| 夕螺の読書ページへようこそっ!! 2005年8月から2006年1月に読んだ本です。 直接こちらにお入りになった方は、検索した本を下にスクロールして探すか、「読書ページ」トップ(フレームページとなっております)へお入りください。 こちらに収められた作品は、以下の本たちです。 「姉の結婚」 群ようこ 「ファースト・プライオリティー」 山本文緒 「ハーモニーの幸せ」 田口ランディ 「白河夜船」 よしもとばなな 「光ってみえるもの、あれは」 川上弘美 「翼」 村山由佳 「めまい」 唯川恵 「いつかパラソルの下で」 森絵都 「西日の町」 湯本香樹実 「晩鐘(上・下)」 乃南アサ 「東京日記 卵一個ぶんのお祝い。」 川上弘美 「庭ができました」 銀色夏生 「先生はえらい」 内田樹 「百鬼園日記帖」 内田百 「漱石と十弟子」 津田青楓 「超バカの壁」 養老孟司 「此処彼処」 川上弘美 |
姉の結婚 |
| 集英社文庫 |
| 群 ようこ 著 |
| 表題作「姉の結婚」を含む8人の女性たちが登場する短編集です。 テレビなどではセレブという言葉が氾濫し、雑誌ではきれいな女性が華やかな服を着た写真が載っている。有名ブランドのバッグやら小物やらが紹介される。エステやジムに通い、小顔に見せるメークなどと化粧も大変である。そして海外旅行と。。。 このような世界そのものの生活をしている女性たちがもちろんいるのは確かで、すべてを完璧に備えている女性たちもいるだろう。 しかし。。。。「しかしまてよ?」と思わされるのがこの短編集である。また、この「しかしまてよ?」という実際の生活の中の女性たちを描くのが群さんの特徴でもある。 この前電車に乗っていたら、それこそ雑誌から抜け出たような女性が向いに座っていた。膝の上には有名ブランドの名が大きく入った白い紙のバッグが載っている。しかしその有名ブランドの紙バッグは、よく見ると汚れもありしわが目立つ。どう見ても後生大事にそうとう使い込んでいる紙袋である。紙袋などは、商品を入れてもらい店から家まで持ち帰るまでに使うべきものだろうが。。。 多くの女性たちは、あるところには金を使うが、そのほかのこととなれば節約をしているのだろう。どこかのお嬢様や、いいとこの奥様は別にしても、会社に勤めて必死に生きている女性たちにそのような余裕はないはずである。ところがテレビや雑誌などでは、その派手な部分しか見えず常に夢を与える。その夢と現実の狭間で女性たちがどのように生きているかである。 これは女性ばかりではなく男も皆同じなのである。 「家賃」では、月給の半分以上の金を家賃につぎ込む女性が出てくる。それが彼女の夢でありその実現だったのである。そしてこだわる。そうなると衣食住への金の配分が狂ってくる。衣類と食事部分は小さくなり、衣食住住住住。。。と 家賃を払うために10円の金もおろそかにはできない。そんな女性を群さん独特の筆は描く。 この女性は、部屋に帰ってくれば安堵し、幸せ感を感じる。 その幸せのためにはほかを犠牲にする。しかし彼女にとっては、苦しいがほかの事を犠牲にしているという意識はないだろう。ひとつに幸せのための努力である。 親の家に同居をしてスネをかじれない彼女にしてみれば。。。 同時にその他の作品では家族という単位でも描き、その家族という単位の中に生きる一人の女性を描く。 20歳ほどの若さで結婚をしてしまった夫婦の生活と、あとから続々と結婚をする友人たちへのご祝儀を捻出する女性。 三高といわれる理想の男と結婚をする姉の豪華な結婚式への拠出を頑張る家族。隣の家が豪華に建てかえされる中でも、ささやかな貯金だけを楽しみにし、冒険のできないまじめだけがとりえの父親を見てどんよりする娘。などなど。。。 現実の生活という厳しさが伝わってくる。 「姉の結婚」では、まじめそうに見えた夫の女遊びが発覚する。子供もいるので離婚も渋ってしまう。しかしひょんなことから父親が死んでしまい億単位の金を手に入れる。金が入ったら、その夫を張り倒して離婚。 しかし、その億単位の金をどのように生かすかは定かでない。。。。そこに一人の女性のお店を開くという雑誌に出てくる夢の中に金は消えそうである。 現実の中に生きる厳しさは、夢と理想とへのギャップであり、そこには金と愛情が介入する。この狭間の中で女性たちは必死に生きるのである。 夢と理想への狭間には平凡はない。しかし現実に生きることはこの平凡さにどっぷりと浸からざるを得ない。しかし気持ちはいつも夢と理想を追い求める。追い求める目の前には、腹の出た男がごろんと横になりのんびりと昼寝をしているのである。どんよりする女性たち。。。 2005年8月4日 記 夕螺 |
| ファースト・プライオリティー |
| 角川文庫 |
| 山本 文緒 著 |
| ある女子高あるいは女子大を卒業した女性たち。これまでは学生として自分自身の基礎を築く場所におり、親や学校の中に保護をされた環境の中にいた。もちろん個性のある女性たちではあるが、社会的に見れば学生という集団の中の一人であり、社会的個性はまだできていない。 そんな彼女たちは、社会の中に羽ばたき出る。 一人で食うために社会に出る。巣立ちというのは、社会の中ではじめてその女性の個性が出される場である。男社会の中での女性軽視など社会には様々な矛盾があるが、その矛盾する社会に無条件に入らなければならない。その巣立ちには、これまでの学生という立場で築かれた基礎において出発点も違うし、人生観の違いの中でのものである。もちろん育った環境もある。だから、その巣立ちにも様々な形態としてその後の彼女たちの未来を規定し、出発点からしてその違いは出てくる。 彼女たちが巣立ちをして10年前後の月日が流れ、彼女たちは31歳になった。 上に書いたことは僕の空想であるが、このようなことを想像することができるように「ファースト・プライオリティー」という作品は、その31歳の女性たちが主人公となった短編集である。 「冒険」「ボランティア」をのぞき、すべての短編はちょうど10ページとなっている(とは言っても「冒険」も「ボランティア」も12ページ)。31人の女性の物語である。ちょうど10ページづつ割り振られた31歳になった31人の女性たち、ここにこの作品の意図するものもあるのかもしれない。 女性というのは、男に比べると社会的の中において精神的に10歳はその精神年齢を高めるのかもしれない。男は大体40歳になる頃に、今までの人生を振り返ることがある。私生活においても社会生活においても、「こういう大人が一人出来上がった」という結論が人生の中間点として見えてくる。そしてその後の後半の人生を思い描くのである。女性はこの男が40才頃に思う気持ちを30歳を越えた頃に思うのか?結婚の適齢期(体的に子供を持つことができる)の限界も見えてくる。そして男社会の中では、仕事の先も見えてくるのかもしれない。そういう中で31歳は女性にとっての区切りを感じる年齢なのかな? この区切りを迎えた女性たちは、作品中では幸福な生活を送っているわけではない。恋・結婚・子育て・仕事・家族などと何かしら今までを振り返りながら今を悩んでいるようである。そしてこれからに不安を持ちながら生きていこうとしている。 「31歳」という短編には次のような言葉が出てくる。 「30歳を出たくらいの女っていいじゃないか。そろそろ迷いが吹っ切れて、腹がくくれてて、でもやり直しもスタートもできる歳だろ」 (305ページ) これまでの人生を振り返ればひとつの大人の女が出来上がっている。その自分を見たときには、いろいろな不満もあるが、同時にその不満な部分からまだ抜け出せる年齢でもある。 作品中の女性は、今を憂うがそこから1歩出ようとするし、同時に今ある生活に生きようと腹をくくる。 弱さもたくさん抱えている女性たちだが、そこには強い部分もある。 「今のままではいけない」「今のままに何を求めるか」その中に女性たちは動くのである。もちろんその動き方はいろいろである。しかし何か吹っ切れたものを持って生きようとしていく。 今の生活に疲れるだけではなく、ただたんに笑い飛ばすだけでもなく、これからに一筋の光を求める姿に強さを見るのである。 雑誌に出てくるようなセレブな生活をする女性は出てこない。出てくる女性はその辺どこにでもいる等身大の女性たちである。だからこそ、そのような女性たちの力強さに暖かいものを感じるのだろう。 その強さの中心となるものは、これからの人生の中においてのプライオリティーすなわち優先すべきもの、あるいは今大切にすべきものというのか、それの存在に気付くことなのかもしれない。 それは、人並み以上の優れたものでもなく、人並み以上に目立つようなものでもない。恋であり結婚であり、仕事でありそれはすべて日常にある。もちろん優先すべきものの反面には切り捨てるものあきらめるもの置き去りにするものも出てくるだろう。それもまた恋であり結婚であり仕事である日常のものなのだろう。 最後の短編は、「小説」である。 30人のいろいろな女性たちを描いてきて、山本さん自身をご自身が見つめたような短編である。離婚の経過も書かれ、小説家といえば華やかな生活を思い描くが実際はそうではないこと、読者に認められないことなどなど。。。 離婚後の自分。。。 恋や結婚、小説にももどかしさは残るが、その中に吹っ切れたある心や腹をくくろうとする小説家の姿がある。 このたぶん山本さんご自身の姿であろうが、そこに見るのはそれまで描いてきた等身大の女性たちとなんら変わるものはないのであり、同じ31歳の女として生きていこうとするものを思い起こされる作品である。 「小説」の主人公は、結婚生活を失う。しかし小説を書くことに一筋の光を見るのである。山本さんのプライオリティーは小説なのである。 ここに迷いが吹っ切れ、腹をくくる一人の31歳の女性がいるのである。 偶然にも群ようこさんの「姉の結婚」の後に続けて読んだが、題材としては同じものだろう。作家の個性が見えておもしろいと思った。 2005年8月11日 記 夕螺 |
| ハーモニーの幸せ |
| 角川文庫 |
| 田口 ランディ 著 |
| この作品には、オカルト的な話や人の中に在る不思議なパワーを感じさせる話がたくさん出てくるエッセイ集である。 以前読んだ「オカルト」と同じ系列にあるのだろう。まだ小説は読んだことがないし2冊しか読み終わっていないので断定はできないが、田口さんの日常にはオカルトというものが常に中心にあるのではないかと感じる。 「オカルト」の中の冒頭のエッセイ「異界の扉」には、オカルトの世界の扉が開かれたのは、田口さんの実の兄の死によるものだったそうである。引きこもりであった兄の衰弱死、それを発見した田口さん。幸福とはいえないように見える家族関係。田口さんの心はそうとう傷ついたのでしょう。ここに田口さんの作家としての道やオカルト的な日常の原点があるわけです。 それは田口さん自身の傷ついた心を癒すためのものとして作用する。 亡くなってしまった兄の言葉はもう聞けない。でもなんで死んでしまったかを知りたい。そしてその兄の心の中が知りたい。それを知ることが田口さんにとっての救いだったのでしょう。ここにオカルト的な心の動きが出てきたのでしょうし、そこに心の安定を見つけたのだと思います。 オカルトと言っても幽霊など怖いものが出てくるわけではなく、神様や仏様の出てくる宗教でもなく、 「日常性の中に埋没しがちな意識を、その瞬間、一段高めるようなものであれば、それは霊性(オカルト)なんですよ。」(対談相手である加藤先生という方の言葉の紹介から) (302ページより引用) と、あるように心の状態を向上させてくれるようなものは、何かしらのパワーがあるわけでそれを霊性(オカルト)とし、人の心をひきつける優れた人の中にも見つける。 たしかに、ここには神や仏を信じる宗教観があるわけではないのでちがいはあるのだろう。しかし、この世の理解できないことや不思議なこと、様々な因果関係を神や仏というものを作り上げてその霊性(オカルト)とすることと、芸術や音楽などはもちろん、料理など様々なプロの技やウンチク・人生哲学に対して、その方面での自分の能力のなさを感じてそこに不思議さや特殊な力を感じてそれを霊性(オカルト)としてみることには根本は同じなのである。田口さん自身は無神論らしいが、自然や心の動き、人の優れたところに神や仏と同じものを見ているのではないかと思う。 このような自然や人間の持つ不思議な力に素朴なオカルト性を感じるが、この人間の持つ不思議さの先には必ず人の霊能力にもたどり着くのである。 それは夢であったり占いであったりする。 占いについては台湾での経験を多く書いているが、夢については、ある公開討論のなかで、ある人から「お兄さんはあなたの犠牲になったんじゃないですか?」という質問に田口さんは答えを出せなかった。 しばらくして田口さんは兄の夢を見る。夢の中での「私のために犠牲になったの?」という田口さんの質問に兄は憤慨した顔をする。この夢を見る中で田口さんの答えられなかった答えを確信していく。 夢は人の心の奥底を表すという心理学もあるが、夢が田口さんの確信を生んでいったことなのだろる。 科学的な心理学とオカルトとは案外強い結びつきがあるようである。 僕は読んだことがないが、インターネットで検索すると、ユングの系列にオカルト性を見ることができそうである。それと日本の心理学とがどのように結びつき、心理学の本をたくさん読んでいるようである田口さんとがどこと結びつくのか?このへんがわからないと田口さんの書いたものを理解できないのでは中と思う。 しかし読んだ後の読後感としては、田口さんが無神論であると書いたりするあたりに科学的な心理学があり、一方には理解できな不思議なものや人の心や力が存在する中でのものをオカルト的に信じていくという両面が現れていることは確かではないか。 でも、このようなものは田口さんが特別な考えを持っているということではなく、人は日常は科学的な考えで生きているようだが、神社やお寺に行けば神や仏に祈るのであり、占いに心動かすし、夢に不吉さを見たり迷信というものにこだわったりもする。田口さんの特別な感性は、この科学とオカルト性の狭間にあってそれを生きていく上において自身の活力にしたり、心の奥底にあるものを発見したり、あるときには現実から逃げるというそういうものを訴える力があるということである。 その意味では、人々の中にあるオカルト性という心をを上手く表現した作家なのだろう。 その意味では、よしもとばななさんに通じるところもあるのかもしれない。 2005年8月24日 記 夕螺 |
| 白河夜船 |
| 新潮文庫 |
| よしもとばなな 著 |
| 表題作「白河夜船」をはじめ、3つの恋の短編集です。 しかしその恋は深い夜の闇に中に包まれたような恋です。その闇は底なしのように深く、その闇に吸い込まれたときには時間も過ぎては行かない。体の感覚は鈍くても心だけは冴え渡り、体から離れて部屋中を浮遊をする。体は昼の世界の戻っても、心だけは底なしの夜に捕らわれる。 寺子は、眠り続ける。どうすることもできない睡魔に吸い込まれるように寝てしまう。その眠りから呼び起こしてくれるものは、不倫相手の岩永からの電話のベルだけだった。いろいろなところから電話はあるが、岩永の電話のベルは違うのである。 心底愛する岩永が生活できない寺子に金を渡す。それはやさしさからであるが、それがまた寺子を眠りの世界にいざなう。 しかし、そのうちに寺子は岩永の電話のベルでさえ眠りの世界から抜け出せなくなる。 心は夜の世界に捕らわれてしまうのである。 その寺子の心を夜の世界に閉じ込めているのは、交通事故で植物人間となってしまった岩永の妻の存在と、その妻を愛する岩永自身の心だろう。寺子は酒を飲みそして眠りの世界に入り込む。 岩永の妻の親族は優しい人ばかりで、岩永の籍から抜いてもいいという人たちばかりである。岩永はそのやさしさを知るが、妻への愛を捨てきれはしない。植物人間として永遠に生きていくと思われる妻。。。ここに普通の不倫の恋とは違うものがある。 人は心を縛られることにより最大の自由の束縛がある。その束縛がどうすることもできない中に永遠の深い夜の闇がある。心はその闇から抜け出せなくなるのである。 「夜と夜の旅人」では、兄と従兄妹の恋を描き、その兄の死が従兄妹を底なしの夜の闇に閉じ込めてしまう。死というどうすることもできないものの中に深い夜の闇がある。その夜の闇に閉じ込められることにより、人は永遠に心を縛られてしまうのである。 「ある体験」は、ある男との三角関係である。そこには女同士の激しい嫉妬のぶつかり合いがある。男は逃げ女二人が男の部屋に取り残されれる。そのうち女同士は別々の世界に生きるが、激しい嫉妬の中での恨みあった二人だが、ときが立つうちに一人の男を愛したという変な許しあう感情が沸き起こる。風のうわさにその相手の女は死んだと聞く。ここにも死というどうすることもできないものがあり、永遠に死んだ女の心はわからなくなる。ここに心が捕らわれ続けばやはり心は永遠の夜の世界に閉じ込められるのである。 このように3つの短編は、ただの恋の物語だけではなく、心はその恋にとりこになるのではなく、恋するがゆえに乗り越えられない心を縛る夜の闇が存在するのである。 しかしこの短編集はここで終わるのではない。 ここによしもとばななさんらしさが現れるのである。 「白河夜船」では、夢うつつの中に植物人間の岩永の妻が若い姿となって現れる。「夜と夜の旅人」では、従兄妹が兄が帰ってきたと言い、主人公の妹は兄の子(アメリカ人の恋人の子)を見る。「ある体験」では、交霊により主人公はしんだ女と話しをする。 この中にそれぞれの夜の深い闇に捕らわれた主人公たちの心は開放される。 ここに宗教とは違う「オカルト」がある。 先に読んだ田口ランディさんの「ハーモニーの幸せ」に見る死んだ兄への思いをオカルトの世界から見るものと同じ構図である。 人は捕らわれた心がぱっと霧が晴れるように解き放たれる瞬間を体験するだろう。その理由は夢だったり日常のほんの些細な事柄からだったりする。オカルトというものも例外ではなく、このぱっと霧が晴れ渡るような瞬間の心地よさとうれしさ。それをばななさんはうまく表現をしているのである。 2005年9月 2日 記 夕螺 |
| 光ってみえるもの、あれは |
| 中央公論社 |
| 川上 弘美 著 |
| 江戸 翠(みどり)高校生、男。 翠は母親(愛子さん)と祖母(匡子さん)との3人家族である。 そして戸籍上には存在しない遺伝子つながりだけの父、大鳥さんがその家族に時々顔を出す。 翠には恋人平山水絵がおり、親友花田がいる。 学校に行けば風変わりな先生北川(キタガー君)がいる。 翠は、平凡な毎日の中において、周りのこれら6人の人間を語っていき、その中においての自分を探していく。 ある意味では青春小説である。が。。。 あまりにも平凡に過ぎ行く毎日であり、そこには心を沸き起こすような青春はない。 愛子さんは言う。「どうして翠はこういう家に育ったのに、そんな普通の子なの」 たしかに翠は「普通の子」である。普通に生活をし、普通に学校に行きバイトをし、普通に恋をして毎日を過ごしている。 そんな「普通の」翠が、毎日の生活の中において風変わりな人間たちと接し、何かを感じながら翠自身の心にも変化が起こる。何も青春小説のように生きる死ぬというような劇的なことは起こらないが、代わり映えのない生活の中において平凡ながらも心に感じ取りながら変化する翠の姿も、また、青春物語なのである。 裕福とはいえないけど、一応は食うに困らず学校にも行き、大モテもしないが好きな彼女ができ、毎日を過ごす。多少の家庭的な複雑さは背負いながらもそこで育つことは子供にとっては当たり前となり、学校に行けば複雑な人間関係もあるがそこそこにいろいろなことを話せる友だちもできる。そういう社会関係の中に子供は育たざるを得ないのであり、その中において「普通」なのである。 少年にとっては、親子関係や周りの大人というものは、自分がもの心ついてからの人間としてしかわからないものであり、その過去となるとその人間の過去に生きていたことは知るが霧の中にある。そしてそこにはさまざまな人生があったのである。動物的な遺伝子を家族から受け継ぐと同時に、人間の過去の生活というそこにある家族関係という遺伝子をも引き継ぎ少年は存在するのである。それがまた少年にとっては「普通」なのである。 このように翠という「普通の子」の青春は、翠一人の特殊な青春ではなく、「なんだかんだとあるが、平凡ながらも普通に育ってきた」というような人間すべての青春物語なのではないだろうか。 その中にこの作品から感じ取れる何かがあるのである。 愛子さんは、マイペースに暮らし佐藤さんという名前からして普通の男と付き合っている。匡子さんは、翠に何も包み隠さずに話しをしやはりマイペースである。 平山水絵は、「いとしい」に出てくるミドリコほどの個性は示さないが、「女」として翠を惑わす。 花田は、「うろうろ生きている」ことを嫌い、セーラー服を着て登校する。それを見たキタガー君は、「うろうろ生きている」ことに疑問を持つ花田に、セーラー服は脱いだほうがいいが、「うろうろ生きる」ことを嫌うことに理解を示す。 大鳥さんは、なぜ翠という子を授かったのに愛子さんと結婚をしなかったのかという問いに、街中に突然現れた馬が怖くて逃げ出したらすべてから怖くて逃げ出すようになってしまったと、禅問答のようなことを言う。自分が駄目な人間ということを悟ってしまったのである。 ここにみる人々の中には、恐れを知らない女と、恐れあるいは不安を持つ男がおり、風変わりさは男の中に現れている。 翠は、「女」としての平山水絵に「私のことがほんとに好きなの?」というような風に詰め寄られる。翠は本気で好きなのかとは何かと悩み、そこには恐れる男、自分の心に不安を持つのであり、そこに恐れる「男」と不安を持つ「男」を見ることができる。 この意味では、この作品が翠という少年の青春物語であると同時に、花田も含め、少年期から大人の男となっていくうえでの物語りでもあり、女性(作家)から見た男というものの風変わりさ、つかみどころのなさを表現した物語であるとも言える。 初期の作品「溺レる」は、初めて読んだ川上作品で、その感想はあまりよくないものであったが、「光って・・・」というこの作品の馬のたとえから大鳥さんの逃げる男を読んだとき、「溺レる」もまたちがったものとして読めるような気がした。「自分が駄目な男」これはある部分では女に恐れを感じる男であるが、わけもなく逃げる男とあっけらかんとついていく女。ここに微妙な男女関係の心が見えてくるような気がする。 大鳥さんは今も逃げている。愛子さんは愛想をつかせながらも捨てきれずにいる。翠は、平山水絵がほんとに好きなのかを悩みその答えから逃げている。答えを聞かせてもらえない平山水絵は、距離を置こうと離れるが翠を捨てきれないのだろう。この微妙さ。。。。 衝撃的な事件や性、恋を描き人間を表現する作品も多いと思うが、「この微妙さ。。。」が、川上さんの魅力だと思う。 作品の後半は、夏休みに男たち4人が九州の五島列島のある島に行く。 4人そろってというわけではないが、大鳥さんはキタガー君に金を借りて友人を訪ねる。大鳥さんの誘いを受けてキタガー君も研修と嘘をついて島に向う。花田の親類がいるということで花田と翠も島に向う。 この作品の後半になると、物語は動きはじめます。 花田と翠は、島でののんきな生活を過ごすが、あるとき離れ小島の神社に向う。翠は骨折をする。 花田と翠は大人の男の友情というのか気持ちを確かめあい、翠と大鳥さんは父子関係を強める。翠が大人のの男である大鳥さんの心を知ったのだろう。 翠は急激に大人の男となる。 「俺と暮らすか。。。」という大鳥さんの言葉に翠は転校をして島で暮らしはじめる。 このような男に対して女はどうか? 愛子さんは自分が翠をほったらかしにしたことに涙する。匡子さんは気丈にも翠を励ますがやはり隠れて涙する。平山水絵は、「翠が他の人を好きになったら怒ります。怒ってもいいよね」と女心を手紙に書く。 翠と大鳥さんは、気楽にもモテルかモテナイかを話する。 ラストはこんな男女関係が書かれる。 この急展開は、「古道具 中野商店」のラストにも見られ、読者にとっては、いつまでも古道具屋の中野さんでいて欲しいと感じる寂しさを感じさせるが、この作品のラストも、特に女性読者にとっては、描かれるラストの男女関係がたしかに現実社会の男女関係をある意味では現すにしても抵抗感を感じるものであるのかもしれない。男の僕にとってもラストの女性たちはいただけない。 しかし老いていく者と成長するものの世代交代上にもいつか来る寂しさなのである。 「光ってみえるもの、あれは」 それは今までの少年期の翠の毎日である。 翠はその光って見えるものに背を向ける。 それは、少年期を過ぎた男になったからなのか。 「戻るか」という大鳥さんの問いに翠は光っているものに背を向けるのである。 翠は少年期にはけして戻れないことは確かである。大人の男としてどう生きるか? 大鳥さんのように逃げて生きるのか? その逃げとは何か?ドロップアウト。。。 「ドロップアウトって何だかかっこいいですね」と、大鳥さんは老婆の問いに笑って答える。 逃げというのもある場合にはいき方となる。一人の女を幸せにできそうもないとわかったら愛するがゆえ逃げるしかないときもある。 自分の生き方を見つけたときに人は本気になりまじめになるのだろう。 時と場合によってはドロップアウトも仕方ない場合がある。そんな男たちのかっこよさ。。。 こんなかっこよさに惹かれる女性たちをも描かれているのかもしれない。 翠はどんな大人の男になるのか。。。。 2005年9月16日 記 夕螺 |
| 翼 |
| 集英社文庫 |
| 村山 由佳 著 |
| 「インディアン・・・・・いや、ネイティブ・アメリカン。。。。」 鷲が急降下して飛び去った。一枚の羽を残して。。。 少年はその羽を拾い、祖父「木でできた脚」(ウドゥン・レッグ)から新しい名前をもらった。 「鷲の心臓」(イーグル・ハート) しかし少年には生れ落ちたときからの名を持っている「ブルース」 少年は、母である先住民族のインディアンと白人の父との間に生まれた。少年はインディアンのもとで育てられた。 ネーティブ・アメリカンとして呼ばれようがインディアンと呼ばれようが、その人の住めそうもないような土地である居留地生活には違いはない。 真冬は、日本人であることを捨てた。 父親の自殺と母親からの虐待が心を蝕み、帰国子女としての日本生活は、同じことをし、同じような人間でなければ受け付けない日本という風土にぶちあたる。真冬という名前が珍しいというだけでも。。。。 しかしアメリカ国籍になっても「ジャップ」であった。 日本国籍であろうが、アメリカ国籍であろうが真冬の心は癒されない。 幼いティムは、インディアンの母と白人の父との間に生まれ、同時に母親の虐待から心を閉ざしていた。 ティムの中に真冬とブルースの心の痛みが同時に存在をする。ただティムは幼いのでそれを自分の意識として意識できないだけであり、虐待の痛みから逃れるためと自分の存在感を示すためにおどおどするばかりである。 真冬とブルースの生きている現在と、これから生きていかなくてはならない未来へのティムの姿。これをこの作品を読み終わった読者の心の中にどのように残そうとしているのかがこの作品の主題だろう。 人は社会的動物であるという。 無防備なままに生れ落ちた瞬間から人はこの社会の中に入らざるを得ないのである。 社会というのは、お互いに深い関係状態にある二重構造である。国家という単位の社会と家族という単位の社会である。 真冬は、アメリカで生まれ育ち幸せな家庭生活をおくっていた。しかし父親の自殺現場を見てしまう。子供である真冬はその光景を見て立ちすくんでしまい何もできなかった。そんな真冬に対して母親は、お前がすぐに医者を呼べばあの日とは助かったかもしれない。お前がいることが人に不幸を呼ぶのだと言葉の虐待を始める。 父親の死後日本に帰るが、日本語がうまく話せず、名前が真冬という珍しい名であることだけでもいじめにもあう。 真冬はこんな家族という社会と国としての社会に心を傷つけられたのであり、アメリカ国籍をとった後は、家族という社会を捨てたことにもなり、アメリカという国の矛盾に突き当たる。 ブルースは、白人である父リチャードの子として生まれるが、その家族サンダーソン家には受け入れられなかった。母性社会であるネイティブ・アメリカンとして育てられ、成長したブルースは、した働きとしてサンダーソン家の家族に下働き同様使われる。ネーティブ・アメリカンとしては、白人社会の中での民族の扱われ方を見てきた。 真冬もブルースも、家族・国という二重構造の両社会から心を傷つけられてきたのである。 しかしこの作品は、家族・国というものの矛盾を書き表す社会派小説にはとどまらない。 家族・国という二重構造の両社会に対するものは、個人でありその個人の心である。読み終わった後の二人への思いとティムの未来に対して暖かいものをこの作品から受け止められるのは、まさに個人とその心にあるのである。 ニューヨークでの真冬の生活は、1軒の家を借りた共同生活であった。 そこにはアメリカ人はもちろん、ヨーロッパやアジアの民族も同居していた。そこには民族(人種)の問題もなく、心のふれあいがあった。この小さな人の集まりに、日常生活を共にするという中に一つの家族形態に似たものがあり、様々な民族の集まる小さな国もあった。この作品の中で考えてもらいたいというものが、この共同生活に見ることができる。救いがある。 ブルースが子供時代をすごしたネイティブ・アメリカンの家族と自治社会を民族の歴史と自然との一体性の中に見ることができ、その中に真の心と家族関係を見ることができる。 これ等を一つの理想形態として描かれているのではないか。 これに対して描かれるのがサンダーソン家である。アリゾナに広大な牧場を経営するサンダーソン家。敷地内には豪華な邸宅がある一方使用人の貧しい家がある。使用人は主人の前では帽子を脱ぐ。そこには一つの村とも呼べる社会が形成されている。 しかしサンダーソン家の中には、心の温かさもなく個人同士は冷たい関係にある。 ここにアメリカ社会という矛盾と一つの家族という社会の矛盾を見ることができ、個人とその心のゆがみを見ることができる。 真冬の共同生活、ブルースのネイティブアメリカンの生活とこのサンダーソン家の生活とが対比されているようである。 真冬のニューヨークでの共同生活の中での個人とは?その個人の心とは?という人同士のふれあいと、ブルースのネーティブ・アメリカン社会での個人と人の心のふれあいが描かれ、真冬とブルースは、真冬がサンダーソン家の長男ラリー(犯罪に巻き込まれ結婚直後殺されるが)と結婚をしてティムという子を育て始め、サンダーソン家の当主リチャードの子としてのブルースとが出会う。ここに真冬・ブルース・ティムという3人とそれぞれの人の集まりの中でのそれぞれの人々との関係が描かれ、その中に個人とは?その心とは?というものが描かれるのである。 真冬、ブルースそしてティムは寄り添うようになる。それは同じ境遇だからというものもあるだろうが、お互いに心を開くことができるという面で寄り添うようになるのである。この3人にとって新たにニューヨークの共同生活、ネイティブ・アメリカンの共同体そしてアメリカ社会の縮図とも言えるサンダーソン家がそれぞれ描かれ、その中の人々が描かれる。 それぞれが対比的には描かれるが、それは白黒を付けるというような単純なものではない。それぞれの人々に白黒をつけはしない。 サンダーソン家の中でも、真冬の夫ラリーとその父リチャードは真冬やブルースに理解を示し心を開く、逆にネイティブ・アメリカン社会にもその裏側があり、ブルース自身も白人社会に生きたいと思う。ニューヨークの共同生活内ではそのうちの二人が結婚をするという。これは共同生活の崩壊を予感させるし、真冬自身は、アリゾナには生きられないと思う。 人というのは、100%悪であったり、100%善であったりするのではない。家族や国という社会の中に生きつつ様々な意味で影響を受けている。その中にあって、個人そしてその心にいろいろな面の人格が形成されているわけで、そこには弱さも強さもあり、善もあれば悪もあり、それぞれの心が同居するのである。その意味においてはっきりとした白黒は付けられないのである。真冬、ブルースそしてティムをはじめ、すべての登場人物は、この意味において白黒を付けられない普通の人々なのである。 勧善懲悪的な意味ではこの作品は読めないだろう。 豊かさもあれば人種差別や様々な矛盾のあるアメリカ、日本という国も同じだろう。その国という社会に対して相対する個人とその心も白黒のつかない混沌さの中にある。これが現実であり、この作品はこの現実をそのままに描いたものだろう。 しかしこの社会も個人という人間とその心も現実のままに描いた中に、読後感として残る暖かさはどこから来るのだろ? 冬実もブルースもティムも心を閉ざしていた。しかし、ふれあいの中から徐々に心を開いていく。傷つけられた心をお互いに癒していく。 その過程を見る中に暖かさを見るのだろうと思う。 ブルースの父親リチャードも真冬には心を許していくが、冷たい家族関係の中において心を開いていくリチャードの姿にも暖かさを感じるのである。 このように心を開いて正直な目で自分を見つめ、周りの人々を見つめ、家族というものや社会と向き合ったとき、そこには新たな見方で見ることができる自分がいるのではないか。 そこに真冬やブルースそしてティム等の未来読者は心をはせるのでありそこに暖かさを感じるのではないだろうか。 もちろん国や家族関係そして周りの人々という客観的なものが変わるわけではなく、その中で未来も生きるわけだが、力強くなった3人の幸せを祈りたくなるのである。 村山さんの作品は、まだ何冊かしか読んでいないが、ラストは、主人公たちがこれからどのように生きていくのか、幸せになって欲しいと思うようなそんな未来に読者の心が馳せて行く終わり方をしている。これが村山作品の特徴ではないか。 2005年10月1日 記 夕螺 |
| めまい |
| 集英社文庫 |
| 唯川 恵 著 |
| ホラー的な10篇の短編集です。 「刹那に似てせつなく」の感想に、「この本の『解説』を読むと、この作品は唯川さんにとって大きく変わっていく中での作品だと書かれている。 少女小説から大人の恋、そしてこの作品によってサスペンスへと。」 そして「めまい」はホラーである。この作品の後の「病む月」は、やはり10篇からなる短編集で10人の女性の情の激しさを表現する。そしてその後に「肩ごしの恋人」となり、ホラー的なグロテスクさはなくなり、激しい女性の情もなくなり、女性の恋という情から離れた一人の人間として、「るり子はゲイのリョウに好きだと告白をする。女を愛せないリョウという男に。。。。そしてつぶやく『好きだからそれでいい』」(僕の感想より)という穏やかな愛を表現する。 僕は、このさん作品より以前の唯川さんの作品は、「夜明け前に会いたい」しか読んでいないが、どことなく昼のメロドラマ的な恋や愛の甘さを感じる作品からの脱皮がなされてきているのではないかと思う。 その実験がサスペンスであったり、ホラーであったりしたのだろうし、この作品のジャンルにこだわることからも脱皮をし、本来の唯川さんのスタイルである恋愛小説をもっと掘り下げたものとしての「肩ごしの恋人」があるのだろうと思う。この意味で本来の自分のスタイルを発展した形での脱皮がされていっているのかもしれない。 「めまい」「病む月」は、ひとつの過渡期の作品となると思うが、その意味において「めまい」は読まれるべきでは? 「刹那に似てせつなく」が、サスペンスとして成功しているかはわからないし、この「めまい」がホラーとしてのジャンルとして成功しているかも疑問である。 しかし、サスペンスにしてもホラーにしても、やはり唯川さんの作品が持つ柔らかさと哀れみさというのか悲しさが出ている。 ホラーといえば、幽霊や化け物、異常性格からの殺人鬼などを連想するが、この作品に出てくる主人公が経験するものはそのような異常な世界ではなく(「嗤う手」は例外か)、普通の女性が落ち込みかねない世界であり、ありいえるホラーの世界である。そしてそれは女性の恋愛感情であったり女性同士の確執であったりもし、それを唯川さんらしい柔らかさの中に表現をしているのだと思う。そして読み終わると怖さよりも哀れさや悲しみが心の中に残り、それは唯川さんの描く恋愛の世界である。 「青の使者」では、水槽に新たに入れた青い鯉が病気を移して他の魚たちを殺してしまう。その青い鯉と恋敵である女をダブらせていく異常さ。その男に愛を感じるわけでもなくさえない男であるが、ここに女の独占よくというものを感じ、この独占欲が異常なまでに心を狂わせるかなしを感じる。「誰にも渡さない」では、その独占欲が生霊となり、男に近寄る女を不幸にしていく。そしてその生霊となった自分は自分という人間でも制御できない存在となってしまう。 「きれい」「眼窩の蜜」では、自分の女としてのコンプレックスを描き、このコンプレックスは幼馴染や姉妹に対して向けられ、確執となりその確執がグロテスクな異常な世界へ引き込んでいく。 このように、この作品は女同士の心のぶつかり合いや確執にその怖さを描いている。どのように書いたらよいのかよくわからないが、たとえば、ある女には恋人あるいは夫がいてその男を愛し執着をしている。そこに他の女が現れた場合、女の心には二面性が現れる。愛する男を守りたいという心と、男を取ろうとする女が友人であったような場合は、男を守るという以上に女同士の確執というのかプライドというのか、そのような心が先にたつこともあるといったところか。。。。 そんな女心の強さを感じる作品である。 しかし最後の「月光の果て」は、死にゆく少年と中年となる女が出てき、その年の差の中には恋愛とは言えない男女関係が現れる。女は理屈ではない愛しさを少年に向ける。女心の純粋さというのだろうか、激しい憎しみや確執を女心に現れると同時に、愛しさという優しい女心もその激しさとなって現れるのであって、最後のこの「月光の果て」において異常さはあるにしても女心としての暖かいものを感じる。 これによりこの作品集が単なる怖さだけを表現するホラーとは異質であり、ホラーを取り入れた恋愛小説なのである。それが唯川さんらしさの表れなのだろう。 この文庫版「めまい」の解説は、篠田節子さんが書いている。 篠田さんには、同じような恋愛の中に感じるサスペンスやホラー性のある短編集「愛逢い月」がある。その篠田さんが解説を書いていることにおもしろさがあり、「めまい」と「愛逢い月」を読み比べることをお薦めします。 篠田さんは、 「この『めまい』はホラー小説ではなく恋愛小説、唯川恵の最も鋭角的なきらめきを持つ恋愛小説集であると、私は考えている。」 と書いていますが、篠田さんの「愛逢い月」も「幻想小説、恐怖小説に属するが、このジャンルに恋愛というのは『すこぶるふさわしいテーマでもある』と書いています。」(僕の感想より)というように、そこにあるのは恋愛です。 2005年10月13日記 夕螺 |
| いつかパラソルの下で |
| 角川書店 |
| 森 絵都 著 |
| 森絵都さんの作品は初めてでした。 森絵都さんについてネットで検索していたら、「ヤング・アダルト」という言葉が出てきました。僕はよくわからないのですが、どうも中学生から高校生を対象とした言葉であり、この世代に向けた文芸作品の一つのジャンル(その中にも恋愛やSFなどというジャンルに分かれるのでしょうが)のようです。 僕が高校のころ、「高校1年生時代」とか「高校1年コース」とかいう月刊誌がありましたが、その中に文芸作品らしきものがあり、ほとんどが高校生が主人公の恋愛小説で、ドキッとする性的な描写もありました。このような作品をもっと文学的にしたのが「ヤング・アダルト」なのでしょうか。 プロフィールを読むと、やはり児童文学の出身であり、多くの賞を受賞されています。その作品が「ヤング・アダルト」というジャンルになるのだと思います。多くの森絵都さんファンは、この頃からのファンであり、その意味で森絵都さんは「ヤング・アダルト」作家なのでしょう。その後「永遠の出口」で「児童文学の枠を超えた作品に挑戦」(この本の作者紹介より)し、そしてこの「いつかパラソルの下で」が発表されたようです。 児童文学出身の多くの女性作家がいらっしゃいますが、その中に森絵都さんもこれから加わっていくのかもしれません。その中でも、角田光代さんの初期の作品や村山由佳さんの作品がヤング・アダルトを少し越えたところに位置すると思われる二十歳前後から20台半ばぐらいを対象としたと思われる作品を書いていますが、この「いつかパラソルの下で」という作品も同じ世代を対象にしたと思います。若い人たちの読書離れが叫ばれている中、この世代を対象にした作品と作家は貴重です。小説という世界ではなくても、詩という世界でその役割を代表したのが銀色夏生さんでしょう。 本の帯には「ハートウォーミング・ストリー」と紹介されていますが、「心温まる作品」というような意味のようで、一時流行った「いやし系」ともいえるのかもしれません。 「いつかパラソルの下で」は、二十歳前後から20代半ばぐらいの青年期の人々の心を暖かくする(癒す)作品ということになります。 しかし、幼児を対象にした絵本や童話がそれを読み聞かせる大人をも感動させるというように、優れた作品というものは、ジャンルや対象年齢を飛び越えてあらゆる世代を感動させるものです。それが文学でしょう。その意味ではこの作品は、20代はもちろん、僕のような世代でもその世代としての感動があり優れた作品だと思います。 僕のような世代でも、というのは、この作品が親子関係あるいは家族関係を題材としたことにもあると思います。青年期の子から見た父親という面では、その世代から見たものがあるでしょうし、僕のような父親世代から見ると、僕という一人の人間(男)のこれまでの人生があり、それとどう子供たちが向き合うかを見ることになります。 この意味では家族小説だと思います。 父柏原大海は、事故で急に他界する。 だから大海自身は何も語らない。 柏原家に残された語り手である野々そして母、兄、妹は、大海の1周忌の打ち合わせに集まる。 野々は、二十歳になると飛び出すように家を出た。それ以前に兄も家を飛び出していた。それというのも父大海は、病的なほどに厳格な父であり男女の交際はもちろん様々な細かいところにまで子供たちを縛り付けていたからで、父から解放されるために飛び出したのである。妹だけは父に逆らわず家に残り公務員をしていたが、父の厳格さに従うことにより、化粧っけもなく付き合う男もいなく、その父親に縛られる象徴とも言えるように、襟元に古風な刺繍をしたようなワンポイントをつけている。白いブラウスの一番上のボタンまでぴっちりと締め、おしゃれの仕方もわからない。でも女性らしく襟元を着飾ろうとするがその模様は古風な松の模様で、それがまた若い女性であることを忘れさせられるような印象を与える。 野々は、家を飛び出してからはいろいろなバイトをしながらいろいろな男と同棲を繰り返し、兄も女にはだらしがない。厳格な父から逃げ出したことによる自由である。一方の妹は、父親に縛り付けられた中に自分を自分自身で律する性格となってしまっている。この対照的な兄弟たちの生活に父親の厳格さの子供たちに与えた影響を表している。 野々が性的に男と交われないという中に父親の厳しさの存在が潜在的に野々の心に入り込んでいるのかと暗示される。 このような3人の兄妹は、父を嫌い、今ある自分を父親のせいとして憎んでもいる。 そのような中、野々は、母から自分とは関係のない避妊具と、若い頃に書いた恋文を大海の部屋から見つけたと打ち明けられる。母親も魂が抜けたようになる。 そして大海が浮気をした相手という女性矢萩が現れる。 残された一家はまさに青天の霹靂であり、家庭の中でのあの厳格すぎるくらいの父親と、浮気をしていた父親とのギャップに怒る。 矢萩は、大海が亡くなる少し前の「暗い血が騒ぎ出した」という言葉を伝える。野々たち兄妹は、そういえば結婚前の若い父親がどのように育ったかをまったく知らなかった。「暗い血」というミステリアスな言葉と父への怒りとで、野々たちは、父親探しの3泊の旅に出る。 大海の故郷は佐渡であった。 野々たちが知りえたのは、大海は逃げ出すように佐渡を飛び出たということと、大海の父「千人斬りのヤス」と、その艶聞も話半分であったということぐらいで、1枚の大海の幼い頃の写真を除いて父を知ることができるものはほとんどなかった。 野々たちは、父の親類と飲み明かし、「イカいか祭り」で好物のイカを食いつくし、海に突き出た岩山オオノガメに登りかえる。 結局は父親のはっきりした姿は知ることができないままに帰宅する。 ある意味では平凡な旅であった。 しかしこの平凡な旅の中に、野々たち兄妹そして母親の心の中に浮かび出る暖かいものをこの作品は描く。 その温かい心それが何なのかがこの作品の主題だろう。 幼い大海にはヤスという父がいた。そして周りの親戚や大人たちが存在した。このような大人たちは、半分笑いながら話半分の「千人斬りのヤス」という伝説を作り上げた。遠い先祖にはこれも伝説となった淫乱のような女もいた。幼い大海は、これを信じ、血筋を感じただろう。それが「暗い血」という意識となって真実の話を知らないままに佐渡を飛び出た。その「暗い血」という意識は、高校生である大海を女性の手を握ることさえはばかるような自意識となり、純愛の恋文にはそのまじめさを淡々と書き連ねる。まじめに勉強一筋。結婚をし子供たちが生まれると、その「暗い血」の意識から厳格すぎるようなしつけや育て方をする。純愛の恋文を後生大事にしまい隠し、一度の過ちである浮気に「暗い血が騒ぎ出した」と本気にまじめに悩む。。。。 このような大海という男像が浮かび出てくる。 そんなピュアな大海を持ち帰った1枚の写真が形として残している。 大海の中にある「暗い血」は、大海にとっては父親のせいという気持ちがずっと残っていた。ある意味、子供心に心の中に植え付けられた「暗い血」死ぬまで持ち続けた大海に哀れみを含んだような複雑な滑稽すら感じる。この中に大海という男を暖かく見ることができるのではないだろうか。 野々たち兄妹そして写真を見つめる妻としての母にもこの暖かな気持ちで大海を見る目がうまれたのではないか。その中にこの作品の温かみがあるのである。 もちろん、大海の妻も子達も大海を許したわけではない。 一度きりの浮気だとしても妻から見れば許せないだろう。生れ落ちてから20年間も監獄暮らしのように自由もないままに育てられた子供たちも大会を許せはしないだろう。 憎しみも消えないだろう。 しかしどこからとも沸いてくる大海の滑稽さにあきれ返ってしまいほんのりとさせられてしまうのだろう。 同時に、今あるような自分やその生活、異性関係を野々たちは「父親のせい」としてきた。大海も「暗い血」を父親のせいとしてずっと生きてきた。そして野々たちが父から逃げたと同じく、大海も佐渡を逃げるように去った。 佐渡ですごした日々、従兄妹の愛がずっと野々を気にしていたように野々は感じていた。愛は、高校を出たら東京にいってダイヤモンドを男からもらうんだという。そして野々を気にしていたと思ったのは、野々の付けていたきれいなネックレスだった。愛も逃げ出そうとしていたのであり、そこに野々は自分を見たのではないだろうか?自分も結局は父親と同じように「父」というもののせいにしてただ逃げていたばかりなのだ。 兄もまた恋人に 「親父のせいで俺の人生が狂ったとか、またいつもみたくぐちぐち言ってたら、いい年こいて自分の人生を親のせいにすんな、二十代の半ばも過ぎたら自分のケツは自分でぬぐえ、って。あれは、こたえたなあ」 と。 結局は、この兄も親父が父のせいにして逃げていたと同じようだったのであり、この恋人の言葉を思い出したのだろう。 妹は襟元のワンポイントをとり化粧をし始める。 大海が「暗い血」をぬぐいきれなかったように、結局は兄妹たちも「暗い血」に縛られていたのである。 人の中には、過去という時間が現実のものとして存在をするが、同時に、未来という時間も死ぬまで存在する現実が待ち受けているのである。 この作品の持つ暖かさは、兄妹や母親の中に父・夫である大海を許したという心が生じたから暖かいのではない。むしろ「暗い血」から精神的に抜け出したところに「しょうがない父・夫だったなぁ。。。」と苦笑いをしながら今を生き、これからの未来の時間を見つめることと、家族が一つにもどったところに暖かさがあるのではないだろうか。 野々は、夢ごごちの中で佐渡の海をみた。 片手にパラソルをさして缶ビールを持って。なぜかある父の墓。。。。 パラソルの下で父と娘は何を眺め何を話したのだろう。 2005年10月27日 記 夕螺 |
| 西日の町 |
| 文藝春秋社文庫 |
| 湯本 香樹実 著 |
| もう25年以上昔の冬の頃だと思う。 すでに新幹線は博多まで開通していたが、それでも今の「のぞみ」ほど早くはなく、午前の早い列車に乗り込んでも冬の時期ということもあり関門海峡のトンネルをぬけたら日は西に傾いていた。 西日の町 小倉は僕の印象としても西日の町であり、トンネルを抜けてはじめて目に入った工場群の赤茶けて錆びた塀を西日は照らしていた。西日は心を感傷的にするが、赤茶けた工場群の風景を照らす西日は写真のように僕の心に張り付き、小倉の町を感傷的な風景のままに残している。 この「西日の町」に出てくるK市とは、小倉だと思われる。 離婚をし、息子和志とともに母(さー)は夫から逃げるようにして西へ西へと移り住み、列車からの風景である西日を追いかけるように小倉の町にたどり着く。こんな感傷的な作品の出だしと僕の心の中に残る西日の町小倉が重なっていった。 湯本さんの作品は、「夏の庭」と「ポプラの秋」しか読んでいませんが、どちらの作品も老人と子供が出てきて、その老人の死を見つめるという作品でしたが、この「西日の町」も小学生の和志と祖父「てこじい」とのふれあいとてこじいの死に向き合う和志の物語である。 「夜切る爪は鷹の爪」と子供の頃によく聞かされた。夜の暗い電灯の下で切る爪は目に入ったら危険だというようなことだったと思う。また夜に爪を切ると親の死に目に会えないとも。。。 この作品は、40歳を過ぎた頃の今という時間を生きる和志が思い出すように語っていくが、ある日、母さーが逃げるように避けていた父からもう長くは生きられないから人目会いたいと電話をしてきた。その夜和志は夜に爪を切った。子供の頃、祖父てこじいが転がり込んできたときも母親さーが夜に爪を切っていたことを思い出し語る。 和志と顔を覚えてもいない父との関係、母さーとてこじいとの夜に爪を切るような心の中の関係。和志は、なぜ父を避けようとしたのかは、母親さーが逃げるように父から離れたという事実からしかない。子供の頃になぜ母さーがてこじいを避けるようにし辛くあたったのかは霧の中である。 てこじいは布団にも入らずに壁にもたれかかるように毎夜寝る。それに対して母親さーは何も言わない。 少年和志は、てこじいからもその親子関係を「仕方ない」と聞き、おじや親類からもてこじいやその親のことを聞く。霧の中にわずかながら断片的に見える母親さーとてこじいとの過去。これが少しづつ明らかになる中で読者もさーがてこじいを憎むようにも感じる過去を知っていく。 しかし同時にさーとてこじいの中にある切手もきれない親子関係も現れる。さーが会社の男と肉体関係を結び妊娠をし、堕胎するが、その後寝込むようになると、さーはてこじいに「何とかしてよ」と涙ながらに話しをする。しかしそのときはてこじいは体もぼろぼろ状態で「何もしてあげられない」という。しかしもう歩くのもままならないてこじいが、さーの体がよくなるようにと遠い海に赤貝を採りに行きたくさんの赤貝の赤貝を持ち帰る。電車賃がないのから雨の中を歩いて。。。。てこじいが今できることができる一つだけの気持ちなのである。さーを捨て去った男に対して何も手助けもしてあげられないが。。。。 てこじいが突然倒れる。てこじいが壁に寄りかかるように寝ていたのは、もう横にもなって寝られないほど心臓が悪くなっていたのである。 入院をしたてこじいは、肝臓も悪くなっており、余命もそうはなくなっていた。毎日肝臓によいといわれるシジミ汁をさーは持っていく。 てこじいも過去をすまなかったとはさーには言わない。さーも過去をほじ繰り返すようには言わない。さーはてこじいに置き去りにされた過去を許しはしない。しかし父として甘えること、支えてもらいたいことを今も持ち続ける。ここにどうしても避けられないというのだろうか、血のつながりがある。父は父であり、娘は娘なのである。親子関係というものは、絵に描いたように素晴らしいものではない。てこじいも過去に親子関係があり、さーもてこじいとの親子関係があり、覚えもない父と和志との親子関係もある。しかしいろいろあっても子は親に頼り、親は子に骨を削ってまで育てるのである。平凡な言い方だが、親になってから親の大変さやありがたみがわかるというが、そんな親子の言葉では言い合わないような関係が存在するのである。 もちろん、夜ゆる爪を切ると親の死に目に会えないという古風な迷信を書いているが、この作品が、ありきたりな「親になってから親の大変さやありがたみがわかる」というような教訓的なものを表現したものではないだろう。 そこには、人の死があるのである。 親子関係は、その死の連鎖でもある。 親子関係はその人と人との関係がもっとも密な関係としてあり、そのもっとも密な関係にある人の死をも見つめるものである。和志は、てこじいと元気になったら馬に乗せてくれという。さーはシジミ汁を祈るように作り続ける。死神を見たてこじいは「やめろ!」と暴れまわるが孫や娘への思いを残しながら死んでいく。今の中に生きる和志は、さーも亡くし、父も他界しようとしている。もっとも密な関係にあった人の死は、人の一生をよく見ることができるだろうし、人の一生のはかなさを見るだろう。 以前ある方の掲示板でお話をさせていただいたことを「夕方らせんに住む人々」としてHPに残させていただいたのですが、その中に次のように書きました。 「この郷愁という意味では、生から死もひとつの帰るべきところへ急ぐということにもつながるのではないかと思います。死が帰るべきところ、行き着くところと見たとき、死に人は郷愁をおぼえるのではないかと思います。 『気狂いピエロ』の『夕方5時は恐ろしい』という言葉も、人の心を夕暮れが狂わせるという意味では恐ろしいのですが、恋人を殺して自分も死ぬということは、ある意味では死への郷愁というのか、最後に行くつく場所へ行く安堵感が出ているのではないかと思います。 この前、江國さんの『つめたいよるに』(新潮文庫版)を読み終わりましたが、その「解説」に『マジック・アワー』という言葉が紹介されています。映画カメラマンの専門用語だそうですが、太陽が沈みその瞬間に空が美しく光かがやく瞬間の時間で、信じられないような美しい映像が得られるそうです。『気狂いピエロ』のラストシーンもこのような美しい瞬間の映像ではと想像してしまいました。」 西日はさらに傾き、夜へと向う。 昼と夜の先目に心を狂わす思いが残り、一瞬のきらめきであるマジック・アワーの中に消えていく。人の死も同じである。しかしそこには、なんともいえぬ安堵感に近いものがあり、郷愁がある。それが温かみとして残る人たちの心に残る。 この作品のなんともいえぬ温かみは、この温かみかもしれない。 和志は死にゆく父に会いに行くだろうか?行くとすればどんな気持ちで行くだろうか? 2005年11月4日 記 夕螺 追記 湯本さん「西日の町」を語る。 はじめて写真でのお顔も見ることができました。 |
| 晩鐘(上・下) |
| 双葉文庫 |
| 乃南 アサ 著 |
| 「風紋」(上・下)の続編である。 「風紋」が発表されたのが1994年。そして「晩鐘」は2003年に発表された。「晩鐘」は、「風紋」の中に登場した人々の7年後を描くが、乃南さんご自身も「風紋」を発表してからちょうど7年を隔ててこの作品を書いたことになる。乃南さん自身の時間の流れと「風紋」に登場した人々とは時間の流れを共有している。ちょしゃである乃南さん自身もこの7年という時間の中で変化したであろうし、その変化の流れの中に「晩鐘」もあるのかもしれない。ある作品に登場する人物と著者とが同じ時間の流れの中に変化して続編を書くといくということに著者の思い入れを感じる。 僕は、約半年という時間をおいてこの両作品を文庫という形で読んだわけだが、乃南さんファンは、発表直後の単行本で「風紋」を読み、そしてやはり7年という時間をおいて単行本で「晩鐘」をお読みになったことと思う。その意味では、読者も自分の7年という時間を「風紋」の登場じんぶつと乃南さんご自身とこの7年という時間を共有したのであり、7年という時間の流れを読者自身の日常の流れに感じ取り、実感を持って時の流れを感じつつお読みになれたのではないかと、少しうらやましい思いが沸き起こりました。 これから「風紋」と「晩鐘」を読んでみようという方がいらしたら、最低でも半年から1年ぐらいの時間をおき、「風紋」の細かなところを忘れかけたときに「晩鐘」をお読みになることをお薦めします。 新聞記者建部は、7年前の事件の被害者の娘である高校生であった真裕子を思い出し、変わってしまった加害者の妻香織の7年前の姿を思い出す。そしてその7年という時間の重みを成長過程の早い子供である加害者の息子大輔に目を見張り感じる。こんな建部の思いを「風紋」を読み終わってからしばらくして「晩鐘」を読んだほうがこの「思い出」あるいは「変化」を感じ取りながら読めるのではないかと思う。 7年という時間は長いのか、短いのか。 真裕子の母親則子が、真裕子の担任でもある教師秀之に不倫の果てに殺されたという衝撃的な事件も世間では「ああ。。。そういう事件もあったなぁ・・・」というぐらいに風化をさせる時間である。その意味では長い時間である。新聞記者建部も深く事件にかかわったとはいえ、7年の間には東京本社から長崎支社に都落ちをし、結婚はするがすぐに離婚と、様々なことがその私生活には起こった。その意味では長い時間だったのかもしれない。しかしそうのような世間の中にあって時間が止まってしまった人々がいる。真裕子は、母親の死をいまだに受け容れられなかった。妻の死を忘れたかのように再婚をした父。そしてあんなにも母親に心配をかけた姉も母を忘れたかのように結婚をして子供もできた。その中にあって真裕子自身だけの時間は止まったままだった。真裕子にとっては、7年という時間が長いのか短いのかという簡単なものではなくて止まった時間の中に生きざるを得なかった。 加害者の妻香織や義弟にとっては、世間という空間の中で必死に生き抜くことしかできなかった時間であり、7年をいう時間はどうだったのだろうか?毎日を必死に生き抜くことしかできなかったならば、やはりあの事件以後の時間は止まったままだったのかもしれない。 そして秀之は。。。。 しかしこれは大人の中に流れる7年という時間の流れである。 加害者の息子大輔、娘絵里という子供達の成長の中においての7年という時間は、まるで霧の中に見る風景のようなほとんど記憶のない世界から今ある自分を見るしかないのである。長崎に住む祖父母に育てられなぜ両親がいないのか、隣の叔父夫婦や従兄妹たちにいじめらられなければならないのか、何一つとわからない今という時間におかれる。 このように「風紋」の登場人物はそれぞれの7年間という時間が通り過ぎた今に生きていた。 そんなある日、大輔の従兄弟歩が殴り殺されるという事件が起きる。 犯人はすぐに捕まりこれという大きな事件としても扱われないほどだったが、長崎支社にいた建部は、取材先の歩の葬儀に来ていた香織と偶然に再会する。建部は7年前という時間に引き戻される。偶然過ぎる偶然。。。そして建部は香織と一緒にいた大輔に事件とのかかわりを直感する。 ここから「晩鐘」は始まる。 主人公は25歳になった真裕子であり、副主人公は10歳になる小学生の大輔。そして2人をつなぐ建部である。この3人が語るように作品は進んでいく。歩が殺され事件を追うが、それはきっかけだけであり、流れはやはり「風紋」が描いたように被害者の家族と加害者の家族の物語であり、それ以上に真裕子と大輔の中に現れる精神面での葛藤を描く。そして建部が追う世間というものが2人に絡み合い、建部と真裕子の愛を描く。 7年前の事件は、まだ高校生であり母親に甘えながら相談もしたい年頃の真裕子にとっては、心に大きな傷を残し、その傷は、周囲の人々との間に摩擦もおき、真裕子自身も嫌な性格と思うほどに心を殻の中に押し込める。大輔にとっては7年前の事件は、そのときの母親香織に苛立ちの様子をおぼろげながら覚えているぐらいで、その母親も今になっては叔母という形で現れるだけである。しかし記憶にないにもかかわらず7年前の事件により大輔を邪魔真にする叔父家族の仕打ちにそして両親が誰かわからない不安の中に心を傷つけられている。体は大人並だが心はまだ幼さを持つ。 アダルトチルドレンとは インナーチャイルドとは 僕のホームページからリンクさせていただいている「窓際主夫のひとり言」という窓際主婦さんのブログで、このアダルトチルドレン、インナーチャイルドという言葉を知ったが、ネットで調べているうちに、真裕子や大輔の中に7年前の事件という心に大きな傷を残したことによる心の障害が出ているのではないかと思う。 真裕子は、母親が殺害されたことでまだ甘えたい相談したいと思う母親から強制的に突き放される。父親は不倫をし、姉は家庭内暴力で母をないがしろにしているという意識が持っていた。そして母親の死体をはじめに警察で確認したのは真裕子一人であり、父親も姉も帰ってこない夜を過ごす。母親でさえ不倫の中で殺された。母親の死後は、真裕子に家事の重みが襲ってくる。高校生というまだ母親に甘え、父を頼りにしたい年頃の7年前に真裕子の時間は止まってしまい、心も取り残されてしまう。ここにアダルトチルドレン、インナーチャイルドという症状を見ることができるのではないか?たしかに虐待ではないが結果としては心に多くの傷を残したという面では虐待に等しい。 大輔は、よい子を演じる。わけもわからないのに両親がどこの誰だかわからない状態に置かれ、母親の実家に住むが同じ敷地内の叔父家族からはないがしろにされて育った。早く大人になりたい。病気がちの妹を自分が父親となり守ってあげたい。しかしまだ子供であり自分自身をも守り生きることもできず、ましてや妹を守ることもできない。今は良い子を演じるしかないのである。この早熟さは心だけではなく体も大人並になっており、女を知ってしまっている。しかし心の中には幼さが残り、今の自分を否定をし、雨の吹き付ける夜のガラス窓に写る自分の顔を見てその写った自分が別の世界にいて幸せな子どもとして生活していることを想像する。大輔はまだ子供だが、ここにアダルトチルドレンやインナーチャイルドの傾向を見ることができるのではないか?子供のこのような症状にはまた違った臨床名があるかと思うが、僕にはわからない。しかし、真裕子と同じような心の障害を持つことは確かではないか? 「晩鐘」は、この二人の心理と心の葛藤を描き続けたといっても過言ではない。 建部は、香織と再会をし、真裕子とのメール交換を通して、接触しながら加害者家族・被害者家族のその後を追うルポ「連鎖」を連載し始める。これは、僕の「風紋」の感想として異界ために見えぬ「世間というものが犯した犯罪」を世間に問うという正当でもあり正義でもあるルポであっただろう。この意味においても「晩鐘」は「風紋」の続編なのであり、建部という記者の目で見た被害者家族・加害者家族の描写が全体の中に貫かれている。 このように、この作品は真裕子と大輔の心理と心の葛藤を描きながらそこに建部の記者の目が加わり一つの結末を迎えていくのである。 その結末の一つは、真裕子と建部との愛である。それは同時に真裕子の心の開放でもある。 真裕子は、事件のすべてを知り昔の自分を知り理解してくれるたった一人の人間である建部を慕う。しかし建部もそうは強い人間ではない。真裕子が支えなければ崩れてしまうような弱さを持っている。そんな建部を支えなければという意識が出たとき、愛となる。同時に、父親の再婚相手には10歳の連れ子が居り、真裕子にとっては突然の義弟となり現れる。少しづつ打ち解ける中に、その義弟に真裕子は母性で接するようになる。真裕子は、建部を愛し、義弟を愛しむ中にアダルトチルドレンやインナーチャイルドと思われる心の傷を癒していく。この過程に流れる真裕子の変化は温かみのある幸せを感じるものとして描かれ、読者もほんのりしてしまうだろう。 しかし建部は大輔ともかかわるし、大輔を心配する。 しかし。。。。 この結末は書かないほうがよいだろう。 真裕子の幸せに涙が止まらないだろう。同時に大輔の結末にも涙が止まらないだろう。 この大輔の結末に対しての涙は、悲しさでもなく苦しさでもない。やるせない気持ちからの涙だと思う。 7年前という時間は取り返すことができない時間である。その時間の流れの中に常に流れる「連鎖」。この連鎖を断ち切れないやるせなさである。建部にも新たな不安が漂う。真裕子が結婚後に植物を育てる仕事をしたと言い、どこか田舎のほうでできれば幸せだというが、建部は心のかなで「そんな田舎にいくということは、俺にとっては左遷だ」と思う。これが事実となることを暗示をする思わぬルポ「連鎖」の影響を世間がどう見るのかという不安を読者は抱くだろう。出所していた秀之。。。秀之と大輔は接触していた。秀之は大輔の結末に涙する。その涙は憎しみかもしれない。建部と真裕子の幸せは。。。 こんなことを思い描くことができる結末であり、ここにもやるせなさという涙が出てくる。連鎖は続くのである。「風紋」から「晩鐘」へ、「晩鐘から」から。。。「晩鐘」も続かざるを得ないだろう。 2005年12月3日 記 夕螺 |
| 東京日記 卵一個ぶんのお祝い。 |
| 平凡社 |
| 川上 弘美 著 |
| 「『東京日記』という題は、(中略)敬愛する内田百閧フ同題の作品にも。とはいえ、百關謳カと並んでしまってはおこがましい気がして、表紙には『東京日記』という字は、小さく印刷しました。」 (「あとがき」より) 川上さんを通じて百閧知ってからは、どうも川上さんの作品を読み終わると、百閧フ作品を読みたくなる。逆に百閧読んでからは川上さんの作品を読みたくなる。 というわけで、ちょっと寄り道をした後に百閧フ「百鬼園日記」を読みはじめた。百閧フ「東京日記」は持っていなかったので、同じ日記を読みはじめた。(百閧フ「東京日記」は、さっそく岩波文庫で取り寄せることにした) 百閧ニいえば、漱石の弟子だが、今、津田清楓の「漱石と十弟子」という本を開いたら扉の挿絵に百閧ェちんまりと右隅に鎮座している。挿絵の横には一人ひとりの名前が書いてあるが、そこには「百閨vではなく「百鬼園(ひゃくきえん=ひゃっけん)」とあった。どうも百=百鬼園とは知らなかったので、漱石山房の人々の中での百閧読み返したくなった。 百件は、漱石の「夢十夜」に影響されているようで、不思議な心の世界を書いている。そして川上さんも初期の作品においては心の世界という不思議さを書いている。また、百閧ノは、暗い世界の中にもユーモアを感じるが、これは「贋作吾輩は猫である」にも出ているのか?この人間の中にある思わず笑ってしまうような皮肉のあるユーモアは、川上さんの中にもあると思う。 その意味では日記は世の中の身の回りに起きる事々を書いているわけで、日常に何を見ているのかがわかるものである。その中に不思議さを見たりユーモアを見たりすることは、その作品にも表れるだろう。川上さんの「卵一個ぶんのお祝い。」はその点でも楽しく読める作品である。 百閧フ「百鬼園日記」のはじめは、電車(今の都電)に乗ったら、向かいの席に貧相なばあ様が眼帯をして座っており、次の駅に着いたら、やはり同じように貧相なばあ様がやはり眼帯をして向かいの席に前の婆様と並んで座る。あまりな偶然に百閧ヘ笑いたくなるのだがそれをこらえる。読んでいてこっちもニタニタしてしまうような風景である。偶然にも川上さんの日記も百閧ェ乗った飯田橋を通る都電と同じ界隈を走るたぶん中央線から総武線に乗り入れる黄色い電車の中だろうと思われる電車の中の風景である。「『大福おじさん』を見た。」ではじまる。 姿勢良く立ち大福を6個食い十六茶を飲み干したら次の駅で降りていったというのである。これもまた読んでいるこっちもニタニタしてしまうような風景である。 百閧ェ30歳を迎えようとした大正6年という時代も、川上さんが見た平成の世も、人の棲息する世界にはそうは違いがないのである。漱石は「人は喜劇を演じる」という。この言葉には重みがあるが、あくせくとした中に人は様々な喜劇を演じ、この2人の日記に現れるようなニタニタしてしまうような風景をも演じるのである。 2人の共通項に俳句というものもあるが、その俳諧趣味というのか、日常に起こるちょっとした風景に動かされる自分の心をさらっと書き表す楽しさを読むことができるだろう。 この日記の題名である「卵一個ぶんのお祝い」とは、引越し先のアパート(仕事場)が決まったので、納豆に卵を一つ落として食ったというだけのことである。 ここに俳諧趣味を見ないだろうか? 川上さんは、やはり「あとがき」の中で次のように書いている。 「以前『椰子・椰子』という、嘘日記の本をだしたことがありました。本書は、本当日記です。少なくとも、五分の四くらいは、ほんとうです。普通に生活していても、けっこう妙なことがおこるものだなあと、読み返しながら、なつかしく思いだしております。」 たしかに五分の一ぐらいは、「椰子・椰子」の不思議な世界がある。 五分の四は、日常の生活の中にあったほんとの話を書き連ねるが、この五分の一は、そこに心の動きを新たに書き表すためのものだろうと思う。 この川上さんの心の動きは、「妙なこと」への微笑であったり、いらいらであったり寂しさだったりほんの少しの幸せだったりする。読み終わるといつの間にか後方へ流れ去っていく今という時間の中にある物事がよくよく見れば妙なものだと思えてくる。ようは、日常の中に現れる自分自身の心の動きが大切なのである。 百閧フ「百鬼園日記」もこの点では優れている。 優れた日記というのは、作家の書く日記というのは、日常のほんとの出来事が四分で、そこにそのほんとうのことに一分の魂を吹き込めるかにあるのだろう。それは解説を書くことではない。長く書けばよいというものでもない。一分の嘘を書くことに難しさがあるのである。 俳句の作り方に、嘘は許されるかというものを読んだことがある。これは、江國香織さんがインタビューのときに「小説に書かれていることはほんとの体験ですか?」というようなことを聞かれ、そんなことを聞くような記者はバカみたいだと一笑している。銀色夏生さんの日記「つれづれノート」を「嘘を書いている」といった夫に対しての夏生さんの態度。川上さんも同じようなことを書いていたと記憶しているが、公開されている日記は、その作家にとってはひとつの作品である。作品であるならば一分の嘘日記という心の動きを表現されていなくてはならない。だからこそ読者の心に結びつくのだろう。 2005年12月12日 記 夕螺 |
| 庭ができました |
| 角川文庫 |
| 銀色 夏生 著 |
| 夏生さんは、夫との別居を決意した2000年頃(「つれづれノート10」)、沖縄県宮古島へ土地を買い「島移住」を考えますが、土地の造成に手間取りあきらめますが、その後島でなければならない理由はないと実家に引っ越すことを考えます。そして2002年7月25日、夫と離婚をして東京から故郷の宮崎県へお子さんたちとともに引っ越します。住まいは、狭くて古いご実家の離れに落ち着きます。(「つれづれノート12」) すでにこのときに子供の頃に住んだことのある今は空き家になっている土地に家を建てる計画をしていました。家のデザインはすべて夏生さんが決めて家の工事が始まります。 この家は2003年7月に完成され、夏生さんは新居に引っ越します。(「つれづれノート13」)同時に庭造りの構想を進め、外塀の工事がはじまります。 この家については、2003年11月に「家ができました」(角川文庫)として出版をされます。 このように家作りと庭造りがされますが、夏生さんにとっては離婚をして宮崎に帰り、二人お子さんを育て、今までの結婚生活を振り返り、これからを考えますが、その意味では、夏生さんの心の中のひとつの区切りというものがあったものと思います。 2003年6月には、2002年頃から構想していた自選詩集「丘をばら色に染めながら」が出版されます。また、2001年11月発行の「バイバイまたね」以後約3年ぶりに2004年4月に詩集「雨は見ている川は知っている」を発行し、2005年2月には詩集「すみわたる夜空のような」が発行されます。そして庭造りが終わり「庭ができました」が発行されました。この詩人銀色夏生としての本来の作品にも夏生さんの心が現れているし、詩集という作品の発行自体にも新たな夏生さんを感じます。「つれづれノート」はもちろんですが、家や庭造りには平行してこのような作品も発表されているわけで、家や庭という形のあるものの作品ですが、その目に見え形のあるものと詩集などというほかの作品での心の部分を読者も平行して読んでみるとおもしろいと思います。 「今では、もう家も庭も私も、それぞれのんきにすごしています。作るときにやるだけやったので、心残りはありません。こうやって報告し終えたら、そこでやっと家と庭というこの作品作りは終わります。今はまた次のレポートにとりかかっているところです。」 (まえがき より) 「家ができました」もそうでしたが、この「庭ができました」もほとんどが写真ばかりの本です。 「家ができました」は、検索をすると建築関係の方にも読まれて評価されています。「庭ができました」も造園業の方や趣味で庭いじりをされている方の評価も出てくると思います。この意味では、本自体が夏生さんの作品であるとともに、家や庭というものが一つの作品となっているということだと思います。 しかし夏生さんファンにとっては、家や庭を楽しませていただくと同時に、日記エッセイ「つれづれノート」との関連で楽しめます。「つれづれノート」には、家や庭を作っていく過程が所々に出てきてそれがどのような形になって現れるのかが気にかかるところなのですが、それが本の写真によって紹介されるわけですかファンにとってはたまらない作品となります。 布団を干せるような大きな岩は、「つれづれノート」ではイラストとして書かれていましたが、本の写真ではパラソルの下の日陰で読書する夏生さんが出てきます。手作りの石垣、小石を埋め込む作業、庭の片隅にある生ゴミコンポスト(こては「つれづれノート」を読んでいても楽しく印象的なもの)、愛犬マロンの小屋、子供会だったかで作った「田の神さあ」、夏生さんの好きな木々や草花。。。。など、ファンにとってはたまらないものばかりです。 またたくさんの木々があるある中にもレモンの木がありますが、これは「檸檬の木の下で」といったかの詩にもあり、「やっぱり檸檬も植えられていたのかぁ。。」と考えたりもしました。あんがい思い出の木や草花もあるのではないかと思います。 写真ばかりの本ですからさっとめくって終わりかなと思ったらずっと見入ってしまいました。 「つれづれノート」ファンの方は必見の本です。 2005年12月29日 記 夕螺 |
| 先生はえらい |
| ちくまプリマー新書 |
| 内田 樹 著 |
| 先生はえらい。先生だからえらいのではない。先生と呼ばれる人はいろいろある。医者や学校の先生、弁護士や政治家先生もいる。そうではなくて人生の師とも呼べるようなそんな先生のことである。 先生だからえらいとなれば、そこには先生と呼ぶほうの主体はなくなり、何が何でもえらいと思わなくてはならなくなるという強制でしかない。 だから先生はえらいというものも、世間がみんな先生というものはえらいものだと決めたから先生はえらいのではない。 しかし先生はえらいのである。 様々な先生といわれる人たちの中にも犯罪を犯す人もいる。犯罪とは言わないまでも人生の師と呼べるような先生は見渡しても本当にいるのか。先生はえらいと思うようなそんな先生がいるのか。いないのである。 先生と呼ばれる人も人の子である。理想を追い求めた観念的なえらい先生はいないのである。 しかし先生はえらいのである。 居もしないえらい先生。しかし先生はえらい。 ここに矛盾があるが、この矛盾を解くのが「私にとってあの先生はえらい先生なのだ」という主体から見ることからしかできない中にそこではじめて「先生はえらい」というものが実在できるのである。 それにしても、いくら主体的なものだといわれても人生の師といわれるような立派な先生がいないことには自分にとっても先生はえらいということにはならないだろうという疑念は残る。しかし、内田さんは恋愛のことを例に取る。 男女が恋愛をしているときは、相手が絶世の美男美女でもないし、性格も100%とはいえない。そのほかの点を見ても100%の相手に恋をするわけではない。しかしアバタも笑窪なのである。互いにこの人しかいないと思い(打算的な恋愛はぬきにして純な恋愛)燃えるのである。それと同じように100%完璧な人格者でなくとも先生として恋焦がれてしまったらその先生はえらいのである。自分個人という純然たる主体において。 恋愛相手を紹介されてのろけ話を聞かされたとき、のろけ話を聞かされ合わされても、下手をすればどこにもいる女(男)じゃないかと「はいはい」を聞いてばかりいるだけだろうが、同じようにえらい先生に会わされてもどこにでもいるようなただのおやじじゃないかと思うこともあるのではないか。そう考えれば恋愛もえらい先生にめぐり合うのもまったくの主体的なのである。 このような意味でえらい先生にめぐり合うには発想の転換が必要ではないか。そしてこの発想の転換から主体も生まれるのではないかというのが本書の語るところだと思う。 この本の目的が中学生や高校生に語ることを目的にされたものだから難しい言葉はない。わかりやすい本である。いろいろ話が脱線しながら楽しく話しをするといった本で読みやすい本である。 しかし、わかりやすく楽しく書かれた本とはいえ、そこには内田さん独特の哲学が展開されているのだと思う。その意味では大人が読んでもおもしろいと思う。その点でまた難しさがあると思う。 この主体的、主体性というものは、ある日彼女彼氏をめぐり合って一目ぼれというものはあるにしても、主体的にこの人と結婚をしようとはじめから思って付き合い結婚をするわけではない。付き合ってみていろいろなことを知りその中で盲目的な恋愛感情が生まれてきて、初めて結婚をしたいとなる。赤い糸で結ばれていたという意識はこの後になって感慨を込めて見つめたときに見えるのである。そうすると、ここでの主体的というのは、彼女彼氏に引かれていく自分自身にあるわけだ。あの人のことをもっと知りたい。あの一言にどんな意味があるのか。草津の湯でも治せぬ恋の病になってしまうのである。主体的に彼女を見つめていくのである。 これと同じように先生との出会いは偶然であるかもしれない。そしておもしろそうな先生というだけだったかもしれない。ここでもこの先生を人生の師にしようと主体的になるわけではない。やはり先生と付き合う中にあの言葉の中に何を言いたかったんだろ?と自らが知りたいという気持ちを起こすこと自体が主体性なのである。先生は人生の師であるという気持ちは、これを教えてくれたという後になって思うことなのである。崇拝に近いものになっていくのであり、主体的に先生を見つめていくのである。 ここではじめて自分にとって「先生はえらい」のである。主体において「先生はえらい」のである。それを「学びの主体性」と書いているのではないかと思う。 はじめに「人生の師と呼べるような先生は見渡しても本当にいるのか。先生はえらいと思うようなそんな先生がいるのか。いないのである。」と書いたが、ここから「学びの主体性」「先生はえらい」という矛盾したものを解決するのが発想の転換なのである。この発想の転換をわかりやすくいろいろと脱線をしながら導いていくところにこの本のおもしろさがあるだろう。 ある意味「先生はえらい」と漱石をしたって集まる弟子たちがいた。その弟子たちは、何も小説を学ぼうと集まっているだけではない。弟子たちは、それぞれに画家であったり物理学者であったり政治家だったり出版社を経営したり雑誌を出したり借金生活をしたりと様々まであり、その専門の道において師がいたわけだろうが、それでも漱石のところに集まってくる。もちろん漱石が有名な小説家になってから近づいた弟子もいただろうが、それもあるひとつの機会であり、やはり漱石の何かに惹かれて集まるのであり、弟子たちのとっては漱石は「先生」なのである。 弟子たちはそれぞれの道において学んでいるのだが、その専門的な学問を学ぶのとは違う意味で漱石のところに集まってくる。ここに弟子たちの「学びの主体性」があるのかもしれない。漱石にはいろいろな底知れない深さがあり、その言葉にまた自分の専門的な道のヒントになるようなものを弟子たちは見つけたのだろう。漱石は漱石で、物理学や絵などを弟子たちに学び、コミュニケーションがあり、世話を焼く中にもコミュニケーションがあったようである。 このような師弟関係をこの本は言おうとしているのかもしれない。 しかし、「学びの主体性」は、言い換えればその主体の持つ価値観によってということになる。 先の恋愛の例を見ても、「そうすると、ここでの主体的というのは、彼女彼氏に引かれていく自分自身にあるわけだ。あの人のことをもっと知りたい。あの一言にどんな意味があるのか。草津の湯でも治せぬ恋の病になってしまうのである。」と先に書いたが、「すごくいい人だと思うけど結婚までは。。。。よいお友達でいてください」という結論も出るわけで、結婚をすれば幸せだと思うけどやはり価値観が最後には出てくるわけだと思う。 会っていれば楽しいし会話も弾む。しかし結婚までは。。。というのは、まったくの主観であり価値観である。 本書では「帳良」という中国の物語(能楽)を例にとるが、そこには帳良の「太公望の兵法を学びたい」という主観と価値観があるわけで、この主観と価値観があったからこそ禅問答のように師の靴を拾い続けて悟り、兵法を会得するわけである。老いぼれたじい様が帳良にとっては「先生はえらい」ということになるのである。 帳良は、師から太公望の兵法とはこういうものだと直接に教えてもらわない。ただ、なぜ師はいつも靴を落として履かせるのだろうという疑問やその意味を考えさせられただけである。師の行動にどんな意味があるのか、何を語っているのか、ここに帳良の「学びの主体性」があるのである。 武者修行中の帳良は、兵法を学びたいという価値観を持っている。価値観を持っているから老いぼれたじい様の靴を拾い続けその意味を主体的に考え学ぶ。そしてその価値観に沿って老いぼれたじい様がえらい先生となる。まずは帳良の主体的な価値観がそれが漠然としたものであってもまずは存在をするということだと僕は思う。男女にしてもまずは自分の価値観において一目ぼれもあるのである。漱石の弟子も、漱石の作品を読んだり、漱石の人となりを聞いたりした中に価値観の一致も生まれるだろう。 しかし、この本では、この価値観をまず捨てよというのではないか? 物事を根源的に見なければならないと、交易をはじめて行ったクロマニョン人の沈黙交易を例に取り、この交易は交換物の価値において行われたのではなく、交易が愉快だから行われたのではないかとする。 この「交易が愉快」だというものは、一つの価値観において愉快なのである。5万年も昔の人たちは、そうは余裕ある生活をしていたのでもないだろうし、ましてや人を喜ばすような様々な種類の物を持っていたわけではないだろう。交換するには余剰の物が必要であり、またはどうしても交換したいとなれば、自分たちが必要とする物を節約して余剰としなくてはならなかっただろう。5万年も前だから贅沢をする王様もいないし一つの家族やそのグループほどの人たちの交易である。その中に物と物とを交換すること自体への喜びはないだろう。喜びがあるとすれば、自分たちの持っていない食い物や道具という物の使用価値を手に入れることである。 ましてや交易は一つの家族同士が行うわけではないだろう。山の家族が余剰のどんぐりの実1000個を沈黙交易に出したら、ある海の家族は10枚の干し魚を置いていき、ある家族は15枚置いていったら、そこにはどんぐり1000個の価値の違いが起こり、そうはゆとりのあるわけではない山の家族はどんぐり1000個は干し魚15枚の価値ありと見るのが普通である。海の家族が干し魚10枚を置いていったら、どんぐり700個だなとか。。。。といったものになるだろう。 いくら沈黙交易といっても言葉を持っていなかったのではないし、お互いにお得意さんともなれば、どんぐりは粉にしてクッキーにして食べればおいしいとか、干し魚はあぶって食ったほうがうまいとかの人との交流も出てくるわけで、クッキーを教えてくれた、あるいはあぶった干し魚を教えてくれたそれぞれの家族は偉いとなっていく。海の家族の奥様が山の家族の奥様に貝のネックレスをプレゼントしたり。。。。 「交易が愉快だ」というのは、こういう使用価値や交換価値に基づいたものであり、これが根源的なのではないか。その根源的なものから人と人との関係が深まりあの人はえら、ある意味お互いに先生になっていくだろう。 えらい先生というのはたしかに後になって感じるものである。 これは先の沈黙交易と同じで、まずは自分自身が持つ価値観からの人と人との交流が根源的であり、自分のやりたい学問があるとか、技術を学びたいとかの価値観から出発をする。この価値観を否定すること自体にえらい先生というもの、人生の師だといえるような先生を考えることに矛盾が出るのである。観念的になりわかりにくくなるのである。 ある学問や技術を学びたいと師事するだろう。その中で多くはただの学問や技術を教えてくれただけの「先生」に出会っただけかもしれない。また、優れた先生だとその分野だけを見れば尊敬できる「先生」もいるだろう。これが根源的なものである。この根源的なものからは必ず派生がある。それが人と人との関係である。自分の学びたいことという価値観がその先生の持つ人生観とつながったりもしていく。そこが見えるとただの生徒と先生ではなくなる。ここからえらい先生が、主観から主体から生まれる。 えらい先生というのは、先の沈黙交易の例をとるなら、どれだけ余剰のものを持っているかということである。 だから、「あの先生は学問的あるいは技術的には劣るところもあるが、人生観やその道へのこだわりやら何かその余剰な部分にひかれ、自分にとっては多くのヒントになるしなんとなくひきつけられるんだなぁ。。。」ということもありえるわけである。 学ぶ主体は、その自身の価値観と、その価値観からやはり派生するものをどれだけ持つか見ることができるかにある。 余剰なものを受け止めるだけの主体が必要だということであり、ガリ勉君や食うため金のためだけに学ぶ人には、えらい先生は見えてこない。せっかくのえらい先生の余剰なものがただの無駄話にしか聞こえない。 しかし、余剰なものを豊富に持っている先生だからといって、すべての人にえらい先生にはなれない。その余剰なものに引き付けられる人だけがその先生をえらいと思うことができるのであり、それはその人の価値観から来る。だからその先生はその人だけのえらい先生となりうるのである。 ここにコミュニケーションがあり、このコミュニケーションは、得体の知れないわからないものに基づくのではない互いの価値観のぶつかり合いであり、価値法則に基づくものなのである。 先生が何を言いたいのかわからないだけなら生徒・弟子は永久に何を言いたいかは見えてこない。 知らないことを話しているが、そこに自分の知りたいことのヒントを見つけるのが自分の価値観である。時には見当はずれに考えたりもするし、誤解もあるかもしれない。しかしその誤解や見当違いが自分の価値観においてヒントとなるのである。 人の持つこの価値観、これをあいまいにした「学び主体性」は、どこか観念的な個人主義を感じ、同時にそれは「先生はえら」というその先生自体が薄ぼんやりとした人間として現れ、どこの親父かわからないような人間もえらい先生となってしまう。 価値観というのはもちろん個人の中にあるのだが、この個人の価値観は今ある社会や人間の関係の中にあり、規定される。まったくの個人的価値観は存在しない。これは歴史的な経過の中にもあり、未来を見つめる基礎ともなる。社会性や人間の関係においた中にこそ「学びの主体性」はあり、これから離れた観念的な自由から来る主体性は存在しないのである。 2006年1月10日 記 夕螺 |
| 百鬼園日記帖 |
| ちくま文庫 |
| 内田 百閨@ 著 |
| 大正6年7月から11年8月までの百閧R0代の日記である。 「とうとう二時になってしまった。間で一寸この帖の始めから十日頃迄の日記を読み返して見た外、書きつづけて今迄かかった。 書いてしまったら、無茶苦茶に縺れていた頭に気持ちのいい筋が通った様な気がしだした。すべて金のない喜劇である。」 (216ページより引用) 百閧ヘ、初めての作品「冥途」の出版を目指して執筆をし続ける。まだ著作では食ってはいけない頃である。機関学校、横須賀まで通いながら海軍兵学校のドイツ語教師をして食っている。後には法政大学でも掛持ちをする。 借家では妻と3人の子供達、そして母親と祖母までも一緒に生活をする。子供の一人が風邪をひけば次々とそれはうつっていく。祖母は命にかかわるような病気をする。今のように健康保険があるわけでもなく、気楽に入院もできない。医者が往診に来て看護のために看護士が付き添いをして残る。医者の払いも大変である。一番上の子は小学校に入学。もちろん私立。また金がかかる。 百閧ヘ金策に廻る。 大恋愛の末に結婚した妻は、みすぼらしい格好をして生活を切り詰める。質屋通いや借金の使いにも走る。そんな妻に百閧ヘ心を痛める。 夜遅く帰宅すると、妻子が枕を並べて寝ている。妻がいないと思い布団の中をのぞいてみたら、小さな頭が娘のものと思っていたが、それは妻の頭だった。 「その、頭が変に小さく見えた事が私の心を感傷した。貧乏と世帯でやつれている町子(出版上の仮の名。実際の名は清子)が急に可哀想になって来た。そっと上から覗き込んで見たら頸を少し内側にまげ込んですやすやねていた。きたない、はげちょろの着物をいつもの通り著ている。女だから結婚でどんな運命にでも合い得たろう。こんなにみすぼらしくなってそれでも少しも不平なく尽くしてくれるのをほん当にうれしく思った。」 こんな妻のためにも金策に走る。 岡山の造り酒屋だったか、そんな裕福な頃の思いのままにいる祖母に貧乏をさとらさないように金策に走る。 百闔ゥ身も学校の式典で着るフロックコートが質に入っているために着ることもできない。時には学校までの電車賃すらない状態。 金策とその勘定で「冥途」もなかなか進まない。 金を借りる相手もなくなれば、友人の名で金を借りる。そんな友人関係はお互い様である。 今の金に換算するとどのくらいの借金だろ。。。?千円を超えてしまう。たぶん、今で言えば国立大学の講師か助教授が、アルバイトに翻訳をしたり雑誌に文章を載せたりしながら生活をしているぐらいの年収に近い額だと思う。 毎日毎日金のために頭と体を動かす。こういう毎日の日記を読み返すと、「すべて金のない喜劇である。」とつくづく思う内田百閧ノうなずける。 しかし百閧ヘのんきである。 そもそも借金ができるというのも定期的な収入があるわけで、金は天下の回り物そのものといった生活を思い起こさせてくれる。(実際、百闔ゥ身「借金がなければ今の年収で生活はできる」というようなことをと書いている。)借金をすればその足で飲み食いをし、必ずといっていいほど子供や妻のために買い物をする。時には、借りた金を人に貸す(笑) このような百閧フ生き方に疑問を持たざるを得ないが、周りの友人たちも顔をしかめるような生活だったのかもしれない。しかしそこが百閧フ人間性である。芥川龍之介は百閧フ「冥途」を推薦し、他の友人は百閧フ高利貸からの借金を清算するために低利の借金をさせて家を買わし、その家を抵当に金を借りて高利貸の借金を清算させようとしてくれる。金利は半分になる。こうした友人も百閧暖かく見つめていたものと思われる。 百閧ニ同じく漱石の弟子であった津田青楓は、「漱石と十弟子」に次のように書いている。 「内田君はにくらしい男だ。(中略)内田君は月給をもらっているが俺は定収入なんかありゃしない。(中略)俺の方がウンと貧乏人だよ。内田君はお大名だよ。お大名が貧乏人に金を借りるなんて可哀想だよ。」 百閧ヘビールを飲みたくなったが金がない。妻の清子さんが津田家に使いに来て1円借金をして帰ったのである。津田家には2円50銭しか全財産がない。この借金を上の引用のように津田青楓は嘆くのである。 しかし津田青楓は嘆いた後に、柳家小さんの落語にたとえて 「自分はまじめに茶飯事をしゃべっている気らしいが、人間の肚の底のことを持ち出していうから、皮肉が滑稽に転化する。/僕は内田落語が好きだ。」 にくくとも思い嘆く子ともあるが、憎みきれない百閧うまく表現している。百闔ゥ身も自らの生活を「金のない喜劇である」と書くが、周りの人々も百閧フ生活を「内田落語」と見ていたところに百閧フ人柄を垣間見ることができるのではないか? 「解説」の中に次のような逸話がある。 ある日職員室で会費の50銭を集めていた。百關謳カは金がない。集まった金の中から「3円貸してもらえないか?」と。そして借りた3円の中から百關謳カは50銭の会費を払う。集め終わった会費集め担当の先生は悩む。。。。集めた会費は3円足りないんだな?と。そしたら横にいたほかの先生が、「いやちがう。3円50銭足りないんだ」そしたらまた他の先生が「馬鹿だな。百閧ェ持ち帰った2円50銭が足りないんだ」と。結局金の計算ができなくなった。 お後がよろしいようで。。。。(笑) 2006年1月22日 記 夕螺 |
| 漱石と十弟子 |
| 芸艸堂 |
| 津田 青楓 著 |
| 初版が昭和49年ですからもう発売はされていないと思いますのでお気をつけください。 津田青楓は、明治13年京都に生まれた日本画家(はじめは西洋画家)で、国費でフランスに留学し、帰国後世帯を持って東京に上京。 32歳のときに小宮豊隆の紹介で漱石山房に出入りするようになった。漱石が「吾輩は猫である」を書き有名になった頃だという。それ以後漱石の門下生(弟子)として漱石山房に出入りをし、漱石をはじめそこに集まる弟子たちとの交流が始まる。 漱石は絵にも興味を持ち、津田青楓は漱石に絵を教え、絵を通した独自な関係にもなる。 漱石の思い出あるいは漱石論は多くあり、弟子たちもその思い出を書いているが、やはり弟子たちの思い出は、漱石を偉大な人として描くものもあり、そこからの漱石論も生まれる。一方では、「漱石の思い出」として鏡子婦人や娘筆子さんの家族としての思いでもあり、そこには家庭の中の漱石が書かれる。この弟子たちと家族という視点の違うところからの漱石のそれぞれの思い出は、作家そして「先生」という漱石と家庭内の漱石という視点の違いから漱石の人物像は大きくちがってきて、やはり偉大な漱石を見るばかりに家庭内の漱石に対する鏡子夫人悪妻論までも出てくる。 このような中にあって本書は、漱石の弟子たちを冷静に見、鏡子婦人の様子も描かれ、作家・学者漱石と家庭人・趣味に生きる人としての漱石を津田青楓の視点でよく描かれているのではないかと思う。 それはまた、津田青楓自身の画家という芸術家としての自分と貧しい家庭を持つという生活人津田青楓自身の描写でもあるのである。 漱石山房には多くの弟子やその弟子の紹介で人々が集まったようである。漱石は後に執筆が忙しくなり、面会日を週に一度木曜日にし、木曜会とも呼ばれたらしい。その中には弟子と自称する常連があり、津田青楓はその弟子たちを芭蕉の十弟子になぞらえて漱石の十弟子とした。 安倍能成、寺田寅彦、小宮豊隆、阿部次郎、森田草平、野上臼川、赤木桁平、岩波茂雄、松根東洋城、鈴木三重吉を十弟子とした。 本の表紙を開くと、「漱石山房図 漱石と十弟子」という絵が出てくる。絵といってもきちんとした絵画や肖像画といったものではなく、俳画といったらよいのかユーモラスに漱石大明神をはじめ弟子たちを描いている。この絵のような雰囲気で木曜会はのんきに時には激論もありでとりとめもなく開かれていたようである。小説家はもちろん、政治家や今で言えば宮内庁官僚もいれば後にちに左翼運動に参加するものもい(津田青楓自身も一時左翼運動に参加したらしい)、、哲学者もいれば物理学者もいる。文芸誌を発行したものもいれば岩波書店を創設したものもいる。弟子といっても後に名を成した人々ばかりであり、そののんきな話もその頃若いとはいえそうとうなハイレベルな話しだったようである。まぁ、野上臼川の奥さんである美人で才女でもある野上彌生子をうらやましがったり、森田草平が駆け落ちした平塚雷鳥などとのんきに女性の話もあったようだけど。「吾輩は猫である」で有名となった名もない猫も同席を許され描かれている。 津田青楓は、これらの弟子たちの風貌や人となりを書いている。 小宮豊隆や森田草平らと飲みに行く話もおもしろい。 このような漱石山房の様子や弟子たちとの交友がこの本のおもしろさの一つだろう。 漱石については、絵の話しを通じて津田青楓は影響を受けたようである。漱石は大衆受けするだけの文学を嫌ったようだが、絵の好みも大衆受けするだけの画家を嫌い、これは津田青楓の考えでもあり、画家を続けるための自信を受けたのではないかと思う。この漱石の奥深さにまったく門外の画家が入っていける「師」としての漱石をうかがい見ることができる。若い津田青楓は、絵ついての考えを漱石にぶつける。漱石も若々しく津田青楓に答える。貧乏を言う津田青楓に、漱石はわざわざ津田青楓の家を訪ねて「こういうところに住んでいたのか」といい、その漱石に津田青楓は感激をする。ここにも師弟関係の暖かさを感じる。貧乏で金稼ぎのための絵を画かざるを得ない津田青楓の励みとなったようである。 時には漱石山房の席に鏡子婦人が顔を出すことがあった。仕出屋のようなところから鶏すき焼きや牛鍋なんかも取り寄せて弟子たちに食わしたようである。鏡子夫人は、太ったおおらかさのあるような女性だったらしい。このおおらかさは、津田青楓の故郷京都で漱石が胃潰瘍で寝込んだので鏡子婦人が迎えに来るが、鏡子夫人は、京都に着くなり津田青楓に京都観光を請う。そんな鏡子婦人と漱石は喧嘩をする。津田青楓はおろおろ。。。 こんなところに夫漱石を垣間見ることができ、夫婦関係を見ることができる。 津田青楓は、金に困ってしかたなく漱石を訪ねるが、ここで木曜会では見ることがなかった漱石を見る。それは作品を書き格闘する漱石だったらしく、その厳しい雰囲気に金の話もできなかったようである。 このような、漱石山房の中の人々との付き合い、師としての漱石と家庭人としての夏目金之助を描写するが、それに対しての自身の生活を描写をし、読み進むと大文豪夏目漱石も家庭に中においては一人の夫であり父であり、その生活を守っているし、それに対しての津田青楓も貧乏の中に生活を守りぬくことに悪戦苦闘をしている。同時に漱石は胃潰瘍になりながらも家庭の中のいろいろなものを背負いながらも小説に立ち向かっていく。津田青楓は悩む。このまま貧乏暮らしで生活のための売れる絵だけを画いていては自分の描きたい絵は一生画けないのではと。それでも自分の絵を完成させようと苦闘する。 この家庭人としての自分と、表現者としての自分の葛藤、この葛藤を描く中に描く中に夏目漱石という人がより正しく描写され、その描写をする津田青楓自身をより生き生きと表現されてくるのだと思う。 たしかに家庭人としての漱石を描く本は多いが、それは、作家生活を妨げた家庭という中から鏡子夫人悪妻論的な視点でしか見ることができないもになり、漱石崇拝に陥りやすくなる。そうではなくて作家漱石も家庭人漱石もおなじ人間なのであり、津田青楓も一人の人間であるという視点から読者は読むことができるのである。等身大の人が見えてくるのだと思います。この意味において本書は僕にとって好きな本であり、思い出深い本でありました。 今のサラリーマン家庭の夫婦と同じことが明治の世にも大正の世にもあり、大文豪を初め名を成した人々にもあったということである。 以上がこの本を再読しての感想だが、この本を再読しようとしたきっかけは、先に読んだ内田百閧フ作品からのものである。 内田百閧燹石の弟子であり、津田青楓と同世代の人である。 津田青楓から見た内田百閧ヘどんな人物だったのかに興味があった。 百閧ノついては、「百鬼園のビール代」として書かれている。この中身については、先日の「百鬼園日記帖」の感想に書いたのでみていただきたいと思います。 2006年1月28日 記 夕螺 追記 2006年2月2日 上に、「本の表紙を開くと、「漱石山房図 漱石と十弟子」という絵が出てくる。」と書き、その十弟子とは「安倍能成、寺田寅彦、小宮豊隆、阿部次郎、森田草平、野上臼川、赤木桁平、岩波茂雄、松根東洋城、鈴木三重吉」と書きましたが、その絵の中の弟子は何回数えなおしても11人いる。そう、百鬼園(内田百閨jがちんまりと鎮座しているのである。 なぜ内田百閧ェ描かれて十弟子が一人多いのか?本書にはなぜ内田百閧ェ描かれているのかはかかれてありませんでした。 僕の記憶では、なぜ内田百閧ェ描かれているかは、本書にか他の弟子たちの漱石の思い出に書いてあったと記憶しているのですが、本書に書かれていないということは他の弟子の書いたもので読んだのだと思います。どうも津田青楓が書き足したらしいのです。 百鬼園先生がちんまりと端っこに座る様子はおもしろいです。 これは僕のうっすらとした記憶なのであてにしないでください。 でも、本文には「百鬼園のビール代」という章がありますし、どこから内田百閧ェ加わったのか定かではありません。 「あとがき」(跋文)によれば、この「漱石と十弟子」の第一章は、独自に「漱石と十弟子」として朝日グラフに書いたもので、その後の章は、娘婿さんに頼まれて書き加えたようで、この1章に十弟子は誰かがかかれていいるのですが、どうも1冊の本として出版するときに内田百閧ェ加わったのかと思ったりもします。それにしても絵に書き加えることができるものかは疑問で、真相ははっきりしません。 |
| 超バカの壁 |
| 新潮新書 |
| 養老 孟司 著 |
| 「バカの壁」の続編である。「バカの壁」と「超バカの壁」の間には「死の壁」があり、三部作を構成しているようだが、「死の壁」は読んでいない。「死の壁」を読まずに本書を読むことがどうなのかと思ったが、本書は、「バカの壁」や「死の壁」を読んだ方が方からの質問に答えるという形で出版されたようなので、この社会の中でいろいろと問題となっていることへの養老さんのお考えを聞かせていただくという意味では、この本だけを読んでみてもおもしろいのかもしれない。 このように、今の社会の中で問題となっていることを一つひとつ養老さんは答えるのだが、一つひとつの問題点が多岐にわたり養老さん自身も 「全体の筋を考えたというより、それぞれの疑問に答えたというものに近い。(中略)つまり各章はそれぞれ読みきりの形になっているのである。」 (「前書き」より) とお書きになっている。 しかし、社会のいろいろな問題点を読みきりの形で書いたとしても、そこは一人の養老さんという個性が書いたわけなので、「バカの壁」からの三部作としても統一性は出るわけである。それは、養老さんの基本的な考え方が出ているということである。 この基本的な考え方のよい例が、 「こんなふうに仕事というのはちょっとしたきっかけで変わることがあります。だから選ぶ前にあれこれ悩むよりも、目の前の穴を埋めろと書いているのです。」 (179ページ) この「目の前の穴を埋めろ」という言葉に養老さんの考え方が見えるのではないかと思う。 たしかに人それぞれの能力において社会が必要な仕事があり、その仕事の穴を埋めなければ社会も成り立たないわけで、その意味において正しいし、あれこれ理想を考えたり自分の能力も考えないで理想の仕事を探し悩むのもおろかである。 しかし、この「目の前にある穴を埋めろ」という言葉煮を裏面から見ると、今ある条件の中で働けといっていることでもある。今の社会の中にある仕事という穴は、富士山麓の青木ヶ原にある自然としての溶岩の穴とは違い、人為的な穴なのである。人為的であるからこそ社会問題となっているのである。 一般論的な人生訓的な意味での労働を考えれば、「目の前にある穴を埋めろ」でいいのであるが、社会問題として労働を考えた場合には、「目の前の穴を埋めろ」とは、ただの現実容認でしかなくなる。 ある生産工場では、以前1000人の人が働いていた。ところがロボットを入れたら100人しか必要なくなって900人分の穴がなくなった。バブル期の頃にあった働きすぎの過労死に見られるように一人が2人分や3人分の穴を埋めていることもある。アルバイトやパート・派遣社員のような雇用体系が当たり前になって穴自体が小さくなってしまった。などなど。。。 目の前の穴は社会的な問題であり人為的なものなのである。一般論的、人生訓的な言葉の裏には、深刻な問題が隠されていることが多い。 このような労働というものにある裏側を見ないでいるから、世襲制やら「バカの壁」で言えばカースト制という言葉すら出てくる。職人の技を子に伝える必要性というものを見れば、それは一般論的にも伝統性を考えればよいこととなるだろう。でも、実際の世の中は、養老さんの望むようにはならずに、商店街の店が毎年1軒1軒なくなっていっているのである。一般論として人生訓としてだけ考えていればよいというものではなくて、人的矛盾なのだから人的に直さなくてはいけないものなのであり、それは現実容認では済まされない問題なのである。 世襲制、カースト制の中で、医者の子が、立派な医師であった父に意思を引き継いで立派な医師となるというような美談の裏には、同じ世襲制・カースト制の中で貧乏の世襲もあることを忘れてはならないだろう。中産階級的な穴を埋める者もいれば貧乏の穴を生めることが裏にはあることを忘れてはならないだろう。 このように書くと養老さんは現実容認論者ではないという人がいると思う。たしかに養老さんは、本書においても社会矛盾を批判をしていて、今の世の中を素晴らしいものとして容認しているわけではない。ある意味社会に喧嘩を売っているようなところがある。 今、ニートやフリーターが問題にされているわけだが、養老さんもこの問題を書く。ニートについては、社会の問題あるいは精神医学の問題として取り上げられていることと思うが、養老さんは書く。 「ニートに感謝すればいい。彼らははじめから脱落してくれている。自分の価値をあげてくれているということです。それを働いているほうが怒ってひけない。」 恐れ入った現実容認ではないか? 目の前の穴が少ない中、この穴を求めようとしない人がいるから、働こうとすれば穴を見つけやすくなる? たしかに本音の議論である。しかし本音であるからこそ競争社会への現実容認にもなる。 本書には、いろいろと社会批判はあるが、なぜか着地点はこれが現実なのだというところに落ち着くような印象を受ける。 この、社会を批判しつつも今ある現実に着地してしまうという独特な養老さんの考え方がどこから来るのだろ? それは「バカの壁」でもそうだったと思うが、一元論批判とそれに対する不可知論的というのか懐疑論的なものにあるのではないかと思う。今ある社会を批判すべきものとしながらも、一方では絶対的な正しさというものはなく、矛盾は後から後から噴出してくるものであるから絶対的な正義はない。この中に現実を現実として容認して生きるしかないという論法を感じる。積極的な賛美はなく批判しながらも現実対応をしていくしかないという論理は、あんがい普通に行われていることである。 一元論批判は、絶対的理性とする神を頂点とした唯心論や人間機械論や絶対的な社会法則という唯物論批判にあることと思うが、この批判にカオス理論やフラクタル理論というものが登場するのだろう。これらの理論がどのようなものかはよくわからないが、これらの理論が、様々な現象の中のある一分の分野で役立ち、もしかしたら人間社会を扱う社会科学にも応用されている部分があるのかもしれない。しかし、カオス理論だフラクタル理論だと説く人たちも、計算された軌道と力で人工衛星が飛び、計算による理論物理学を追う様にこの理論が観測や実験で確かめられている事実をも否定はしないだろう。人間社会という複雑系においてもある政策が立てられればその政策に沿ってある程度は社会が動くという事実も否定はしないだろう。もちろんノスタルダムスの大予言のように、20++年に人類が滅びるというような一般社会はそんな計算によって動いているのではない。大雑把である。誤差を容認した上での計算である。ファジィ理論というのか、不確定性理論というのかよくはわからないが、大雑把な計算による中にも法則性はあるのである。昔ながらに、統計のグラフ上のまばらな点の集まりに思い切って1本の線を引くようなものだと思う。 カオス理論もフラクタル理論も、もともと不確定性のある中の法則に持ち出すと、不可知論や懐疑論になってしまうような気がする。 何も一元論を批判するのに、絶対的真理を否定するのに、懐疑論や不可知論に陥らなくてはならないものはないのである。 形而上学的なものを排除して相対的に物事を捉えればよいことなのである。 先に、「世襲制、カースト制の中で、医者の子が、立派な医師であった父に意思を引き継いで立派な医師となるというような美談の裏には、同じ世襲制・カースト制の中で貧乏の世襲もあることを忘れてはならないだろう。中産階級的な穴を埋める者もいれば貧乏の穴を生めることが裏にはあることを忘れてはならないだろう。」と書いたが、世襲の一部美談の裏に貧乏の世襲があるというこの相対的な視点がないのではないか? これは、今問題になっている靖国問題への考え方にも現れている。 「中国、韓国は放っておく」という結論の裏には、相対的に見れば中国や韓国は「日本は放っておく」ということにもなる。今まさに首脳会談さえ開けないのだから。 「東芝は出て行けなどと言って、本当にそうなったら彼らも困るわけです。一番実害がないのがこの問題なのです。」 裏を返せば、中国から東芝は出て行けばいいということになり、本当にそうなったら日本は巨大市場を放棄しなくてはならなくなり「日本も困るわけです。」 このようにいろいろな問題を相対的にみたときに事の本質や対処法が問題となるのでしょう。 このように相対的に見ない中に養老さんは、不可知論的な懐疑論的な現実容認という形而上学に陥り、それはある意味一元論的なものにしてしまうのではないかと思う。 物事を相対的に見ることは、その相対するものの中にある矛盾を引き出すということである。矛盾は必ず存在するものである。この矛盾をそのままにほうっておけばよいとはならない。まずはこの矛盾をそのままにあるがままに受け止めなくてはならない。ここから出発しなくてはならないのだが、次から次へと矛盾は出てくるので解決はできないものと放っておけば、これまでの人の歴史は何だったのだろ? その歴史上の時間の中に必ず矛盾があり、矛盾があるから解決をしてその積み重ねの中に、人の社会も発展してきたわけで、未来も、今ある矛盾を可決する中に発展した未来が開けるのである。矛盾は絶対的には解決しなく次から次へと出てくるものだが、古の人々はこつこつと解決して来た。 ある意味矛盾があるから発展もあるのである。 物事は相対的なのである。 2006年1月31日 記 夕螺 |
| 此処彼処 |
| 日本経済新聞社 |
| 川上 弘美 著 |
| 「場所について」書かれたエッセイ集です。 人それぞれに思い出の地というものがあると思いますが、川上さんが描く「場所」は、ふと思い出したような日常の中にあるようなそんな場所です。 もちろん「場所」というものは、その過ごした時々の思い出につながるものであり、この作品でもお子さんの頃のアメリカの町や若い頃の学生生活やボーイフレンドのこと、ご主人との新婚旅行でのマダガスカルと、その時々の思い出につながる「場所」です。しかしよくある思い出の場所を描き紹介をするというようなエッセイではありません。その意味では川上さんらしいというのか、特別な日を描くのではなく、日常という中の「場所」です。ですから読者が同じ「場所」を思い出の中に川上さんと共有しているからといってその場所を懐かしく読めるような作品ではありません。あくまでも川上さんの日常の中にあった思い出であり「場所」なのです。 川上さんは、「あとがき」に次のように書いています。 「固有名詞を多用すると、そのように現れたいくつもの輪郭のはっきりしたイメージが、自分の書いた文章に、知らないうちにどんどんぶらさがっていって、なにやら、文章自体が重みをもつようになってしまうような気がしてならなかったのだ。」 (中略) 「でも、それは、(たぶん)ちがう。」 (中略) 「はっきりしたイメージの中からも、曖昧な感じはたちのぼってくる。曖昧な未知の中から、いやにくっきりした知り合いの面影が突然あらわれることもある。」 僕の記憶にある長野県「妻籠宿」「馬籠宿」という具体的な固有名詞を書いた思い出でも、「馬籠宿の町並み」という特別なテーマがない限り、僕の中には息子との二人旅で見つけた蛇のこととなる。僕の中では、馬籠宿や妻籠宿という固有名詞の輪郭はぼやけているのです。川上さんの書きたいことはこういうことではないかと思う。 あんがい人の記憶というものはこのようなものではないかと思います。友だちといった旅行でも、「あの時はよく飲んだなぁ。。。お前が説教好きとは知らなかった」とか、ここでは旅行先の固有名詞や風景は曖昧になってきます。 このような旅行先とは限らず、毎日の積み重ねの中での記憶というのは、固有名詞は薄れゆき、曖昧なものだけが強く記憶にとどまるのではないかと思う。「あの店の蕎麦はうまかったなぁ。あの店は何という店だっけ?どこの駅を降りたところだっけ?」とか。。。。 「馬籠宿の町並み」という記憶をたどるときは、脳で論理的に記憶をたどるが、「息子との二人旅・蛇」というのは心の記憶です。まったくといっては語弊もあるかと思いますが、固有名詞からはなれたところの面影に心の記憶が残るというのも心の不思議であり、だからこそ「曖昧な感じがたちのぼってくる」のではないかと思います。 このように僕は、このエッセイ集の中に川上さんの心の不確かさや動きを見るのだと思います。出てくる地名は、僕も知っている場所もあればまったく知らない場所もある。でも、どちらにしても同じような感じ方で読み続けられます。僕という読者も「場所」から離れた川上さんの心を見るわけです。 「具体的な場所の名を示す、ということは、つまり、私個人のことをはっきりと書くことなのだということを、この仕事によって教わった。そしてまた、私個人のことを書いたつもりでも、結局は何も書けていないのだ、ということも。」 (「あとがき」より引用) たしかに、このエッセイ集には、ご主人や息子さんも登場し、教師だった頃やご実家の話も出てくるし、「センセイの鞄」の取材についてもの書かれています。その意味では、実際の川上さんの姿を見ることができそうです。でも、これらのこともやはり川上さんの心の記憶なのです。論理的に考えた記憶ではない。。。 ですから川上さんのことを読んでいるようで、じつは川上さんの内面というのか心の中を読んでいるというそういう作品に思えてくるのです。川上さんの実際の私生活がわかるわけではない、でも、川上さんという人を感じ取れるといってよいのかもしれません。そんなエッセイ集です。 エッセイ集「此処彼処」は、「彼処」からはじまり「此処」で終わっている。「彼処」は、「すわりどころ」と川上さんが名づける玉川上水沿いという場所にある朽ちたベンチのある敷地です。 もうここで読者は「はっきりしたイメージの中からも、曖昧な感じはたちのぼってくる。」のです。そして僕は、その敷地にある松の木から飛び降りて「どん、という鈍い音がした。更年期、だの、骨粗鬆症、だのという言葉が頭に浮かぶ。」(11頁)という言葉に川上さんを見ることになります。 終わりの「此処」は、「ごちゃごちゃ散らかった」ご自宅です。 川上さんは「自分の場所」と書いています。この自分の場所は、誰でもが長居はできないでやはり自分だけの場所なのです。 「彼処」の「すわりどころ」といい、「此処」の「自分の場所」といい、それは川上さんご自身が持つ心の居所なのでしょう。 そしてそれは日常の中にあるわけです。 此処彼処。。。特別な場所にあるわけではない。。。。 2006年2月16日 記 夕螺 |