夜明け前
一体どうしてこんな事になったのだろう。 二志は、柄にもなくそんな事を考え込んでしまっていた。 小さな町の、うらぶれた小さなホテル。 貧乏大学生の旅として怪しまれないよう、一つしか借りてないこの部屋に、大の男五人が詰まっている光景はかなり暑苦しいものだった。 いつものように大騒ぎをやらかして、いつものように酔っ払って眠り込んだ。 二志もかなり酒は飲んだのだが、何故か酔いが回って来なかった。 次々と眠りこけるほかの連中と一緒に一度は眠ろうとしたのだが、結局すぐに目が覚めてしまった。 幸い、窓際の椅子は空いていたので、ごろ寝している大きな身体を避けるようにして腰を下ろす。 手持ち無沙汰だったので、ぬるくなり始めている缶ビールを空ける。 窓側から部屋の中に視線を移すと、ベッドに折り重なったり、約一名、床に蹴落とされていたりする状態で、高いびきをかいたり丸まったり思い思いの様子で眠っている。 下手をすれば命を落としていたかも知れない目に遭いながら、こいつらの図太さは何なのだろう。 ‥‥‥まあそれは、こうして平然と酒など飲んでいる自分も同じだが。 それにしても、勉強の気分転換の傍ら、インターネットでアングラ系サイトを覗いていたのが役に立つとは思わなかった。 思想的にはイッてしまってしまっているサイトがあって、妙にデータベースが詳細で充実していた為に興味を持って覗いてみたのだ。 その時はざっと眺めていただけだったのだが、何となく頭に残ってしまった余計な知識が今回役に立った、と言う訳だ。 ひとつ、ため息をついた二志は、ビールを一口飲んだ。 こうしていると、色々な考えが頭に浮かぶ。 見るからにヤバい金を抱えて、成り行きで逃げ出してしまい、本物の銃弾で追い立てられた。 他の連中がどう考えているかは判らないが、既に、シャレや遊びでは済まない場所にまで足を踏み込んでしまっていると思う。 今までは運が良かった。 けれど、これからも無事でいられる保証などどこにもない。 いや、多分進めば進む程状況は悪くなって行くはずだ。 この状況の打開策としては、まず、追っ手に金を返して詫びを入れる。勿論、そのままでは始末されてしまいそうだから、綱渡りの交渉が必要だろう。 もうひとつは、このまま警察に駆け込む。かなり説教を食らうし、軽犯罪者の仲間入りだろうが、手っ取り早く追っ手からは逃れられる。‥‥もっとも、ほとぼりが冷めた頃にヤキを入れられる事も考えられるが。 実際、選択肢としてはその程度だ。 はっきり言って、既に手詰まりになってしまっている状態だと思う。 他の連中だって、それは薄々わかっているだろう。 けれど、先に待っているものから今は目を逸らして、このまま行ける所まで行ってみたい。 二志も、自分の中にそんな気持ちがある事は否定出来なかった。 そんな迷いが、もっと現実に目を向けるべきだと言わなければならないのに言えないで来てしまっている理由のひとつなのだろう。 ため息をついて、二志は脚を組みなおした。 ――――――――― 突然起きだしてちょっと喋って、また眠り込んでしまった大成を眺めた二志は、またため息をついた。 窓の外はゆっくりと明るくなって行く。 何もかも諦めて戻る、と言う選択肢が現段階でない以上、少しでも安全に先に進む為には少しでも早く、少しでも目立たずに出発するべきだ。 そう思って言ってみたのだが、大成はあっさり『無理だ』と言って寝てしまった。 確かに、こいつらが泥酔して眠り込んでしまったら、簡単には起きない事は知っている。 大の男三人を、玄や太郎ならばともかく、大成と二志で運ぶのは無謀と言うものだ。 大体、そんな事をすればかえって目立ってしまう。 それは判っていたが、もうちょっと前向きな反応が欲しかったと思う。 そもそも大成は、無理だと決め付けて諦めてしまうのが早すぎる。 中途半端なフリーターで満足している今もそうだが、大成は学生時代から、自分の限界を勝手に決めて小さく落ち着いてしまうような所があった。 それで現状に本当に満足しているのかと言えば、いつも、どこか不満そうな、物足りなそうな顔をしている。 なのに訊いてみれば、差し当たって満足している、と言う答えが返って来る。 その自覚のなさに、苛立った事は一度や二度ではない。 二志は、昔から、能力があるのに手を抜いている人間が大嫌いだった。 酷く嫌な思いをしたとか、何か仕方のない理由があるならばともかく、目立ちたくないとか本気になるのが面倒だとか、そんなふざけた理由で手を抜いている人間は最低だと思う。 そんな態度は、能力がなくても必死に頑張っている人間を馬鹿にしている。 そして二志から見た大成は、正に『能力があるのに全くやる気がない』人間だった。 そんなに秀でた能力があるとは言わないが、スポーツも勉強も、本気になればそこそこ上位クラスに食い込めるだけの実力はあると思う。 それが、何とか落ち零れないレベルをうろうろしているのだ。 しかも大成のタチの悪い所は、自分に能力がない、と本気で思い込んでいる所だ。 大した能力がないと思うから、頑張っても結局無駄に思えて本気にならない。 大した能力がないと思うから、現状でもそれなりに満足だと思い込んでいる。 そんな甘えた根性が、二志にはどうにも面白くなかった。 そこに加えて、嫌いな事を避けたり先送りにしたりして日々を過ごしている様子は、更に気に入らなかった。 しかし、それなのに大成を嫌いになれない事が、二志自身にも不思議だった。 知り合って、何となくつるむようになって、大成のそんな性格が見えて来て。 そのいい加減さに時々文句を言いつつも、何となく卒業後までこうして付き合っている。 嫌いになれないばかりでなく、大成がいると何となく落ち着いてしまうのが更に不可解だった。 「‥‥‥‥‥‥」 ため息をついた二志は、最後の一本になる缶ビールを開けた。 すっかりぬるくなっているビールが溢れる前に一気に半分程飲み干す。 『だーいじょうぶ。なんとかなるって‥‥‥』 唐突に、さっき、大成が寝る前に言っていた言葉が思い出される。 その根拠のない自信はなんなんだと思った。 現に、車もなくして追い詰められかけているのだから、それはただの楽観主義でしかないのに。 けれど、大成のあの言葉で、何となくささくれ立った気持ちが落ち着いた。 悪く言えば、諦めがついた、と言う事なのだろうか。 大成がいれば、本当に何とかなるのかも知れない。 そんな気持ちになってしまった自分に、苦笑した。 どうも、大成のいい加減でその場しのぎの性格が感染ってしまったのかも知れない。 どちらにせよ、ここまで来たらもう進むだけだ。 この先、どうなろうとも、大成や、みんなと一緒にいたい。 それだけは、確かなのだから。 ビールを飲み干して、二志は椅子に寄りかかったまま目を閉じた。 夜が明けるのはもうすぐだし、椅子の上では熟睡は無理だと判っているけれど。 さっきより、少しだけ、良く眠れそうな気がした。 |
END |
くどいようですが、二志はこんなにぐるぐる考え込まないと思います。懲りもせず、また字の多い話になってしまいました。
前回の『空気』の中に入る話だったんですが、なんか長くなりそうだったので分割して膨らませてみました。