 地上に上がる際、支障がない程度に言葉を覚えたのだが読みはいまだに覚えられないらしい。
 うーんとうなりながら辞書をめくって調べていく。
「読めた?」
「おー、読めたから終わり~」
 ゼノンが調べ終わった辞書を閉じた瞬間、「パキン」という音がどこかから聞こえた。
「ん?」

「っだーーーー!!」
 勢い良く扉を開けたのは緑だった。
「静かに」
「あ、悪い悪い」
 ネメシスに言われて素直に謝る。
「学校戻ってきた直後にレッドアイとやりあってきた」
 そういわれて納得する双子。
 さっきの音は緑が建物に被害が及ばないようにするための結界を張った音だった。
「結界内に閉じ込めて逃げたけどな」
 他人の使いかたと違うのは、結界の張り逃げを平気でする点だろう。
 しかも相手を閉じ込めて自分だけ結界から出てくるという芸当までやってのける。
 今回もそうやって煙に巻いてきたのだろう。

「お疲れさん、とりあえず昼間のブツいただこうか」
 立ったままでは悪いだろうと席に着くように手招きしたゼノンが座るなり一言。
 そうであろうとコンビニで買ってきた大きめのカフェオレを渡す。
「買ってきたんだからちゃんと話聞かせろよー」
 言いながらネメシスにもミルクティーを渡し、ちゃっかり自分の分のコーヒー牛乳をひっぱりだす。


「コレ、お前らじゃないよな」
 緑に突きつけられた新聞の隅の隅に載っていたナゾの事件に双子は顔を見合わせた。
「えーと、何なに?人間の内臓らしきものが公園に落ちてた?」
「土曜日はいつも通りに授業出て、放課後は図書館で勉強してたよね」
「してたな」
「日曜日は寮の風呂場掃除して、午後からひたすら国語やってたよね」
「やってた」
 話しているゼノンとネメシスを見てると、相槌やしぐさが揃っていておもしろい。
「中身の部類にもよるな、肝臓とか心臓とか…大多数は全部置いてくがな」
「知ってる限り、心臓を置いていく者はいないよね」
「と言うわけだ、聞いてたか緑」
 言われた緑はコーヒー牛乳を飲みながら頷く。
「ま、俺らじゃない事はたしかだな」
 ゼノンが椅子にふんぞり返って天井を見上げ、ネメシスも凭れ掛かった。
「疑われてもしかたないがな…しゃーない」

 緑がこの二人を怪しんだのは正体を知っているからだ。
 ゼノンとネメシスは双子の悪魔なのである。
 なぜ地上に来て、普通の高校生をやっているのかと言うと…ゼノン曰く「姉貴の命令」。

「さては、回ってきたな?」
「回ってきた。コレが捜査の資料で…コッチが落ちてた『現物』」
 見せても差し障りの無い資料を二人に見てもらう。
 不可思議な事件は犯人が人でない場合が多い。
「新鮮な臓器ねえ…」
 ゼノンが何か引っかかっているようだ、手には「現物」の写真。
 ネメシスも写真を覗き込む。
「ずいぶん大きいけど…保健の教科書に載ってるかな」
「ムリ、腫瘍があるのかガン化してて元の形保ってないんだ」
 たしかに、こぶし二個分の大きさがあって表面はデコボコしている。
 肝臓腎臓なら色は茶色いし、すい臓ならばひょろ長い。
 心臓はガン化しないので除外、脳ならば皺があるし実は柔らかいので崩れる可能性が高い。
 胃は中が空洞なので出すとぺしゃんこになる、同じ理由から膀胱と肺も除外。
「で、結局どの臓器なんだコレ」
 図書館にあった人体解剖図と写真を見比べていたゼノンが不満そうに聞く。
「…ここ」
 躊躇いがちに緑が人体解剖図のあるページをめくった。
 そのページにあったのは…
「…精巣」
 ゼノンもネメシスもそのページを見て表情を変えた。


「ブレスだ」


 二人同時に同じ名前が出てきた。
「こんなことするのはブレスしかいない」
 ネメシスの言葉にゼノンがうんうん頷いている。
「知ってるのか?」
「知ってる…下から随分前に出て行って行方知れずになっている人とは聞いてる」
「なんか俺らが生まれる前には出て行ったって姉貴が言ってたなぁ」
 つまり、同郷同種族の悪魔ということだ。
「そいつって…ほっといて大丈夫そうか?」
「大丈夫じゃねぇ?ブレスは温厚な方だし」
 血の気の多いゼノンが「温厚だ」というのであれば、それほど急いで解決に向かわなくてもいいだろう。
 もう少し話を聞くか、とレポート用紙を引っ張り出した緑。

「『リヴァイアサン』ブレス…まさかこんな所で会うとは」
 ぼそりと、ゼノンが呟いた。


 今度は緑が顔色を変える番だった。
「ちょっと待て、それってお前らより上って事だよな!!」
「そ…そういうことになるな」
 緑の勢いに押され、たじろぐゼノン。
「武器は姉さんの所じゃなかった?」
「あ、プラズマそういえば下で見たわ、俺」
 冷静につっこむネメシス。
 傍らで緑は頭を抱えている。

「これって『こっちの』やつらには全然手に負えないんじゃ…」
 緑の懸念はここである。
 親の世代でゼノン達の種族とやり合って、かろうじで勝ったのを緑は聞かされている。
 勝因はぎりぎりまで相手の戦力を削ったのと、守護の者と手を組んだからだ。
「この件、カーマインさんに伝えた方がいいかもね」
 ネメシスの提案にぎくりとしているのは緑だったりする。
「同感、俺らは姉貴の命令でここにいるわけだから急な接触は避けたい」
 ゼノンの言葉には暗に「姉に怒られるのはカンベン」とある。
「A(エース)が出張ってくれると実家に話行かなくて済むんだけどなぁ…」
 状況からして、緑は半分押し付けられれば得かもと考え始めていた。
「でも、これ以上邪魔が増えたらマジで困る」

 邪魔…というよりは共通の敵である。
 おかげで三人が出会ったようなもの。
 三日に一度や二度以上の襲撃となると、邪魔すぎる。

「本隊じゃなくて、直接Aに連絡しておこ」
 緑がノートPCを出して連絡を取る。
 連絡しているA(エース)という所は特殊な部隊で存在自体が隠されいてるらしい。
 隊長自体、めったに表には出てこない。
「いいのか?本隊じゃなくても」
「今は本隊でも対抗できる人少ないから…いざとなればAから二人出してもらえば片付く」
 今、緑が言っている『本隊』も所属しているアサシンの部隊ではない。
「確か…ワザナの腕叩き切ったやつもAだっけ?」
「そうだよ」
「怖いなソコ」
 ゼノンの感想(?)もごもっともである。


 ちょうど良く下校のチャイムが鳴り響く。
「お、キリいいし寮に帰るか」
 教科書や辞書をまとめ、帰り支度を始める双子。
 緑も適当に出した資料を片付ける。
「今日の夜抜け出せそうか?」
「あー、食堂の後片付け当番だから遅くなるぞー」
「了解、じゃ俺もキューブに顔出してから迎え行く」
「その前にカーマインさんに連絡忘れないでしておいて」
「それはやっといた!」

 夜中の散策はこうやって決まったのであった。

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