暗 鬼
文春文庫
乃南 アサ  著
主人公法子は、あまり気がすすまなかったが一枚の見合い写真を見せられる。写真を見ると紀子のタイプ。
見合い相手は大きな屋敷を構える家で親子4代で住んでいる。このような旧家そして大家族の中に入るという不安はあったものの、法子は見合い相手の和人の優しさにひかれ、家族にも会う中でその不安を解消して結婚をする。
しかしこんなどこにも不安のない家族にもだんだんと不思議さや疑念が出てくる。この小説のサスペンスとしてのこわさは、この非の打ち所のない家族の恐ろしい実態が表れてくるということだけではなく、その恐ろしい家族関係の中に引きづり込まれていき、その恐ろしさの中で法子自身が幸せな気分になり、恐ろしさを恐ろしさと思えなくなって家族の一員となっていくところにある。
家族というのは、社会という外界とつながりはあるにしても家というひとつの塀に囲まれた人間集団でできている。その意味ではその中に外の人間から見たらおもしろい人間関係を見ることができるかもしれない。嫁が苦しむというのも、単なる人間関係というものだけではなく、家そのものからくるものに苦しめられるのではないかと思う。
和人の家族は異常である。その家族の一員となろうとする嫁紀子は、その異常さの中に引き込まれていくが、ある意味では、嫁がその嫁ぎ先の人間、家族になっていく過程を見れば普通の結婚だったのかもしれない。多少の以上には慣れていく。。。。
こんな家族という人間関係を思い知らされるような感想がありました。
しかし、この小説は、和人の家族の異常さを単なる異常と描くのではなく、そこには特殊なキノコやサボテンによるドラッグがある。異常な中にも幸せで暮らす家族、しかしこの幸せはドラッグから成り立っている。自分たちの家族を正当化することができるのもこのドラッグである。
この意味ではこの小説は正面から家族を考えさせることを目的としない。やはりサスペンスという域を出ない。読む者そして家族を持つ者にしてみれば、この家族が正常な生活者でありながら異常な家族関係を築いているのではなく、ドラッグというものの力を借りてその異常さがあるという点で救われる。
そうとはいえ、ドラッグに侵された和人の家族をサスペンスの世界と安心はしていられない。
今は家族が家族を殺すという事件が後を絶たないし、家族の人間関係がおかしくなっていることは事実である。このように書くと、昔ながらのよき日本の家族制度がなくなったからだと短絡的に考える人間もいるがそうではない。家族という人間集団も外的なものに支配をされる。社会の中にある経済的な過度の競争、貧困などによるものは大きい。また、エログロナンセンスも氾濫をさせている。この中で家族の人間集団も壊されているのだと思う。
昔ながらの日本的な家族制度。。。これも家父長制的な社会の悪い影響を受けてその考え方に犯された家族制度である。異常な家族である。民主主義が発達すれば家族制度も変わる。

          2003年12月23日

                       夕螺