泣かない子供
角川文庫
江國 香織  著
江國さんのエッセイ集です。
5つの章からなり、恋・家族・少女期・読書日記など、幅広いエッセイをまとめたものです。
江國さんの作品を読むと(とはいってもまだ数冊しか読んでいないのですが)、優しくサラサラと流れるような文章で、小説の終わり方も何か余韻というのかこれから先はどうなるんだろと思ってしまうようなものを感じますが、エッセイを読むと、小説と同じように優しく流れる時間を感じるとともに江國さんのはきっとした芯の強さを感じます。
江國さん、江戸っ子だったのですね。。。。。
小説のどこまでがフィクションで、どこまでがノンフィクションかという質問に、こんな質問をされるたびに「こいつ、頭悪いな」と思うという箇所がありますが、核心から外れたものにびしっと書いているところなどは手厳しいです。僕がエッセイを読もうと思ったのも、小説の中にどこまで江國さん自身が描かれているのかという疑問もありましたので、ガツンと頭をたたかれたような思いです。
どこまでがフィクションで、どこまでがノンフィクションか。「小説というのはまるごとフィクションである、と私は信じているし、それでいてどんな嘘八百をならべても、書くという行為自体、作家の内部通過の時点で内的ノンフィクションになることはまぬがれない」本を読むというのは、このような作家の内面と読んだものの内面の会話ですね。このエッセイ集には江國さんの書く姿勢や、読書日記からどのような小説を評価するかがちろばめられています。
小説中に出てくる場面、それがどれだけ作家の実体験かというような詮索はともかく、このようなエッセイで作家が生い立ち・家族・読書傾向などさまざまな自分自身を描くとすれば、読者がそれを読み、小説を解釈していくうえでエッセイの影響を受けることもまぬがれない。内面を描いているとはいえ、その内面は、それまでの作家の実際的な経験から出来上がっているのだから。作家が内面を表現しようとし、読者はその内面を読み取り自己の内面と作家の内面は会話されるが、それは作家という人間を見ることになる。読者がその作家を好きであれば好きなほど人間を知りたくなるのも仕方ないだろう。
「スイカの匂い」に出てくる少し厳しいような父親、やはりその父親を描く中に江國さんは父親のある一面を思うことになるだろうと、エッセイ集を読むとそこに描かれている実際の少し厳しいところのある父親をダブらせてしまう。
これは、作品を読み続けていくうえでイメージを作り上げてしまう意味でマイナス面もあるが、作家や作品をより深く理解するうえでは欠かせないものになる。
難しいです。
このエッセイ集に書かれている江國さんのご家族、素敵ですね。。。。


        2004年2月19日 記

                            夕螺