【名前】 Cyndi Lauper / シンディ・ローパー

【本名】 Cynthia Ann Stephanie Lauper

      シンシア・アン・ステファニー・ローパー

【生年月日】 1953.6.22

【出身地】 アメリカ ニューヨーク

【公式サイト】 http://www.cyndilauper.com/intro.html

1983年に「シーズ・ソー・アンユージュアル/She's So Unusual」でソロ・デビュー。1984年、ファースト・シングルの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」がヒット・チャートに急上昇して第2位に輝き、セカンドシングルの「タイム・アフター・タイム」は全米第1位になり、サードシングルの「シー・バップ」は第3位、「オール・スルー・ザ・ナイト」が第5位とデビューアルバムから4曲連続トップ5入りした初の女性ソロ・アーティストとなった。 第1回MTVミュージック・ビデオ・アワードで最優秀女性歌手賞を受賞し、ローリング・ストーン誌の1984年度の最優秀新人賞など数々の賞を総なめに。映画「グーニーズ」のオリジナル・サウンドトラックに参加し、シングル「グーニーズはグッド・イナフ」も全米第10位のヒットとなった。プロモーションのために初来日、フジテレビ系「笑ってる場合ですよ!」に出演。シングル「タイム・アフター・タイム」はマイルス・デイヴィスらにもカバーされるスタンダードとなる。 1985年、5枚目のシングル「マネー・チェンジズ・エヴリシング」は全米第27位になり、第12回アメリカン・ミュージック・アワードでは最優秀女性ポップ・ロック・ヴォーカル賞や最優秀女性ポップ・ロック・ビデオ・アーティスト賞を、グラミー賞では最優秀新人賞と最優秀アルバム・パッケージ賞を受賞。USAフォー・アフリカの「We Are The World」のレコーディングに参加。とても印象深い熱唱を披露し、音楽監督のクインシー・ジョーンズに「アドリブ入れてもいい?」と尋ね、 彼を喜ばせたという有名なエピソードも残している。デビューしてわずかな時間で80年代を代表するシンガーとなり、パワフルなヴォーカル、独自のファッション性も話題となった。1986年、2枚目のオリジナル・アルバム「トゥルー・カラーズ/TRUE COLORS」を発表。ファースト・シングル「トゥルー・カラーズ」は全米第1位を2週連続獲得し、セカンド・シングル「チェンジ・オブ・ハート」は第3位に、サード・シングルの「ホワッツ・ゴーイン・オン」は第12位に記録した。 1987年、映画「バイブス秘宝の謎」の撮影に入ってから、スランプに陥ってしまい、私生活ではマネージャーでもあり婚約者で共に暮らしていたデヴィット・ウルフと別離。1988年、旧ソ連で行われた「米ソ・ソングライター・サミット」に参加したことが転機となり、様々な刺激を受けてスランプを抜け出すきっかけとなり活力を取り戻し、ほとんど出来上がっていたニュー・アルバムを白紙に戻して作り直して、1989年、3枚目のオリジナル・アルバム「ア・ナイト・トゥ・リメンバー/A NIGHT TO REMEMBER」を発表。 自身初の全曲ラヴ・ソングとなった。ファーストシングル「涙のオール・ナイト・ドライヴ/ I DROVE ALL NIGHT」は全米第6位を記録した。