紳士協定
「あー、だるー‥‥‥」 もう太陽がかなり高くなった頃、大成はもぞもぞと布団の山から起き出した。 昨日、散々海岸で遊んで、びしょ濡れになってこの民宿に転がり込んだ。 他に客がいなかった事もあり、いつものように飲み明かして、大広間に雑魚寝した。 今朝早く、他の四人はまた海岸に遊びに行ったのだが、大成はなんとなく面倒でずっと布団の中でゴロゴロしていたのだ。 「なんか嫌な夢見た気がする‥‥‥」 二度寝したせいか、悪い夢で目を覚ましてしまった。中身は全く覚えていないが、とにかく悪い夢だった気がする。 と、その時、障子戸が躊躇いがちに開かれた。 宿の人間でなければ、こんなしおらしい事をするのはただ一人だ。 「あ‥‥大成さん、起きてたんすか」 少しだけ驚いたように、一伊が細い目を見開いた。 「んー‥‥今起きたとこ。なんか夢見悪くて」 とか言いながら、大成はなんとなくまた布団に懐いてしまう。 一伊は膝でずりずりと寄って来ると、大成の頭の横に正座した。 「なに?」 枕元に正座をされたりするとどうにも居心地が悪い。 半身を起こした大成は、妙に真面目な一伊の表情に首を傾げた。 「あの、えーと」 どう言う訳か、一伊は妙にもじもじしている。 何か言いたいことがあるのに言い出せない、あからさまにそんな様子だった。 「なに。どうかした?」 あまりにもじもじされているとこっちも落ち着かないので、取り敢えず促してみる。 「あ、えぇと、その‥‥大成さん、本当に、無事でよかったっす」 「あぁ‥‥ありがと」 どう答えればいいか判らなくて、取り敢えず礼を言う。 落ち着かないように体を揺すっていた一伊は、決心したかのように大きく息を吸い込んだ。 「で、あの‥‥大成さんって、好きな人とかいるんすか」 「‥‥‥は?」 一体どうして、無事で良かった話が好きな人の話に繋がるのだろう。 「あのっ、俺、本当に大成さんが死んじゃうんじゃないかって思って、そしたらやっぱり言うだけのことは言っといたほうがいいんじゃないかと思って‥‥‥」 何やら必死に言葉を繋ぐ一伊の目元はほんのり赤くなっていた。 「‥‥浪人、もしかして酔ってる?」 「酔ってないっすよ!あ、いや、少しは飲みましたけど」 大成の言葉に即座に反応が来る辺りはいつもの一伊に思える。 「少しくらい酒飲まなきゃ、言う決心がつかなかったっす」 これだけ聞いていると、気の弱い男が彼女にプロポーズする時の言葉みたいだ、などと大成は心の中で呟いたのだが。 「あっ、あの、俺‥‥っ、大成さんのこと、好きですっ!」 一伊の言葉に、大成は目をぱちくりとして固まってしまった。 よもや自分が一伊の告白の相手になろうとは。 いやそれ以前に、この『告白』は要するにそういう意味なんだろうか? あまりの事態に、大成はいつものような冗談もツッコミも浮かんで来ない。 当の一伊は俯いたまま、耳まで真っ赤になっている。 奇妙に気まずい雰囲気を破ったのは、けたたましい闖入者だった。 「ちょっとまったあぁぁっ!」 境の襖を蹴倒して現れたのは、十一だった。 襖の弁償をどうしよう、などとどーでもいい事が大成の頭に浮かぶ。 「浪人、一人で戻ってフライングとは、いい度胸だな」 「いいじゃないですか、俺はもう、自分に正直に生きることにしたんです!」 真っ向から十一を睨み付ける一伊はいつになく強気だった。 「だめよっ、アタシと大成は生まれた時から運命の赤い糸で結ばれてるんだからぁっ!」 「‥‥‥はい?」 何やら妙な雲行きになっている会話に、大成は目が点になる。 十一の場合はいつものようにふざけているようにも聞こえたが、その表情はいつになく真剣で。 同じく真剣な表情の一伊と睨み合っている様子は、どうも冗談とか茶々を入れられる雰囲気ではなかった。 「浪人のくせに俺の大成に言い寄るなんて十年早い!」 「関係ないじゃないですか!まだ大成さんはみんなのものです!」 「ほー、で、お前が一人で自分のものにしようとしたんだな?」 「そ、それは‥‥‥」 ちょっとまて。 いつから自分の上に『俺の』だの『みんなの』だのと言う所有格が付くようになったのだろう。 「とにかく、大成は俺の!浪人には渡さねえよ」 十一は、呆然としている大成の首に腕を掛けるようにして自分の方に引き寄せる。 「ああっ、ずる‥‥‥」 「ずりーよ、おまえらっ!」 今度は障子を蹴倒して、飛び込んで来たのは太郎だった。 「俺だって大成好きなのに!十一が抜けがけなし、って言うからずーっと我慢してたんだぜ?!」 「‥‥‥してた」 太郎の後ろからのっそりと入って来たのは玄だった。 「ほら見ろ浪人!お前が騒ぐから、こいつらまで来ちまっただろうが」 「おっ、俺のせいなんすか?!」 「お前のせいだ」 「十一さんが来なければ丸く収まってたんすよ!」 「馬鹿、大事な大成をお前にやれるか」 「十一にだってやれねえよ!」 「‥‥‥やれない」 いつになく強気な一伊と、何故か大成の所有権を主張する十一に太郎と玄が加わった騒ぎを、大成は呆然と聞いていた。 なんなんだろう、今日のこいつらは。 大成が出て行かなかった海辺で何かあったんだろうか。 水とか飲んでおかしくなる話もあるが、それではまるでおとぎ話だ。 まさか、日差しに当たっておかしくなったと言うのでもないだろう。 本気で言い合いをしている十一の腕が緩んだのを幸い、大成はそろそろと抜け出した。 何故か判らないが、身の危険を感じる。‥‥‥ような気がする。 極力、気配を消してその場を抜け出そうとしたのに。 「あっ、大成どこ行くんだよ」 プロレス技で慣れた太郎に足をがっしりと押さえ込まれ、あっさり逃亡に失敗してしまう。 「なぁ大成、俺のがいいよな?」 足を抱えたまま、太郎は大成の脇腹に頭を擦り付ける。 まるで犬か何かのようだが、こそばゆくて我慢出来ない。 「ちょ、たろ、くすぐったいって!‥‥‥ぅわ、玄、なにすんだ!」 太郎の頭を引き剥がそうとしていると、玄が黙々と大成のシャツを脱がそうとする。 必死に抵抗すると、玄がちょっと不満そうな目で見詰めて来る。 「やっぱり、十一や二志じゃないと嫌?」 「って、何の話だよ?!おい、まてって!!」 思わず声が裏返って悲鳴のようになってしまったが、構っていられない。 必死のガードも空しく、大成のシャツは玄と太郎のタッグに脱がされてしまう。 「おぉナイス!いい眺めだねぇ」 嬉しそうに目を細める十一の表情が、好色オヤジにちょっと重なってしまった大成である。 初めて見るものでもないはずなのに、このリアクションは何なのだろう。 「だから、なんで俺を脱がせようとするんだよ!うわ、まて馬鹿、そっちはマズいって!!」 ズボンにまで手が伸びて来て、大成は、せめてそっちだけは渾身の力で死守しようとする。 「お前ら、楽しいことしてるじゃねえか」 そこに、凍て付くような、と言う表現がぴったり来る冷たい声が頭上から降って来た。 「あっ、二志!先生!こいつらビョーキなんです、どーにかしてくださいっっ!」 必死に助けを求めたのだが、何やらアヤしい笑みを浮かべて二志は大成の頭の方にしゃがみこむ。 「お前が一人で突っ走ってとっ捕まって、心配かけたりすっから、みんな我慢が利かなくなったんだ。自業自得と思って諦めろ」 「ナニそれ?!どーゆー関係が、っておい、お前までおかしくなってんのかよ!」 二志の色白で細い指が、大成の耳の後ろからうなじの辺りへゆっくりと滑る。 意識的に細めているらしい目と相俟って、いやらしい事この上ない。 「二志、もうやる気になってる?」 大成の足を押さえ込んだまま、太郎が上目遣いに見上げた。 「俺はあんまり細かい事にはこだわらねえ方なんだ。このまんまで最後までやっちまっても一向にかまわねえ」 「いやん、さすがエロドクター。大胆だわぁ」 十一が握った両手を口元に当てて、体をくねらせて見せる。 だから、こいつらは当人の意思を無視して一体何の話をしているんだろう。 「おれもいーや。見られてると燃える、って言うし」 「‥‥‥みんななら、いい」 「俺はちょっと嫌っすけど」 「お前ら、何の話してるんだっっ!」 必死に足をばたつかせて暴れようとしたタイミングを見計らって、脚からズボンが取り去られてしまう。 「まて、お前ら落ち着けーっ!!」 大成は、本気で身の危険を感じて叫んだ―――。 「―――っ!?」 自分の叫び声で目が覚めて、大成は飛び起きた。 荒い息を整えて見回すと、そこは昨夜雑魚寝した大広間だった。 太陽はもうかなりの高さになっていて、障子戸の隙間から日差しが差し込んで来ていた。 「ゆ、夢か‥‥‥」 大成は、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。 布団が二人分、足の上に乗っていて、これが重苦しくてあんな夢を見たのだろうか。 「なんであんな夢見たんだろ‥‥?」 別に欲求不満になる程溜まっていた覚えはないのだが。 ちょっと自己嫌悪に陥ってしまって、深いため息をついた時。 障子戸が、躊躇いがちに開かれた。 「あ‥‥大成さん、起きてたんすか」 少しだけ驚いたように、一伊が細い目を見開いた‥‥‥。 |
えんどれす‥‥‥(なのかっ?!) |
カラーのイメージは南の島の海と砂浜と情熱(笑)。
それにしても‥‥こいつら、誰――っ?!書いてる人間にしか誰なのか判らないんじゃなかろうか。十一と、何より大成がとにかく書きづらかったです。まるで別人。しくしく。しかも、このまんま行けば輪‥‥あわわ。
頂いたお題は『大成を巡る仲間内での熱き戦い』だったはずなのに、いざ書いてみたらこの有様‥‥‥。すいません、目澤様(涙)。