| この前感想を書いた「からくりからくさ」の過去(りかさん)と未来(ミケルの庭)を描いたような作品です。 「りかさん」の中で、戦前にアメリカから親善大使人形として贈られてきた人形が不運にも戦争の犠牲となって焼かれてしまいます。その人形にまつわるマーガレットという西アジアからアメリカに移住した女性、この女性の曾孫が「からくりからくさ」のマーガレット。りかさんは、この戦前のマーガレットの閉ざされた心が気になるのですが、それは後の自分の仕事として物語は終わります。どこか気になる終わり方です。 「からくりから草」に現れるひ孫のマーガレットも、この物語の中でもついに心は完全に開かれないままに終わります。そして焼かれてしまうりかさん、その直後にマーガレットは女の子を産む。それがミケルである。 「からくりからくさ」の最後を読むと、このあたりがりかさんの生まれ変わりあるいはその遺志を継ぐ赤ちゃんという印象があります。 ミケルという赤ちゃんの代になって、祖父母のマーガレットそして曾孫のマーガレットの閉ざされた心は開かれていくと感じました。 今まで読んだ梨木香歩の作品全体を通して感じるのですが、肉体的には遺伝子としてその「血」は引き継がれていきます。しかし同時に家族や「家」というものを通じて思いというようなもうひとつの遺伝子を感じます。優性遺伝としても劣性遺伝としても(今はこの言葉は差別用語かな?うまい表現がないので使ってしまいました)。 りかさんは、作られた経過にはいろいろありますが、人間の持つ暖かい思いをその持ち主から込められた人形です。その意味では人間の優れた代々伝わる遺伝子を持った人形でしょう。 しかし、多くの人形には、人間の持つ醜さや憂いをこめられて思い苦しむ人形たちが多くあります。 「りかさん」は、このような人間の憂いや醜さをこめられてしまった人形がたくさん出てきます。人間性の問題、特に戦争という中で、鬼畜米英と、きれいな心を持った子供たちが無理やり竹ざおを持たされた悲しみ、その悲しみの竹やりでずたずたのさされ、そして最後は焼かれてしまう、そんな周りの大人たちの醜さ。そんな人形たちに人間の心が残されている。その人形たちの苦しみを解きほぐしてくれるのが、人間の温かみを伝えられたりかさんです。 「からくりからくさ」が、家制度と貧困という時代の中で苦しめられた女性の思いを人形を通して表現したものならば、「りかさん」はもっと広い人間の忌まわしさを人形を通して表した作品ではないかと思います。 ミケルは庭を持つ。ミケルも心を閉ざす部分があるが、「からくりからくさ」に出てくる主人公蓉子や紀久、与希子という三人の女性のそれぞれの個性からくる温かみの中で心を開く。ミケルの庭は、すんでいる庭を超えて世界を自分の庭にする。 紀久の苦しみ、ミケルは愛した男神崎がマーガレットに生ませた子である。 紀久のミケルをかわいいという気持ちは自然である。しかしその心の中の奥底には無意識なこだわりが巣を作っている。ミケルが死にそうな病気になるが、その原因に紀久の行動があるかのようにうつる。紀久は苦しむ。 それを救ったのはやはり蓉子(りかさんからもらった人を暖かく包むもの)の言葉であった。 ミケルの最初に感じた三人の女性から受ける不安、それがどの女性なのか、紀久であったと思う。しかし一命を取り留めたミケルは紀久の手を握る。そして紀久はこの子にあるものを伝えようと決心をする。ここに「りかさん」の中に現れたいた言葉、人の心を移された人形には醜さとしての「アク」がある、でもそれは「昇華」されねばならない。 人間の持つ醜さという「アク」、ミケルは世界を自分の庭にしたことから、人間すべての「昇華」をミケルの中に信じたい気持ちになる。 暖かい気持ちにさせられる作品でした。 2003年10月 記 夕螺 市松人形とは? |