42に際になる主人公響子が、ある大手の建築会社の御曹司を殺害する場面からこの作品は始まります。
殺害現場には、19歳の少女ユミが現れなぜか響子を助ける。ユミもこの御曹司を殺す目的で来ていた。
作品は、この二人の女性の過去を語らせながらすすむサスペンス小説である。
サスペンス小説ですから、ここでは作品の中身に流れは書きませんが、建築会社の御曹司をはじめ、この社会にある暗部を描きながら響子とユミの受けた仕打ちからなぜ殺害にいたったかをきれいな文章で書かれています。
この社会の暗部は、性的犯罪、暴力、外国人労働者、金と会社組織など、週刊誌、テレビのニュースやワイドショーなどで取り上げられているさまざまな事柄が取り入れられていますし、それを取り上げているマスコミの暗部までをも含む中身となっています。
この社会に対して、ユミは「こんな汚れきった日本を捨てる」と吐き捨てる。
テレビ報道では、毎日いろいろな犯罪や事故の犠牲となる人たちがいる。被害者葉の無念さはもちろん、残された家族もいつの間にか社会の暗部に押しつぶされていく。このやるせなさ、社会の暗部に個人ではどうにも太刀打ちできない無念さ、復讐の空虚さ。作品は、サスペンスという形をとりますが、このようなやるせない気持ちが伝わる作品です。
個人としてはどうすることもできない人間や社会から受ける暴力という中でのやるせなさという面では、北村薫さんの「盤上の敵」を思い出すような作品でした。
「盤上の敵」もそうでしたが、この作品でも、被害者でありながら加害者となった人々同士の人間的なつながり、この美しさ、破壊されていく中でも持ち続けられている人間性、これを強く感じさせてくれます。読者は、やるせない気持ちの中に、この人間性に救われます。
もちろん、復讐やある意味では正当防衛をも美化はしてはならない。
少なくとも金が絡むような犯罪はなくさなければならない。金といっても金銭トラブルや保険金殺害などというものばかりではなく、金があるかないかによる社会的な差別はなくさなければならない。この中で先に書いたいろいろな被害を受けている人たちも平等に救われるでしょう。
この本の「解説」を読むと、この作品は唯川さんにとって大きく変わっていく中での作品だと書かれている。
少女小説から大人の恋、そしてこの作品によってサスペンスへと。
この作品がサスペンスとして成功なのかはわからない。でもサスペンスという形の中にも、唯川さんらしい恋も含めた人間どおしの心の温かみが現れていると思う。その反面としての人間の弱さなども。
唯川さんが42歳にこの作品を書き、大きく変わったというのは、サスペンスをかいたからというだけではなくて、唯川さんらしさを残しながらもただの恋の甘さを描くだけではなく、そこに重さを加えたことではないかと思う。もちろんこれは僕の受け止め方ですので、今まで1冊しか読んでいない僕としては、唯川さんがまったくの読み物としてのサスペンスやホラーに変更したのかはわかりません。
「病む月」とエッセイ「5年後、幸せになる」は機会があったらぜひ読みたいと思う。
唯川さんが、40歳代にひとつの転換期を迎えたという中に興味があります。
「40才頃」
2004年2月4日 記
夕螺