吉本ばなな(改名され よしもとばなな)さんの初期の本らしいです。
ばななさんのあとがきや解説を読むと、この作品は単行本と出版され、文庫版を発行するときにかなりの部分を直したそうで、加筆されたところもあれば、無駄なところは削除したところもあるそうです。単行本との違いがどこにあるかはよくわかりませんが、このためか読みすすむと少しつながりが不自然に感じるところがあります。
しかしこの不自然さも中身のおもしろさには影響は出ていません。
主人公の弥生は19歳。幸せすぎるような家庭と思われるような家庭が描かれ、その家庭の中に、またすばらしい両親と弟の哲生の4人で暮らす。
女の第6感は怖いと昔から言われているが、弥生にはこの人にはないような感を持っている。作品は、この弥生が「確信する」中での行動によって自身の過去を知り思い出していく。
ばななさんの作品は、「ハードボイルド・ハードラック」しか読んだことがないが、霊的な意思というのか、霊感というのか、不思議な力によって支配あるいは救われるというものが根本にあるのか?この作品にもないはずのアヒルのおもちゃが風呂場に現れる。弥生の感もそのような霊的なものを感じる。先にも書いたが、この作品は弥生の「確信」が多く現れるが、ばななさん自身があとがきに「この小説は私の中のある方向性の卵だ」と書かれているように、この作品が作家としてのばななさんの「確信」だったのではないかと感じる。
血のつながりはないものの、弥生と哲生という近親相姦的なものや、弥生の叔母(実は姉であった)と教え子の恋。ばななさんの描く恋は、多くの作家が描く不倫というような恋に比べても危なすぎるものだと思う。レ敵名物、危なすぎる濃い、そして社会の日のあたらないような影にあるような不幸、これがばななさんの作品の特徴なのでしょうか?
しかし、ばななさんの作品のよさは、このような独特な暗さといってもよい雰囲気だけで終わらず、ひとつの時間の流れにピリオドをうって新たに生きていこうとするものがあり、それが読者を勇気づけるのではないかと思う。
作品に「血族」という言葉が出てきます。この言葉もこの作品のキーワードでしょう。
ばななさんの最近出版された日記を読むと、家族の絆を強く感じます。家庭や家族という言葉に比べて、「血族」という言葉にはすごい響きがある。やはりばななさんの内面では、この血族も大きいのかと連想した。
日記では、身内(家族だけではなく周りを取り囲む人々)意識も強く感じます。
血族、身内・・・・・ものすごい行動力と対人関係、ばななさんって寂しがりやかな?
2004年2月20日
夕螺